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7、人徳者には金のカフスボタンを
第44話
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「ああ、もう嫌だ。嫌だ嫌だ。なんでこんな目に遭わなくちゃならないんだ……!」
ニールは泣きそうな顔をしながら肩を落としていた。
「どうしてこんなことになってしまったんだ。僕はなにも悪いことをしていないのに、どうして……!」
ココはニールの手を握った。
「可哀そうなニール。都合が悪くなると相手を切り捨て、自分のことを棚に上げて自己憐憫に震えるのね。つくづく救いようがないわ」
「わかってくれるんだね、僕はなにも悪いことをしていないのになぜ、こんなことに巻き込まれなくてはならないんだ」
「――それこそがあなたの業だからよ。もういいわ、彼の精神を壊しちゃって」
ココが両手をパチンと叩くと、ニールはハッとしたように瞬きを繰り返す。こめかみを抑えながら唸った。
「あれ、僕はいったい……?」
すると、隣に腰を下ろしていたココが心配そうな顔をしてきた。
「気分が悪いからと、少し眠っていたところよ。具合はいかが?」
ニールは瞬きを繰り返し、背もたれに預けていた背を浮かせた。
「大丈夫。なんだかすっきりしてきた気がする!」
「よかったわ。それで、今日は私にお話があったのよね、ニール?」
そうだった、とニールは飛び起きるようにしてココの手を握った。
「今すぐ議会に提案書を出して、ココを貴族に戻そうと思っているんだ。シュードルフとして復権できるようにね」
「まあ!」
ココは両手を合わせて目を輝かせる。
「君が家長になって、あのイヤリングをまた装着すべきだからね。君もそう思っているんだね、一緒の気持ちでいられるなんて嬉しいよ」
ニールは自分で言って、満足したようにうなずく。
「こんなことになった原因は、ココ、君なんだ。君が責任を取らなくちゃいけない。そうでしょう、ランフォート伯爵」
急に話を振られたノアは、あいまいに返事をしていた。しかしニールはそれを肯定と受け取る。
「ほら、ランフォート伯爵もそうするべきだって言っているよ。わかっていないかもしれないけれど、君は今多くの人に迷惑をかけているんだよ」
「そうね、きっとそうだわ。ニールの言う通りよ」
「そうだよ。君があのイヤリングを外さなければよかったんだから!」
「私が間違っていたのね」
「わかってくれるよね、僕の苦しみを。君が迷惑をかけてわたしを困らせていると言うことを」
ノアがあきれたように肩を落とすのが見えた。
「僕も頑張るよ。だからまたココは、シュードルフ家の家長になって、責任を取ってね。罪をきちんとあがなわなくっちゃなんだよ」
ココはうるんだような瞳でニールを覗き込んできた。
「そんなに苦しめていたなんて……だったらニール、議会を通さずとも、殿下に直接お話をしたらどうかしら? そのほうが、手っ取り早く私も罪を償えるわ」
「そうか、そうだね! その手があった!」
ココはニールの手をぎゅっと包み込んできた。
「本当は私が行って話をしなくちゃだけど……私は今や一般庶民だから、お目通りも叶わないわ。ニールに任せるしかないの」
「レオポルド陛下は幼馴染だから、僕の話をしっかり聞いてくれるに違いないよ。任せてほしい」
「いまは緊急事態よ。『シュードルフの秘宝』は陛下の生命にかかわってくるから。万が一、ステイシーの身になにかあったら……」
陛下は未婚の上、後継ぎもいない。今、国王に不幸な出来事が起きたとすれば、その責任はニールだけに留まらないはずだった。
「つまり、フレイソン公爵家は歴史から消される……! なんてことだ。すぐにココにイヤリングを装着させなくちゃ!」
「ニールの気持ちを陛下にぶつけてきてね」
「任せて、ココ」
「頼もしいわね。期待しているわ」
ココは自身のドレスの袖口についていた、美しい彫金細工のカフスボタンを外し、ニールの両手に載せた。
「これを私だと思って、一緒に陛下の前に連れていって。わたしの思いも込めたから……これがあれば、殿下の真の御心もわかるはずよ」
小さいながらも存在感の強いカフスボタンに、ニールは目を見開いた。それは、受け取った手のひらが、急に熱く感じられるほどの熱量がある。
力がどんどん湧き上がってくるような気がして、ニールは大きくうなずいた。
「ありがとう。今から陛下と話をしてくるよ。必ず、この悪夢を終わらせてみせるから!」
「待っているわね」
手を取り合い微笑みながらココとニールは約束を交わす。
