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122.水族館の人魚①(怖さレベル:★★★)

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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)

こんにちは。えっと……私の話、ですね。
私が住んでいた町は、海沿いの、さほど広くはない港町でした。

しかし、観光地化されていて、海戦市場などは賑やかで、
よく電車を使って他県からもぼちぼち人がやってきていました。

特にこの町のシンボルとも言えるものが一つありまして。
それは、海を開いて作ったという、水族館でした。
広い駐車場のある、大きな大きな水族館。

幼い頃から、それが家の窓から見えるのが当たり前の、
まさに町の一部として存在しているものでした。

とはいえ、都会のように最新鋭の設備が搭載されているわけではなく、
ほんとうに純粋な、さまざまな水槽の中に魚が飾られているという、シンプルな水族館です。

それは、五十年ほど前に建てられて、修復や建て替えが繰り返されつつ、
ずっと町と共にあり、地域の人にも深く親しまれていました。

当然、小学校の校外学習の場所といえばココ、と決まっていて、
写生大会やら、夏の自由研究やらでもとても世話になったのを覚えています。

そんな馴染みのある水族館ですが、
昔から、とある一つのウワサがありました。

そのウワサ、というのは……
『この水族館には人魚がいる』というものです。

……ええ、人魚、人魚です。
あの、マーメイドだとか、セイレーン、
場合によってはローレライとも混合される、アレです。

肉を食らうと不老不死になるだとか、
見ると吉兆、もしくは不吉の前触れだとか……いろいろ、
曰くがある、伝説の生き物。

……ウソだ、と思うでしょう?

実際、ウワサとして囁かれていても、
信じているのは限りなく少数派、というか、私だって信じていませんでした。

だって、人魚といえば、水の綺麗なサンゴ礁などが見える、
美しい海に現れる、という印象でしょう?

うちの地元の海はそんなに透明度も高くないし、
漁船はあちこち浮かんでいるし、
到底、人魚という言葉から連想されるイメージとは結び付きません。

もし水族館がどこかから人魚をつかまえて囲っているとしても、
館長は特に長生きするわけでもなく。

すでに三代目が継いでいるし、ものすごい繁盛しているわけでもないし、
誰かが流したデマだろう、というのが地元の人の考えでした。

そして、そんなウワサのことも忘れていた、高校生の時です。

私の友人に、マリコという女の子がいました。

彼女は、叔父が例の水族館に勤めているということで、
高校生になった頃、そこにバイトに入ったんです。

彼女は叔父の影響か、小さな頃から魚に関する知識も豊富で、
家に遊びに行くと、部屋には大量の図鑑などがあって、
ほんとうに海洋生物のことが好きだったんです。

私もバイトに誘われたのですが、お恥ずかしいことに成績が悪く、
親に禁止されてしまったので、泣く泣く断りました。

そうして、彼女はバイトを始め、順調に仕事を覚えて行ったようです。

いつだったか「毎日肉体労働ばっかで大変だけど、すっごい楽しいよ!」と、
満面の笑みでこぼしていました。

そうして、高校一年の夏休みに入り、終わり――二学期になった当初でした。
始業式が終わり、クラスで会った彼女の表情が、妙に暗いことに気付いたのです。

私は、いつも快活な彼女がやけに暗く沈んでいるので、
放課後、人のいなくなった頃合いを見計らって、肩を叩きました。

「ねぇ、マリコ、なにかあった?」
「ひっ!?」

彼女は、過剰ともいえるほど大げさにビクっと体を跳ねさせ、

「あ、ああ……うん……」

と、自分の反応をごまかすように苦笑いしました。
明らかに、ふつうでは考えられない異常なリアクションです。

「ど、どうしたの?」
「えっ、と……」

と、彼女はキョロキョロとクラス内でこちらに誰も気を向けていないのを確認し、
小声でささやきました。

「信じてもらえるか……わからないんだけど……」

マリコは、意を決するように二、三度、もごもごと口を動かした後、

「人魚……見ちゃった、かもしれなくて」

と、俯きがちに言い放ちました。

「エッ……人魚!?」

私は叫び、慌てて口を抑えました。

「に、人魚って……あの、ウワサの?」
「たぶん……」

彼女はグッと眉を下げ、ためらうようなそぶりで、
視線をユラユラと左右に動かしています。

「もしかして……バイト中に?」
「うん……夜に……水槽のトコで……」
「す、水槽!?」

兼ねてよりウワサのあた、水族館の人魚の話。

ウワサというのは尾ひれがつくもので、
私が聞きかじった限りでも、
あの水族館は実は人間を人魚にする実験をしているだとか、
人魚を食らった一代目、二代目の館長は実は生きているだとか、
眉唾もはなはだしい話ばかりでした。

しかし、もし彼女が「本物」を見たのであれば、
一挙に現実味が増してきます。

「ど、どんな……どんな人魚だったの? 美人だった?」

私は、絵本に出てくる透き通るようなマーメードを想像しつつ、
ワクワクと彼女に問いかけました。

「えっと……うーん……」

しかし、マリコの反応はかんばしくありません。
私は、このあたりでようやく「おや?」と思いました。

誰も見たことのない人魚を見た、という、
ある種、特別な奇蹟を得たはずなのに、当人がまったく喜んでいない。

それどころか、顔をふせて、憂鬱そうに口ごもっているのです。

「マリコ……もしかして、変だったの? その、人魚」

探りを入れるようにそう尋ねると、
彼女はヒュッと息を吸い込み、一瞬、黙り込みました。

そして、前歯でギッと下唇を噛み締めた後、思い切ったように言ったのです。

「ねぇ。……一緒に水族館、来てくれないかな」
と。

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