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魔女と主人公と知らない設定
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私を引っ張る手はとても小さくて柔らかい。そして力強い。
目の前で揺れる背中はとても小さいはずなのに、とてもとても大きく見えた。
これが自信のある人の姿なのだと実感させられる。過去の私には絶対に得られなかった姿。だから、力強いはずの存在が覗かせた表情が、不安で震えていると気がついて少し安心した。だけどその安心もほんの一瞬だった。
「私が魔女だとしても……クリスティーナ様は、今まで通りに接してくれますか?」
「アリスさんは何を言って……いえ……」
魔女はシナリオ中盤意以降に登場する存在だ。憑依先はアリスとクリスティーナのどちらかで、クリスが憑依されれば攻略対象に救われる。
そして、クリスティーナが憑依されれば、討伐や国賠追放の対象になる。
「もしかしたら、クリスティーナ様ならお気づきなのかもしれませんね」
そう言ってアリスは、寂しそうな顔を浮かべた。可愛らしい彼女の横顔はどんな表情もさまになる。寂しげな顔も例外ではなかった。色の薄い銀色の髪は、彼女の境遇に対する不幸さを強調し、今にも消え入りそうな少女を演出していた。
ゲームのシナリオ中も、この顔を浮かべることが何度もあった。だが私は、なぜ彼女がそんな顔を浮かべるのか知らない。寂しげな表情の意味は、ゲーム本編も語られていないからだ。
頭のいい人ならシナリオを読んで予測できるのかもしれないが、あいにく私の頭の出来はよくない。与えられたシナリオを楽しむ以上のことはできない。
「私は生まれてからずっと、魔女の呪いを受けているんです」
「は?え?は?」
我ながら間抜けな声が出てしまった。だってそんな設定は知らない。そんな話はゲーム中にはなかったはずだ。プレイしたルートにはなかったはずだ。
「クリスティーナ様は、気づいていて私に話しかけてくださったんですよね?」
断じて違う。クリスティーナは悪役令嬢だから、ヒロインに虐めないといけない。ただそれだけだった。
クリスティーナとして、ゲームのグッドエンド通りに進んで、悪役令嬢にとってのバッドエンドを掴み取るはずだった。
「魔女について、クリスティーナ様はどこまでご存知なのですか?」
なにも知らない。ゲームの終盤に出てくる悪いやつぐらいにしか思っていなかった。
そう言えば……魔女の真相は、ファンディスクで明らかになる。そんな宣伝を見た覚えがある。
もちろん予約済みであったが、私が死のうとしたのはファンディスク発売の1ヶ月前だ。当然ながら未プレイで、魔女の真相についてなんて知らない。
「なにも知らないわ。そもそも魔女ってなにかしら?」
「魔女は心の闇の集合体です。私が学園に入ったのは、私よりも心の闇の強い存在を見つけて呪いを押し付けるためなのです」
「呪いを押し付ける……?」
可愛らしいアリスの容姿や、可憐な振る舞いのアリスからは、呪いを押し付けるなんていかにも悪役の言葉を連想付けるには時間がかかった。
それでもアリスは自分のことを話してくれる。
「はい。呪いの力が覚醒すれば、魔力が暴走し、周囲のモノを全て消し去ります。その責任は、呪いを受けている人になります。つまりは爆弾みたいなものですね」
パーティゲームをやっていると、時間経過で爆発するボムを投げ合ったりすることがある。食らうとゲームに敗北したり、数ターン動けなくなったり、コインを失ったりと、起こる出来事はゲームによって様々だ。
ただひとつ共通していることは、爆弾を爆発させた人にとってメリットはなにもないということだ。そしてこれはゲーム内での話。
もし現実で爆弾を抱えたとしたらしたらなるのか。今すぐに現実から逃げ出したくなる。すぐに投げられる爆弾ならまだいい。だけどその爆弾を死ぬまで抱え続けるしかないとしたら……それはつらくてつらくて仕方ない。
だって前世の私がそうだったから。存在そのものが爆弾だったから。
学校でチームスポーツをやれば、私がいるチームは必ず負けた。だけど、そのつらさを誰かに言うことはできない。だって自分が足手まといになっているのだと分かっていたから。
