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第二章 出立

第15話

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 一方。

 トゥオンは、父さまと母さまに言われたとおり、自室に引き下がってからじっとしていた。
 遠かったウルン大帝国の軍隊が、ラナカイ村に到着したのはその日の夕方近くだ。
 その数、およそ一万。これでも大国の軍事力の十分の一にも満たないと言われる数。しかし、たった数千人や数百人単位でしか住んでない山の民たちを、軍事力では叶わないぞと威嚇するには十分すぎる数だ。
 一万人の兵士たちは、ゆっくり進んでいるように見えたが、意外に進みは早かった。
 ラナカイ村周辺は、商隊キャラバンが通るおかげで、整備された道が多いのが、逆に彼らの進行を速める結果になったようだ。
 険しく気候の違う山道でも、ウルン大帝国軍の兵士たちは平気な様子でやってきた。平地の民が山岳地帯に来ると、たいがいが頭痛や吐き気を催す。
 これだけ多くの兵士たちが、それらの症状もなくこれたということは、しばらく山の中で待機していたのだろう。
 それこそ、侵略したというニニカ村やハンジャロー村周辺で、しばらく常駐していたのかもしれない。

 彼らは武装していたが、あからさまに攻めてくる姿勢ではなかった。代表格の数人が丁寧なあいさつとともに村に入ってくると、さらに一部の先頭の兵たちだけが入村した。
 そして、村の一番偉い人物――トゥオンの父と話をするため、代表者たちは屋敷にやってきた。
 そういうわけで、トゥオンの屋敷の広間には、ウルン大帝国の軍の上官たちと、父さまと中心としたラナカイ村の隊長たちが集まっている。
 お互いに気難しい顔をしていたが、一触即発という雰囲気ではない。それでもトゥオンは心がざわざわと落ち着かず、少しだけ開けた窓から外の様子をそっと見ていた。
 村の広場には、甲冑を来た兵たちが行儀良くきれいに並んでいる。先頭部隊の一部だが、彼らは皆一様に黒い髪に黒い目をしている。そして、両刃の剣を腰から下げていた。
 甲冑のせいで表情は見えにくいが、みな引き締まった表情をしているように思える。彼らだけでも広場はいっぱいなのに、さらに入りきらない兵たちは村の外にまであふれている。
 紫の旗をあちこちではためかせており、一見すると攻撃的なようには見えない。村が静まり返っていて空気は張りつめているが、今にも襲ってくる気配はない。

 それを裏付けるように、ヴァンは始めのうちは落ち着かない様子だったのだが、そのうちに飽きたのか寝てしまった。
 殺気を感じれば、いの一番にヴァンが起き上がって唸り始めるはずだ。ただ、耳だけはせわしなく動いている。よそ者たちに警戒を怠らないようにしているようだ。
 空が暗くなる少し前まで、ウルン大帝国軍の上官たちと、父さまや隊長たちは話をしていたようだ。
 もちろん、トゥオンの部屋から彼らの話し声が聞けることはない。廊下に出て聞き耳をたてれば少しは聞こえるかもしれないが、部屋から出るのが嫌だった。
 一番星が輝き始める少し前。
 ガタガタと人々が動く音が聞こえてきた。ヴァンに寄りかかりながらうとうとしていたトゥオンは、ハッとして目を開ける。

「ヴァン、みんな帰っていくみたい」

 窓からこそっと外を見ると、何事もなかったようにウルン大帝国の指揮官たちが屋敷から去って行く姿が見えた。

「なにもなかったのかな?」

 彼らからは、いったいなにがどうなったのか感じ取ることはできない。
 不安な気持ちを落ち着けようと、トゥオンはしきりにヴァンを撫で、ぎゅっとしがみ付いていた。
 トゥオンの気持ちを察したヴァンは、彼女に頬をこすりつけたり、尻尾の先でくすぐったりしてくる。
 硬いパンと干した果物をかじって、気分をまぎらわした。そのうちに夜がやってきた。

「明るいね、今日は特に……」

 いつもは真っ暗になるラナカイ村だが、ウルン大帝国軍の野営のかがり火があちこちでたかれているため、目に眩しいくらいに明るく感じる。夜空の星まで、霞んで見えるように感じた。
 一日中部屋にいるのも気が滅入る。ヴァンもきっと、窮屈に感じているだろうが一言も文句をいわなかった。
 そうして夜も更ける頃になってやっと、トゥオンの部屋に両親が訪れた。
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