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気弱な天狗の、恋の治療
第42話
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「一反木綿、また会いに来てくれたのね、すごく嬉しい!」
『ほほほほほほ。ええもんやなあ、美少女に撫でまわされるっちゅーんは』
「おいこらおっさん。鼻の下、葛切りみたいにでれでれと伸ばしていないで、とっとと要件を言って立ち去ってくれ」
それに一反木綿は『そうやった!』とぽんと手を打った。その間にも水瀬はうっとりと布を見つめながら撫でまわして一人で話しかけている。
これははたから見ると、もはや犯罪に近い光景なのではないかと思って、俺はいったん話を止めて変態妖怪オタク一人とおっさん一反を連れて、家へと入って自室に逃げ込んだのであった。
「で、何の用だ、おっさん木綿」
首に巻き付かれて鬱陶しいので、それを解いてから床にポイっと投げ捨てると、一反木綿あらため、おっさん木綿はふわふわと浮き上がりながら、細い目をぱちくりとさせた。
『いやな、天狗の話しとったから来たんや。こないだおったよ、天狗』
「はいい? 天狗が、この近くに?」
俺が驚くのと、水瀬が食いつくのが同時だった。その水瀬に待て、と手を出すと、ぴたりと止まる。
『せや、せや。近くやで?』
「どこに居たのさ?」
『朱雀門や』
「朱雀門……平城宮跡の?」
せやせや、としきりに一反木綿は頷き、水瀬はいつの間に取り出したのか、いつも持ち歩いている妖怪観察ノートにその情報を書き込んでいる。
「願わくば、そこに行けば会えるとか言わないでほしいんだけど?」
『ああ、会えるで。何しろ、あの門のてっぺんで物思いに耽っとったさかい、まだおると思うで』
なるほどと俺が頷いていると、その翻訳を待っている水瀬がじりじりと熱い視線を投げかけて来ていて、今か今かと待っている。それに俺は今しがた一反木綿から聞いた話をすると、水瀬はすぐさまに立ち上がった。
「ええと、まさかとは思うけど、今から行く感じ?」
「そうよ、当たり前でしょう?」
「わかった。ここから近鉄で二駅で降りて、看板通りに行けば着くからな。ちなみにめちゃくちゃ広いし、歩いても歩いても門が近づいてこないけど、蜃気楼じゃなくて本当に実在しているからな」
俺がこれ以上ないほどにスマートに断ったのも虚しく、耳を引っ張られて涙が出そうになった。何をするんだと言い返そうとしたところを、水瀬の小さな顔が至近距離で覗き込んできて、吐息が俺の顔にかかった。
「あなた阿呆ですか。飛鳥も行くのよ、当たり前でしょう。頭湧きあがっているわけ?」
「待て待て待て。連れて行っての間違いじゃないのか、方向音痴の水瀬雪よ」
「莫迦なことを言わないで。なんで私が飛鳥なんかに従わなきゃいけないわけ」
俺がそこで言い返したい数々の言葉を飲み込んだのは、あまりにも顔が近くに寄りすぎて、危うく顔の表面をコーティングしている皮膚のどこか一部同士がくっつきかねないからである。そして、水瀬の両手が俺の両頬をがっちり掴んで、獲物に食い付いた魚よろしい勢いで、離さなかったためでもある。
「わかった、行くから放せ! 近い!」
「わかったならいいのよ。一反木綿も一緒に行くかしら?」
水瀬は勝ち誇ったようにそう言うと、真っ白な布をつんつんとつついた。それに一反木綿は揺れ動き、頷く。
その姿に水瀬が思い切り機嫌を良くし、明らかに人々が卒倒しかねない激烈な笑顔を向けたものだから、俺はついて行かざるを得ないのであった。
『ほほほほほほ。ええもんやなあ、美少女に撫でまわされるっちゅーんは』
「おいこらおっさん。鼻の下、葛切りみたいにでれでれと伸ばしていないで、とっとと要件を言って立ち去ってくれ」
それに一反木綿は『そうやった!』とぽんと手を打った。その間にも水瀬はうっとりと布を見つめながら撫でまわして一人で話しかけている。
これははたから見ると、もはや犯罪に近い光景なのではないかと思って、俺はいったん話を止めて変態妖怪オタク一人とおっさん一反を連れて、家へと入って自室に逃げ込んだのであった。
「で、何の用だ、おっさん木綿」
首に巻き付かれて鬱陶しいので、それを解いてから床にポイっと投げ捨てると、一反木綿あらため、おっさん木綿はふわふわと浮き上がりながら、細い目をぱちくりとさせた。
『いやな、天狗の話しとったから来たんや。こないだおったよ、天狗』
「はいい? 天狗が、この近くに?」
俺が驚くのと、水瀬が食いつくのが同時だった。その水瀬に待て、と手を出すと、ぴたりと止まる。
『せや、せや。近くやで?』
「どこに居たのさ?」
『朱雀門や』
「朱雀門……平城宮跡の?」
せやせや、としきりに一反木綿は頷き、水瀬はいつの間に取り出したのか、いつも持ち歩いている妖怪観察ノートにその情報を書き込んでいる。
「願わくば、そこに行けば会えるとか言わないでほしいんだけど?」
『ああ、会えるで。何しろ、あの門のてっぺんで物思いに耽っとったさかい、まだおると思うで』
なるほどと俺が頷いていると、その翻訳を待っている水瀬がじりじりと熱い視線を投げかけて来ていて、今か今かと待っている。それに俺は今しがた一反木綿から聞いた話をすると、水瀬はすぐさまに立ち上がった。
「ええと、まさかとは思うけど、今から行く感じ?」
「そうよ、当たり前でしょう?」
「わかった。ここから近鉄で二駅で降りて、看板通りに行けば着くからな。ちなみにめちゃくちゃ広いし、歩いても歩いても門が近づいてこないけど、蜃気楼じゃなくて本当に実在しているからな」
俺がこれ以上ないほどにスマートに断ったのも虚しく、耳を引っ張られて涙が出そうになった。何をするんだと言い返そうとしたところを、水瀬の小さな顔が至近距離で覗き込んできて、吐息が俺の顔にかかった。
「あなた阿呆ですか。飛鳥も行くのよ、当たり前でしょう。頭湧きあがっているわけ?」
「待て待て待て。連れて行っての間違いじゃないのか、方向音痴の水瀬雪よ」
「莫迦なことを言わないで。なんで私が飛鳥なんかに従わなきゃいけないわけ」
俺がそこで言い返したい数々の言葉を飲み込んだのは、あまりにも顔が近くに寄りすぎて、危うく顔の表面をコーティングしている皮膚のどこか一部同士がくっつきかねないからである。そして、水瀬の両手が俺の両頬をがっちり掴んで、獲物に食い付いた魚よろしい勢いで、離さなかったためでもある。
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「わかったならいいのよ。一反木綿も一緒に行くかしら?」
水瀬は勝ち誇ったようにそう言うと、真っ白な布をつんつんとつついた。それに一反木綿は揺れ動き、頷く。
その姿に水瀬が思い切り機嫌を良くし、明らかに人々が卒倒しかねない激烈な笑顔を向けたものだから、俺はついて行かざるを得ないのであった。
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