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第2章~ヴァルキリーを連れ出せ~

乙女は心を閉ざしてしまったようです

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 俺はレティを探して、水面の上を歩いていく。一歩踏み出すたびに、水面には円ができ、全体に広がっていく。
 ポチャン。どこかで音がして、俺が作ったのとは違う水の紋様が広がった。その中心に向かうと、一人の少女がうつろな目で上を向いていた。さっき紋は彼女の目からこぼれたものなのだろう。その目は涙で光っていた。

 近づくに連れて、彼女の回りで揺れる影があることに気がついた。人のようななそれには、ひとつひとつにはっきりと顔がある。ハヤテ、タケヤそれからマヤ。嫌というほど見てきて、嫌というほど見たくなくなっている顔だ。彼らはレティに囁きかける。必死に耳を塞いでいるのも無視して。

「あいつは来ない。逃げたんだ」
「そう、貴方は捨てられたのよ」
「俺の女になれ」

 すっと耳に入ってきたのは、おぞましい言葉の数々だった。ふざけるな。俺はそんなことをしない。
 影を掻き分けようと手をのばすと、別の影に阻まれる。見覚えのある小太りな顔はホリだ。
 4人共凍っていたはずだ。なぜレティの心の奥底にいる。
 こんなことが出来るのは闇魔法、それも、俺の知る限り一人しかいない。深い闇の眠りに紛れ込んだ彼女がいるはずだ。

「第2の契約者セイラ…あーもうめんどくせえ、出てこいセイラ!」
「……おはよう」
「うおっ!?」

 真後ろに突然現れたセイラに、思わず飛び退いた。いつものように眠そうで、いつもの何倍も疲れている様だ。

「……失礼な反応」
「悪い悪い。まさかこんなにちかくにいると思わなくて。それでこの事態を引き起こしたのはお前だな」
「……そうだけどそうじゃない」

 何とも歯切れが悪い。早く会話を終わらせて寝ようとするセイラには珍しいことだ。

「どういうことだ?」
「……魔法は私の。発動させたのはブリュンヒルデの意志」

 イマイチ要領を得ない。
 他人の魔法を発動させることなんて出来るのか?
 首を捻っていると、水面に穴が空き、鎧のヴァルキリーが姿を現した。

「ラガナっ!?まさかセイラの魔法を発動させたのか!?」
「ノー、私には無理です」
 
 ラガナはそれだけ答えると、水のなかに戻っていく。いったい何をしに来たんだ?

「お姉激おこぷんぷん丸みたいだし」
「人間は触れてはいけないところに触れてしまったわね」

 聞きなれた声に振り向くと、カレンとアンナがいた。ノリはいつもと変わらないのに、二人は震えながら抱き合っている。

「こんなところで何をしているんだ?」
「ウチらが聞きたいし」
「そうよ、こんなところにいたら凍えてしまうじゃない」

 不満げな2人からは何も聞き出せない。分かったことといえば、自らの意志で来たのではないことで、逃げるようにして水のなかに姿を消していった。

「相変わらず迷惑なことをしてくれるね、ブリュンヒルデは」
「メルロ!!」

 やっとまともに話をできそうな相手がやってきた。彼女ならば何かを知っているはずだ。

「どうしてこんなことになっているんだ?」
「僕は契約のせいだと思っているよ。どうだろうか、セイラ」

 メルロにも確証はないようで、最終ジャッジは魔法の持ち主に委ねられた。

「……そう。ヤマトを通して、私たちはつながっている」
「つながるとどうなるんだ?」
「そうだね。お互いの喜怒哀楽程度なら分かるかな……おっと、僕は時間切れだ。後のことは任せたよ、セイラ」

 メルロは控えめに手を振ると、姿は水の中に消えていった。
 残されたのは俺とセイラの二人だけだ。

「セイラ、喜怒哀楽以外に共有している情報はあるのか?俺がいつ会いに行ったとか」
「……ない」

 よかった。二人きりの会話なんて聞かれようものなら、恥ずかしくて溶けてしまいそうだ。

「……だけどヤマトが誰のところにいるのかは分かる」
「それまたなんで」

 セイラの口は開きかけて、すぐに閉じてしまった。それから俺をじっと見つめると、ふーっと息を吐きだした。

「……喜と楽が強くなるから」

 喜と楽。どちらも嬉しい時の感情だ。
 そんなものでどうしてわかるんだ?

「……ヴァルキリーにはプラスの感情は存在しない……本来は」
「そんなことはないだろ。いつもみんな笑っているじゃないか」

 セイラがいつも笑っているかと言えばそうではないが、気持ちよさそうな寝顔からはプラスの感情しか感じない。
 他のヴァルキリーだって、表現こそ違えど、普通の人間と変わらない。むしろ、喜怒哀楽がはっきりしすぎているぐらいだ。

「……ヤマトがいるから」
「俺は何もしてないだろ」
「……してる」

 契約、加護。その力の恩恵を、この世界に来た時から受け続けてきた。クランの支社という、狭い場所に閉じ込めてしまった自覚もあった。
 だから俺は、出来ることは何でもして、恩返しをしたいと思っていた。

「……ヴァルキリーに加護を受けた冒険者は二度と会いには来ない」

 前にも聞いた気がする。だってそれはメリットがないからだ。思わぬことで怒りをかって、加護を消されてはたまらない。

「……ヤマトは違う」
「それは……」
「ほかのどんな人間よりも私たちと言葉を交わした。それが私たちの『喜』と『楽』」

 俺が知る限り、セイラいちの長文だった。

「…私たち一人一人はヤマトと強く結びついた」
「なんか意味深に聞こえるな」

「んー」と、セイラは首を傾げた。ああ、うん。意味が分かってないならそれでいいや。

「レティには俺がセイラと二日連続で会ったことも、会いに行くのが最後になったことも分かっているんだな?」
「……多分」
「レティは俺に怒っているのか?」
「……ない。ヤマトは裏切らない。それは私たちもわかっている。当然ブリュンヒルデも」

 セイラいちの長文が更新された。

「……分かっていても、モヤモヤすることはある。だけど私たちは抑えなくてはいけない」
「ヴァルキリーだからか?」
「……そう」

 力の根源は感情だ。アンナが支社を火の海にしたのが分かりやすいが、怒りが強まれば悲惨な結果が呼び、時として天災にもなる。
 俺比ではまだ実害は出ていないが、この氷漬けの城や人だって、長く続けば死人が出る。

「どうやったらレティを救い出せる?」
「……思っていることを伝えて」
「そんなことでいいのか?」
「……それがいい」

 なんだかわからんが、会って話してくればいいらしい。簡単……ではないが、頑張ってみるか。
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