53 / 68
8、裁きの懐中時計
第50話
しおりを挟む*
翌日、王宮に現れたノアとココに、すれ違う人々はため息を漏らした。
清楚でシンプルないでたちだというのに、二人はまるでこれからパーティーに行くかと思うほど華やかだ。
飾り気のない濃紺のイブニングドレスを着たココの姿を見た者は、老若男女問わず自然と頭を下げてしまった。
そして彼女の燃えるような瞳と目が合うと、背筋がピンと伸びていく。
偉ぶっている素振りは一切ないのだが、見目麗しい王族や貴族を見慣れているはずの宮廷仕えの人々でさえ、二人の圧倒的な雰囲気に呑まれていた。
それなのに、迎えにきたゴドリー・ティズボン宰相は二人を見るとさらに顔色を悪くした。
「ようこそ。陛下がお待ちです」
挨拶もそこそこで、謁見の間まで誘導する姿からは疲れがにじみ出ている。ティズボンの様子を見るなり、ココはノアに極上の笑みを向けた。
それは、計画が順調であることを知らせる笑顔だ。ノアもココに向かって微笑み返し、口を開いた。
「ティズボン宰相殿。体調がすぐれないようですが、どうかされましたか?」
ノアが優しい声音で訊ねると、ティズボンは大きく肩を落としながら息を吐いた。
「夜、あまり眠れないんですよ」
「根をつめすぎていらっしゃるのでは?」
「……甲高い音で耳鳴りがするんです。それも、わたしだけでなく、家族全員が」
「それは少々気になりますね」
「医者に診てもらったのですが、病気ではないと言われまして。それで、多少は気が楽になったところです」
ココも心配そうにしながら、内心は踊り出したい気持ちだ。
ノアは神妙な顔つきになりながら「病ではないのなら良かったです」と頷いた。
「ご無理なさらずに。ティズボン宰相殿がいなければ、国が傾いてしまいます」
事実、まだ幼かった国王陛下に政務を教えたのはティズボンだ。それが、どれだけ自分たちにとって都合のいい政策だったのかは言うまでもない。
「しかし、やることが多いので休んでいられません」
フレイソン大公爵の抜けた穴は大きい。心中の様子も凄惨だったことで、屋敷は現在封鎖されている。
それに加えて、シュードルフの一件までもが、政務に関わる者たちを精神的に追い詰めている。
よくよく考えれば、ココがイヤリングを外したことがそもそもの発端だと誰もがわかっている。
だが、彼女を責めることはできない。
イヤリングを欲したのはステイシーで、ランフォート伯爵に後見人になってもらう形でココを追い出したのは実父であるマッソンだ。
今までココが彼らのことを慮って行動していたことがわかっているし、家族たちの言う通りにしていただけなのだ。
誰か悪者が一人でもいて、責任を押し付けられたらよかったのだがそれもできない。なぜなら関係者たちが次々と表の世界から消えているからだ。
今や、誰もがシュードルフ一族とは関わりたくないとさえ思い始めていたし、ココとノア以外が悪者になってしまっている。
「こちらで陛下がお待ちです」
どうぞ、と言われて、まずはノアが謁見の広間に足を踏み入れる。続いてココも中に入り、玉座に向かって歩く。
レオポルドは二人が入ってくるのを確認すると、待ちきれないとばかりに立ち上がった。
「待っていた、ランフォート伯爵。それから、ココ・シュードルフ令嬢」
顔をあげるように言われ、ココは初めて間近で国王を見つめた。
赤茶色の少し癖のある髪の毛をきれいにまとめており、淡い灰色の瞳がココたちを観察している。
知性は感じられるが、顔立ちが若干幼いため美少年という印象だ。
彼よりも低い台座に、騎士団長のジョー・ダンケン、そして聖天使教会の大司祭であるヤン・モルートが着座している。
他にも有力貴族が幾人か集まっているが、国の重鎮たちはそろいもそろって疲れた顔をしていた。
「堅苦しい挨拶は省きたい。シュードルフ一族とは、どういったものだ」
それにはココが発言の許可を得て口を開いた。
「もともとは、天使様の涙から骨董遺物を作る一族です。歴史が下ると、陛下のお命を守るお役目も授かり、イヤリングを作り『聖公爵』の位を授かったと伝えられております」
「災厄を払うというそれか。しかし、そんなことは王宮内の文献のどこにも書いていない」
当たり前だ。それはココが作り出した噓なのだから。
