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第一章
ありがとう
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「葵依!大丈夫?」
杉戸尾くんと別れた後、廊下を歩いていると、美香ちゃんがこっちに向かって走って来た。
「零夜と付き合ってるって、噂で広まってるけど……」
もう、付き合ってるっていう嘘の噂聞いたんだ……
「付き合ってないよ!私は絶対に裏切らない」
信じて………美香ちゃん。美香ちゃんだけには信じてほしい。もし、周りは私のことを信じてなくても、私は美香ちゃんが信じてくれたらそれでいい。
「え?絶対に裏切らないって…」
「美香ちゃんが誰を好きなのか言わなくても分かるよ。杉戸尾くんのこと、好きなんでしょ?」
今まで美香ちゃんと恋愛話とかした事なくて、お互いに好きな人を言う時なんてなかったけど、私はずっと前から分かってた。美香ちゃんは杉戸尾くんだって。
「う、うん……」
と、恥ずかしそうな一面を見せていたけど、ふと嬉しそうな顔をしていたようにも見えた。それぐらい杉戸尾くんのことが好きなんだな……
「葵依は岡本でしょ?」
「え!何で知って…」
「知ってるよ。親友なんだから」
そっと微笑んでくれた。花が膨らみを増すような、華やかな色合いが似合いそうな微笑み。私も一緒になって微笑んだ。
その後、なんとか噂を抑えようと努力した。徐々に私達のことを言う人は居なくなっていった。
でも、樫野さんへの誤解は解けていない。話をつけたいところだけど、勇気が出ない。この前みたいにされるんじゃないかって思うと、手足が震えて、動けなくなる。
それに、藍ちゃんにも謝っておきたい。先輩を奪おうとはしてなかったけど、とりあえず謝っておきたかった。でも、樫野さんから離れない藍ちゃんは、中々1人になることは少なく、話す場面がない。
どうしようと考えていたら、後ろから背中を優しく押された。ゆっくりと振り返ると、目の前には藍ちゃんが。
本人が直接来るとは思っていなくて、驚きを隠せないけど、なんとかこらえて、真っ直ぐに視線を向ける。
「あ、あの……ちょっといい?」
藍ちゃんの手は少し震えているような気がした。気のせいかな?と思ながら、後ろをついて行く。立ち止まったと思ったら、藍ちゃんは私に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい!」
ツインテールの髪の毛が横から垂れている。直角に折り曲げられた背中は、真っ直ぐ。ただ、必死に何かを伝えている気がした。
「あ、頭上げて!」
でも、なんで謝られるかがよく分からない。藍ちゃんは何もしてないのに?
「………私がはっきりしてないから」
少しの音でも聞こえなくなるような、弱々しい小さな声。いつも無邪気に笑っている姿からは想像出来無い。
「先輩のことが好きなのかよく分からないの」
どこか少し寂しそうな顔をしていた。それを見た瞬間、何て声をかけたらいいのか分からなくて、沈黙が続く。
「このままでいいのかな?って思いながらも、ずっと付き合ってたの」
さっきよりは耳元に届くような大きな声。だけど、徐々に悲しそうな表情は増す一方。
「先輩は私じゃなくて、葵依ちゃんの方を見てた」
藍ちゃんと付き合っている時から、先輩は私のことを?その視線に気付いてなかった。周りを見てないから。
「でも、先輩は優しいから、別れようとしなかった。葵依ちゃんのことが好きでも………」
先輩はそれぐらい藍ちゃんのことを大切に思ってるんだ。たとえ、私を好きだとしても。
「そんな姿を見ているのが辛くて、別れを告げたの」
原因はやっぱり私だったんだ。樫野さんから言われた言葉で気づいた。私の方が、ずっとずっと悪い気がしてきた。最初よりも重みが感じられる。
「先輩のことが大好きだったから」
少し涙ながらにそう告げた。藍ちゃんは本当に純粋な女の子で、真っ直ぐを向いていて、気持ちがはっきりしてる。途中、気持ちが分からないって言ってたけど、最後には先輩のことが好きだって気づけていた。
藍ちゃんの気持ちを思うと、胸が苦しくなって、思わず涙がポタポタと溢れ出てきてしまった。
私なんかが泣いちゃダメなのに。藍ちゃんの方がもっと、もっと泣きたいはずなのに。そう思うと、余計に涙が溢れ出てきた。先輩の好きな人が私じゃなくて、藍ちゃんが良かった。
「先輩の好きな人が、葵依ちゃんで良かった」
涙が溢れ出てきているものの、笑顔でそっと私に向けて微笑んでくれた。
今笑えるって、すごい。先輩と4年間も付き合っていたから、私が思っている以上に、好きだったんだと思う。先輩の気持ちを奪ってしまった私に、微笑んでくれた。
藍ちゃんの立場だったら、笑えてないかもしれないと、藍ちゃんの凄さが身にしみてきた。
