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第二章 巡り逢わせ
第11話
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それから二週間が経過し、莉美は以前のようにとはいかないまでもだいぶ動けるようになっていた。まだまだ身体の痛いところは多いが、経過は順調だ。
一週間前から莉美は部屋を移っていた。あてがわれたのは、楊梅の居室からさほど離れていない、もう使われなくなったという兵が止宿していた小屋だ。
必要最低限の生活用品も揃っており、さらに竈もついているのがありがたい。少々隙間風が入ってくるものの、補修していけば大丈夫だろう。
そこに移った後、楊梅はことあるごとに莉美の元に訪れるようになっていた。
初めは、やっぱり気が変わって処刑の日程を伝えに来たのかとビクビクしていたのだが、二日も経つとそうではないのだとわかった。
楊梅が酒瓶を腰から引っ提げていることは毎度のことだ。食道楽らしく、街で買ってきたという食べ物を小几いっぱいに並べ始めたことも幾度もある。
また狩りも好きなようで、輝くような笑顔とともに獲りたての獲物を掲げながら小屋に持ってきた時には、さすがに悲鳴を上げて追い返した。
妓館に一緒に行こうと連れ出されそうになった時もあり、凱泉に駄目だとさんざん押し問答の末、莉美を連れていくことをやっと諦めた。彼はどうやら、妓館で出される食事を莉美と一緒に食べたかったらしい。
時間があれば街にふらりと遊びに行き、博打をするし井戸端会議にも出るしと、やりたい放題だ。
以前若旦那と貴族の娘が言っていたぼんくら息子なのは、あながち間違っていないのは見て取れる。
高貴な生まれの愚息を絵に描いたような生活をしているようで、城の皆からは若干呆れられているようでもある。そして、莉美も少々呆れていた。
「莉美、調子がいいと聞いたぞ」
また獲れたての生ものを持っていないか確かめてから、莉美は小屋の扉を開けた。
本日は雉ではなかったが、両手いっぱいに小吃を抱えている。口には山査子飴までくわえての登場である。
「だいぶ良くなっております。明日から、府庫のお掃除をするように凱泉様に言われています」
「そうか。では快気祝いだ!」
楊梅は小屋に我が物顔で入ってくると、勝手に几の上に食べ物を並べ始める。
「また、街で遊んでいたんですか?」
「違う。碁の勝負だ。今日はあのくそ爺に勝った。五十三勝目だ」
「何回戦目ですか?」
「二千六百四十二回目だ」
ほぼ、いつも負けているということだ。莉美はため息を吐いた。
「しけた顔をするでない。ここの包は美味いぞ」
齧りかけを差し出されて、莉美はどうしていいかわからない。そうしていると、口の中に山査子飴を突っ込まれていた。
「甘いものの方が好きなら、そっちを食っていい」
「……」
楊梅はどうやら、莉美の所で小休止を取ると決め込んでいるらしい。まあ、小屋の前で獲れたて肉を調理されるよりはましなので、莉美はおとなしく付き合うことにした。
「食べ終わったら、莉美に頼みがある」
「なんでしょう?」
「絵を描いてくれ」
療養中は一枚も描いてはいけないと言われていたので、きちんと回復したかどうかをその目で確かめるつもりなのだろう。
「かしこまりました」
「よし、ではもっと食え。これも美味いぞ、あとこの米粉麺も美味い」
「そんなに、食べられませんって」
食べきったとしても、お腹がいっぱいで絵を描けなくなるのは目に見えていた。丁寧に辞退したが、楊梅は莉美にそれぞれ一口ずつは食べさせた。餌付けされているような気分である。
楊梅はというと、その身体のどこに入っていったのかと思うくらい、ぺろりとすべて平らげていた。
身体が大きいとはいえ、どうやったらそんなに食べても太らないのかわからない。まだまだ食べられそうな顔をしていたのだから、驚きである。
一週間前から莉美は部屋を移っていた。あてがわれたのは、楊梅の居室からさほど離れていない、もう使われなくなったという兵が止宿していた小屋だ。
必要最低限の生活用品も揃っており、さらに竈もついているのがありがたい。少々隙間風が入ってくるものの、補修していけば大丈夫だろう。
そこに移った後、楊梅はことあるごとに莉美の元に訪れるようになっていた。
初めは、やっぱり気が変わって処刑の日程を伝えに来たのかとビクビクしていたのだが、二日も経つとそうではないのだとわかった。
楊梅が酒瓶を腰から引っ提げていることは毎度のことだ。食道楽らしく、街で買ってきたという食べ物を小几いっぱいに並べ始めたことも幾度もある。
また狩りも好きなようで、輝くような笑顔とともに獲りたての獲物を掲げながら小屋に持ってきた時には、さすがに悲鳴を上げて追い返した。
妓館に一緒に行こうと連れ出されそうになった時もあり、凱泉に駄目だとさんざん押し問答の末、莉美を連れていくことをやっと諦めた。彼はどうやら、妓館で出される食事を莉美と一緒に食べたかったらしい。
時間があれば街にふらりと遊びに行き、博打をするし井戸端会議にも出るしと、やりたい放題だ。
以前若旦那と貴族の娘が言っていたぼんくら息子なのは、あながち間違っていないのは見て取れる。
高貴な生まれの愚息を絵に描いたような生活をしているようで、城の皆からは若干呆れられているようでもある。そして、莉美も少々呆れていた。
「莉美、調子がいいと聞いたぞ」
また獲れたての生ものを持っていないか確かめてから、莉美は小屋の扉を開けた。
本日は雉ではなかったが、両手いっぱいに小吃を抱えている。口には山査子飴までくわえての登場である。
「だいぶ良くなっております。明日から、府庫のお掃除をするように凱泉様に言われています」
「そうか。では快気祝いだ!」
楊梅は小屋に我が物顔で入ってくると、勝手に几の上に食べ物を並べ始める。
「また、街で遊んでいたんですか?」
「違う。碁の勝負だ。今日はあのくそ爺に勝った。五十三勝目だ」
「何回戦目ですか?」
「二千六百四十二回目だ」
ほぼ、いつも負けているということだ。莉美はため息を吐いた。
「しけた顔をするでない。ここの包は美味いぞ」
齧りかけを差し出されて、莉美はどうしていいかわからない。そうしていると、口の中に山査子飴を突っ込まれていた。
「甘いものの方が好きなら、そっちを食っていい」
「……」
楊梅はどうやら、莉美の所で小休止を取ると決め込んでいるらしい。まあ、小屋の前で獲れたて肉を調理されるよりはましなので、莉美はおとなしく付き合うことにした。
「食べ終わったら、莉美に頼みがある」
「なんでしょう?」
「絵を描いてくれ」
療養中は一枚も描いてはいけないと言われていたので、きちんと回復したかどうかをその目で確かめるつもりなのだろう。
「かしこまりました」
「よし、ではもっと食え。これも美味いぞ、あとこの米粉麺も美味い」
「そんなに、食べられませんって」
食べきったとしても、お腹がいっぱいで絵を描けなくなるのは目に見えていた。丁寧に辞退したが、楊梅は莉美にそれぞれ一口ずつは食べさせた。餌付けされているような気分である。
楊梅はというと、その身体のどこに入っていったのかと思うくらい、ぺろりとすべて平らげていた。
身体が大きいとはいえ、どうやったらそんなに食べても太らないのかわからない。まだまだ食べられそうな顔をしていたのだから、驚きである。
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