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恋の悪霊、退散せよ
第55話
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『あんた、こっちに来なさい。悩み聞いたるわ』
「ええと、どちら様?」
それに鬼は目をくわっと見開いて見せる。そのあまりの形相につられて俺もそれに似た表情になり、道行く人が悲鳴を飲み込んで半歩飛び去った。言っておくが、本当に俺の顔が妖怪じみているわけではない。
『私は鬼神だ。青年、この寺の由来も知らんのか?』
「はあ……?」
どうも胡散臭かったのだが、断る気にもならないのでそのまま元興寺へと入り、見事な瓦屋根に見とれつつも、先を歩く自称〈鬼神〉の後をゆっくりと歩いてついて行った。
『近頃の若いもんには、覇気っちゅーもんがないなあ』
「そう言われましても、少々複雑な心境なもんで」
そうかそうかと頷きながら、鬼神はゆっくりと境内を歩く。奈良町のその多くが元々はこの元興寺の境内だったということで、実はこのお寺はものすごく厚い信仰を受けていたのだとか、鬼の伝説の話を何やら始めてしまう。
あれ、悩みの相談に乗ってくれるという話じゃなかったっけな、と思い始めた頃には、鬼神はすっかり饒舌に寺の歴史を嬉々として語っているので、どうにもこうにも話を遮ることができずにいた。
『そこでガゴジだとか、ガゴゼだとか言うんはな……』
「あのー、悩み、いつ聞いてくれるんでしょうか?」
俺がやっとそうツッコむと、目をぱちくりさせてそうだったな、とまたもや一つ咳ばらいをして、厳かに『では、青年よ』と言い出したところで俺は何やら疲れがどっと押し寄せた。
確かこんなことは、東大寺に行ったときにもなかったかと、デジャヴの恐ろしさを噛みしめる。二度あることは三度あるが、起こらないということを、ただただひたすらに祈った。
『青年、始めよう』
「ちょっと待って、いきなり何を始めるつもりだよ!?」
俺の制止を振り切って、鬼神はエイヤーっという掛け声とともに、何と俺の髪の毛をぎゅうぎゅうと引っ張ってくる。
「うっわ、痛い痛い痛い!」
人目につかない場所だったからいいものの、観光客や団体客がいるところでこんなことをされたらたまったもんじゃない。俺は引っ張られる髪の毛の痛みにムカッとして、思い切り鬼神の脇腹に肘鉄を食らわせた。
ぎゃふう、という悪役顔負けの断末魔を吐いて、鬼神は離れて行った。俺の髪の毛を手放したかと思うと、ぷるぷると震えながら脇腹を押さえている鬼神に、俺は複雑な顔を向けた。
『ふ……青年、やりおるな』
「そうじゃなくて! 何、何なんだよ、どうして俺の髪の毛引っ張ったんだよ!」
『悪霊退散だぞ、悪霊退散』
それに俺の方がきょとんとすると、鬼神はにっこりと笑って見せた。
「ええと、どちら様?」
それに鬼は目をくわっと見開いて見せる。そのあまりの形相につられて俺もそれに似た表情になり、道行く人が悲鳴を飲み込んで半歩飛び去った。言っておくが、本当に俺の顔が妖怪じみているわけではない。
『私は鬼神だ。青年、この寺の由来も知らんのか?』
「はあ……?」
どうも胡散臭かったのだが、断る気にもならないのでそのまま元興寺へと入り、見事な瓦屋根に見とれつつも、先を歩く自称〈鬼神〉の後をゆっくりと歩いてついて行った。
『近頃の若いもんには、覇気っちゅーもんがないなあ』
「そう言われましても、少々複雑な心境なもんで」
そうかそうかと頷きながら、鬼神はゆっくりと境内を歩く。奈良町のその多くが元々はこの元興寺の境内だったということで、実はこのお寺はものすごく厚い信仰を受けていたのだとか、鬼の伝説の話を何やら始めてしまう。
あれ、悩みの相談に乗ってくれるという話じゃなかったっけな、と思い始めた頃には、鬼神はすっかり饒舌に寺の歴史を嬉々として語っているので、どうにもこうにも話を遮ることができずにいた。
『そこでガゴジだとか、ガゴゼだとか言うんはな……』
「あのー、悩み、いつ聞いてくれるんでしょうか?」
俺がやっとそうツッコむと、目をぱちくりさせてそうだったな、とまたもや一つ咳ばらいをして、厳かに『では、青年よ』と言い出したところで俺は何やら疲れがどっと押し寄せた。
確かこんなことは、東大寺に行ったときにもなかったかと、デジャヴの恐ろしさを噛みしめる。二度あることは三度あるが、起こらないということを、ただただひたすらに祈った。
『青年、始めよう』
「ちょっと待って、いきなり何を始めるつもりだよ!?」
俺の制止を振り切って、鬼神はエイヤーっという掛け声とともに、何と俺の髪の毛をぎゅうぎゅうと引っ張ってくる。
「うっわ、痛い痛い痛い!」
人目につかない場所だったからいいものの、観光客や団体客がいるところでこんなことをされたらたまったもんじゃない。俺は引っ張られる髪の毛の痛みにムカッとして、思い切り鬼神の脇腹に肘鉄を食らわせた。
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『ふ……青年、やりおるな』
「そうじゃなくて! 何、何なんだよ、どうして俺の髪の毛引っ張ったんだよ!」
『悪霊退散だぞ、悪霊退散』
それに俺の方がきょとんとすると、鬼神はにっこりと笑って見せた。
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