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長く短い真夏の殺意
第5話
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「最初にあの男を刺したのは、赤嶺咲子だな?」
「ええっ!? 彼女が!?」
黒岩は驚きの声を上げた。とても、誰かを刺せるような人物には見えなかったからだ。
「私が覚えているのは、私があの男を深く刺した部分のみです」
白鷺はそこまで言って口を閉じたが、再度話し始めた。
「……と言いたいところですが、なぜかデータを消したのに、すべて覚えています」
白鷺の告白に、青木も目を見開いた。
「あの日、あれはソファて寝ており、精神状態が限界に達していたお嬢様は、包丁を握りしめた手を男の腹の上にかざしてぼうっとしていました。もちろん、危害を加えるつもりは彼女にはなかったはずです」
しかしその時、悲劇が起きた。
「唸りながら寝返りを打ったことに驚いたお嬢様は、手に持っていた包丁をあれの腹に落として刺してしまったのです」
それは、青木と黒岩が想像していたのとまったく違っていた。
「お嬢様が恐怖で動けなくなってしまったため、私は彼女をソファにお連れしました。あれがうるさく呻いて耳障りだったので、私は刺さっていた包丁をさらに深く差し込みました」
黒岩は「待って待って」と話を遮った。
「無理だよね。だって、人に危害を加えることはできないプログラミングがされているはずじゃ」
「危害はすでに加えられていました。ですから私が新たに加えることにはなりません」
それは考えもしなかった盲点とも言える。
「私の行動構築で重要に設定されているのは、咲子お嬢様を第一にお守りすることです。私は自身の構築システムを確認したあと、男から包丁を抜き取り、お嬢様の指紋を拭き取りました」
「証拠隠滅のために、あんなに散らかしたと言うのか?」
青木の追求に、白鷺は頷いた。
「お嬢様の逮捕は最優先で回避すべきことです。倒れていたあれの生体反応が薄れたのを確認し、私はあれを保護対象プロトコルから外し、データを食材に書き換えて捌きました」
黒岩はまたもやハンカチで口元を抑えた。
「すべてが終わり、お嬢様が行なった部分のメモリーをサルベージ不可で完全消去しました」
「怪我人を前にして、救護プログラムがなぜ作動しなかった?」
「過去の事象の統計演算作業の結果です。『男を今殺す』ことと、『退院後にお嬢様を傷つける』ことの割合のトレードオフで、『殺す』が優先すべきと出ました」
「すべては、お前を構築するプログラミングの問題だと言いたいのか?」
「いいえ。私の意志によって、あれには死んでいただきました。プログラムは関係ありません」
白鷺は青木を見つめて、不思議そうに首をかたむけた。
「メモリーを完全に削除したのに、なぜか覚えています。今、私の身に起こっているバグは、メモリーデータが体内のどこかに残ってしまっていることでしょう」
「スキャンすればわかることだな」
「心臓のどこかに蓄積されているはずです。すが、この自白で私の犯行が決定づけられました。お嬢様が殺人犯ではないことの証明になります」
賢いロボットだな、と青木は肩を落とした。
「だがな、白鷺。なんであそこまでした? 証拠を隠すだけなら、あんなに痛めつける必要はなかったはずだ」
それに白鷺は黙りこくった。
――ここまでか。
青木は息を大きく吸うと、取り調べを中止した。だんまりを決め込んでいた白鷺が、出て行こうとする青木の背中に話しかけた。
「青木刑事さん。咲子お嬢様にお目通り願いたいのですが」
青木は「いいよ」と頷いた。白鷺は立ち上がり、律儀にお辞儀をした。
「ええっ!? 彼女が!?」
黒岩は驚きの声を上げた。とても、誰かを刺せるような人物には見えなかったからだ。
「私が覚えているのは、私があの男を深く刺した部分のみです」
白鷺はそこまで言って口を閉じたが、再度話し始めた。
「……と言いたいところですが、なぜかデータを消したのに、すべて覚えています」
白鷺の告白に、青木も目を見開いた。
「あの日、あれはソファて寝ており、精神状態が限界に達していたお嬢様は、包丁を握りしめた手を男の腹の上にかざしてぼうっとしていました。もちろん、危害を加えるつもりは彼女にはなかったはずです」
しかしその時、悲劇が起きた。
「唸りながら寝返りを打ったことに驚いたお嬢様は、手に持っていた包丁をあれの腹に落として刺してしまったのです」
それは、青木と黒岩が想像していたのとまったく違っていた。
「お嬢様が恐怖で動けなくなってしまったため、私は彼女をソファにお連れしました。あれがうるさく呻いて耳障りだったので、私は刺さっていた包丁をさらに深く差し込みました」
黒岩は「待って待って」と話を遮った。
「無理だよね。だって、人に危害を加えることはできないプログラミングがされているはずじゃ」
「危害はすでに加えられていました。ですから私が新たに加えることにはなりません」
それは考えもしなかった盲点とも言える。
「私の行動構築で重要に設定されているのは、咲子お嬢様を第一にお守りすることです。私は自身の構築システムを確認したあと、男から包丁を抜き取り、お嬢様の指紋を拭き取りました」
「証拠隠滅のために、あんなに散らかしたと言うのか?」
青木の追求に、白鷺は頷いた。
「お嬢様の逮捕は最優先で回避すべきことです。倒れていたあれの生体反応が薄れたのを確認し、私はあれを保護対象プロトコルから外し、データを食材に書き換えて捌きました」
黒岩はまたもやハンカチで口元を抑えた。
「すべてが終わり、お嬢様が行なった部分のメモリーをサルベージ不可で完全消去しました」
「怪我人を前にして、救護プログラムがなぜ作動しなかった?」
「過去の事象の統計演算作業の結果です。『男を今殺す』ことと、『退院後にお嬢様を傷つける』ことの割合のトレードオフで、『殺す』が優先すべきと出ました」
「すべては、お前を構築するプログラミングの問題だと言いたいのか?」
「いいえ。私の意志によって、あれには死んでいただきました。プログラムは関係ありません」
白鷺は青木を見つめて、不思議そうに首をかたむけた。
「メモリーを完全に削除したのに、なぜか覚えています。今、私の身に起こっているバグは、メモリーデータが体内のどこかに残ってしまっていることでしょう」
「スキャンすればわかることだな」
「心臓のどこかに蓄積されているはずです。すが、この自白で私の犯行が決定づけられました。お嬢様が殺人犯ではないことの証明になります」
賢いロボットだな、と青木は肩を落とした。
「だがな、白鷺。なんであそこまでした? 証拠を隠すだけなら、あんなに痛めつける必要はなかったはずだ」
それに白鷺は黙りこくった。
――ここまでか。
青木は息を大きく吸うと、取り調べを中止した。だんまりを決め込んでいた白鷺が、出て行こうとする青木の背中に話しかけた。
「青木刑事さん。咲子お嬢様にお目通り願いたいのですが」
青木は「いいよ」と頷いた。白鷺は立ち上がり、律儀にお辞儀をした。
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