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奈良町、妖怪見聞録
第71話
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「あの本、一体だれが書いたんだ? ずいぶんと詳しく妖怪のことが書かれているみたいだし、絵まで添えられていて、まるで見えている人が書いたみたいに思えるけれども」
『見える人物が途中まで書いたんやけどな、もうそれ自体が妖に近いねん』
「本が、妖?」
水瀬が鞄から本を取り出して、俺たちはそれをじっとりと眺めた。どこにも妖怪らしさの欠片もなく、ただの書物に見える。白鹿は近寄ってきて本を眺めると、つんつんと鼻づらでつついた。
『左様。それはなあ、とある高僧が編集したものやねんけど、それが僧侶と一緒におるうちに、付喪神化したもんや』
「へえ、そんなことがあったのか」
俺はまじまじと妖怪本を見つめながら、水瀬にそれを伝えると、びっくりしたような顔をしながら、本のカバーをゆっくりと撫でた。
『新しい妖怪と出会えば、それを勝手に記録する。そこに飛鳥は載ってへんか? ああ、妖怪じみとるけど人間だったなあ』
「このやろう」
『冗談や。とまあ、そういうわけやし、妖怪のことを記録するのがその本の意思やし、それができる環境や人に近寄んねん。うってつけとちゃうか、二人とも』
「勝手に妖怪図鑑の監修者にされても困るぞ、こっちは」
それに鹿は何とも言えない表情をする。
『付喪神やねんから、大事にせな後々怖いで?』
そう言われて今度は俺の方がしかめっ面をした。
『まあ、縁があってお主らの所に来たわけやし、大事にするとええよ。大事にすればきっと、たくさんの幸福を連れてくるとか来ないとか……』
「何で最後があいまいなんだよ!」
俺の突っ込みに白鹿はにんまりと笑う。
『ごちゃごちゃ細かいことはとにかくおいて、捨てずに持っとるとええ。役に立たないと思ってることほど、意外と土壇場で役に立つことだってあんねんで。無駄だと思うことでもな、無駄なんか人生に一つもないんやで』
こんなものが役に立つことが来るのだろうかと訝しんだのだが、素晴らしい歯並びをまたもや見せびらかして、白鹿は『ほな、大事にせえ』と言って去って行ってしまった。
その場に取り残されて、何の意味を持つかわからない謎の付喪神もどきを押し付けられて、俺ははっきり言ってどうしていいのか分からない。
しかし、水瀬はというと、ただの本ではないと知った時点でたいそうなご機嫌っぷりで、悲惨だったおみくじの内容はすっかり忘れてしまったらしい。
俺は本を水瀬に渡して管理を任せることにした。これが、後々に〈妖研〉に代々伝わることとなった〈妖怪見聞録~模写版~〉の原本であり、それが後世にて文化的観点から重要な資料となり博物館に所蔵されることとなる――。
などということにはなるかどうかは分からないのだが、人生に無駄が一つもないというのであれば、今この瞬間でさえも尊いものだと思えるような気がしてくるものだ。それはそれで悪くないのかもしれないと、俺たちはまた今来た道を戻って、帰路へついた。
いったい何の騒ぎだったのだと思ったのだが、この妖本の謎が解けたわけであり、それをわざわざ伝えに来てくれたのだったとしたら、意外にも親切な神使であると感じた。態度はおいておいて、の話だが。
『見える人物が途中まで書いたんやけどな、もうそれ自体が妖に近いねん』
「本が、妖?」
水瀬が鞄から本を取り出して、俺たちはそれをじっとりと眺めた。どこにも妖怪らしさの欠片もなく、ただの書物に見える。白鹿は近寄ってきて本を眺めると、つんつんと鼻づらでつついた。
『左様。それはなあ、とある高僧が編集したものやねんけど、それが僧侶と一緒におるうちに、付喪神化したもんや』
「へえ、そんなことがあったのか」
俺はまじまじと妖怪本を見つめながら、水瀬にそれを伝えると、びっくりしたような顔をしながら、本のカバーをゆっくりと撫でた。
『新しい妖怪と出会えば、それを勝手に記録する。そこに飛鳥は載ってへんか? ああ、妖怪じみとるけど人間だったなあ』
「このやろう」
『冗談や。とまあ、そういうわけやし、妖怪のことを記録するのがその本の意思やし、それができる環境や人に近寄んねん。うってつけとちゃうか、二人とも』
「勝手に妖怪図鑑の監修者にされても困るぞ、こっちは」
それに鹿は何とも言えない表情をする。
『付喪神やねんから、大事にせな後々怖いで?』
そう言われて今度は俺の方がしかめっ面をした。
『まあ、縁があってお主らの所に来たわけやし、大事にするとええよ。大事にすればきっと、たくさんの幸福を連れてくるとか来ないとか……』
「何で最後があいまいなんだよ!」
俺の突っ込みに白鹿はにんまりと笑う。
『ごちゃごちゃ細かいことはとにかくおいて、捨てずに持っとるとええ。役に立たないと思ってることほど、意外と土壇場で役に立つことだってあんねんで。無駄だと思うことでもな、無駄なんか人生に一つもないんやで』
こんなものが役に立つことが来るのだろうかと訝しんだのだが、素晴らしい歯並びをまたもや見せびらかして、白鹿は『ほな、大事にせえ』と言って去って行ってしまった。
その場に取り残されて、何の意味を持つかわからない謎の付喪神もどきを押し付けられて、俺ははっきり言ってどうしていいのか分からない。
しかし、水瀬はというと、ただの本ではないと知った時点でたいそうなご機嫌っぷりで、悲惨だったおみくじの内容はすっかり忘れてしまったらしい。
俺は本を水瀬に渡して管理を任せることにした。これが、後々に〈妖研〉に代々伝わることとなった〈妖怪見聞録~模写版~〉の原本であり、それが後世にて文化的観点から重要な資料となり博物館に所蔵されることとなる――。
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いったい何の騒ぎだったのだと思ったのだが、この妖本の謎が解けたわけであり、それをわざわざ伝えに来てくれたのだったとしたら、意外にも親切な神使であると感じた。態度はおいておいて、の話だが。
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