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8、裁きの懐中時計

第50話

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 翌日、王宮に現れたノアとココに、すれ違う人々はため息を漏らした。

 清楚でシンプルないでたちだというのに、二人はまるでこれからパーティーに行くかと思うほど華やかだ。

 飾り気のない濃紺のイブニングドレスを着たココの姿を見た者は、老若男女問わず自然と頭を下げてしまった。

 そして彼女の燃えるような瞳と目が合うと、背筋がピンと伸びていく。

 偉ぶっている素振りは一切ないのだが、見目麗しい王族や貴族を見慣れているはずの宮廷仕えの人々でさえ、二人の圧倒的な雰囲気に呑まれていた。

 それなのに、迎えにきたゴドリー・ティズボン宰相は二人を見るとさらに顔色を悪くした。

「ようこそ。陛下がお待ちです」

 挨拶もそこそこで、謁見の間まで誘導する姿からは疲れがにじみ出ている。ティズボンの様子を見るなり、ココはノアに極上の笑みを向けた。

 それは、計画が順調であることを知らせる笑顔だ。ノアもココに向かって微笑み返し、口を開いた。

「ティズボン宰相殿。体調がすぐれないようですが、どうかされましたか?」

 ノアが優しい声音で訊ねると、ティズボンは大きく肩を落としながら息を吐いた。

「夜、あまり眠れないんですよ」

「根をつめすぎていらっしゃるのでは?」

「……甲高い音で耳鳴りがするんです。それも、わたしだけでなく、家族全員が」

「それは少々気になりますね」

「医者に診てもらったのですが、病気ではないと言われまして。それで、多少は気が楽になったところです」

 ココも心配そうにしながら、内心は踊り出したい気持ちだ。

 ノアは神妙な顔つきになりながら「病ではないのなら良かったです」と頷いた。

「ご無理なさらずに。ティズボン宰相殿がいなければ、国が傾いてしまいます」

 事実、まだ幼かった国王陛下に政務を教えたのはティズボンだ。それが、どれだけ自分たちにとって都合のいい政策だったのかは言うまでもない。

「しかし、やることが多いので休んでいられません」

 フレイソン大公爵の抜けた穴は大きい。心中の様子も凄惨だったことで、屋敷は現在封鎖されている。

 それに加えて、シュードルフの一件までもが、政務に関わる者たちを精神的に追い詰めている。

 よくよく考えれば、ココがイヤリングを外したことがそもそもの発端だと誰もがわかっている。

 だが、彼女を責めることはできない。

 イヤリングを欲したのはステイシーで、ランフォート伯爵に後見人になってもらう形でココを追い出したのは実父であるマッソンだ。

 今までココが彼らのことを慮って行動していたことがわかっているし、家族たちの言う通りにしていただけなのだ。

 誰か悪者が一人でもいて、責任を押し付けられたらよかったのだがそれもできない。なぜなら関係者たちが次々と表の世界から消えているからだ。

 今や、誰もがシュードルフ一族とは関わりたくないとさえ思い始めていたし、ココとノア以外が悪者になってしまっている。

「こちらで陛下がお待ちです」

 どうぞ、と言われて、まずはノアが謁見の広間に足を踏み入れる。続いてココも中に入り、玉座に向かって歩く。

 レオポルドは二人が入ってくるのを確認すると、待ちきれないとばかりに立ち上がった。

「待っていた、ランフォート伯爵。それから、ココ・シュードルフ令嬢」

 顔をあげるように言われ、ココは初めて間近で国王を見つめた。

 赤茶色の少し癖のある髪の毛をきれいにまとめており、淡い灰色の瞳がココたちを観察している。

 知性は感じられるが、顔立ちが若干幼いため美少年という印象だ。

 彼よりも低い台座に、騎士団長のジョー・ダンケン、そして聖天使教会の大司祭であるヤン・モルートが着座している。

 他にも有力貴族が幾人か集まっているが、国の重鎮たちはそろいもそろって疲れた顔をしていた。

「堅苦しい挨拶は省きたい。シュードルフ一族とは、どういったものだ」

 それにはココが発言の許可を得て口を開いた。

「もともとは、天使様の涙から骨董遺物を作る一族です。歴史が下ると、陛下のお命を守るお役目も授かり、イヤリングを作り『聖公爵』の位を授かったと伝えられております」

「災厄を払うというそれか。しかし、そんなことは王宮内の文献のどこにも書いていない」

 当たり前だ。それはココが作り出した噓なのだから。

「それは……成人の儀の際、口伝でのみ伝えられると聞き及んでおります」

「なるほど。書物による証拠はないということだな」

 成人の儀をしていないレオポルドとしては、そこに納得しかねているようだ。

「私の母であるメルゾ・シュードルフの死こそが、なによりの証拠かと思われます」

 ココの母は当時、イヤリングを外して王宮へ出かけていた。マッソンに軟禁されている状況を密告するためだった。

 しかし、メルゾが王宮に向かった理由を知る者はいない。これは、ココにとって非常に都合がいい。

「母がイヤリングを外して出かけたため、先王は崩御されたのです」

 ココの説明には、レオポルドではなくダンケンが憤った。

「馬鹿な。なぜ、王が危険になるとわかっていて外したのだ。それこそ、反逆罪ではないか」

「いいえ、違います。外して議会に来るように伝えたのは、先王様でございます」

 ココはまっすぐにレオポルドを見つめた。

「母は、議会の出席をフレイソン公爵に望みました。ですが、お返事の書簡には、相応しい見た目でなければ王宮に近づくことさえ許可を下ろせないと、国王様からのご伝言が書かれていたのです」

 重鎮たちがざわつく。

「しかし、なぜそんなリスクを冒すようなことを我が両親は……?」

 レオポルドがそうであるように、先王もシュードルフ一族に対して懐疑的だった。過去の愚王に弾劾されてより、ココたちは力を失っていったのだ。

「ただの伝説だと思われていたのでしょう。ご命令に背くわけにはいかず、外して向かったところあのような惨事が……」

 ココが涙ぐむと、なんともいえない空気が漂う。先王が自らや災厄を招いたという嘘が、見事に信じられてしまった。

 今この場で、先王が無知で傲慢だった印象が植え付けられた。

 そして、どんな扱いを受けたとしても、必死に王を守っていたというシュードルフ一族の献身的な姿も。

 ココは風向きが変わってきたのを感じ、うつむき気味に悲痛な面持ちになった。

「お飾りの爵位だと考えている人もいたと思います。ですが、実際に王族を陰でお守りしていたのです。証拠になるかわかりませんが、国民の平均寿命は六十歳に届きません。しかし王族は八十歳前後と長命です」

「言われてみれば、たしかにそうだ」

 レオポルドだけでなく、集まっていた人々がざわつく。歴史を紐解いてみても、王族は長寿だ。

「王家の寿命の代償として、我が一族が骨董遺物に『美貌』を捧げていたのです」

 これも、実はココの造り出した大噓だと知る者はノアしかいない。

 シュードルフの秘宝は、美貌を吸い取る代わりにシュードルフ一族を守護するものだ。決して王族を守るためのものではない。
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