「笑ってくれて、ありがとう」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2年7組の教室に入ろうとした時、
「一ノ瀬さん」
と、冷たく冷静な声が耳元で聞こえた。後ろを振り返ると、そこには樫野さんが。
樫野さんを見ると、この前の事が思い出されて、警戒しがちになってしまう。どうしよう。また、何かやられ……
「この前はごめん、さすがに言い過ぎた」
……え?思ってもいなかった言葉に思わず驚く。樫野さん何もしてないのに、なんで?私が悪いのに。
藍ちゃんと樫野さんは性格は真逆かもしれないけど、ちょっとしたところで似ている。自分が悪いと思ったら、謝ることの出来る人なんだ。
だから2人はすっごく仲がいいんだ。友達が何かあったら、助けることの出来る2人だから。
「一ノ瀬さんは告白されただけ……なのに私……」
この前の時と比べると、なんだか弱々しくて、強く、強く後悔をしているように感じた。
冷静な樫野さんの瞳には涙が溢れ出てきている。それぐらい、考えてくれたんだ。
………樫野さんの泣いてる姿見たくない。いつもサバサバしていて、しっかり者で。みんなが普通言えないことでもズバッと言って、かっこ良くて、友達思いで……そんな樫野さんには笑っていてほしい。
一度も、笑顔を向けられたことはないけど、私が見てなくても、樫野さんには笑っていてほしい。
「樫野さん!」
その思いが強くて、いつの間にか声に出ていた。
「ありがとう、私を叱ってくれて」
樫野さんは、は?と、言いたげの顔をしている。
「樫野さんのおかげで、藍ちゃんと話せたと思うの」
樫野さんが何も言ってくれなかったら、藍ちゃんに話しかけられてなかったかもしれない。
「だから、本当にありがとう」
そっと微笑んだ。樫野さんの涙は引きかけていて、いつの間にか、涙から笑顔に変わっていた。
その笑顔は真夏の太陽のような明るさがあった。もっと笑ってたらいいのにって思った。ギャップがあるから、男子にモテそうな気がする。
「一ノ瀬さんがなんでモテるか分かった気がする」
樫野さんは窓から青空を見上げながら、そう言った。
「関わりがなかったから、いつもは見た目だけかなー?って思ってたけど、性格も良いんだね」
こんなこと言ってくれるの、樫野さんが初めてで、この言葉で胸がいっぱいになった。
「ありがとう、葵依」
今、下の名前で呼んで……
「こちらこそありがとう、静紅」
杉戸尾くんと別れた後、廊下を歩いていると、美香ちゃんがこっちに向かって走って来た。
「零夜と付き合ってるって、噂で広まってるけど……」
もう、付き合ってるっていう嘘の噂聞いたんだ……
「付き合ってないよ!私は絶対に裏切らない」
信じて………美香ちゃん。美香ちゃんだけには信じてほしい。もし、周りは私のことを信じてなくても、私は美香ちゃんが信じてくれたらそれでいい。
「え?絶対に裏切らないって…」
「美香ちゃんが誰を好きなのか言わなくても分かるよ。杉戸尾くんのこと、好きなんでしょ?」
今まで美香ちゃんと恋愛話とかした事なくて、お互いに好きな人を言う時なんてなかったけど、私はずっと前から分かってた。美香ちゃんは杉戸尾くんだって。
「う、うん……」
と、恥ずかしそうな一面を見せていたけど、ふと嬉しそうな顔をしていたようにも見えた。それぐらい杉戸尾くんのことが好きなんだな……
「葵依は岡本でしょ?」
「え!何で知って…」
「知ってるよ。親友なんだから」
そっと微笑んでくれた。花が膨らみを増すような、華やかな色合いが似合いそうな微笑み。私も一緒になって微笑んだ。
その後、なんとか噂を抑えようと努力した。徐々に私達のことを言う人は居なくなっていった。
でも、樫野さんへの誤解は解けていない。話をつけたいところだけど、勇気が出ない。この前みたいにされるんじゃないかって思うと、手足が震えて、動けなくなる。
それに、藍ちゃんにも謝っておきたい。先輩を奪おうとはしてなかったけど、とりあえず謝っておきたかった。でも、樫野さんから離れない藍ちゃんは、中々1人になることは少なく、話す場面がない。
どうしようと考えていたら、後ろから背中を優しく押された。ゆっくりと振り返ると、目の前には藍ちゃんが。
本人が直接来るとは思っていなくて、驚きを隠せないけど、なんとかこらえて、真っ直ぐに視線を向ける。
「あ、あの……ちょっといい?」
藍ちゃんの手は少し震えているような気がした。気のせいかな?と思ながら、後ろをついて行く。立ち止まったと思ったら、藍ちゃんは私に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい!」
ツインテールの髪の毛が横から垂れている。直角に折り曲げられた背中は、真っ直ぐ。ただ、必死に何かを伝えている気がした。
「あ、頭上げて!」
でも、なんで謝られるかがよく分からない。藍ちゃんは何もしてないのに?
