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鈍感乙女の、妖怪退治
第47話
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鹿県は国宝や重要文化財の宝庫なのだが、その中でも近鉄の駅からもほど近いポジションにある興福寺はまさに粒ぞろいの国宝がずらりと所蔵される、国宝の宝石箱ならぬ宝石寺である。
水瀬がまさか二年もこの地に住んでいて、いまだにこの国宝すし詰めスポットを見ていないというのは驚きだ。しかし、意外にも近くに住んでいる人物の方が、灯台下暗しで観光しないものなのである。
かくいう俺も、久々に真白な砂利が目にまぶしい境内へと入ると、その暑さと眩しさに潰れてしまいそうになる。前回訪れたのが、果たしていつだったか思い出せないほど遥か昔のことで、この白い砂利を踏むのは久方ぶりのような気がする。
めちゃくちゃ広すぎる境内には、鹿か人か鹿しかおらず、むしろ鹿の方が多いかと思うのはこれがまだ早朝だからで、昼頃になると人で溢れかえる。
早朝から出向いてきた観光客がのんびりと写真を撮ったり、散歩を楽しんだりする様子はまさしく平穏そのもので、全世界にこのような光景が広がれば戦争はなくなると思えるほどに、なんともゆるい空気感が流れていた。
「あれが五重塔ね」
「そうね、もう見ればわかるよね、五重だもんね」
水瀬がウキウキとそちらに向かって歩き出し、俺も引っ張られるがままについて行く。近くで見るとそれはたいそう立派な建物であることは間違いない。大昔にこの素晴らしい建築技術があり、そしてそれが残っているというのは奇跡としか思えないのである。
思わず見惚れてしまうその塔を久々に見上げながら、俺はまるで呪文のように言葉が出てきた。
「七三〇年に建てられてその後五回消失、現在の建物は一四二六年のもので日本の木造仏塔で二番目に高い」
すらすらと口から出てきたのは五重塔の歴史。脳内の片隅にこびりついていたようだったのだが、まさかこんなところで思い出すとは思わなかった。
「一番は?」
「京都の東寺だろ? 言っておくけど一緒に行かないからな。ちなみに建築年数は興福寺の方が先だから、歴史的にはこっちの方が二百年くらい日本一だったんだ」
「ほほう、さすがローカル民は知性が違いますねえ。勉強になります」
「棒読みで言うな! というか、なんで俺はこんなことを覚えているんだ? なんか偉い叩き込まれた記憶があるような、ないような……」
俺が何でこんな豆知識を持っているんだと、頭を抑え込んでしまった次の瞬間。頭上から何かが、バサバサと落ちてきた。びっくりしていると、さらに何かが頭の上からかけられる。不快に思いながらそれを手で触ると、ざらざらとした感触がした。
「何だこれ……砂?」
訝しんで五重塔を見上げれば、なんと、その塔の上にやせっぽっちでラーメンの出汁にとられたかと見間違うほどの、鳥ガラのような老婆が立っていた。屋根のギリギリまでせり出して、すきっぱの歯をちらつかせながら、しししししと笑う姿は驚くほど不気味で、危ないと声をかけようとして、それが妖怪であることに気がついた。
人であれば、まず屋根の上に上ることが不可能などころか、五重塔にさえ入ることができない。
『しししし、ほれ、あっちへ行け!』
そう言って、老婆は抱え込んだざるのようなものの中から、また新たに砂を俺に向かってまき散らし始めた。
水瀬がまさか二年もこの地に住んでいて、いまだにこの国宝すし詰めスポットを見ていないというのは驚きだ。しかし、意外にも近くに住んでいる人物の方が、灯台下暗しで観光しないものなのである。
かくいう俺も、久々に真白な砂利が目にまぶしい境内へと入ると、その暑さと眩しさに潰れてしまいそうになる。前回訪れたのが、果たしていつだったか思い出せないほど遥か昔のことで、この白い砂利を踏むのは久方ぶりのような気がする。
めちゃくちゃ広すぎる境内には、鹿か人か鹿しかおらず、むしろ鹿の方が多いかと思うのはこれがまだ早朝だからで、昼頃になると人で溢れかえる。
早朝から出向いてきた観光客がのんびりと写真を撮ったり、散歩を楽しんだりする様子はまさしく平穏そのもので、全世界にこのような光景が広がれば戦争はなくなると思えるほどに、なんともゆるい空気感が流れていた。
「あれが五重塔ね」
「そうね、もう見ればわかるよね、五重だもんね」
水瀬がウキウキとそちらに向かって歩き出し、俺も引っ張られるがままについて行く。近くで見るとそれはたいそう立派な建物であることは間違いない。大昔にこの素晴らしい建築技術があり、そしてそれが残っているというのは奇跡としか思えないのである。
思わず見惚れてしまうその塔を久々に見上げながら、俺はまるで呪文のように言葉が出てきた。
「七三〇年に建てられてその後五回消失、現在の建物は一四二六年のもので日本の木造仏塔で二番目に高い」
すらすらと口から出てきたのは五重塔の歴史。脳内の片隅にこびりついていたようだったのだが、まさかこんなところで思い出すとは思わなかった。
「一番は?」
「京都の東寺だろ? 言っておくけど一緒に行かないからな。ちなみに建築年数は興福寺の方が先だから、歴史的にはこっちの方が二百年くらい日本一だったんだ」
「ほほう、さすがローカル民は知性が違いますねえ。勉強になります」
「棒読みで言うな! というか、なんで俺はこんなことを覚えているんだ? なんか偉い叩き込まれた記憶があるような、ないような……」
俺が何でこんな豆知識を持っているんだと、頭を抑え込んでしまった次の瞬間。頭上から何かが、バサバサと落ちてきた。びっくりしていると、さらに何かが頭の上からかけられる。不快に思いながらそれを手で触ると、ざらざらとした感触がした。
「何だこれ……砂?」
訝しんで五重塔を見上げれば、なんと、その塔の上にやせっぽっちでラーメンの出汁にとられたかと見間違うほどの、鳥ガラのような老婆が立っていた。屋根のギリギリまでせり出して、すきっぱの歯をちらつかせながら、しししししと笑う姿は驚くほど不気味で、危ないと声をかけようとして、それが妖怪であることに気がついた。
人であれば、まず屋根の上に上ることが不可能などころか、五重塔にさえ入ることができない。
『しししし、ほれ、あっちへ行け!』
そう言って、老婆は抱え込んだざるのようなものの中から、また新たに砂を俺に向かってまき散らし始めた。
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