骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
6 / 67
1、ココと黄金の骨董品たち

第4話

しおりを挟む

 *

 金銀財宝を目にしても、目がくらむこともなく守り抜く清廉さ。さらに国内外の美術品の流通にも目を光らせる、気高き役職。

 ランフォートこそ、王家の誠実な臣下だと人々は称える。

 ココたちは、国民から畏敬の念を集める場所、『ランフォート城』に向かっていた。

「……遅くなってごめんね、ココ。準備に手間取ってしまって」

 ノアは切なそうに目を細めた。

「七年ぶりね」

 ココとノアは、十年前一緒に育った。

 メルゾの死の際に離れ離れになったものの、こうしてまた巡り逢えた。

「ノアが助けてくれると信じていたわ」

 彼の銀灰色の瞳には、深い慈愛が溢れている。ココの髪の毛を手櫛で整えながら撫でた。

「ココを使用人みたいに扱うなんて、あいつら絶対に許さない。やっぱり、今から戻って殺してもいい?」

 ノアの声は穏やかだが目は笑っていない。

「千回くらい切り刻みたい」

 本当にやりかねないほどの殺気を感じ取り、ココは苦笑いをかみ殺した。

「だめよ。きちんと手順を踏まないと」

「それはそうなんだけど」

 二人は、復讐を胸に今日まで生きてきた。二人が合流した時にやることはたった一つ――世界を転覆させることだ。

「順番が大事よ。そうじゃないと、上手くいくことも空回りしてしまう。だから私は、今から天使様に謁見するわ」

 ココは口の端を持ち上げる。

「御意。もちろん、準備はできているよ」

 ノアと一緒に微笑みあっていたところで、馬車はロイデンハウンの城壁を抜けた。

 すると、一気に開放感の溢れる草原が広がる。ここは城壁外でも景勝地が続く、美しい場所だ。

 たなびく風に揺れる木々の間の道を抜け、馬車は湖に向かっている。

 湖の中央には誰もがため息をつくほどの美しい教会風の城、『ランフォート城』が建っていた。

 湖畔に近づくにつれ、風が強くなっていく。

 そして城の目前まで来て、そこがただの城ではないと気が付く。

 居住目的で作られたような外観かと思えるが、木々に隠れて見えていなかっただけで、強固な鋸歯型の幕壁カーテンウォールが視界に入ってくる。

 さらに、教会の鐘塔ベルタワーのように見えていたのは主塔キープだ。

 ランフォート城は、明らかに城塞フォートレスとして建立されている。

 理由は至極簡単。

 主塔の一番上に、この国の『守護天使様』が眠っているからだ。

 実はランフォート伯爵が守っているのは、国王の金銀財宝だけではない。

 悪魔との戦いで負傷した『守護天使様』の見張りも兼ねており、むしろそれが本命ともいえる。

 湖の手前まで馬車は速度を落として進んでいく。

 周りに木々が生い茂っているせいか、ロイデンハウンの城壁内よりも少々寒く感じた。

「もう少しで到着するよ」

 馬車がゆるゆると停まったかと思うと、御者が扉を開けに来る。

 先に降りたノアに手を引かれ、タラップを使い地面に降り立つとすぐ近くに城がそびえたっていた。

 御者は馬をいったん桟橋の脇につなぎ、湖の天然のお堀を挟んで向こう側の門塔《ゲートハウス》になにか合図を送ったようだ。

 すると湖の向こうから、鉄で補強された樫の木素材でできた巨大な跳ね橋が、こちらに向かって降りてきた。

「すばらしいわ」

 ココが感動していると、跳ね橋が桟橋にぴったり合致する。

 あっという間に城へ続く道ができた。

「行こう、ココ」

 のばされたノアの手を掴む前に、ココは御者にお礼を伝えようと振り返る。

 だがなんと、御者は黒い影のような姿をしていて目も鼻も口もなかった。

 ハンチング帽を持ち上げてココに礼をすると、影の御者はくるりと振り返って馬の手入れをし始めてしまう。

 その馬も、よく見るとたてがみが黒いもやでできている。

 それらの動きを見ていると、橋を先に歩いていたノアに呼ばれた。ココは急いで彼の高い背を追う。

 隣に並びながら見上げると、ノアがちらっとココを見下ろしてきた。

「驚いた?」

「まさか。この私が?」

「だよね。ココこそ、骨董遺物アンティークジェムを作った偉人たちの末裔だもの」

 骨董遺物は天使様の恵みであると聖典に書かれているが、実際は違う。

 悪魔との戦いによって負傷した天使様の傷を癒すために、秘密裏に民たちから『信仰心』を集める道具だ。

 今でこそ守護天使様の存在は身近になったが、建国当時、宗教観念がなかった人々から『信仰心』を集めるのは容易ではなかった。

 そこで、人々が使う道具に天使の黄金の涙で細工を施し、使った人々から効率よく『信仰心』を収集できるようにした。

 道具が人々から『信仰心』を吸い取り、天使様を治癒していることは国家秘密である。

 なぜなら、『信仰心』とはつまり人間の『生命力』を奪うことに等しいからだ。

「……骨董遺物を正しく使えるかどうかは、今も昔も持ち主次第なのよね」

 骨董遺物による弊害が出たのは、道具は道具であり、使う人によって変わるという理由だ。

 正しく使えばナイフは調理の道具だが、間違えば凶器にもなる。それと同じ原理が骨董遺物にも常に働く。

 つまり、よこしまな心を持って使えば骨董遺物は悪い道具となり、正しい使いかたをすれば人々から必要なものを集められる。

「私はもちろん、正しく使うわ」

「ある意味、本当に正しい使いかたかもしれないね」

 二人が語りながら橋を渡り終えた瞬間。

 跳ね上げるための鎖が誰もいないのに、渡ってきた橋が勝手に巻き上がっていく。金具の一部に、天使様の涙が使われているのだ。

 この城はそういう場所で、一般人は危険すぎて不用意に立ち入ることができない。

 骨董遺物は所持者の『信仰心』を奪うと同時に、周りにいる人にまで影響を及ぼすものもあるのだ。

 だからこうして、専用の城で専用の役割を持った人物によって、厳重な管理が必要だった。

 道具を決して、間違って使わせないためにも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮
恋愛
少女は、ある日突然すべてを失った。 地位も、名誉も、家族も、友も、愛する婚約者も---。 ひとりの凶悪な令嬢によって人生の何もかもがひっくり返され、苦難と苦痛の地獄のような日々に突き落とされた少女が、ある村にたどり着き、心の平安を得るまでのお話。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...