310 / 371
122.水族館の人魚①(怖さレベル:★★★)
しおりを挟む
(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
こんにちは。えっと……私の話、ですね。
私が住んでいた町は、海沿いの、さほど広くはない港町でした。
しかし、観光地化されていて、海戦市場などは賑やかで、
よく電車を使って他県からもぼちぼち人がやってきていました。
特にこの町のシンボルとも言えるものが一つありまして。
それは、海を開いて作ったという、水族館でした。
広い駐車場のある、大きな大きな水族館。
幼い頃から、それが家の窓から見えるのが当たり前の、
まさに町の一部として存在しているものでした。
とはいえ、都会のように最新鋭の設備が搭載されているわけではなく、
ほんとうに純粋な、さまざまな水槽の中に魚が飾られているという、シンプルな水族館です。
それは、五十年ほど前に建てられて、修復や建て替えが繰り返されつつ、
ずっと町と共にあり、地域の人にも深く親しまれていました。
当然、小学校の校外学習の場所といえばココ、と決まっていて、
写生大会やら、夏の自由研究やらでもとても世話になったのを覚えています。
そんな馴染みのある水族館ですが、
昔から、とある一つのウワサがありました。
そのウワサ、というのは……
『この水族館には人魚がいる』というものです。
……ええ、人魚、人魚です。
あの、マーメイドだとか、セイレーン、
場合によってはローレライとも混合される、アレです。
肉を食らうと不老不死になるだとか、
見ると吉兆、もしくは不吉の前触れだとか……いろいろ、
曰くがある、伝説の生き物。
……ウソだ、と思うでしょう?
実際、ウワサとして囁かれていても、
信じているのは限りなく少数派、というか、私だって信じていませんでした。
だって、人魚といえば、水の綺麗なサンゴ礁などが見える、
美しい海に現れる、という印象でしょう?
うちの地元の海はそんなに透明度も高くないし、
漁船はあちこち浮かんでいるし、
到底、人魚という言葉から連想されるイメージとは結び付きません。
もし水族館がどこかから人魚をつかまえて囲っているとしても、
館長は特に長生きするわけでもなく。
すでに三代目が継いでいるし、ものすごい繁盛しているわけでもないし、
誰かが流したデマだろう、というのが地元の人の考えでした。
そして、そんなウワサのことも忘れていた、高校生の時です。
私の友人に、マリコという女の子がいました。
彼女は、叔父が例の水族館に勤めているということで、
高校生になった頃、そこにバイトに入ったんです。
彼女は叔父の影響か、小さな頃から魚に関する知識も豊富で、
家に遊びに行くと、部屋には大量の図鑑などがあって、
ほんとうに海洋生物のことが好きだったんです。
私もバイトに誘われたのですが、お恥ずかしいことに成績が悪く、
親に禁止されてしまったので、泣く泣く断りました。
そうして、彼女はバイトを始め、順調に仕事を覚えて行ったようです。
いつだったか「毎日肉体労働ばっかで大変だけど、すっごい楽しいよ!」と、
満面の笑みでこぼしていました。
そうして、高校一年の夏休みに入り、終わり――二学期になった当初でした。
始業式が終わり、クラスで会った彼女の表情が、妙に暗いことに気付いたのです。
私は、いつも快活な彼女がやけに暗く沈んでいるので、
放課後、人のいなくなった頃合いを見計らって、肩を叩きました。
「ねぇ、マリコ、なにかあった?」
「ひっ!?」
彼女は、過剰ともいえるほど大げさにビクっと体を跳ねさせ、
「あ、ああ……うん……」
と、自分の反応をごまかすように苦笑いしました。
明らかに、ふつうでは考えられない異常なリアクションです。
「ど、どうしたの?」
「えっ、と……」
と、彼女はキョロキョロとクラス内でこちらに誰も気を向けていないのを確認し、
小声でささやきました。
「信じてもらえるか……わからないんだけど……」
マリコは、意を決するように二、三度、もごもごと口を動かした後、
「人魚……見ちゃった、かもしれなくて」
と、俯きがちに言い放ちました。
「エッ……人魚!?」
私は叫び、慌てて口を抑えました。
「に、人魚って……あの、ウワサの?」
「たぶん……」
彼女はグッと眉を下げ、ためらうようなそぶりで、
視線をユラユラと左右に動かしています。
「もしかして……バイト中に?」
「うん……夜に……水槽のトコで……」
「す、水槽!?」
兼ねてよりウワサのあた、水族館の人魚の話。
ウワサというのは尾ひれがつくもので、
私が聞きかじった限りでも、
あの水族館は実は人間を人魚にする実験をしているだとか、
人魚を食らった一代目、二代目の館長は実は生きているだとか、
眉唾もはなはだしい話ばかりでした。
しかし、もし彼女が「本物」を見たのであれば、
一挙に現実味が増してきます。
「ど、どんな……どんな人魚だったの? 美人だった?」
私は、絵本に出てくる透き通るようなマーメードを想像しつつ、
ワクワクと彼女に問いかけました。
「えっと……うーん……」
しかし、マリコの反応はかんばしくありません。
私は、このあたりでようやく「おや?」と思いました。
誰も見たことのない人魚を見た、という、
ある種、特別な奇蹟を得たはずなのに、当人がまったく喜んでいない。
それどころか、顔をふせて、憂鬱そうに口ごもっているのです。
「マリコ……もしかして、変だったの? その、人魚」
探りを入れるようにそう尋ねると、
彼女はヒュッと息を吸い込み、一瞬、黙り込みました。
そして、前歯でギッと下唇を噛み締めた後、思い切ったように言ったのです。
「ねぇ。……一緒に水族館、来てくれないかな」
と。
>>
こんにちは。えっと……私の話、ですね。
私が住んでいた町は、海沿いの、さほど広くはない港町でした。
しかし、観光地化されていて、海戦市場などは賑やかで、
よく電車を使って他県からもぼちぼち人がやってきていました。
特にこの町のシンボルとも言えるものが一つありまして。
それは、海を開いて作ったという、水族館でした。
広い駐車場のある、大きな大きな水族館。
幼い頃から、それが家の窓から見えるのが当たり前の、
まさに町の一部として存在しているものでした。
とはいえ、都会のように最新鋭の設備が搭載されているわけではなく、
ほんとうに純粋な、さまざまな水槽の中に魚が飾られているという、シンプルな水族館です。
それは、五十年ほど前に建てられて、修復や建て替えが繰り返されつつ、
ずっと町と共にあり、地域の人にも深く親しまれていました。
当然、小学校の校外学習の場所といえばココ、と決まっていて、
写生大会やら、夏の自由研究やらでもとても世話になったのを覚えています。
そんな馴染みのある水族館ですが、
昔から、とある一つのウワサがありました。
そのウワサ、というのは……
『この水族館には人魚がいる』というものです。
……ええ、人魚、人魚です。
あの、マーメイドだとか、セイレーン、
場合によってはローレライとも混合される、アレです。
肉を食らうと不老不死になるだとか、
見ると吉兆、もしくは不吉の前触れだとか……いろいろ、
曰くがある、伝説の生き物。
……ウソだ、と思うでしょう?
実際、ウワサとして囁かれていても、
信じているのは限りなく少数派、というか、私だって信じていませんでした。
だって、人魚といえば、水の綺麗なサンゴ礁などが見える、
美しい海に現れる、という印象でしょう?
