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第十一章 恋草のピリ辛こんにゃく

第56話

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 母親いわく、絃もそろそろではないかとソワソワしているということらしい。

「だって、お姉ちゃんも絃の年齢の時には結婚していたし、鞠も結婚を考えている彼氏いるのよ。絃だけ全然、乙女な話聞かないんだもん。母さんちょっと心配よ?」

 二つ上の姉は、ずいぶんすっこ抜けた性格で母親にそっくりだ。そして、旦那となった彼氏はしっかりした人だった。

 三つ下の妹は、これまたちゃらんぽらんな性格で、絃だけが三姉妹の中で大真面目な性格に育った。

 天然に上下で挟まれてしまい、結果、絃だけは父親似の気難しい性格に育った。慎重派の父の性格を受け継ぎ、安易に結婚とか恋愛は考えられない。

「そんなこと心配するためにうちにきたの?」
「娘の心配をしているの、これでも母親なんだから。それに、ちっとも実家に顔も出さないし」
「……忙しくて」

 本当は、姉の結婚式の時に、飛行機の機材トラブルで帰国できなかったうしろめたさがあって、姉夫婦が共に暮らす二世帯住宅の実家に帰りにくいのだ。

 おそらく、姉はそんなことをみじんも気にしている人ではない。要は、絃の心持ちの問題だった。

「嘘言わないの。居心地悪いんでしょう?」

 天然とはいえ、母とはあなどれない生き物のようだ。

「それに、父さんとは関りが薄いものね。でもたまには帰ってきて、顔見せてあげると、あんな怖い顔の人でも喜ぶわよ」

 絃は苦笑いをした。

 実家は正直なところ、居心地が悪い。姉夫婦の件だけではなく、なんとなく話しづらい。

 決して仲が悪いわけではないのだが、共通の話題がない。それは、絃が海外で過ごしてしまったからで、家族旅行の写真に絃はあんまり写っていない。

「それでね、父さんが、絃もそろそろ結婚するんじゃないかって言っていてね。気になって確かめに来たんだけど……というよりあなた、いつもなに食べてるの?」

 整然とした台所を見て、母親は怪訝な顔をする。

 料理をする様子はかすかにあるが、毎日作っている感じではない。

 コーヒーは毎日欠かせないので、タンブラーや保温の水筒がきれいに洗って並べられていた。

 つまり、生活感がめちゃくちゃあるわけじゃないので、母は健康面を心配しはじめた。

 忙しくても食べ物は大事だと言い始めたので、しまい込んである一升瓶を見つけられたら厄介だ。

「ちゃんとしたもの食べているの? コンビニで済ませていない? カップラーメンとか。ダメよ、ちゃんと美味しいものを食べなくちゃ」
「それなら大丈夫。美味しいものを食べてるよ……居酒屋が多いけど」

 絃の返事に、母はふうと息を吐きながらミカンを剥いた。

「お酒もほどほどにしなさいね。手料理はするの? 台所がきれいすぎだけど」

 絃はさらに苦笑いをした。

「作るからなにか、食べてく?」

 絃の提案に、母はニコニコ笑った。この人は、後腐れも裏表もない。そこが、絃が安心できると思えるところだった。

「娘の手料理、やりぃ。父さんに自慢しなくっちゃ」
「じゃあ、座ってて。帰ったら夕飯の支度あるんだよね?」
「そうなのよ、たまには息抜きしたいから……今日はここでのんびりしよっかな」

 そうしてよ、と絃は笑い、安心したような母親の顔を見て、なんだか自分もほっとしたのだった。

 作ると言っても、食材のストックが多いわけではない。

 しかしせっかくだから、持って来てくれたカラスミを使おうと思い立った。
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