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序
妖魔と人間
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「『こんにちは』と言って、果たして通じるのかな」
蓮は妖魔の前に立つとじっと相手を見つめる。
ビッグアントが襲ってくることを警戒していたが、そんなことは一切なく、あっさりステージの前にたどり着いた。これには蓮も拍子抜けしたが、罠の可能性もある。妖魔の中には高い知性を持つモノもいるのだ。
「こん、に、ちは」
途切れ途切れではあったが、妖魔が返事をした。
「ほう…話せるのか。それじゃあ教えてくれ、このライブっぽものはなんだ」
「ぽい、じゃない。アイドル、みんなファン」
妖魔が答えると、ギシンギシンとアリたちが口で音を出す。狭い空間にその音は反響し、耳を塞がずにはいられないほどだ。
「確かに動画サイトで見たファンの反応にそっくりだな」
たったひとり、蓮だけは耳を塞ぐことなく妖魔と対話を続ける。
「あり、がと」
「礼を言われるようなことじゃない。ことに反応だけは似ていると思ったまでだ」
ファンであれば、推しのアイドルに声をかけられれば嬉しいし反応もする。歓声、拍手、身振り手振り。あらゆる方法で喜びを表現する。
ビッグアントの口から出す音も同じだ。威嚇のこともあるが、今回は喜んでいるようだ。
「だけどそいつらは本当に喜んでいるのか?好き好んで集まったのか?」
「なにを、いいたい、、」
「これは俺のイメージでしかないが、アイドルのライブってのは観客も一体となって作るものじゃないのか?」
蓮はステージの前に並ぶビッグアントに目を向けた。一頭の乱れもなく、縦に横にきっちりと並んでいる。動きも全く同じ。1秒も違わぬタイミングで顔を上に、下に振り、1秒も違わぬタイミングで反応を示す。
これではまるで、指示のままに動く軍隊だ。
「俺にはこいつらが、アンタを応援しているようには見えないぞ。会社の飲み会に付き合いで駆り出された部下みたいだ」
関係性としては間違ってはいない。ビッグアントは妖怪で、妖魔の生み出したモノに過ぎない。自らの意思でここにいるわけでもなければ、自らの意思で行動を起こすわけでもない。
言われるがままに動く、妖魔のコマでしかない。
「、、、」
妖魔は蓮をじっと見つめる。表情がないから確かではないが、心なしか怒っているようにも見える。周囲を取り巻く空気が重くなり、壁の明かりが大きく揺れた。
「それでここからが本題なんだが、どうしてこんなライブまがいのことをしているんだ?」
妖魔の本能のままに生きる。怒り・悲しみ・憎しみなど様々な感情に反応し、目的を果たすためだけに生きる。
中には人間の真似事をする妖魔もいるが、わざわざ妖怪を観客に見立ててライブをする例など蓮の知る限りでは存在しない。
「うる、さ、い。うるさ、い。うるさいうるさいうるさい!」
妖魔が明確に敵意を剥き出しにし、ビッグアントの目も赤く光った。
「戦闘態勢ってわけか」
「蓮君!」
玲奈の声が聞こえるが早いか、土の塊が蓮めがけて飛んでくる。ビッグアントの攻撃のひとつ投てきだ。
ビッグアントには、巣を作るために土を固める能力があり、強靭な口で掴んで投げつけてくるのだ。
まっすぐに向かってくる土の塊を蓮はじっと見つめる。微動だにせず、ただ小さく口だけが動いた。
「盾よ」
その瞬間、土の塊は弾け、周囲に砂粒が散乱した。そのいくつかは妖魔にあたり、来ていた服が汚れた。
「おいおい、ゲストに向かってこの仕打ちはないだろ…いや、ファンならアイドルがバカにされたら怒っても不思議ではないか」
「ちょっとレンレン!冷静に分析している場合じゃないよ!これやばいって!」
ミキは絵里を守るように前に立ち、玲奈は蓮から2,3歩離れた場所で次の指示を待っている。
「なー絵里、この状況で勝てると思うか?」
蓮たちを取り囲むのは無数のビッグアント。しかもここは地中で、逃げ場なんてどこにもない。
「圧倒的不利」
絵里の簡潔な返答に、蓮は笑みを浮かべた。喜んでいるのだ。自分の予測が正しいと誰かに保証してもらえたことに。それも誰でもなく、知においては最も信頼している絵里から。
「選択肢1、ビッグアントを全部倒す。選択肢2、本体をどうにかする。どっちがいい」
「……」