しかし、狂ってしまったニールがこのあと、ココの前に訪れることは二度となかった。
ココの言う通り、カフスがさよならの代わりになってしまった。
ニールは泣きそうな顔をしながら肩を落としていた。
「どうしてこんなことになってしまったんだ。僕はなにも悪いことをしていないのに、どうして……!」
ココはニールの手を握った。
「可哀そうなニール。都合が悪くなると相手を切り捨て、自分のことを棚に上げて自己憐憫に震えるのね。つくづく救いようがないわ」
「わかってくれるんだね、僕はなにも悪いことをしていないのになぜ、こんなことに巻き込まれなくてはならないんだ」
「――それこそがあなたの業だからよ。もういいわ、彼の精神を壊しちゃって」
ココが両手をパチンと叩くと、ニールはハッとしたように瞬きを繰り返す。こめかみを抑えながら唸った。
「あれ、僕はいったい……?」
すると、隣に腰を下ろしていたココが心配そうな顔をしてきた。
「気分が悪いからと、少し眠っていたところよ。具合はいかが?」
ニールは瞬きを繰り返し、背もたれに預けていた背を浮かせた。
「大丈夫。なんだかすっきりしてきた気がする!」
「よかったわ。それで、今日は私にお話があったのよね、ニール?」
そうだった、とニールは飛び起きるようにしてココの手を握った。
「今すぐ議会に提案書を出して、ココを貴族に戻そうと思っているんだ。シュードルフとして復権できるようにね」
「まあ!」
ココは両手を合わせて目を輝かせる。
「君が家長になって、あのイヤリングをまた装着すべきだからね。君もそう思っているんだね、一緒の気持ちでいられるなんて嬉しいよ」
ニールは自分で言って、満足したようにうなずく。
「こんなことになった原因は、ココ、君なんだ。君が責任を取らなくちゃいけない。そうでしょう、ランフォート伯爵」
急に話を振られたノアは、あいまいに返事をしていた。しかしニールはそれを肯定と受け取る。
「ほら、ランフォート伯爵もそうするべきだって言っているよ。わかっていないかもしれないけれど、君は今多くの人に迷惑をかけているんだよ」
「そうね、きっとそうだわ。ニールの言う通りよ」
「そうだよ。君があのイヤリングを外さなければよかったんだから!」
「私が間違っていたのね」
「わかってくれるよね、僕の苦しみを。君が迷惑をかけてわたしを困らせていると言うことを」
ノアがあきれたように肩を落とすのが見えた。
「僕も頑張るよ。だからまたココは、シュードルフ家の家長になって、責任を取ってね。罪をきちんとあがなわなくっちゃなんだよ」
ココはうるんだような瞳でニールを覗き込んできた。
「そんなに苦しめていたなんて……だったらニール、議会を通さずとも、殿下に直接お話をしたらどうかしら? そのほうが、手っ取り早く私も罪を償えるわ」
「そうか、そうだね! その手があった!」
ココはニールの手をぎゅっと包み込んできた。
「本当は私が行って話をしなくちゃだけど……私は今や一般庶民だから、お目通りも叶わないわ。ニールに任せるしかないの」
「レオポルド陛下は幼馴染だから、僕の話をしっかり聞いてくれるに違いないよ。任せてほしい」
「いまは緊急事態よ。『シュードルフの秘宝』は陛下の生命にかかわってくるから。万が一、ステイシーの身になにかあったら……」
陛下は未婚の上、後継ぎもいない。今、国王に不幸な出来事が起きたとすれば、その責任はニールだけに留まらないはずだった。
「つまり、フレイソン公爵家は歴史から消される……! なんてことだ。すぐにココにイヤリングを装着させなくちゃ!」
「ニールの気持ちを陛下にぶつけてきてね」
「任せて、ココ」
「頼もしいわね。期待しているわ」
ココは自身のドレスの袖口についていた、美しい彫金細工のカフスボタンを外し、ニールの両手に載せた。
「これを私だと思って、一緒に陛下の前に連れていって。わたしの思いも込めたから……これがあれば、殿下の真の御心もわかるはずよ」
小さいながらも存在感の強いカフスボタンに、ニールは目を見開いた。それは、受け取った手のひらが、急に熱く感じられるほどの熱量がある。
力がどんどん湧き上がってくるような気がして、ニールは大きくうなずいた。
「ありがとう。今から陛下と話をしてくるよ。必ず、この悪夢を終わらせてみせるから!」
「待っているわね」
手を取り合い微笑みながらココとニールは約束を交わす。
しかし、狂ってしまったニールがこのあと、ココの前に訪れることは二度となかった。
ココの言う通り、カフスがさよならの代わりになってしまった。
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