3 / 9
長く短い真夏の殺意
第1話
しおりを挟む
「お前、まだそれを言うか?」
「はい。私が、旦那様を殺しました」
白鷺と名付けられていた、汎用執事型ロボットは、感情の見えない顔で答えた。感情が見えないのも当たり前で、白鷺はロボットだ。表情筋が人間ほど複雑に動くわけではない。
取り調べを続けていた青木は、頭をポリポリ掻いた。
「んなバカな。ロボットはそもそも、人に危害を加えないようにプログラミングされているはずだ」
「はい。ですが、私が旦那様を殺しました。これが、事実です」
「だから、それがあり得ないって言ってるんだよ」
この調子で、ずっと進展のないやり取りが続いていた。
「あり得ないんだよ、白鷺くん」
――そう、それは、あり得ないことなのだ。
ロボットの開発には必ず世界共通で決められているアンチオフェンシブ原則、通称、非攻撃プログラムが組み込まれるため、人に危害を加えることは絶対に無い。
ありえない。
たとえ人間にどんなに破壊されようと、ロボットは人間の攻撃性を受け入れるしかなく、防御することさえ叶わないのだ。
白鷺のような汎用執事型ロボットは、確実に漏れなくそれが適応されて造られる。
だからこそ、いつ何時なにをするかわからない人間の手伝いを雇うよりも、少々値は張るが、安全・安心・清潔な執事型ロボットのほうが人気だ。
いまや、各家庭になくてはならない家電と同じ扱いの機器で、どこの家電量販店でも売られている。
青木は大きなため息とともに、パソコンの検索画面を開く。
「バグがあんのか? お前、型番はいくつだ?」
「BHR434–0013492678–32番です」
警察専用の特殊データベースに入り、白鷺と同じ型番の汎用執事型ロボットのデータを引っ張り出す。
白鷺の答えた型をチェックすると、現在主流となっているプロダクションモデルの一つ前、テストタイプ型であると表示された。
「ふうん、テストタイプねぇ……」
BHR434型のバグと修正点は、時たま起こるメモリースティック内へのデータ転送の負荷によるフリーズ、年に数回のメンテナンス後の一分間の凍結現象、細やかな表情の構築不足のみだ。
それ以外の問題は特に見当たらない。改良版である現行型は、現在日本の経済市場を担う最大のマーケットを担っている。
よくできたテストタイプで、問題ないというのが一般認識で間違いない。
「大きく問題はなさそうだな」
BHR434型が起こした犯罪、事故、事件などはデータにはない。一分間のフリーズ現象の間に家事が起きてしまったとか、泥棒に入られたとか、データ転送に負荷がかかりすぎてショート発火したとか、些細ともいえるようなものだけだ。
「白鷺くん。ちなみに聞くが、動機は?」
「……」
白鷺はそもそも、重要参考人ではない。ロボットのため証拠品扱いとなるのが筋だ。
普通なら、彼の電源を切って本体を押収後、メモリースティックを抜いてデータ解析に回す流れだ。
だが、なぜか白鷺は一貫して「自分が殺した」と主張してくるので、ほかの捜査官たちの制止を押し切って、青木は彼を取調室に直行させることにした。
それなのに、いくら話をしても白鷺は動機については答えない。
「動機なんかないのかもな。そもそもロボットに感情はないし、プログラミングされているから、そういう風に見えるだけで……」
「私が、旦那様を殺しました」
「わーかったよ。じゃあ、それでいい。お前が主人を殺したと」
「私の主人は、お嬢様です」
白鷺は青木を見つめてくる。
感情に乏しいように見えるのは、表情筋がテストタイプでは開発不足だったと書かれているからだろう。
現行モデルは喜怒哀楽をしっかりと顔に乗せることができるし、肌も温かい。
白鷺は、現行モデルとは違う故に、どこか機械感が強かった。なのに、パーツであるはずの目を見ていると、なぜか青木は人間と対峙しているような錯覚に陥った。
疲れているのかもしれないと、目頭をぐりぐり押さえてから、パソコンの画面を変える。
「――お嬢様、ね」
画面に映し出されたのは、今回の事件の被害者の妻だ。まだ幼さの残る顔立ちに、清楚さと品格を併せ持つ、絵に描いたようなお嬢様と言った風貌。
「はい。僭越ながら、お嬢様がまだ小さい時より私は側でお仕えしておりました。私の主人は、お嬢様以外おりません」
「まあ、お前がだんまり決め込んだところで、メモリースティックのデータ解析が済めばそれが証拠だ」
青木はその日は一旦取り調べを終えた。
しかし、夜になって彼の元に飛び込んできたのは、メモリースティックのデータが壊れていてサルベージ不可というなんとも苦い報告だった。
「はい。私が、旦那様を殺しました」
白鷺と名付けられていた、汎用執事型ロボットは、感情の見えない顔で答えた。感情が見えないのも当たり前で、白鷺はロボットだ。表情筋が人間ほど複雑に動くわけではない。
取り調べを続けていた青木は、頭をポリポリ掻いた。
「んなバカな。ロボットはそもそも、人に危害を加えないようにプログラミングされているはずだ」
「はい。ですが、私が旦那様を殺しました。これが、事実です」
「だから、それがあり得ないって言ってるんだよ」
この調子で、ずっと進展のないやり取りが続いていた。
「あり得ないんだよ、白鷺くん」
――そう、それは、あり得ないことなのだ。
ロボットの開発には必ず世界共通で決められているアンチオフェンシブ原則、通称、非攻撃プログラムが組み込まれるため、人に危害を加えることは絶対に無い。
ありえない。
たとえ人間にどんなに破壊されようと、ロボットは人間の攻撃性を受け入れるしかなく、防御することさえ叶わないのだ。
白鷺のような汎用執事型ロボットは、確実に漏れなくそれが適応されて造られる。
だからこそ、いつ何時なにをするかわからない人間の手伝いを雇うよりも、少々値は張るが、安全・安心・清潔な執事型ロボットのほうが人気だ。
いまや、各家庭になくてはならない家電と同じ扱いの機器で、どこの家電量販店でも売られている。
青木は大きなため息とともに、パソコンの検索画面を開く。