「それは……成人の儀の際、口伝でのみ伝えられると聞き及んでおります」
「なるほど。書物による証拠はないということだな」
成人の儀をしていないレオポルドとしては、そこに納得しかねているようだ。
「私の母であるメルゾ・シュードルフの死こそが、なによりの証拠かと思われます」
ココの母は当時、イヤリングを外して王宮へ出かけていた。マッソンに軟禁されている状況を密告するためだった。
しかし、メルゾが王宮に向かった理由を知る者はいない。これは、ココにとって非常に都合がいい。
「母がイヤリングを外して出かけたため、先王は崩御されたのです」
ココの説明には、レオポルドではなくダンケンが憤った。
「馬鹿な。なぜ、王が危険になるとわかっていて外したのだ。それこそ、反逆罪ではないか」
「いいえ、違います。外して議会に来るように伝えたのは、先王様でございます」
ココはまっすぐにレオポルドを見つめた。
「母は、議会の出席をフレイソン公爵に望みました。ですが、お返事の書簡には、相応しい見た目でなければ王宮に近づくことさえ許可を下ろせないと、国王様からのご伝言が書かれていたのです」
重鎮たちがざわつく。
「しかし、なぜそんなリスクを冒すようなことを我が両親は……?」
レオポルドがそうであるように、先王もシュードルフ一族に対して懐疑的だった。過去の愚王に弾劾されてより、ココたちは力を失っていったのだ。
「ただの伝説だと思われていたのでしょう。ご命令に背くわけにはいかず、外して向かったところあのような惨事が……」
ココが涙ぐむと、なんともいえない空気が漂う。先王が自らや災厄を招いたという嘘が、見事に信じられてしまった。
今この場で、先王が無知で傲慢だった印象が植え付けられた。
そして、どんな扱いを受けたとしても、必死に王を守っていたというシュードルフ一族の献身的な姿も。
ココは風向きが変わってきたのを感じ、うつむき気味に悲痛な面持ちになった。
「お飾りの爵位だと考えている人もいたと思います。ですが、実際に王族を陰でお守りしていたのです。証拠になるかわかりませんが、国民の平均寿命は六十歳に届きません。しかし王族は八十歳前後と長命です」
「言われてみれば、たしかにそうだ」
レオポルドだけでなく、集まっていた人々がざわつく。歴史を紐解いてみても、王族は長寿だ。
「王家の寿命の代償として、我が一族が骨董遺物に『美貌』を捧げていたのです」
これも、実はココの造り出した大噓だと知る者はノアしかいない。
シュードルフの秘宝は、美貌を吸い取る代わりにシュードルフ一族を守護するものだ。決して王族を守るためのものではない。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢とバレて、仕方ないから本性をむき出す
岡暁舟
恋愛
第一王子に嫁ぐことが決まってから、一年間必死に修行したのだが、どうやら王子は全てを見破っていたようだ。婚約はしないと言われてしまった公爵令嬢ビッキーは、本性をむき出しにし始めた……。
「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚
ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。
※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。
エンジェリカの王女
四季
ファンタジー
天界の王国・エンジェリカ。その王女であるアンナは王宮の外の世界に憧れていた。
ある日、護衛隊長エリアスに無理を言い街へ連れていってもらうが、それをきっかけに彼女の人生は動き出すのだった。
天使が暮らす天界、人間の暮らす地上界、悪魔の暮らす魔界ーー三つの世界を舞台に繰り広げられる物語。
著作者:四季 無断転載は固く禁じます。
※この作品は、2017年7月~10月に執筆したものを投稿しているものです。
※この作品は「小説カキコ」にも掲載しています。
※この作品は「小説になろう」にも掲載しています。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる