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114.山登りの子どもたち②(怖さレベル:★☆☆)
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……シン
「……えっ」
いない。
誰も、いない――。
ザッザッザッ、という土を蹴る足音も、
十人ほどの小学生の集団も。
始めからそこにはなにもなかったかのように、
なんの姿もありません。
「せっ、先生……」
「どうした。気にするな、足だけ動かすんだ」
「あ、は、はい……」
前を進む先生にそれを伝えようとしたものの、
彼はふりむく動作もなく、もくもくと前に進んでいきます。
わたしは喉に小骨がつっかえたようなちぐはぐ感を覚えつつ、
しぶしぶ、そのまま先生の後に続きました。
背後に、無音の山道の、ふしぎな空気を感じながら。
その日の、夜のことです。
あれ以後、校外学習はなにごともなく終了して、
わたしは疲れた体を、だらん、と布団に横たえていました。
秋もなかばといえ、まだまだ残暑もきびしく、
開け放たれた窓からは、すずしい夜気が入ってきます。
(疲れたなぁ……)
ふくらはぎの両側がムズムズとしびれ、
一足はやい筋肉痛の気配を感じます。
手をのばして足をさすりながら、
すでに電気の消された室内でぼんやりと昼間のことを思い出しました。
(あの集団……もしかして、幽霊とか、だったのかな)
どんよりと暗い表情をして、
無言で山を下る子どもたち。
あの後、事情を知っているらしい先生にいくらすがっても、
くわしい話はいっさいしてもらえませんでした。
(山で亡くなった子どもたち、なのかな)
ゴロン、と布団の上で寝返りをうてば、
筋肉が引きつれて、ピリリと痛みます。
(考えてもしかたないんだし……寝よ)
両足のダルさと、体力を使いきった疲れで、
すぐに頭はかすみがかってきました。
まぶたを閉じて、すーっと息をすいこめば、
そのままうとうとと、夢の世界へ――。
ゴロッ……ピシャーン!!
「……っわ!!」
耳元ではげしく鳴った雷鳴に、
わたしは上半身をバネに起き上がりました。
目を開いた世界は、いつも通りの自分の部屋。
明かりを消した、まっくらな世界です。
しかし、まぶたの裏にはたった今の轟音の残滓が、
白く浮き上がるように焼きついていました。
「か……雷は……」
雨の音は聞こえません。
暗い部屋のなか、さきほどのことはまるで
夢のできごとだったかのように、静寂に包まれています。
(夢……? いや、ぜったいに雷の音はした……!)
慌てて窓に近寄って、半開きのカーテンをひき開けました。
「あれ……なんにも、なってない」
空を見上げても、黒い風景のなかにはあちこちに星が点在しているだけで、
雨雲の残りカスひとつ、存在しません。
地面も濡れてないのかな――と、
視線をゆっくりと道路へむけた、その時です。
「……っ!?」
道路に、人が立っています。
「そっ……そんな……」
足がガクガクと震えるのは、筋肉痛のせいではありません。
――子どもが。
はき古したスニーカーを履き、登山用のリュックサックを背負って、
重々しく顔を伏せた、十人ほどの子どもたち。
それが、わたしの家の前の道路で、
静かに立っていたのです。
「ひ……っ!!」
わたしは震える指先でゆっくりと窓をしめると、
そのままカギをかけました。
しかし、カーテンの隙間から見える景色のなかに、
彼らは消えることなく存在しています。
(どっ……どう、して)
あの山からここまでは、
どう見積もったとしても、三十キロ以上は離れています。
――つれてきてしまった。
わたしの脳裏に、そんな言葉が浮かびました。
(先生の言いつけ、守らなかったから……?)
姿を見るな。
そのひとことを無視して、振り返ってしまったから?