「………私がはっきりしてないから」
少しの音でも聞こえなくなるような、弱々しい小さな声。いつも無邪気に笑っている姿からは想像出来無い。
「先輩のことが好きなのかよく分からないの」
どこか少し寂しそうな顔をしていた。それを見た瞬間、何て声をかけたらいいのか分からなくて、沈黙が続く。
「このままでいいのかな?って思いながらも、ずっと付き合ってたの」
さっきよりは耳元に届くような大きな声。だけど、徐々に悲しそうな表情は増す一方。
「先輩は私じゃなくて、葵依ちゃんの方を見てた」
藍ちゃんと付き合っている時から、先輩は私のことを?その視線に気付いてなかった。周りを見てないから。
「でも、先輩は優しいから、別れようとしなかった。葵依ちゃんのことが好きでも………」
先輩はそれぐらい藍ちゃんのことを大切に思ってるんだ。たとえ、私を好きだとしても。
「そんな姿を見ているのが辛くて、別れを告げたの」
原因はやっぱり私だったんだ。樫野さんから言われた言葉で気づいた。私の方が、ずっとずっと悪い気がしてきた。最初よりも重みが感じられる。
「先輩のことが大好きだったから」
少し涙ながらにそう告げた。藍ちゃんは本当に純粋な女の子で、真っ直ぐを向いていて、気持ちがはっきりしてる。途中、気持ちが分からないって言ってたけど、最後には先輩のことが好きだって気づけていた。
藍ちゃんの気持ちを思うと、胸が苦しくなって、思わず涙がポタポタと溢れ出てきてしまった。
私なんかが泣いちゃダメなのに。藍ちゃんの方がもっと、もっと泣きたいはずなのに。そう思うと、余計に涙が溢れ出てきた。先輩の好きな人が私じゃなくて、藍ちゃんが良かった。
「先輩の好きな人が、葵依ちゃんで良かった」
涙が溢れ出てきているものの、笑顔でそっと私に向けて微笑んでくれた。
今笑えるって、すごい。先輩と4年間も付き合っていたから、私が思っている以上に、好きだったんだと思う。先輩の気持ちを奪ってしまった私に、微笑んでくれた。
藍ちゃんの立場だったら、笑えてないかもしれないと、藍ちゃんの凄さが身にしみてきた。
「笑ってくれて、ありがとう」
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2年7組の教室に入ろうとした時、
「一ノ瀬さん」
と、冷たく冷静な声が耳元で聞こえた。後ろを振り返ると、そこには樫野さんが。
樫野さんを見ると、この前の事が思い出されて、警戒しがちになってしまう。どうしよう。また、何かやられ……
「この前はごめん、さすがに言い過ぎた」
……え?思ってもいなかった言葉に思わず驚く。樫野さん何もしてないのに、なんで?私が悪いのに。
藍ちゃんと樫野さんは性格は真逆かもしれないけど、ちょっとしたところで似ている。自分が悪いと思ったら、謝ることの出来る人なんだ。
だから2人はすっごく仲がいいんだ。友達が何かあったら、助けることの出来る2人だから。
「一ノ瀬さんは告白されただけ……なのに私……」
この前の時と比べると、なんだか弱々しくて、強く、強く後悔をしているように感じた。
冷静な樫野さんの瞳には涙が溢れ出てきている。それぐらい、考えてくれたんだ。
………樫野さんの泣いてる姿見たくない。いつもサバサバしていて、しっかり者で。みんなが普通言えないことでもズバッと言って、かっこ良くて、友達思いで……そんな樫野さんには笑っていてほしい。
一度も、笑顔を向けられたことはないけど、私が見てなくても、樫野さんには笑っていてほしい。
「樫野さん!」
その思いが強くて、いつの間にか声に出ていた。
「ありがとう、私を叱ってくれて」
樫野さんは、は?と、言いたげの顔をしている。
「樫野さんのおかげで、藍ちゃんと話せたと思うの」
樫野さんが何も言ってくれなかったら、藍ちゃんに話しかけられてなかったかもしれない。
「だから、本当にありがとう」
そっと微笑んだ。樫野さんの涙は引きかけていて、いつの間にか、涙から笑顔に変わっていた。
その笑顔は真夏の太陽のような明るさがあった。もっと笑ってたらいいのにって思った。ギャップがあるから、男子にモテそうな気がする。
「一ノ瀬さんがなんでモテるか分かった気がする」
樫野さんは窓から青空を見上げながら、そう言った。
「関わりがなかったから、いつもは見た目だけかなー?って思ってたけど、性格も良いんだね」
こんなこと言ってくれるの、樫野さんが初めてで、この言葉で胸がいっぱいになった。
「ありがとう、葵依」
今、下の名前で呼んで……
「こちらこそありがとう、静紅」
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