うちの地元の海はそんなに透明度も高くないし、
漁船はあちこち浮かんでいるし、
到底、人魚という言葉から連想されるイメージとは結び付きません。
もし水族館がどこかから人魚をつかまえて囲っているとしても、
館長は特に長生きするわけでもなく。
すでに三代目が継いでいるし、ものすごい繁盛しているわけでもないし、
誰かが流したデマだろう、というのが地元の人の考えでした。
そして、そんなウワサのことも忘れていた、高校生の時です。
私の友人に、マリコという女の子がいました。
彼女は、叔父が例の水族館に勤めているということで、
高校生になった頃、そこにバイトに入ったんです。
彼女は叔父の影響か、小さな頃から魚に関する知識も豊富で、
家に遊びに行くと、部屋には大量の図鑑などがあって、
ほんとうに海洋生物のことが好きだったんです。
私もバイトに誘われたのですが、お恥ずかしいことに成績が悪く、
親に禁止されてしまったので、泣く泣く断りました。
そうして、彼女はバイトを始め、順調に仕事を覚えて行ったようです。
いつだったか「毎日肉体労働ばっかで大変だけど、すっごい楽しいよ!」と、
満面の笑みでこぼしていました。
そうして、高校一年の夏休みに入り、終わり――二学期になった当初でした。
始業式が終わり、クラスで会った彼女の表情が、妙に暗いことに気付いたのです。
私は、いつも快活な彼女がやけに暗く沈んでいるので、
放課後、人のいなくなった頃合いを見計らって、肩を叩きました。
「ねぇ、マリコ、なにかあった?」
「ひっ!?」
彼女は、過剰ともいえるほど大げさにビクっと体を跳ねさせ、
「あ、ああ……うん……」
と、自分の反応をごまかすように苦笑いしました。
明らかに、ふつうでは考えられない異常なリアクションです。
「ど、どうしたの?」
「えっ、と……」
と、彼女はキョロキョロとクラス内でこちらに誰も気を向けていないのを確認し、
小声でささやきました。
「信じてもらえるか……わからないんだけど……」
マリコは、意を決するように二、三度、もごもごと口を動かした後、
「人魚……見ちゃった、かもしれなくて」
と、俯きがちに言い放ちました。
「エッ……人魚!?」
私は叫び、慌てて口を抑えました。
「に、人魚って……あの、ウワサの?」
「たぶん……」
彼女はグッと眉を下げ、ためらうようなそぶりで、
視線をユラユラと左右に動かしています。
「もしかして……バイト中に?」
「うん……夜に……水槽のトコで……」
「す、水槽!?」
兼ねてよりウワサのあた、水族館の人魚の話。
ウワサというのは尾ひれがつくもので、
私が聞きかじった限りでも、
あの水族館は実は人間を人魚にする実験をしているだとか、
人魚を食らった一代目、二代目の館長は実は生きているだとか、
眉唾もはなはだしい話ばかりでした。
しかし、もし彼女が「本物」を見たのであれば、
一挙に現実味が増してきます。
「ど、どんな……どんな人魚だったの? 美人だった?」
私は、絵本に出てくる透き通るようなマーメードを想像しつつ、
ワクワクと彼女に問いかけました。
「えっと……うーん……」
しかし、マリコの反応はかんばしくありません。
私は、このあたりでようやく「おや?」と思いました。
誰も見たことのない人魚を見た、という、
ある種、特別な奇蹟を得たはずなのに、当人がまったく喜んでいない。
それどころか、顔をふせて、憂鬱そうに口ごもっているのです。
「マリコ……もしかして、変だったの? その、人魚」
探りを入れるようにそう尋ねると、
彼女はヒュッと息を吸い込み、一瞬、黙り込みました。
そして、前歯でギッと下唇を噛み締めた後、思い切ったように言ったのです。
「ねぇ。……一緒に水族館、来てくれないかな」
と。
>>
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
オサキ怪異相談所
てくす
ホラー
ある街の、ある処に、其処は存在する。
怪異……
そんな不可思議な世界に迷い込んだ人を助ける者がいた。
不可思議な世界に迷い込んだ者が今日もまた、助けを求めにやってきたようだ。
【オサキ怪異相談所】
憑物筋の家系により、幼少から霊と関わりがある尾先と、ある一件をきっかけに、尾先と関わることになった茜を中心とした物語。
【オサキ外伝】
物語の進行上、あまり関わりがない物語。基本的には尾先以外が中心。メインキャラクター以外の掘り下げだったりが多めかも?
【怪異蒐集譚】
外伝。本編登場人物の骸に焦点を当てた物語。本編オサキの方にも関わりがあったりするので本編に近い外伝。
【夕刻跳梁跋扈】
鳳とその友人(?)の夕凪に焦点を当てた物語。
【怪異戯曲】
天満と共に生きる喜邏。そして、ある一件から関わることになった叶芽が、ある怪異を探す話。
※非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。
過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる