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寒さ恋しや、氷菓(アイス)を一口

第10話

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「……ちょっと、飛鳥! 何、引っ張んないでよ?」

 俺が戸惑ってというよりも、その異物を凝視して固まったせいで、水瀬の妖怪センサーが働いた。

 下からじっと俺を見上げてきていることに気がついたのは、しばらくして俺の腕をめちゃくちゃほんの少しだけつまんでひねるという、悪魔のごとき所業をいとも簡単に善良な男子にしたからであった。

「痛いな! 何すんだ、しかも卑怯だ、そのちみっちゃいつまみ方は!」

「だって飛鳥が急に動かなくなるから!」

「だってそこに雪女が居るから!」

 俺の言い訳に、水瀬は目を見開いた。そして、俺の顔と、氷占い用の氷とを交互に見比べる。

 彼女には見えていないようだが、俺の目にはその氷の横に、ばてきって死人のような顔をしてもはや半ば溶けているのではないかと思えるような、真っ白衣服をした顔色の悪い女が、げっそりと横たわっているのがしっかりと見えていた。いや、横たわっているというよりかは、氷を抱きしめている。

 ついでに言えば、呪いかと思うような声で「あついー死ぬー」と漏らしている。あまりにも無残な姿だった。

「雪女? こんなところに?」

 それに俺は頷く。

「いるのね、あそこに?」

「嘘言うもんか」

 すると水瀬はツカツカと氷のところまで歩み寄ると、さっそうと一人で話しかけ始めた。

 俺は咄嗟に水瀬を掴んで、その場から引きずり離した。

「何するのよ?」

「阿呆かあんたは。変な目で見られてるぞ」

 いいわよ別にと言われたが、隣にいる俺まで変人奇人扱いされるのは、東大寺の大仏様が許しても、俺の砂漠のように広大な良心が許さない。そんなことで言い合っていると、雪女が首をもたげた。

『ちょいとそこのお兄さん、見えてんのやろ? 河童の友達やろ? 水、水を……』

「水?」

 俺がすっとんきょうな声を上げるとこういう時だけ神がかって察しの良い水瀬が、明後日の方向に向かってペットボトルの水を差し出した。

 ――もうどうにでもなれ。

 俺は水瀬の手ごと引っ掴んで、ペットボトルを雪女に渡した。あっという間に飲み干して、風呂上りのおっさんのように「くぅ~!」と言ってから、雪女は「ありがとう」とにんやり笑って消えた。

 それ以来、俺と水瀬は奈良町に妖怪探索に行くたびに、氷室神社に立ち寄るようになったのだが、毎回当然の如くの顔をして雪女が水やら氷やら、挙句の果てにかき氷やラムネ、アイスまでたかるようになってきてしまった。

 これはもはや餌付けに近いのではと思うのだが、いかんせん水瀬には雪女の姿が見えないために、なんやかんやと難癖つけて、雪女への賄賂は俺の自腹での支払いになった。

 とんだ災難であるが、食べ物のお礼に雪女は氷をずっと溶けないように口から冷気を吐いていたので、その夏は氷室神社の氷がいくら経過しても端っこのほんの一ミリでさえも溶けないということでSNS上では大変な話題となったのだった。

 それもこれも、俺のお小遣いの投資によるものだと知る者は水瀬しかいないのだが、彼女はそれに礼の一言もなく、にんまりしながら今日も俺におごらせるのであった。

 ちなみに補足だが、水瀬の氷みくじの結果は見るに耐えられない事ばかり書いてあり、その代表ともいえるのが恋愛〈諦めるべし〉であったのだった。
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