震え出した全身を隠すように、
わたしは慌てて布団のなかへもぐりこみました。
ついさっきのあの雷のような音。
あれは、彼らがついてきたという知らせだったのでしょうか。
疲労で全然がどっしりと重かったものの、
わたしはその夜、一睡もすることができませんでした。
翌日。
怖くなったわたしは、先生に昨夜のことを包み隠さず話しました。
正直、信じてもらえないかもしれない、とは思ったのですが、
先生は神妙な顔でわたしの訴えを聞き、小さくため息をつきました。
「昨日……か。オレはな、あの時ハッキリとあれの姿が見えたわけじゃなかったんだ。
ぼんやりした、気配みたいなのは感じたが……」
「えっ……」
「お前、あいさつしようとしただろう、アレに。
ヤバイ、とは思ったんだ。だから、無視して進ませたんだが……最初に姿が見えちまった時点で、
もう魅入られてたのかもしれないな」
先生は眉を下げてわたしの頭をやさしく撫でると、
机の引き出しから、ひとさし指ほどの水色の小包をさしだしてきました。
「昔、先生がある寺の住職さんからもらった清めの塩だ。お守り代わりにはなるだろう」
「あ……ありがとうございます」
「あの山はな……昔、それこそ戦前だな。小学生たちが雷に打たれて亡くなった事件があったんだ。
ちょうど同年代のお前に反応してしまったんだろう。……怖いだろうが、気を強くもてよ」
先生は寂しげな表情でそう言って、
ふたたびわたしの頭を撫でてくれました。
それからの夜。
しばらくは、彼らの姿を雷鳴とともに見ることがありました。
真夜中、顔をふせてたたずんでいる彼らはそれだけで恐怖を感じますが、
ただ家の外に立っているだけで、けっして家のなかには入ってきません。
それに、あのもらった清めの塩を枕もとに置くようにしてからは、
ほとんど姿を見ることはなくなりました。
ただ、たまに今でも――現れることがあるんですよ。
もうわたしも大人になって、彼らの年齢をとっくに越したけれど、
彼らは成長することなく、子どものころの姿のままで。
どこか寂しげに、うつむいたまま。
始めは十人だったその人数も年々減っていって、
いまや残るはふたりだけ。
そのふたりも、いつかはいなくなるのでしょうね。
彼らが成仏したのか、それとも、
亡くなったあの山に帰ったのかはわかりません。
でも、願わくば――成仏してくれたことを、祈っています。
「……えっ」
いない。
誰も、いない――。
ザッザッザッ、という土を蹴る足音も、
十人ほどの小学生の集団も。
始めからそこにはなにもなかったかのように、
なんの姿もありません。
「せっ、先生……」
「どうした。気にするな、足だけ動かすんだ」
「あ、は、はい……」
前を進む先生にそれを伝えようとしたものの、
彼はふりむく動作もなく、もくもくと前に進んでいきます。
わたしは喉に小骨がつっかえたようなちぐはぐ感を覚えつつ、
しぶしぶ、そのまま先生の後に続きました。
背後に、無音の山道の、ふしぎな空気を感じながら。
その日の、夜のことです。
あれ以後、校外学習はなにごともなく終了して、
わたしは疲れた体を、だらん、と布団に横たえていました。
秋もなかばといえ、まだまだ残暑もきびしく、
開け放たれた窓からは、すずしい夜気が入ってきます。
(疲れたなぁ……)
ふくらはぎの両側がムズムズとしびれ、
一足はやい筋肉痛の気配を感じます。
手をのばして足をさすりながら、
すでに電気の消された室内でぼんやりと昼間のことを思い出しました。
(あの集団……もしかして、幽霊とか、だったのかな)
どんよりと暗い表情をして、
無言で山を下る子どもたち。
あの後、事情を知っているらしい先生にいくらすがっても、
くわしい話はいっさいしてもらえませんでした。
(山で亡くなった子どもたち、なのかな)
ゴロン、と布団の上で寝返りをうてば、
筋肉が引きつれて、ピリリと痛みます。
(考えてもしかたないんだし……寝よ)
両足のダルさと、体力を使いきった疲れで、
すぐに頭はかすみがかってきました。
まぶたを閉じて、すーっと息をすいこめば、
そのままうとうとと、夢の世界へ――。
ゴロッ……ピシャーン!!