「バグがあんのか? お前、型番はいくつだ?」
「BHR434–0013492678–32番です」
警察専用の特殊データベースに入り、白鷺と同じ型番の汎用執事型ロボットのデータを引っ張り出す。
白鷺の答えた型をチェックすると、現在主流となっているプロダクションモデルの一つ前、テストタイプ型であると表示された。
「ふうん、テストタイプねぇ……」
BHR434型のバグと修正点は、時たま起こるメモリースティック内へのデータ転送の負荷によるフリーズ、年に数回のメンテナンス後の一分間の凍結現象、細やかな表情の構築不足のみだ。
それ以外の問題は特に見当たらない。改良版である現行型は、現在日本の経済市場を担う最大のマーケットを担っている。
よくできたテストタイプで、問題ないというのが一般認識で間違いない。
「大きく問題はなさそうだな」
BHR434型が起こした犯罪、事故、事件などはデータにはない。一分間のフリーズ現象の間に家事が起きてしまったとか、泥棒に入られたとか、データ転送に負荷がかかりすぎてショート発火したとか、些細ともいえるようなものだけだ。
「白鷺くん。ちなみに聞くが、動機は?」
「……」
白鷺はそもそも、重要参考人ではない。ロボットのため証拠品扱いとなるのが筋だ。
普通なら、彼の電源を切って本体を押収後、メモリースティックを抜いてデータ解析に回す流れだ。
だが、なぜか白鷺は一貫して「自分が殺した」と主張してくるので、ほかの捜査官たちの制止を押し切って、青木は彼を取調室に直行させることにした。
それなのに、いくら話をしても白鷺は動機については答えない。
「動機なんかないのかもな。そもそもロボットに感情はないし、プログラミングされているから、そういう風に見えるだけで……」
「私が、旦那様を殺しました」
「わーかったよ。じゃあ、それでいい。お前が主人を殺したと」
「私の主人は、お嬢様です」
白鷺は青木を見つめてくる。
感情に乏しいように見えるのは、表情筋がテストタイプでは開発不足だったと書かれているからだろう。
現行モデルは喜怒哀楽をしっかりと顔に乗せることができるし、肌も温かい。
白鷺は、現行モデルとは違う故に、どこか機械感が強かった。なのに、パーツであるはずの目を見ていると、なぜか青木は人間と対峙しているような錯覚に陥った。
疲れているのかもしれないと、目頭をぐりぐり押さえてから、パソコンの画面を変える。
「――お嬢様、ね」
画面に映し出されたのは、今回の事件の被害者の妻だ。まだ幼さの残る顔立ちに、清楚さと品格を併せ持つ、絵に描いたようなお嬢様と言った風貌。
「はい。僭越ながら、お嬢様がまだ小さい時より私は側でお仕えしておりました。私の主人は、お嬢様以外おりません」
「まあ、お前がだんまり決め込んだところで、メモリースティックのデータ解析が済めばそれが証拠だ」
青木はその日は一旦取り調べを終えた。
しかし、夜になって彼の元に飛び込んできたのは、メモリースティックのデータが壊れていてサルベージ不可というなんとも苦い報告だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ネオ日本国~カテゴリーベストセレクション~
夜美神威
SF
夜美神威の
カテゴライズタイトル第一弾
テーマに沿った作品集
物語はパラレルワールドの日本
様々な職業・政府機関・民間組織など
ちょっと不思議なお話を集めてみました
カテゴリーベストセレクションとして
既存の作品の中からテーマ別に私の独断と偏見で
ピックアップして作品を完成させて行きたいです
「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)
あおっち
SF
港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。その第1次上陸先が苫小牧市だった。
これは、現実なのだ!
その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。
それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。
同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。
台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。
新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。
目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。
昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。
そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。
SF大河小説の前章譚、第4部作。
是非ご覧ください。
※加筆や修正が予告なしにあります。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
深淵から来る者たち
zip7894
SF
火星周回軌道で建造中の巨大ステーション・アビスゲート。
それは火星の古代遺跡で発見された未知のテクノロジーを利用した星間移動用のシステムだった。
航宙艦キリシマは月で建造されたアビスゲート用のハイパー核融合炉を輸送する輸送船の護衛任務につく。
月の演習に参加していたパイロットのフェルミナ・ハーカーは航宙艦キリシマの航空部隊にスカウトされ護衛任務に参加する事になった。
そんな中、アビスゲートのワームホールテストと同時に月と地球半球に広範囲の電子障害が発生したが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる