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1、ココと黄金の骨董品たち
第2話
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*
ランフォート伯爵自ら祝いの品を持ってくると予想していなかったステイシーは大慌てだ。
急いでお茶の準備をするよう怒鳴られたココは、準備を済ませると応接間に運んだ。
ノックとともに入室しようとしたのだが、ポーラに先を拒まれた。
「あんたは気持ちが悪いんだからすっこんでな! もう一人の侍女はどうしたんだい!」
「先ほど怪我をしたので、執事長が手当をしています」
来客に驚いたステイシーは、すぐさま上等なドレスに着替えることにした。
その着替えを手伝った侍女がもたもたしたのが気に食わなかったらしく、つき飛ばしてしまった。運悪く侍女は家具の角に頭をぶつけて切ってしまい、さらに脳震盪を起こしている。
「どいつもこいつも、使えないやつらばかり。もういい、お前も下がってなさい」
追い返されそうになっていると、室内からポーラを呼ぶ青年の声が聞こえてきた。
「ポーラ夫人、早くこちらにいらしてください」
それは、穏やかな昼下がりの木漏れ日を連想させる柔らかい声だ。名前を呼ばれたポーラは、途端愛想笑いを浮かべて上品な奥様といった表情になる。
「お茶の準備をと思いまして」
「使用人に任せましょう。せっかくですから、お三方に見ていただきたいのです」
再度室内から来るように呼ばれてしまい、ポーラはココに給仕をさせるしかないと観念したようだ。
「お前、ランフォート伯爵の前で粗相をしたらただじゃおかないからね」
「わかっております」
念を押してくる彼女の後ろから、ココはワゴンを押して静かに入室すると、お茶の用意を始める。
机をはさんで向かって右手にはシュードルフ一家が。そして左手には上等な衣服に身を包んだ靑年が座っている。
(……ノア・ランフォート伯爵)
ステイシーが魂を抜かれたような顔をしているのも納得できる。
ソファに座る三人に話しかけているのは、人形かと思うような麗しい造形の青年だ。
通った鼻筋と左目の横にある泣きぼくろが印象に残る。闇色の髪に縁どられた肌は陶器のように滑らかだ。
灰銀色の涼やかな瞳で、卓上の品物を見つめながら解説している姿は、まるで天使が絵から抜け出てきたように優雅だった。
彼が醸し出す圧倒的な雰囲気に、シュードルフ一家は気おされてしまっている。
テーブルの上にカップを置いていくと、ランフォート伯爵が「ありがとう」と言いながらココを見上げ、そしてはたと手を止めた。
その一連の様子を見るなり、ポーラは血相を変える。
「おや、貴女は素敵なイヤリングをお付けになっていますね」
化け物と叫ばれるココの外見に驚かず、ノアは何事もなかったように笑顔を崩さなかった。
「それはその娘の母のものですの」
ポーラが気まずそうに説明すると、ノアが「へえ」と口元を緩める。
「素晴らしいデザインですね。彫金細工でしょうか。珍しいデザインですし、金貨百枚で買い取りができれば……と、失礼なことを言って申し訳ございません。つい、工芸品には目がなくて」
金貨百枚という言葉に、マッソンはじめ、ポーラとステイシーの目の色が変わる。
日々困窮に直面しているため、欠けているような銅貨でさえ、彼らは喉から手が出るほど欲しいのだ。
「伯爵様! よろしければその娘のイヤリングをお売りしますが、いかがでしょう」
マッソンは下心丸出しの下卑た笑みになりながら、ココの許可もなしにとんでもない提案を始めてしまった。
一瞬驚いたように瞬きをしたノアは、そのすぐ後にはちみつのような甘い笑顔になる。
「よろしいのですか?」
早速話を始めようとする二人に割って入るように、ココは口を開いた。
「これは、いにしえの力を持つ彫金細工です。私の力では物理的に外すことができません」
事実、ココは自分の耳についているイヤリングを外せない。もちろん、それには深い事情があった。
すると、ココの言を聞いたノアの目がきらりと輝いた。
「……つまり、骨董遺物ということですね?」
ノアの一言に、なんとも言えない空気が漂った。
ランフォート伯爵自ら祝いの品を持ってくると予想していなかったステイシーは大慌てだ。
急いでお茶の準備をするよう怒鳴られたココは、準備を済ませると応接間に運んだ。
ノックとともに入室しようとしたのだが、ポーラに先を拒まれた。
「あんたは気持ちが悪いんだからすっこんでな! もう一人の侍女はどうしたんだい!」
「先ほど怪我をしたので、執事長が手当をしています」
来客に驚いたステイシーは、すぐさま上等なドレスに着替えることにした。
その着替えを手伝った侍女がもたもたしたのが気に食わなかったらしく、つき飛ばしてしまった。運悪く侍女は家具の角に頭をぶつけて切ってしまい、さらに脳震盪を起こしている。
「どいつもこいつも、使えないやつらばかり。もういい、お前も下がってなさい」
追い返されそうになっていると、室内からポーラを呼ぶ青年の声が聞こえてきた。
「ポーラ夫人、早くこちらにいらしてください」
それは、穏やかな昼下がりの木漏れ日を連想させる柔らかい声だ。名前を呼ばれたポーラは、途端愛想笑いを浮かべて上品な奥様といった表情になる。
「お茶の準備をと思いまして」
「使用人に任せましょう。せっかくですから、お三方に見ていただきたいのです」
再度室内から来るように呼ばれてしまい、ポーラはココに給仕をさせるしかないと観念したようだ。
「お前、ランフォート伯爵の前で粗相をしたらただじゃおかないからね」
「わかっております」
念を押してくる彼女の後ろから、ココはワゴンを押して静かに入室すると、お茶の用意を始める。
机をはさんで向かって右手にはシュードルフ一家が。そして左手には上等な衣服に身を包んだ靑年が座っている。
(……ノア・ランフォート伯爵)
ステイシーが魂を抜かれたような顔をしているのも納得できる。
ソファに座る三人に話しかけているのは、人形かと思うような麗しい造形の青年だ。
通った鼻筋と左目の横にある泣きぼくろが印象に残る。闇色の髪に縁どられた肌は陶器のように滑らかだ。
灰銀色の涼やかな瞳で、卓上の品物を見つめながら解説している姿は、まるで天使が絵から抜け出てきたように優雅だった。
彼が醸し出す圧倒的な雰囲気に、シュードルフ一家は気おされてしまっている。
テーブルの上にカップを置いていくと、ランフォート伯爵が「ありがとう」と言いながらココを見上げ、そしてはたと手を止めた。
その一連の様子を見るなり、ポーラは血相を変える。
「おや、貴女は素敵なイヤリングをお付けになっていますね」
化け物と叫ばれるココの外見に驚かず、ノアは何事もなかったように笑顔を崩さなかった。
「それはその娘の母のものですの」
ポーラが気まずそうに説明すると、ノアが「へえ」と口元を緩める。
「素晴らしいデザインですね。彫金細工でしょうか。珍しいデザインですし、金貨百枚で買い取りができれば……と、失礼なことを言って申し訳ございません。つい、工芸品には目がなくて」
金貨百枚という言葉に、マッソンはじめ、ポーラとステイシーの目の色が変わる。
日々困窮に直面しているため、欠けているような銅貨でさえ、彼らは喉から手が出るほど欲しいのだ。
「伯爵様! よろしければその娘のイヤリングをお売りしますが、いかがでしょう」
マッソンは下心丸出しの下卑た笑みになりながら、ココの許可もなしにとんでもない提案を始めてしまった。
一瞬驚いたように瞬きをしたノアは、そのすぐ後にはちみつのような甘い笑顔になる。
「よろしいのですか?」
早速話を始めようとする二人に割って入るように、ココは口を開いた。
「これは、いにしえの力を持つ彫金細工です。私の力では物理的に外すことができません」
事実、ココは自分の耳についているイヤリングを外せない。もちろん、それには深い事情があった。
すると、ココの言を聞いたノアの目がきらりと輝いた。
「……つまり、骨董遺物ということですね?」
ノアの一言に、なんとも言えない空気が漂った。
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