今度は即答はなかった。絵里はじっと戦況を見つめる。彼女の頭に中では、2つの選択肢を実行した時のそれぞれの光景が再生されている。
「グギャー」
考えている間にも時間は止まってはくれない。数頭のビッグアントが、ミキと絵里に襲いかかる。
「えりりんの邪魔をしないで!影を刃をなってかのモノを貫け!シャドウニードル!」
地面から影が立体となって生え、尖った先端がビッグアントの腹を突き刺した。たった一撃。それだけでビッグアントの動きは止まり、輪郭が崩れて消えていく。
「うーん、これなら勝てるかも?」
ミキの表情に余裕が生まれた。だが、現実はそう甘くはなかった。
攻撃を食らわなかった一頭が、ミキの目の前に迫り、大きく口を開けた。
「え!?うそーーーーーーーーーーーー」
「危ない!」
一本矢がビッグアントの口を突き刺した。
「ウガアアアア」
ビッグアントは怯み、数歩後退した。致命傷にはなっていないが、時間稼ぎには十分だ。
「死ねーーーーーーーーーーー」
ビッグアントの下からは、何本もの棘が飛び出し、原型が残らないぐらいに切り刻む。これは生きている生物だったら、肉片が飛び散り、さぞ残虐な光景になっていたことだろう。
だが、妖怪は消える時に痕跡を残さない。飛び散った部位は力を失い、光の粒子となって存在は消えていく。
「ありがとう…」
「無事なら良かった。油断しないで」
玲奈は厳しい表情で答えた。その手には弓が握られ、遠距離でビッグアントを牽制する。襲ってくる数が限られていたのは、その攻撃のおかげだった。
だが、弓矢ではビッグアントを倒せない。矢の本数にも限りがあり、持って数分と言ったところだ。
長期戦は不利なのは、誰の目に見ても明らかだった。それでも蓮は動かない。絵里への問の答えをずっと待っている。そしてようやく、待望の答えが返ってきた。
「選択肢2。蓮ならできる」
「待ってたぜ」
蓮は口元に笑みを浮かべると妖魔に迫る。その距離は1メートルとない。
「お前はアイドルじゃない。ステージの前にいるファンだと思っているやつらもファンではない。あいつらはお前に興味がない。指示されたから仕方なくステージを見ていただけだ」
「うるさいうるさいうるさい!」
妖魔の人としての輪郭が崩れ、巨大なアリへと姿を変えていく。その大きさはビッグアントよりもさらに大きく、洞窟に入り切らない体は天井を貫通した。
「ヤバい、崩れるぞ。こっちに集まれ!」
天井が崩れ、次々と土が降ってくる。そのいくつかはビッグアントを潰していく。
今も巨大化していく妖魔。その体の一部が蓮の前に迫る。
「盾よ」
光の壁が蓮の前に現れる。結界だ。光の壁は外部からの攻撃から身を守るために使われる。
だが、巨大そのものを止められるわけではない。その大きくな姿に押されるように、蓮も後ろに下がっていく。
蓮の周りには、他の3人も集合した。
「八方結界!」
前に後ろ、右に左。上と下。全方角に結界が展開され、落ちてくるや妖魔の巨大化から身を守る。
結界はただ押されるだけでなく、妖魔の形に合わせて場所を変える。体の一部に乗ることに成功し、頭上からは光が差し込んできていた。
やがて光は頭上だけでなく、全身で浴びられるようになった。そこは地中ではなく地上。いやそれどころか、空を飛んでいた。
「凄い景色」
妖魔の上にいて、結界でなんとか守られている。状況を考えたら場違いな感想とも思えた。
「ちょっとえりりん!?そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよねこれ!?」
結界の中は安心とは言え、空から落ちたら流石に壊れる。ミキの反応は至極まっとうだ。
「それで連君、どうするの?」
「残り10秒。ちょうど頃合いだな」
蓮は耳に無線イヤホンをつけると、左耳に手を当てた。
「聞こえます。出番でしょうか」
しばらくすると、機械的な声が聞こえてきた。もちろん相手は人だ。それでもあくまで事務的にやり取りを続けていく。
「ああ、空を飛んでるやつが見えるか?」
「空を飛んでいる…はい、確認できました」
「そいつをぶっ飛ばしてくれ。あとそいつの上の乗っかってるから一応よろしく。手段は問わない」
「承知しました」
通信はそこで途切れ、隣にいた玲奈がすかさず話しかける。
「ゆきなちゃんが来るの?」
「ああ」
早乙女ゆきな。この部隊の最終兵器で、蓮もその力を信じている。
それでも不安は不安だった。じっと目を閉じ、時が来るのを待つ。
