骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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8、裁きの懐中時計

第57話

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 ティズボン一家が病に倒れ、誰も居なくなった屋敷だけが残っている。家長だったゴドリー・ティズボンは王宮内の医者のところで隔離されているのだが、ろれつが回らなくなり、おかしな言動を繰り返していた。

 仕えていた使用人たちは全員死んでしまい、家族たちも身体の一部が不自由になったり、著しい知能の低下によって病院送りになったりしている。

 一家が壊滅してしまったのは言うまでもなかった。

 誰も居なくなった屋敷の片づけには、レオポルドの命でノアとココも参加することになった。

 ティズボン宰相が裏で汚いことをしていたというのを、骨董遺物がレオポルドに伝えたのだ。

 不正な資金によって違法なものを蒐集していたかもしれないということで、所蔵品をチェックするために二人はティズボン家の屋敷内を回った。

「……価値のあるものが多いわね、さすがは宰相の家というべきかしら」

 一通り屋敷中を見終わったココは、一番大事なものを迎えにノアとともに応接間に向かう。

「でも一番素晴らしいのは、応接間の絵画かしらね」

「そうだね。ティズボンがあんな風になるなんて思いもしなかったから」

「ノア。あなたを苦しめたティズボンの精神と肉体を壊したけれど……これで満足できそう?」

「満足もなにも、ココには感謝しかないよ」

 歴代の宰相一家として国を支えてきたティズボン家は、これにて潰えることになる。権力者のあっという間の衰退に、国中が驚いていた。

「そのうち、彼が病棟の窓から身投げしてくれると信じているの。呆気ないくらいがちょうどいいでしょう?」

「わたしの母も、きっと報われる」

「残りも始末しましょうね」

 二人は応接間に到着すると、壁にずらりと並べられている歴代のティズボン一家の肖像画を見つめる。

「婦人、迎えにきたわよ」

 ココが話しかけると、描かれていたふくよかな女性が急に動き出してクスクス笑い始めた。

『ココちゃん、お久しぶりね。ランフォート伯爵も』

「ご無沙汰しております、ティズボン婦人」

 ノアはハットを取って一枚の絵の前で丁寧にお辞儀をする。

 婦人と呼ばれたのは、かつてランフォート城で週に一度叫ぶことで有名だった、あの『叫びのティズボン婦人』の絵画だ。

 婦人は二人のほかに誰も人が居ないことを確認すると、扇子を広げて前かがみになってヒソヒソ声で囁いてくる。

『どうだったかしら、あたくしはお役にたった?』

「最高よ。ね、ノア?」

「憎いティズボン一家を追いやっていただき、大変ありがたく思っていますよ婦人」

『うふふ、楽しかったわ!』

 脚立を持ってくると、ノアは絵をその場から取り外す。

「ところで婦人は、どうやって彼らをあんなふうにしたのです?」

『ずっと歌を歌っていたのよ。生きている人間には聞こえにくいような、甲高い声でね』

「なるほど……高周波の音波でティズボン一家を皆殺しにしてくれたんですね」

『そういうことなの』

 婦人は誇らしげに胸を張った。

「おかげさまで、胸のつかえがとれました」

『ランフォート伯爵には我が一族が悪いことをしてしまったから、少しでも償いができていれば嬉しいわ』

 ノアは優しい表情でうなずく。

「ゴドリー・ティズボンが、生きながら苦しんでいるのを見聞きするだけで、嬉しくて泣いてしまいそうです。あのまま苦しんでくれることを心より願います」

『あたくしも同じ気持ちよ』

 婦人はふふふと上品に笑った。

「ところで婦人。役目はもう終わりなのだけど……ただの絵画に戻りたいのなら、戻してあげるわ」

 額縁を外して一言休むようにココが伝えれば、婦人の絵はただの絵になるはずだ。

 ノアの復讐を手伝ってくれたことに感謝し、今後どうするかを彼女の意志にゆだねようと思ったのはココなりの優しさだった。

『あたくし、ランフォートのお城に戻ってもいいのかしら?』

「婦人が戻りたいのなら、ノアも私も歓迎するわ」

『お願いするわ。あなたたち二人の偉業を記録しようと思っているのよ』

「決まりね」

 ココは婦人の絵を丁寧に布で包み、そして木箱にきっちり入れ直した。

「――失礼」

 その作業が終わるころ、清掃作業の統括をしていたダンケンがやってくる。

「ランフォート城に持ってかえるのは、入り口に置いてあるものだけでいいのか?」

「こちらの絵画も持って帰ります」

 ココが答えると、ダンケンは渋い表情で頷く。

「思ったよりも、ガラクタばかりなのだな」

「ランフォート城に収蔵するようなお品物が少ないだけで、宝石商たちが見たら目の色を変えるようなものはたくさんありますよ」

「そうか……ところで、シュードルフ令嬢と話をしたいのだが」

「どうかなさったのですか?」

「陛下についてだ」

 表情をあまり崩さないダンケンが、珍しく困ったように眉根を寄せた。

「あの時計の言いなりになって、貴族だけでなく民間人も罰し始めてしまった。今や、陛下に近づくことができるのは、ごくごく少数の人間の身となってしまった」

 国家としては、悪いことをしていた人間が裁かれるのだからいいことに違いない。しかし問題は、罪の重さと量刑が比例していないことだ。

「このままでは、ただの大量虐殺だ」

「あの時計をランフォート伯爵が渡したのは、そのようなことを招くためではありません」

「わかっているが、結果的にこんなことになった。シュードルフ令嬢、あなたは骨董遺物を作った一族の末裔なのだから、時計を止めることはできないのか?」

 ココは困ったふりをしながら、首を横に振った。

「作ったのは先祖であり、私ではありません。数百年前の王の命により、長いこと彫金技術が封じられた結果、一族はその技術を失いました」

「……そうだったな……くそ」

 今まで黙って話を聞いていたノアが、考えるそぶりを解いてダンケンに一歩近づいた。

「時計が罪を暴き裁きを下しているというのであれば……逆に、陛下に罪がないのかを問うということもできるのではないでしょうか?」

「そうか、その手があったか!」

 ダンケンは、一縷の望みをかけたような目でノアを見つめた。

「レオポルド陛下の罪を時計に問えばいいのです。そうすれば、陛下も冷静さを取り戻すかと」

 表情を輝かせたダンケンだが、ふと冷静になって逡巡し始める。

「いい案だが、陛下に罪がない場合はどうする?」

「ダンケン殿。罪のない人間なんて、この世に存在しませんよ」

 ノアの笑顔の恐ろしさに、この時ダンケンはまだ気づいていなかった。

「手配しましょう。ランフォート城でお待ちしております」

 それは、この国が本当の意味でひっくり返る合図だ。
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