上 下
13 / 68
2、シュードルフの秘宝

第10話

しおりを挟む
 サインをするときココがステイシーに近づかないように壁になっていた係たちは、誰ともなく今度はポーラを止めに入る。

 ココはさらに怯えたように目を伏せながら口を開いた。

「お望み通り『シュードルフの秘宝』を取り、家長をお譲りしただけでございます」

「こんなことになるなんて、一言も聞いていない!」

 ココが涙ぐむと、ポーラを止めに入る係の数が増えた。

「言えるわけがありません。秘宝が『美貌を吸い取る』という事実は、シュードルフにしか伝わらないことなのです……!」

 ポーラが汚い言葉で罵ってくるが、ココはさらに涙を目のふちに溜めた。

「それを伝える前に、イヤリングを装着したのはステイシー様ではございませんか?」

 それが事実であるからこそ、説得力が生まれる。

 二人のやり取りを目撃していた貴族は、ココの言動を遮ったステイシーを目の当たりにしていたのだから。

「私は、イヤリングが骨董遺物アンティークジェムだから、ずっと心配しておりました」

 骨董遺物アンティークジェムと聞いて、ニールが眉根を寄せ、見物人たちはおびえ始める。

 ニールは厳しい顔をしながらココに向き直った。

「どうにかならないかな……これではあまりにも」

「ですから、今まで安易に誰かに引き継がせることも、お渡しもせずにいたんです。巻き込んでしまうから」

 縮れて引きつり、皺やシミによって茶色くなってしまう皮膚。喉はいつも枯れて声までもが張りを失っていた。

 外に出れば化け物とののしられ、家の中でもひどい扱いを受けた。

 本来ならば、決してそんな待遇になることはなかったはずだ。今までのシュードルフの家長は、災難をその身に一身に受けることから、大事に扱われてきていた歴史がある。

 だが、マッソンの無知とポーラ達の理解のなさによって、ココも母もひどい生活をしなくてはならなかった。

 ――その恨みの深さを、彼らはなに一つ知らない。

 フレイソン大公爵が目を見開き、わなわなと口元を震わせながら言葉を発した。

「まさか。こうなる事態を恐れて、家族の誰一人も貴族登録していなかったのか?」

 ココの無言は、確実に肯定と受け止められた。

「なんということだ……」

 フレイソン公爵は、ココの涙目の演技を信じた。

 一方、今や偽物となってしまったシュードルフ一族は、見るからに乱心状態で暴れている。

「小娘! いますぐ、今すぐこれを外しなさいっ!」

 娘の狂乱ぶりにポーラは喚き散らして医者を呼び、マッソンは顔面蒼白のまま一歩も動けないでいる。

「外せ、外せってば!」

 半狂乱になったステイシーが叫ぶが、ココは首を横に振る。

「できませんとお伝えしました。それは王家に降り注ぐ厄災を祓うとされるものです」

 言ってから、ココは目を見開いて口元を抑えることを忘れない。

 いかにも、『』とばかりに見えたはずだ。

 シュードルフの秘宝が王家に降り注ぐ災いを防ぐというは、もちろんココの作り出した噓だ。

 だがこの通常とはかけ離れた状況で、ココの言が嘘であると見抜ける人間はいない。

「外せ外せはずせぇええ!」

 なおもステイシーは耳を引きちぎろうとするが、手が目に見えないなにかに弾かれる。何度も試すが、弾かれた彼女の手が血まみれになっていくだけだった。

 医者たちも駆け寄ってくるが、手の付けられない程ステイシーは暴れてしまう。

 そのうち、警備兵たちまでもがやってきて彼女を取り押さえた。

「おやめください、ステイシー様!」

 ココは彼女に近寄るが、ステイシーの腕に打たれる。よろけると、すかさずノアの腕がココを包み込んだ。

 ちょっとやりすぎたかもしれないが、ノアの美貌も手伝って、ココは悲劇のヒロインに見えたに違いない。

「外せ! 外せよバカども! 能無し! なにしてるのよっ!」

 婚約者のひどい姿に、今にもバランスを崩して倒れそうなほどニールは全身を震わせていた。

「誰か、彼女からイヤリングを取ってあげられないのか? そうだ、ランフォート伯爵、あなたなら……」

 一縷の望みをかけて頼んできたニールに向かい、ノアは首を横に振った。

「不可能です。あれがシュードルフの……ひいては王族のためのものだとしたら。下手に外せばどうなるか」

 含みを持ったノアの言葉に、正しく反応できたのはフレイソン大公爵だけだった。その証拠に、彼は血の気のない顔をしてノアに一歩近づき顔を寄せてきた。

「つまり、外すと厄介なことが王族の身に起こると?」

「確信はありませんが、ココの母の死と先王崩御は、たしか同じ時、同じ場所ではなかったでしょうか?」

 先王を崩御に至らしめた痛ましい事故が、この骨董遺物に絡んでのことだと言われても、誰にもそれが嘘か本当か証明できない。

 しかし、もしもイヤリングの機能が本当だったら、ステイシーから外そうとした時点で反逆罪になりかねない。

 それは想像を超える一大事だ。

 ノアは神妙な面持ちを崩さず、腕に抱いているココを覗き込むようにする。

「ココ、この骨董遺物は王族となにか関係があるのか?」

 訊かれたココは小さく頷いた。ノアは渋い表情になって、声のトーンを落とす。

「であれば、もし無理やり耳飾りを外そうものなら、謀反の疑いをかけられます」

 つまり、公爵家の滅亡を意味することになりかねない。

 ノアのとどめの一言ですべてを察したフレイソン大公爵は、ひきつけを起こしそうなほど震えた。

 ステイシーの豹変に気が動転していたニールは、大公爵とノアの会話を聞いていなかったようだ。近づいてくると、悲痛な面持ちで懇願してくる。

「父上、ランフォート伯爵に頼んで、ステイシーのイヤリングを外して――」

「ならん!」

 しかし、と言い募るニールやマッソンたちに向けて、フレイソン大公爵は苦々しく首を横に振る。

「だめだ。とにかく、外すことはできない」

 そんなやり取りをしていると、床にうずくまっていたステイシーのまとめ髪がはらりと解ける。

 白くなった髪の色にさらに彼女は悲鳴を上げた。

 頭皮に触れると零れ落ちてくる大量のフケ、手で梳くとごっそりと抜けて指に絡まる白髪。

 その姿をしっかり目に焼き付けながら、ココは笑い声が出そうになった。

(醜いと罵っていた姿と同じになるなんて。ステイシー、あなたの自業自得よ)

 つい口元がにやけてしまい、それを隠そうとノアの胸に顔をうずめる。

「……ノア、帰るわよ。挨拶はこれくらいでいいわ」

 小声で撤退を伝えると、ノアはうなずいた。ノアとココが立ち上がったところで、フレイソン大公爵が口を開く。

「ランフォート伯爵殿、こんなことになって厚かましいのだが……」

 骨董遺物は、この国で誰にもどうにもできない。

 対応できるのは、表向きはノアのみ。だから、フレイソン大公爵は情けない表情でノアに縋ってきた。

「どうにかできるように尽力します。ランフォート城に帰って、調べ物をさせてください」

 わかったと頷く大公爵の横で、ニールが声を荒げる。

「そんな、ランフォート伯爵! 待ってください!」

 追いかけるように伸ばされたニールの腕を止めたのは、フレイソン大公爵だ。

 ココは、彼らが己の無力さに打ちひしがれている姿を胸中で笑った。

 ノアが尽力することこそ、破滅へ続く罠だ。それに気づかないうちに、この王国から彼らは消えているだろう。

「いやあああっ!」

 断末魔の叫び声を上げたあと、ステイシーが白目を剥いて膝から崩れ落ちる。

 枯れ枝のようになってしまった彼女は、まるで生きる屍のようだ。

 会場中が唖然とする中、ココとノアはその場を去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢とバレて、仕方ないから本性をむき出す

岡暁舟
恋愛
第一王子に嫁ぐことが決まってから、一年間必死に修行したのだが、どうやら王子は全てを見破っていたようだ。婚約はしないと言われてしまった公爵令嬢ビッキーは、本性をむき出しにし始めた……。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

完結 幽閉された王女

音爽(ネソウ)
ファンタジー
愛らしく育った王女には秘密があった。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

処理中です...