上 下
57 / 74
恋の悪霊、退散せよ

第55話

しおりを挟む
『あんた、こっちに来なさい。悩み聞いたるわ』

「ええと、どちら様?」

 それに鬼は目をくわっと見開いて見せる。そのあまりの形相につられて俺もそれに似た表情になり、道行く人が悲鳴を飲み込んで半歩飛び去った。言っておくが、本当に俺の顔が妖怪じみているわけではない。

『私は鬼神だ。青年、この寺の由来も知らんのか?』

「はあ……?」

 どうも胡散臭かったのだが、断る気にもならないのでそのまま元興寺へと入り、見事な瓦屋根に見とれつつも、先を歩く自称〈鬼神〉の後をゆっくりと歩いてついて行った。

『近頃の若いもんには、覇気っちゅーもんがないなあ』

「そう言われましても、少々複雑な心境なもんで」

 そうかそうかと頷きながら、鬼神はゆっくりと境内を歩く。奈良町のその多くが元々はこの元興寺の境内だったということで、実はこのお寺はものすごく厚い信仰を受けていたのだとか、鬼の伝説の話を何やら始めてしまう。

 あれ、悩みの相談に乗ってくれるという話じゃなかったっけな、と思い始めた頃には、鬼神はすっかり饒舌に寺の歴史を嬉々として語っているので、どうにもこうにも話を遮ることができずにいた。

『そこでガゴジだとか、ガゴゼだとか言うんはな……』

「あのー、悩み、いつ聞いてくれるんでしょうか?」

 俺がやっとそうツッコむと、目をぱちくりさせてそうだったな、とまたもや一つ咳ばらいをして、厳かに『では、青年よ』と言い出したところで俺は何やら疲れがどっと押し寄せた。

 確かこんなことは、東大寺に行ったときにもなかったかと、デジャヴの恐ろしさを噛みしめる。二度あることは三度あるが、起こらないということを、ただただひたすらに祈った。

『青年、始めよう』

「ちょっと待って、いきなり何を始めるつもりだよ!?」

 俺の制止を振り切って、鬼神はエイヤーっという掛け声とともに、何と俺の髪の毛をぎゅうぎゅうと引っ張ってくる。

「うっわ、痛い痛い痛い!」

 人目につかない場所だったからいいものの、観光客や団体客がいるところでこんなことをされたらたまったもんじゃない。俺は引っ張られる髪の毛の痛みにムカッとして、思い切り鬼神の脇腹に肘鉄を食らわせた。

 ぎゃふう、という悪役顔負けの断末魔を吐いて、鬼神は離れて行った。俺の髪の毛を手放したかと思うと、ぷるぷると震えながら脇腹を押さえている鬼神に、俺は複雑な顔を向けた。

『ふ……青年、やりおるな』

「そうじゃなくて! 何、何なんだよ、どうして俺の髪の毛引っ張ったんだよ!」

『悪霊退散だぞ、悪霊退散』

 それに俺の方がきょとんとすると、鬼神はにっこりと笑って見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

AB型のセツメイ中だ! オラァッ!

アノオシキリ
キャラ文芸
“だれか私にキンタマを貸しなさいよッ!” こんなド直球な下ネタを冒頭に添えるギャグノベルがほかにあるか? ストーリーをかなぐり捨てた笑い一本で勝負した俺の四コマ風ノベルを読んでくれ! そして批評してくれ! 批判も大歓迎だ! どうせ誰も見ていないから言うが、 そこらにありふれた主人公とヒロインの、クスリともしねえ、大声出せばかねがね成立していると勘違いされる、しょうもないボケとツッコミが大嫌いだ! センスがねえ! 俺のセンスを見ろ! つまらなかったら狂ったように批判しろ! それでも、 読んで少しでも笑ったのなら俺の勝ちだねッ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ダグラス君

坂田火魯志
キャラ文芸
 海上自衛隊厚木基地に赴任した勝手は何と当直の時に厚木基地にあるマッカーサーの銅像の訪問を受けた、この銅像は厚木にいる自衛官達の間で話題になって。実際に厚木でこうしたお話はありません。

人喰い リョーラ

ササカマボコ
キャラ文芸
人を喰らう怪物リョーラと人間達の恐ろしく残酷な物語 圧倒的な力を持つ怪物に立ち向かうのか? 逃げるのか? それとも…

処理中です...