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第1章 帰ってきた彼

第2話

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 美奈子に幹事を押し付けられたが、断ろうと考えていた。しかし、週明けに出勤するやいなや、幹事を断るどころの話ではなくなった。

「――……最悪」

 確認しておけばよかったと思うのと、自分の悪運の強さを呪うのが半分ずつ。

 朝礼でみんなの前に立っていたのは出向から帰ってきた社員で、そのうちの一人に見覚えがあった。

(見覚えというか、もはや悪夢すぎて忘れられない……)

 ばれないように身をかがめ、これから先どうしようか悩む。そんなモヤモヤを吹き飛ばすように、爽やかな声が聞こえてきた。

「――向井晴むかいはるです。また一緒に働けるのは嬉しいですが、久しぶりなので、わからないことだらけだと思います。新人と思っていろいろ教えてください!」

 爽やかなルックスに、笑うと見える八重歯に可愛い顔立ち。どうやら他人の空似ではないらしい。

 杏子は絶望した。ため息を吐いているうちに朝礼は終わっていて、みんながデスクへ戻っていく。

 出遅れてしまい慌てて戻ろうとした時、ふと視線を感じた。まさかね、と思って振り返ると、先ほど自己紹介した青年と目が合う。

 ――にやり、と彼の口元が笑った。

(……あんこ!)

 彼の口元が確実に『あんこ』の形に動いた。杏子は脚をもつれさせながらデスクに戻って縮こまる。

 背中をつつかれて「きゃあ!」と悲鳴を上げてしまったから、話しかけようとしていた美奈子はぎょっとした顔になる。

「ちょっと杏子……どうしたのよ?」

 杏子は恥ずかしさと恐怖のダブルパンチで机に突っ伏した。

「杏子ってば、ねえ。あ、もしかして、向井くんの可愛さにやられちゃった!?」

「ちがっ、そんなんじゃない――」

「じゃあなによ。そんな怯えて、顔真っ赤にして」

「あ……ま……」

 聞こえない、と美奈子が椅子ごと杏子に近寄る。資料の隙間から顔を覗かせて、杏子は涙目になりながら美奈子を見つめた。

「あいつ、悪魔なの!」

「ん? どういうこと?」

 始業のベルが鳴って、美奈子は「あとで詳しくね」と自分の席へ戻る。

 杏子は部長から指示を出されているヨーロッパ帰りの二人を見て、憂鬱の極みのような大きなため息を吐いた。
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