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そして少女は、葛餅の夢を見る

第34話

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「そう言えば、この辺りに名物とかおいしいものとかってないの? 私、まだありつけていない気がするわ」

「それは、方向音痴過ぎて、目的の店に行けていないという意味か?」

 俺のまったくもって正しい妥当なツッコミに関して、美少女は機嫌を損ねたらしく、俺の枕を思い切り俺の顔面にヒットさせて、よしっとガッツポーズをしていた。何が良しだ、ちっともよろしくない。

「まあ、名物はない。しいて言えば柿の葉寿司」

「それはもう食べたわ。他は?」

「無いぞ?」

「無いわけないじゃない?」

 それに俺は口を曲げた。

「かの文豪も、鹿県にうまいものなしと言ったじゃないか」

「あなた阿呆ですね。あれは前後の文章を読めば、意味が違っていることなどまるわかりでしょうが。全くこれだから最近の若者は、文学をたしなむという当たり前の趣向が無くて困るわ」

「何千年生きた仙人みたいな台詞の文句を俺に言うな! 一般論だ一般論!」

 文学部であるからして、それくらいは分かっているつもりではあるが、俺の専攻は現代の文学で、そう言えば水瀬はもう少し時代をさかのぼった範囲が専門だった。

 そのため、それは地雷に自らヤッホーと言いながら、足を突っ込みに行ったのと同じであったと気づいた後には遅く、その後延々と志賀直哉について語られて俺は耳にチャックをつけるべきか本気で迷った。

「だから、おいしいものが食べたいの。郷土料理よ」

「もうさ、その辺にたむろってる鹿でもさばいてくれよ。この間だって庭に侵入して来て困っているんだから。もしくはその辺ほっつき歩いているシャワーキャップ被った河童でもいい。河童汁にしよう、そうしよう」

 それに盛大に水瀬は不機嫌な顔をしたのだが、まだ食べたことがないであろう、葛餅でも食べさせれば腹の虫がおさまるかと思い立つ。俺はシャツとパンツを身に纏うと、伊達眼鏡を装着して、出かけるぞと水瀬を連れ出した。

 やっと上機嫌になった水瀬にまとわりつかれて、大変複雑な心境になりつつも、玄関を出ようとする。鬼ばばのような民子と、野次馬根性しか備わっていない妹の弥生がリビングからじっとりと、にやにやと、下世話な視線を向けてきたので俺は盛大にイーッとして見せた。

「さすが雪ちゃんだわ。あの忌々しく愚鈍な息子を外に連れ出せるなんて」

「ほんと、あの万年干物色気ゼロ体たらくな兄に、雪ちゃんみたいな美人彼女ができるなんて、天地がひっくり返らないだけましだね」

「待て待て待て。全部聞こえているかならな。愚痴なら少しは気を遣って聞こえないようにするとか、陰で言うとかしないのかよ。それが長兄に対する言い草か!」

 玄関で俺が至極まっとうに吠えると、民子と弥生はお互いの顔を見合わせてから、イーッとして見せたわけで、俺はもう何もかもが憂鬱になりそうな気持ちになったが我慢した。

「行ってらっしゃい二人とも」

 民子が久しぶりに部屋から脱出して出かけ行く俺を見て、たいそうご機嫌なので、俺はまあいいかと思いつつも家を後にした。そうして水瀬と、暑くて汗の海に溺れるような町へと出発した。
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