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第十一章 恋草のピリ辛こんにゃく

第59話

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「本音を聞けてほっとしたわ」

 母の言葉に絃は言葉にならなくて、じっと彼女の顔を見つめていた。

「いつもあなたはピリピリしていて、天邪鬼でね。どことなくイラついているけど。今の絃の顔はとってもいい顔してる」

 ちょっとだけ恥ずかしくなって、絃は両手で顔を覆い隠した。手のひらから、頬の熱が伝わってくる。

 母はずっとずっと、絃のことを理解し続けてくれていたのだ。そう思うと、胸が締め付けられるようだ。

 実家に帰ることを倦厭し、家族と遠ざかっていたことが悔やまれる。姉も妹も、ずっと絃のことを心配してくれていたに違いない。もちろん、父も。

「絃がいうのなら、いい人なんでしょう。楽しみなさい、あなたの人生を」
「うん。ありがとう」

 たまには連絡をしよう。電話もしよう。帰れるときには帰って、怖い顔の父親の顔を見よう。

 そう決めると、急に切なさが込み上げてきた。

「人からは、いっぱい学ぶことがあるわ。だから、あなたの気持ちを大事にね、絃」

 今なにかを言うと、涙が出てきそうだった。絃は涙を流すまいと、お茶を一気に流し込んだ。

「……ところで、どんな人なの?」
「えっと」

 母がまるで小学生のガキ大将のような、ニタニタした笑顔で絃を小突く。
「背は高いの? 年齢は? 職業は? 趣味はなに? 絃とはどこで知り合ったの!?」
「待って待って、質問多すぎ!」

 思わずツッコんでから、同時にケラケラと笑っていた。

 しばらくしてから母親が「絃もそうやってずっと笑っていなさいよ、可愛いんだから」とまくし立てる。

「恋してるからかしら、本当に可愛くなったわ」
「そんなに違う?」
「違う違う、雰囲気が良くなったわよ」

 ストレートに言われてしまって、絃は照れる。

 母が根掘り葉掘り編集長のことを聞いてくるものだから、これは話さないといつまでも居座られるだろうとわかり、絃は出会った経緯を話す。

 居酒屋で声をかけられ、飲みにいくたびに顔を合わせるようになったこと。お蕎麦も食べに出かけて、美味しいものとお酒が好きということ。

 色々話しているうちに、好きという気持ちが、どんどん固まっていく。編集長への思いが、しっかり実感できる。

 大まかにすべてを話し終えると、いつの間にか暗くなっていた。母親は大慌てで帰る準備を始める。

「また来るわ。じゃあね、絃。お料理美味しかった」
「次はちゃんと事前連絡を早めにお願い」

 バス停まで見送り、絃は家に入った。外はまだまだ寒い。震えながら玄関の姿見の前に立ち、絃は自分の顔を覗き込む。

「……そんなに、違う?」

 しばらく自分自身とにらめっこしてみたのだが、なにが変わったのかわからないので止めた。

 残ったピリ辛こんにゃくを頬張りながら、テレビを見ることにする。

 お酒は飲まない。休肝日も、ときどきは大事だ。

「編集長、好きです」

 言ってからこんにゃくを口に入れる。

 耳に編集長の甘ったるい声の残響が聞こえるような気がした。

 その瞬間。大きな唐辛子の輪切りを噛んでしまって、あまりの辛さに飛び上がった。
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