耳を澄ましているはずなのに、彼の全身に伝わってくるのは、ものすごい速さで鼓動する心臓の音ばかりだった。
蓮は妖魔の前に立つとじっと相手を見つめる。
ビッグアントが襲ってくることを警戒していたが、そんなことは一切なく、あっさりステージの前にたどり着いた。これには蓮も拍子抜けしたが、罠の可能性もある。妖魔の中には高い知性を持つモノもいるのだ。
「こん、に、ちは」
途切れ途切れではあったが、妖魔が返事をした。
「ほう…話せるのか。それじゃあ教えてくれ、このライブっぽものはなんだ」
「ぽい、じゃない。アイドル、みんなファン」
妖魔が答えると、ギシンギシンとアリたちが口で音を出す。狭い空間にその音は反響し、耳を塞がずにはいられないほどだ。
「確かに動画サイトで見たファンの反応にそっくりだな」
たったひとり、蓮だけは耳を塞ぐことなく妖魔と対話を続ける。
「あり、がと」
「礼を言われるようなことじゃない。ことに反応だけは似ていると思ったまでだ」
ファンであれば、推しのアイドルに声をかけられれば嬉しいし反応もする。歓声、拍手、身振り手振り。あらゆる方法で喜びを表現する。
ビッグアントの口から出す音も同じだ。威嚇のこともあるが、今回は喜んでいるようだ。
「だけどそいつらは本当に喜んでいるのか?好き好んで集まったのか?」
「なにを、いいたい、、」
「これは俺のイメージでしかないが、アイドルのライブってのは観客も一体となって作るものじゃないのか?」
蓮はステージの前に並ぶビッグアントに目を向けた。一頭の乱れもなく、縦に横にきっちりと並んでいる。動きも全く同じ。1秒も違わぬタイミングで顔を上に、下に振り、1秒も違わぬタイミングで反応を示す。
これではまるで、指示のままに動く軍隊だ。
「俺にはこいつらが、アンタを応援しているようには見えないぞ。会社の飲み会に付き合いで駆り出された部下みたいだ」
関係性としては間違ってはいない。ビッグアントは妖怪で、妖魔の生み出したモノに過ぎない。自らの意思でここにいるわけでもなければ、自らの意思で行動を起こすわけでもない。
言われるがままに動く、妖魔のコマでしかない。
「、、、」
妖魔は蓮をじっと見つめる。表情がないから確かではないが、心なしか怒っているようにも見える。周囲を取り巻く空気が重くなり、壁の明かりが大きく揺れた。
「それでここからが本題なんだが、どうしてこんなライブまがいのことをしているんだ?」
妖魔の本能のままに生きる。怒り・悲しみ・憎しみなど様々な感情に反応し、目的を果たすためだけに生きる。
中には人間の真似事をする妖魔もいるが、わざわざ妖怪を観客に見立ててライブをする例など蓮の知る限りでは存在しない。
「うる、さ、い。うるさ、い。うるさいうるさいうるさい!」
妖魔が明確に敵意を剥き出しにし、ビッグアントの目も赤く光った。
「戦闘態勢ってわけか」
「蓮君!」
玲奈の声が聞こえるが早いか、土の塊が蓮めがけて飛んでくる。ビッグアントの攻撃のひとつ投てきだ。
ビッグアントには、巣を作るために土を固める能力があり、強靭な口で掴んで投げつけてくるのだ。
まっすぐに向かってくる土の塊を蓮はじっと見つめる。微動だにせず、ただ小さく口だけが動いた。
「盾よ」
その瞬間、土の塊は弾け、周囲に砂粒が散乱した。そのいくつかは妖魔にあたり、来ていた服が汚れた。
「おいおい、ゲストに向かってこの仕打ちはないだろ…いや、ファンならアイドルがバカにされたら怒っても不思議ではないか」
「ちょっとレンレン!冷静に分析している場合じゃないよ!これやばいって!」
ミキは絵里を守るように前に立ち、玲奈は蓮から2,3歩離れた場所で次の指示を待っている。
「なー絵里、この状況で勝てると思うか?」
蓮たちを取り囲むのは無数のビッグアント。しかもここは地中で、逃げ場なんてどこにもない。
「圧倒的不利」
絵里の簡潔な返答に、蓮は笑みを浮かべた。喜んでいるのだ。自分の予測が正しいと誰かに保証してもらえたことに。それも誰でもなく、知においては最も信頼している絵里から。
「選択肢1、ビッグアントを全部倒す。選択肢2、本体をどうにかする。どっちがいい」
「……」
今度は即答はなかった。絵里はじっと戦況を見つめる。彼女の頭に中では、2つの選択肢を実行した時のそれぞれの光景が再生されている。
「グギャー」
考えている間にも時間は止まってはくれない。数頭のビッグアントが、ミキと絵里に襲いかかる。
「えりりんの邪魔をしないで!影を刃をなってかのモノを貫け!シャドウニードル!」
地面から影が立体となって生え、尖った先端がビッグアントの腹を突き刺した。たった一撃。それだけでビッグアントの動きは止まり、輪郭が崩れて消えていく。
「うーん、これなら勝てるかも?」
ミキの表情に余裕が生まれた。だが、現実はそう甘くはなかった。
攻撃を食らわなかった一頭が、ミキの目の前に迫り、大きく口を開けた。
「え!?うそーーーーーーーーーーーー」
「危ない!」
一本矢がビッグアントの口を突き刺した。
「ウガアアアア」
ビッグアントは怯み、数歩後退した。致命傷にはなっていないが、時間稼ぎには十分だ。
「死ねーーーーーーーーーーー」
ビッグアントの下からは、何本もの棘が飛び出し、原型が残らないぐらいに切り刻む。これは生きている生物だったら、肉片が飛び散り、さぞ残虐な光景になっていたことだろう。
だが、妖怪は消える時に痕跡を残さない。飛び散った部位は力を失い、光の粒子となって存在は消えていく。
「ありがとう…」
「無事なら良かった。油断しないで」
玲奈は厳しい表情で答えた。その手には弓が握られ、遠距離でビッグアントを牽制する。襲ってくる数が限られていたのは、その攻撃のおかげだった。
だが、弓矢ではビッグアントを倒せない。矢の本数にも限りがあり、持って数分と言ったところだ。
長期戦は不利なのは、誰の目に見ても明らかだった。それでも蓮は動かない。絵里への問の答えをずっと待っている。そしてようやく、待望の答えが返ってきた。
「選択肢2。蓮ならできる」
「待ってたぜ」
蓮は口元に笑みを浮かべると妖魔に迫る。その距離は1メートルとない。
「お前はアイドルじゃない。ステージの前にいるファンだと思っているやつらもファンではない。あいつらはお前に興味がない。指示されたから仕方なくステージを見ていただけだ」
「うるさいうるさいうるさい!」
妖魔の人としての輪郭が崩れ、巨大なアリへと姿を変えていく。その大きさはビッグアントよりもさらに大きく、洞窟に入り切らない体は天井を貫通した。
「ヤバい、崩れるぞ。こっちに集まれ!」
天井が崩れ、次々と土が降ってくる。そのいくつかはビッグアントを潰していく。
今も巨大化していく妖魔。その体の一部が蓮の前に迫る。
「盾よ」
光の壁が蓮の前に現れる。結界だ。光の壁は外部からの攻撃から身を守るために使われる。
だが、巨大そのものを止められるわけではない。その大きくな姿に押されるように、蓮も後ろに下がっていく。
蓮の周りには、他の3人も集合した。
「八方結界!」
前に後ろ、右に左。上と下。全方角に結界が展開され、落ちてくるや妖魔の巨大化から身を守る。
結界はただ押されるだけでなく、妖魔の形に合わせて場所を変える。体の一部に乗ることに成功し、頭上からは光が差し込んできていた。
やがて光は頭上だけでなく、全身で浴びられるようになった。そこは地中ではなく地上。いやそれどころか、空を飛んでいた。
「凄い景色」
妖魔の上にいて、結界でなんとか守られている。状況を考えたら場違いな感想とも思えた。
「ちょっとえりりん!?そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよねこれ!?」
結界の中は安心とは言え、空から落ちたら流石に壊れる。ミキの反応は至極まっとうだ。
「それで連君、どうするの?」
「残り10秒。ちょうど頃合いだな」
蓮は耳に無線イヤホンをつけると、左耳に手を当てた。
「聞こえます。出番でしょうか」
しばらくすると、機械的な声が聞こえてきた。もちろん相手は人だ。それでもあくまで事務的にやり取りを続けていく。
「ああ、空を飛んでるやつが見えるか?」
「空を飛んでいる…はい、確認できました」
「そいつをぶっ飛ばしてくれ。あとそいつの上の乗っかってるから一応よろしく。手段は問わない」
「承知しました」
通信はそこで途切れ、隣にいた玲奈がすかさず話しかける。
「ゆきなちゃんが来るの?」
「ああ」
早乙女ゆきな。この部隊の最終兵器で、蓮もその力を信じている。
それでも不安は不安だった。じっと目を閉じ、時が来るのを待つ。
耳を澄ましているはずなのに、彼の全身に伝わってくるのは、ものすごい速さで鼓動する心臓の音ばかりだった。
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