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2、シュードルフの秘宝
第10話
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サインをするときココがステイシーに近づかないように壁になっていた係たちは、誰ともなく今度はポーラを止めに入る。
ココはさらに怯えたように目を伏せながら口を開いた。
「お望み通り『シュードルフの秘宝』を取り、家長をお譲りしただけでございます」
「こんなことになるなんて、一言も聞いていない!」
ココが涙ぐむと、ポーラを止めに入る係の数が増えた。
「言えるわけがありません。秘宝が『美貌を吸い取る』という事実は、シュードルフにしか伝わらないことなのです……!」
ポーラが汚い言葉で罵ってくるが、ココはさらに涙を目のふちに溜めた。
「それを伝える前に、イヤリングを装着したのはステイシー様ではございませんか?」
それが事実であるからこそ、説得力が生まれる。
二人のやり取りを目撃していた貴族は、ココの言動を遮ったステイシーを目の当たりにしていたのだから。
「私は、イヤリングが骨董遺物だから、ずっと心配しておりました」
骨董遺物と聞いて、ニールが眉根を寄せ、見物人たちはおびえ始める。
ニールは厳しい顔をしながらココに向き直った。
「どうにかならないかな……これではあまりにも」
「ですから、今まで安易に誰かに引き継がせることも、お渡しもせずにいたんです。巻き込んでしまうから」
縮れて引きつり、皺やシミによって茶色くなってしまう皮膚。喉はいつも枯れて声までもが張りを失っていた。
外に出れば化け物とののしられ、家の中でもひどい扱いを受けた。
本来ならば、決してそんな待遇になることはなかったはずだ。今までのシュードルフの家長は、災難をその身に一身に受けることから、大事に扱われてきていた歴史がある。
だが、マッソンの無知とポーラ達の理解のなさによって、ココも母もひどい生活をしなくてはならなかった。
――その恨みの深さを、彼らはなに一つ知らない。
フレイソン大公爵が目を見開き、わなわなと口元を震わせながら言葉を発した。
「まさか。こうなる事態を恐れて、家族の誰一人も貴族登録していなかったのか?」
ココの無言は、確実に肯定と受け止められた。
「なんということだ……」
フレイソン公爵は、ココの涙目の演技を信じた。
一方、今や偽物となってしまったシュードルフ一族は、見るからに乱心状態で暴れている。
「小娘! いますぐ、今すぐこれを外しなさいっ!」
娘の狂乱ぶりにポーラは喚き散らして医者を呼び、マッソンは顔面蒼白のまま一歩も動けないでいる。
「外せ、外せってば!」
半狂乱になったステイシーが叫ぶが、ココは首を横に振る。
「できませんとお伝えしました。それは王家に降り注ぐ厄災を祓うとされるものです」
言ってから、ココは目を見開いて口元を抑えることを忘れない。
いかにも、『秘密にしておかなければならないことを口走ってしまった』とばかりに見えたはずだ。
シュードルフの秘宝が王家に降り注ぐ災いを防ぐというは、もちろんココの作り出した噓だ。
だがこの通常とはかけ離れた状況で、ココの言が嘘であると見抜ける人間はいない。
「外せ外せはずせぇええ!」
なおもステイシーは耳を引きちぎろうとするが、手が目に見えないなにかに弾かれる。何度も試すが、弾かれた彼女の手が血まみれになっていくだけだった。
医者たちも駆け寄ってくるが、手の付けられない程ステイシーは暴れてしまう。
そのうち、警備兵たちまでもがやってきて彼女を取り押さえた。
「おやめください、ステイシー様!」
ココは彼女に近寄るが、ステイシーの腕に打たれる。よろけると、すかさずノアの腕がココを包み込んだ。
ちょっとやりすぎたかもしれないが、ノアの美貌も手伝って、ココは悲劇のヒロインに見えたに違いない。
「外せ! 外せよバカども! 能無し! なにしてるのよっ!」
婚約者のひどい姿に、今にもバランスを崩して倒れそうなほどニールは全身を震わせていた。
「誰か、彼女からイヤリングを取ってあげられないのか? そうだ、ランフォート伯爵、あなたなら……」
一縷の望みをかけて頼んできたニールに向かい、ノアは首を横に振った。
「不可能です。あれがシュードルフの……ひいては王族のためのものだとしたら。下手に外せばどうなるか」
含みを持ったノアの言葉に、正しく反応できたのはフレイソン大公爵だけだった。その証拠に、彼は血の気のない顔をしてノアに一歩近づき顔を寄せてきた。
「つまり、外すと厄介なことが王族の身に起こると?」
「確信はありませんが、ココの母の死と先王崩御は、たしか同じ時、同じ場所ではなかったでしょうか?」
先王を崩御に至らしめた痛ましい事故が、この骨董遺物に絡んでのことだと言われても、誰にもそれが嘘か本当か証明できない。
しかし、もしもイヤリングの機能が本当だったら、ステイシーから外そうとした時点で反逆罪になりかねない。
それは想像を超える一大事だ。
ノアは神妙な面持ちを崩さず、腕に抱いているココを覗き込むようにする。
「ココ、この骨董遺物は王族となにか関係があるのか?」
訊かれたココは小さく頷いた。ノアは渋い表情になって、声のトーンを落とす。
「であれば、もし無理やり耳飾りを外そうものなら、謀反の疑いをかけられます」
つまり、公爵家の滅亡を意味することになりかねない。
ノアのとどめの一言ですべてを察したフレイソン大公爵は、ひきつけを起こしそうなほど震えた。
ステイシーの豹変に気が動転していたニールは、大公爵とノアの会話を聞いていなかったようだ。近づいてくると、悲痛な面持ちで懇願してくる。
「父上、ランフォート伯爵に頼んで、ステイシーのイヤリングを外して――」
「ならん!」
しかし、と言い募るニールやマッソンたちに向けて、フレイソン大公爵は苦々しく首を横に振る。
「だめだ。とにかく、外すことはできない」
そんなやり取りをしていると、床にうずくまっていたステイシーのまとめ髪がはらりと解ける。
白くなった髪の色にさらに彼女は悲鳴を上げた。
頭皮に触れると零れ落ちてくる大量のフケ、手で梳くとごっそりと抜けて指に絡まる白髪。
その姿をしっかり目に焼き付けながら、ココは笑い声が出そうになった。
(醜いと罵っていた姿と同じになるなんて。ステイシー、あなたの自業自得よ)
つい口元がにやけてしまい、それを隠そうとノアの胸に顔をうずめる。
「……ノア、帰るわよ。挨拶はこれくらいでいいわ」
小声で撤退を伝えると、ノアはうなずいた。ノアとココが立ち上がったところで、フレイソン大公爵が口を開く。
「ランフォート伯爵殿、こんなことになって厚かましいのだが……」
骨董遺物は、この国で誰にもどうにもできない。
対応できるのは、表向きはノアのみ。だから、フレイソン大公爵は情けない表情でノアに縋ってきた。
「どうにかできるように尽力します。ランフォート城に帰って、調べ物をさせてください」
わかったと頷く大公爵の横で、ニールが声を荒げる。
「そんな、ランフォート伯爵! 待ってください!」
追いかけるように伸ばされたニールの腕を止めたのは、フレイソン大公爵だ。
ココは、彼らが己の無力さに打ちひしがれている姿を胸中で笑った。
ノアが尽力することこそ、破滅へ続く罠だ。それに気づかないうちに、この王国から彼らは消えているだろう。
「いやあああっ!」
断末魔の叫び声を上げたあと、ステイシーが白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
枯れ枝のようになってしまった彼女は、まるで生きる屍のようだ。
会場中が唖然とする中、ココとノアはその場を去っていった。
ココはさらに怯えたように目を伏せながら口を開いた。
「お望み通り『シュードルフの秘宝』を取り、家長をお譲りしただけでございます」
「こんなことになるなんて、一言も聞いていない!」
ココが涙ぐむと、ポーラを止めに入る係の数が増えた。
「言えるわけがありません。秘宝が『美貌を吸い取る』という事実は、シュードルフにしか伝わらないことなのです……!」
ポーラが汚い言葉で罵ってくるが、ココはさらに涙を目のふちに溜めた。
「それを伝える前に、イヤリングを装着したのはステイシー様ではございませんか?」
それが事実であるからこそ、説得力が生まれる。
二人のやり取りを目撃していた貴族は、ココの言動を遮ったステイシーを目の当たりにしていたのだから。
「私は、イヤリングが骨董遺物だから、ずっと心配しておりました」
骨董遺物と聞いて、ニールが眉根を寄せ、見物人たちはおびえ始める。
ニールは厳しい顔をしながらココに向き直った。
「どうにかならないかな……これではあまりにも」
「ですから、今まで安易に誰かに引き継がせることも、お渡しもせずにいたんです。巻き込んでしまうから」
縮れて引きつり、皺やシミによって茶色くなってしまう皮膚。喉はいつも枯れて声までもが張りを失っていた。
外に出れば化け物とののしられ、家の中でもひどい扱いを受けた。
本来ならば、決してそんな待遇になることはなかったはずだ。今までのシュードルフの家長は、災難をその身に一身に受けることから、大事に扱われてきていた歴史がある。
だが、マッソンの無知とポーラ達の理解のなさによって、ココも母もひどい生活をしなくてはならなかった。
――その恨みの深さを、彼らはなに一つ知らない。
フレイソン大公爵が目を見開き、わなわなと口元を震わせながら言葉を発した。
「まさか。こうなる事態を恐れて、家族の誰一人も貴族登録していなかったのか?」
ココの無言は、確実に肯定と受け止められた。
「なんということだ……」
フレイソン公爵は、ココの涙目の演技を信じた。
一方、今や偽物となってしまったシュードルフ一族は、見るからに乱心状態で暴れている。
「小娘! いますぐ、今すぐこれを外しなさいっ!」
娘の狂乱ぶりにポーラは喚き散らして医者を呼び、マッソンは顔面蒼白のまま一歩も動けないでいる。
「外せ、外せってば!」
半狂乱になったステイシーが叫ぶが、ココは首を横に振る。
「できませんとお伝えしました。それは王家に降り注ぐ厄災を祓うとされるものです」
言ってから、ココは目を見開いて口元を抑えることを忘れない。
いかにも、『秘密にしておかなければならないことを口走ってしまった』とばかりに見えたはずだ。
シュードルフの秘宝が王家に降り注ぐ災いを防ぐというは、もちろんココの作り出した噓だ。
だがこの通常とはかけ離れた状況で、ココの言が嘘であると見抜ける人間はいない。
「外せ外せはずせぇええ!」
なおもステイシーは耳を引きちぎろうとするが、手が目に見えないなにかに弾かれる。何度も試すが、弾かれた彼女の手が血まみれになっていくだけだった。
医者たちも駆け寄ってくるが、手の付けられない程ステイシーは暴れてしまう。
そのうち、警備兵たちまでもがやってきて彼女を取り押さえた。
「おやめください、ステイシー様!」
ココは彼女に近寄るが、ステイシーの腕に打たれる。よろけると、すかさずノアの腕がココを包み込んだ。
ちょっとやりすぎたかもしれないが、ノアの美貌も手伝って、ココは悲劇のヒロインに見えたに違いない。
「外せ! 外せよバカども! 能無し! なにしてるのよっ!」
婚約者のひどい姿に、今にもバランスを崩して倒れそうなほどニールは全身を震わせていた。
「誰か、彼女からイヤリングを取ってあげられないのか? そうだ、ランフォート伯爵、あなたなら……」
一縷の望みをかけて頼んできたニールに向かい、ノアは首を横に振った。
「不可能です。あれがシュードルフの……ひいては王族のためのものだとしたら。下手に外せばどうなるか」
含みを持ったノアの言葉に、正しく反応できたのはフレイソン大公爵だけだった。その証拠に、彼は血の気のない顔をしてノアに一歩近づき顔を寄せてきた。
「つまり、外すと厄介なことが王族の身に起こると?」
「確信はありませんが、ココの母の死と先王崩御は、たしか同じ時、同じ場所ではなかったでしょうか?」
先王を崩御に至らしめた痛ましい事故が、この骨董遺物に絡んでのことだと言われても、誰にもそれが嘘か本当か証明できない。
しかし、もしもイヤリングの機能が本当だったら、ステイシーから外そうとした時点で反逆罪になりかねない。
それは想像を超える一大事だ。
ノアは神妙な面持ちを崩さず、腕に抱いているココを覗き込むようにする。
「ココ、この骨董遺物は王族となにか関係があるのか?」
訊かれたココは小さく頷いた。ノアは渋い表情になって、声のトーンを落とす。
「であれば、もし無理やり耳飾りを外そうものなら、謀反の疑いをかけられます」
つまり、公爵家の滅亡を意味することになりかねない。
ノアのとどめの一言ですべてを察したフレイソン大公爵は、ひきつけを起こしそうなほど震えた。
ステイシーの豹変に気が動転していたニールは、大公爵とノアの会話を聞いていなかったようだ。近づいてくると、悲痛な面持ちで懇願してくる。
「父上、ランフォート伯爵に頼んで、ステイシーのイヤリングを外して――」
「ならん!」
しかし、と言い募るニールやマッソンたちに向けて、フレイソン大公爵は苦々しく首を横に振る。
「だめだ。とにかく、外すことはできない」
そんなやり取りをしていると、床にうずくまっていたステイシーのまとめ髪がはらりと解ける。
白くなった髪の色にさらに彼女は悲鳴を上げた。
頭皮に触れると零れ落ちてくる大量のフケ、手で梳くとごっそりと抜けて指に絡まる白髪。
その姿をしっかり目に焼き付けながら、ココは笑い声が出そうになった。
(醜いと罵っていた姿と同じになるなんて。ステイシー、あなたの自業自得よ)
つい口元がにやけてしまい、それを隠そうとノアの胸に顔をうずめる。
「……ノア、帰るわよ。挨拶はこれくらいでいいわ」
小声で撤退を伝えると、ノアはうなずいた。ノアとココが立ち上がったところで、フレイソン大公爵が口を開く。
「ランフォート伯爵殿、こんなことになって厚かましいのだが……」
骨董遺物は、この国で誰にもどうにもできない。
対応できるのは、表向きはノアのみ。だから、フレイソン大公爵は情けない表情でノアに縋ってきた。
「どうにかできるように尽力します。ランフォート城に帰って、調べ物をさせてください」
わかったと頷く大公爵の横で、ニールが声を荒げる。
「そんな、ランフォート伯爵! 待ってください!」
追いかけるように伸ばされたニールの腕を止めたのは、フレイソン大公爵だ。
ココは、彼らが己の無力さに打ちひしがれている姿を胸中で笑った。
ノアが尽力することこそ、破滅へ続く罠だ。それに気づかないうちに、この王国から彼らは消えているだろう。
「いやあああっ!」
断末魔の叫び声を上げたあと、ステイシーが白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
枯れ枝のようになってしまった彼女は、まるで生きる屍のようだ。
会場中が唖然とする中、ココとノアはその場を去っていった。
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