「……っわ!!」
耳元ではげしく鳴った雷鳴に、
わたしは上半身をバネに起き上がりました。
目を開いた世界は、いつも通りの自分の部屋。
明かりを消した、まっくらな世界です。
しかし、まぶたの裏にはたった今の轟音の残滓が、
白く浮き上がるように焼きついていました。
「か……雷は……」
雨の音は聞こえません。
暗い部屋のなか、さきほどのことはまるで
夢のできごとだったかのように、静寂に包まれています。
(夢……? いや、ぜったいに雷の音はした……!)
慌てて窓に近寄って、半開きのカーテンをひき開けました。
「あれ……なんにも、なってない」
空を見上げても、黒い風景のなかにはあちこちに星が点在しているだけで、
雨雲の残りカスひとつ、存在しません。
地面も濡れてないのかな――と、
視線をゆっくりと道路へむけた、その時です。
「……っ!?」
道路に、人が立っています。
「そっ……そんな……」
足がガクガクと震えるのは、筋肉痛のせいではありません。
――子どもが。
はき古したスニーカーを履き、登山用のリュックサックを背負って、
重々しく顔を伏せた、十人ほどの子どもたち。
それが、わたしの家の前の道路で、
静かに立っていたのです。
「ひ……っ!!」
わたしは震える指先でゆっくりと窓をしめると、
そのままカギをかけました。
しかし、カーテンの隙間から見える景色のなかに、
彼らは消えることなく存在しています。
(どっ……どう、して)
あの山からここまでは、
どう見積もったとしても、三十キロ以上は離れています。
――つれてきてしまった。
わたしの脳裏に、そんな言葉が浮かびました。
(先生の言いつけ、守らなかったから……?)
姿を見るな。
そのひとことを無視して、振り返ってしまったから?
震え出した全身を隠すように、
わたしは慌てて布団のなかへもぐりこみました。
ついさっきのあの雷のような音。
あれは、彼らがついてきたという知らせだったのでしょうか。
疲労で全然がどっしりと重かったものの、
わたしはその夜、一睡もすることができませんでした。
翌日。
怖くなったわたしは、先生に昨夜のことを包み隠さず話しました。
正直、信じてもらえないかもしれない、とは思ったのですが、
先生は神妙な顔でわたしの訴えを聞き、小さくため息をつきました。
「昨日……か。オレはな、あの時ハッキリとあれの姿が見えたわけじゃなかったんだ。
ぼんやりした、気配みたいなのは感じたが……」
「えっ……」
「お前、あいさつしようとしただろう、アレに。
ヤバイ、とは思ったんだ。だから、無視して進ませたんだが……最初に姿が見えちまった時点で、
もう魅入られてたのかもしれないな」
先生は眉を下げてわたしの頭をやさしく撫でると、
机の引き出しから、ひとさし指ほどの水色の小包をさしだしてきました。
「昔、先生がある寺の住職さんからもらった清めの塩だ。お守り代わりにはなるだろう」
「あ……ありがとうございます」
「あの山はな……昔、それこそ戦前だな。小学生たちが雷に打たれて亡くなった事件があったんだ。
ちょうど同年代のお前に反応してしまったんだろう。……怖いだろうが、気を強くもてよ」
先生は寂しげな表情でそう言って、
ふたたびわたしの頭を撫でてくれました。
それからの夜。
しばらくは、彼らの姿を雷鳴とともに見ることがありました。
真夜中、顔をふせてたたずんでいる彼らはそれだけで恐怖を感じますが、
ただ家の外に立っているだけで、けっして家のなかには入ってきません。
それに、あのもらった清めの塩を枕もとに置くようにしてからは、
ほとんど姿を見ることはなくなりました。
ただ、たまに今でも――現れることがあるんですよ。
もうわたしも大人になって、彼らの年齢をとっくに越したけれど、
彼らは成長することなく、子どものころの姿のままで。
どこか寂しげに、うつむいたまま。
始めは十人だったその人数も年々減っていって、
いまや残るはふたりだけ。
そのふたりも、いつかはいなくなるのでしょうね。
彼らが成仏したのか、それとも、
亡くなったあの山に帰ったのかはわかりません。
でも、願わくば――成仏してくれたことを、祈っています。
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