何をしてもうまく行かず、相談することもできず……だから私は、死ぬことを選ぶしかなかった。
「アリスさん……あなたは、つらかったのですね。誰にも打ち明けられず」
悩みをひとりで抱え込むのはつらいことだ。だけど、打ち明ける相手は誰でもいいわけではない。自分を分かってくれる相手でないといけない。そうでないと、頑張って話しても自分が傷ついてしまうから。
「その呪いは、2人で分け合うことはできますか?」
「それは……考えもしなかったです。ですが、呪いを移せるのは心の闇がある相手だけ……とてもクリスティーナ様には……」
アリスは魔力可視化の能力で、悪意を持つ存在はひと目で分かる。確かに今の私は他人への悪意を持っていない。だってこの世界の登場人物は、ゲームのキャラクターでしかないからだ。
それに私に悪意を向けていくる人もいない。それなのに一方的に悪意を向けるなんておかしな話だ。
だがそれは今の私、悪役令嬢に転生してからの話だ。
「私は学園入学前に自殺しようとしていた。悩みを打ち明ける相手もいなくて、世界に絶望して、消えたいと思っていた」
「そんなまさか……」
「本当よ。もっとも今のクリスティーナになる前の話だけど。だから心の闇には自信がある。同じように苦しんでいる人がいるなら……いえ、私では力不足かもしれないけれど、できることはやりたい」
アリスは肩を震わせ、ゆっくりと足を止めた。さっきまでの自信に溢れて見えた背中は、不安に耐えるただの少女になっていた。
「結論はあとにしましょう。どうするにしても……お城から出ないとね」
牢獄の出口であろう階段は、すぐ目の前に見えていた。
「そうですね……私はクリスティーナ様がこんなところで殺されるのはおかしいと思っています。だからまずは助けます」
「ええ、よろしくね」
その言葉は悪役令嬢っぽいと思った。だけど言い方は、ただの優しいお姉さんになってしまっていた。
あーどうして私は……ここまで悪役令嬢が向いていなんだろうか。どうして悪役令嬢に転職したのだろうか……。
「そんなこと、今はどうでもいっか」
牢獄を出て階段を上がると、お城の中に繋がっていた。
目の前で揺れる背中はとても小さいはずなのに、とてもとても大きく見えた。
これが自信のある人の姿なのだと実感させられる。過去の私には絶対に得られなかった姿。だから、力強いはずの存在が覗かせた表情が、不安で震えていると気がついて少し安心した。だけどその安心もほんの一瞬だった。
「私が魔女だとしても……クリスティーナ様は、今まで通りに接してくれますか?」
「アリスさんは何を言って……いえ……」
魔女はシナリオ中盤意以降に登場する存在だ。憑依先はアリスとクリスティーナのどちらかで、クリスが憑依されれば攻略対象に救われる。
そして、クリスティーナが憑依されれば、討伐や国賠追放の対象になる。
「もしかしたら、クリスティーナ様ならお気づきなのかもしれませんね」
そう言ってアリスは、寂しそうな顔を浮かべた。可愛らしい彼女の横顔はどんな表情もさまになる。寂しげな顔も例外ではなかった。色の薄い銀色の髪は、彼女の境遇に対する不幸さを強調し、今にも消え入りそうな少女を演出していた。
ゲームのシナリオ中も、この顔を浮かべることが何度もあった。だが私は、なぜ彼女がそんな顔を浮かべるのか知らない。寂しげな表情の意味は、ゲーム本編も語られていないからだ。
頭のいい人ならシナリオを読んで予測できるのかもしれないが、あいにく私の頭の出来はよくない。与えられたシナリオを楽しむ以上のことはできない。
「私は生まれてからずっと、魔女の呪いを受けているんです」
「は?え?は?」
我ながら間抜けな声が出てしまった。だってそんな設定は知らない。そんな話はゲーム中にはなかったはずだ。プレイしたルートにはなかったはずだ。
「クリスティーナ様は、気づいていて私に話しかけてくださったんですよね?」
断じて違う。クリスティーナは悪役令嬢だから、ヒロインに虐めないといけない。ただそれだけだった。
クリスティーナとして、ゲームのグッドエンド通りに進んで、悪役令嬢にとってのバッドエンドを掴み取るはずだった。
「魔女について、クリスティーナ様はどこまでご存知なのですか?」
なにも知らない。ゲームの終盤に出てくる悪いやつぐらいにしか思っていなかった。
そう言えば……魔女の真相は、ファンディスクで明らかになる。そんな宣伝を見た覚えがある。
もちろん予約済みであったが、私が死のうとしたのはファンディスク発売の1ヶ月前だ。当然ながら未プレイで、魔女の真相についてなんて知らない。
「なにも知らないわ。そもそも魔女ってなにかしら?」
「魔女は心の闇の集合体です。私が学園に入ったのは、私よりも心の闇の強い存在を見つけて呪いを押し付けるためなのです」
「呪いを押し付ける……?」
可愛らしいアリスの容姿や、可憐な振る舞いのアリスからは、呪いを押し付けるなんていかにも悪役の言葉を連想付けるには時間がかかった。
それでもアリスは自分のことを話してくれる。
「はい。呪いの力が覚醒すれば、魔力が暴走し、周囲のモノを全て消し去ります。その責任は、呪いを受けている人になります。つまりは爆弾みたいなものですね」
パーティゲームをやっていると、時間経過で爆発するボムを投げ合ったりすることがある。食らうとゲームに敗北したり、数ターン動けなくなったり、コインを失ったりと、起こる出来事はゲームによって様々だ。
ただひとつ共通していることは、爆弾を爆発させた人にとってメリットはなにもないということだ。そしてこれはゲーム内での話。
もし現実で爆弾を抱えたとしたらしたらなるのか。今すぐに現実から逃げ出したくなる。すぐに投げられる爆弾ならまだいい。だけどその爆弾を死ぬまで抱え続けるしかないとしたら……それはつらくてつらくて仕方ない。
だって前世の私がそうだったから。存在そのものが爆弾だったから。
学校でチームスポーツをやれば、私がいるチームは必ず負けた。だけど、そのつらさを誰かに言うことはできない。だって自分が足手まといになっているのだと分かっていたから。
何をしてもうまく行かず、相談することもできず……だから私は、死ぬことを選ぶしかなかった。
「アリスさん……あなたは、つらかったのですね。誰にも打ち明けられず」
悩みをひとりで抱え込むのはつらいことだ。だけど、打ち明ける相手は誰でもいいわけではない。自分を分かってくれる相手でないといけない。そうでないと、頑張って話しても自分が傷ついてしまうから。
「その呪いは、2人で分け合うことはできますか?」
「それは……考えもしなかったです。ですが、呪いを移せるのは心の闇がある相手だけ……とてもクリスティーナ様には……」
アリスは魔力可視化の能力で、悪意を持つ存在はひと目で分かる。確かに今の私は他人への悪意を持っていない。だってこの世界の登場人物は、ゲームのキャラクターでしかないからだ。
それに私に悪意を向けていくる人もいない。それなのに一方的に悪意を向けるなんておかしな話だ。
だがそれは今の私、悪役令嬢に転生してからの話だ。
「私は学園入学前に自殺しようとしていた。悩みを打ち明ける相手もいなくて、世界に絶望して、消えたいと思っていた」
「そんなまさか……」
「本当よ。もっとも今のクリスティーナになる前の話だけど。だから心の闇には自信がある。同じように苦しんでいる人がいるなら……いえ、私では力不足かもしれないけれど、できることはやりたい」
アリスは肩を震わせ、ゆっくりと足を止めた。さっきまでの自信に溢れて見えた背中は、不安に耐えるただの少女になっていた。
「結論はあとにしましょう。どうするにしても……お城から出ないとね」
牢獄の出口であろう階段は、すぐ目の前に見えていた。
「そうですね……私はクリスティーナ様がこんなところで殺されるのはおかしいと思っています。だからまずは助けます」
「ええ、よろしくね」
その言葉は悪役令嬢っぽいと思った。だけど言い方は、ただの優しいお姉さんになってしまっていた。
あーどうして私は……ここまで悪役令嬢が向いていなんだろうか。どうして悪役令嬢に転職したのだろうか……。
「そんなこと、今はどうでもいっか」
牢獄を出て階段を上がると、お城の中に繋がっていた。
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