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6、叫びの婦人
第36話
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ココは絵画の前に歩み寄ると、婦人をじっと見つめた。
「あなたは、叫びたくなるくらいなにかお悩みでも?」
『あらいやだ、あたくし叫んでなんかいませんわ。昔、劇で見た恋愛物語を思い出して感動していたところですの』
叫んでいないという婦人の主張に、ココもノアも首をかしげた。
「ココにも聞こえただろう? あれで叫んでいないとは言えない」
「まあ、たしかに」
今一度絵を見ると、画中の婦人の思い出し泣きは収まったようで、今度は急にキラキラした笑顔になっている。
『あたくしはお話しするのが大好きですのよ。通りがかる道具たちにいつも話しかけておりますの』
「あなたはつまり、おしゃべりしているだけなのね。でも、私たちには悲鳴に聞こえている」
この城の備品である絵画は、つまり骨董遺物《アンティークジェム》だ。
ココが見たところ、額縁に着けられている金色の細工が天使の涙から作られているようだ。
骨董遺物は、守護天使への『信仰心』を集めるために、当初は教会の装飾や祈りの道具として作られていた。
しかし、より効率よく『信仰心』を収集するため、日用品に彫金技術が転用されることになった。
また時代が下るにつれて、多種多様な用途を持つ道具に彫金技術が使われるようになっていく。
そうなってくると、本来の目的から外れたような骨董遺物も現れた。信仰心が集められるのかわからないようなものにまで、天使の涙が使われるようになったのだ。
この額縁も、近代的な彫金細工のひとつだろう。
つまりこの絵の婦人は、骨董遺物の額縁をつけられたことによって動くようになってしまったに違いない。
天使様の絵を入れておくのなら良かったのだろうが、たまたま婦人の絵がこの額縁をつけられてしまった。
「もしかして、婦人の『声』が画中に溜まり……凝縮されたそれが限界を超えたときに一気に解き放たれて、悲鳴のように聞こえているのか?」
「そういうこともあるかもしれないわね」
ノアとココの会話を聞いていた婦人は、両手で自身の頬を抑えた。
『それで、あたくしは定期的にカバーをかぶせられていたわけですのね!』
骨董遺物《アンティーク・ジェム》は、装着した人物本人に力を発揮する。しかし、場合によっては周りにまでも影響を及ぼすことがある。
今回の場合、骨董遺物は婦人の絵に影響を与えてしまったのだろう。
「であれば、どうやってこの絵に溜まる声を解消するかが問題だ」
ノアはうーんと腕組みをしながら考え始める。
「ココが命令しちゃえば、一発で解消かもしれないけれど」
ただ一言、ココが『おしゃべりをするな』と命じれば、婦人の絵はココの許可が下りるまで黙り続けるだろう。
なにしろココには、天使から得た骨董遺物を従えられる力がある。
「それは最終手段にしましょう」
ココもなにいい案はないか頭をひねった。
夜中に叫ばれてしまうのは困る。どうしたものかと悩んでいると、婦人が身を乗り出すようにしてきた。
『そこのかわいらしいお嬢さん。あなたはこのお城の新入りさんですの? あたくしの声が聞こえるのね』
ココは思わず自分の姿を確認した。可愛らしいと言われることなどない、いびつな見た目をしているはずだ。それなのに婦人は、ココが驚いている間にも、『ふふふ』と上品に笑った。
「え、ええまあ。初めまして、ココと言います」
『あらかわいいお名前ね。ところでココちゃん、恋のお話はできるかしら?』
耳打ちするような仕草とともに予想外の話題を振られて、ココは「恋の話?」と目を丸くした。
『そおよ。あなただってお年頃でしょう? 好きな人の一人や二人、婚約者候補のお相手とか、たくさんいるのではなくて?』
「そういった相手は……私は恋愛にはご縁がなくて」
それどころか、婚約者には振られて義姉に乗り換えられている。ついでに言えば、この枯れ枝のような見た目では、誰からも声がかかるはずがない。
しかし、ココが返事をしたことですっかり機嫌をよくしたのか、饒舌になった婦人は話が止まらない。
あまりにも話しかけられるので、ココは悲鳴対策を考えるどころではなくなってしまった。
そんな二人の様子を見ていたノアは、なにかひらめいたように「そうか」とつぶやいた。
「どうしたの? なにか名案が浮かんだ?」
「今まで一方的に彼女が話していたから、絵の中に余分な力が溜まってしまったんじゃないかな。会話ができれば、溜まることなく外に流れるかもしれない」
ノアは口の端を持ち上げる。
「悲鳴の対処法は、ココが彼女の話し相手になることかもしれない」
「……なるほど。一理あるわね」
話し相手ならいつだってなれると思っていると、ノアが腰を折ってココと目線を合わせてくる。
「ココ、良かったら婦人の絵と話をしてほしい。夜中に突然悲鳴で起こされないのなら、それが一番だから」
「いいわよ。でも……恋の話はできないけどね」
「わたしとのなれそめを語ってくれてもいいんだけれど」
ノアがたっぷりの笑顔で見つめてくるのだが、ココは彼の形のいい鼻先をちょんとつつき「考えておくわ」と答えるにとどめた。
「あなたは、叫びたくなるくらいなにかお悩みでも?」
『あらいやだ、あたくし叫んでなんかいませんわ。昔、劇で見た恋愛物語を思い出して感動していたところですの』
叫んでいないという婦人の主張に、ココもノアも首をかしげた。
「ココにも聞こえただろう? あれで叫んでいないとは言えない」
「まあ、たしかに」
今一度絵を見ると、画中の婦人の思い出し泣きは収まったようで、今度は急にキラキラした笑顔になっている。
『あたくしはお話しするのが大好きですのよ。通りがかる道具たちにいつも話しかけておりますの』
「あなたはつまり、おしゃべりしているだけなのね。でも、私たちには悲鳴に聞こえている」
この城の備品である絵画は、つまり骨董遺物《アンティークジェム》だ。
ココが見たところ、額縁に着けられている金色の細工が天使の涙から作られているようだ。
骨董遺物は、守護天使への『信仰心』を集めるために、当初は教会の装飾や祈りの道具として作られていた。
しかし、より効率よく『信仰心』を収集するため、日用品に彫金技術が転用されることになった。
また時代が下るにつれて、多種多様な用途を持つ道具に彫金技術が使われるようになっていく。
そうなってくると、本来の目的から外れたような骨董遺物も現れた。信仰心が集められるのかわからないようなものにまで、天使の涙が使われるようになったのだ。
この額縁も、近代的な彫金細工のひとつだろう。
つまりこの絵の婦人は、骨董遺物の額縁をつけられたことによって動くようになってしまったに違いない。
天使様の絵を入れておくのなら良かったのだろうが、たまたま婦人の絵がこの額縁をつけられてしまった。
「もしかして、婦人の『声』が画中に溜まり……凝縮されたそれが限界を超えたときに一気に解き放たれて、悲鳴のように聞こえているのか?」
「そういうこともあるかもしれないわね」
ノアとココの会話を聞いていた婦人は、両手で自身の頬を抑えた。
『それで、あたくしは定期的にカバーをかぶせられていたわけですのね!』
骨董遺物《アンティーク・ジェム》は、装着した人物本人に力を発揮する。しかし、場合によっては周りにまでも影響を及ぼすことがある。
今回の場合、骨董遺物は婦人の絵に影響を与えてしまったのだろう。
「であれば、どうやってこの絵に溜まる声を解消するかが問題だ」
ノアはうーんと腕組みをしながら考え始める。
「ココが命令しちゃえば、一発で解消かもしれないけれど」
ただ一言、ココが『おしゃべりをするな』と命じれば、婦人の絵はココの許可が下りるまで黙り続けるだろう。
なにしろココには、天使から得た骨董遺物を従えられる力がある。
「それは最終手段にしましょう」
ココもなにいい案はないか頭をひねった。
夜中に叫ばれてしまうのは困る。どうしたものかと悩んでいると、婦人が身を乗り出すようにしてきた。
『そこのかわいらしいお嬢さん。あなたはこのお城の新入りさんですの? あたくしの声が聞こえるのね』
ココは思わず自分の姿を確認した。可愛らしいと言われることなどない、いびつな見た目をしているはずだ。それなのに婦人は、ココが驚いている間にも、『ふふふ』と上品に笑った。
「え、ええまあ。初めまして、ココと言います」
『あらかわいいお名前ね。ところでココちゃん、恋のお話はできるかしら?』
耳打ちするような仕草とともに予想外の話題を振られて、ココは「恋の話?」と目を丸くした。
『そおよ。あなただってお年頃でしょう? 好きな人の一人や二人、婚約者候補のお相手とか、たくさんいるのではなくて?』
「そういった相手は……私は恋愛にはご縁がなくて」
それどころか、婚約者には振られて義姉に乗り換えられている。ついでに言えば、この枯れ枝のような見た目では、誰からも声がかかるはずがない。
しかし、ココが返事をしたことですっかり機嫌をよくしたのか、饒舌になった婦人は話が止まらない。
あまりにも話しかけられるので、ココは悲鳴対策を考えるどころではなくなってしまった。
そんな二人の様子を見ていたノアは、なにかひらめいたように「そうか」とつぶやいた。
「どうしたの? なにか名案が浮かんだ?」
「今まで一方的に彼女が話していたから、絵の中に余分な力が溜まってしまったんじゃないかな。会話ができれば、溜まることなく外に流れるかもしれない」
ノアは口の端を持ち上げる。
「悲鳴の対処法は、ココが彼女の話し相手になることかもしれない」
「……なるほど。一理あるわね」
話し相手ならいつだってなれると思っていると、ノアが腰を折ってココと目線を合わせてくる。
「ココ、良かったら婦人の絵と話をしてほしい。夜中に突然悲鳴で起こされないのなら、それが一番だから」
「いいわよ。でも……恋の話はできないけどね」
「わたしとのなれそめを語ってくれてもいいんだけれど」
ノアがたっぷりの笑顔で見つめてくるのだが、ココは彼の形のいい鼻先をちょんとつつき「考えておくわ」と答えるにとどめた。
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