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90.合宿所の夜②(怖さレベル:★★☆)
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夜闇の中に聞こえる、友人たちの呼吸音。
ブゥウン、と低く振動する、扇風機の稼働音。
風が止んだのか、昼間に感じた隙間風の吹き込む音はありません。
(静か……だな)
真っ暗になった広い室内は、ふだんの自分の部屋とは
まったく違う、空間独自の静寂を感じました。
時折もぞもぞと皆が寝返りをうつ音や、
寝言まがいの判別不明な声なども聞こえてきます。
私はしのび笑いを漏らしつつ、一向に訪れない眠気を
誘発しようと、深呼吸を繰り返していました。
そのまま、三十分ほど過ぎたでしょうか。
「ねぇ……ねぇねぇ」
誰かの、声。
「ねぇ……起きてる、でしょ?」
薄ぼんやりとまどろんでいた意識が、
その声によってゆり起こされました。
(あー……もうちょっとで眠れそう、だったのに……)
せっかく意識が遠のきかけていたというのに。
こんな最悪なタイミングで声をかけてくる人物など、
一人しか考えられません。
「もー……リカ。眠いんだから、話しかけないでよー……」
間延びした声で、目は閉じたまま返事を返しました。
「ゴメンゴメン。なんか、目が覚めちゃってさぁ……
ねぇ。そっちの布団、入っても良い?」
「……えー?」
用意されていた布団は、いわゆるシングルサイズの小さなもの。
いくら高校生の女子同士とはいっても、
二人入ったら狭苦しいに決まっています。
「ダーメ。狭いし、暑いし……」
ただでさえ、空調のない部屋。
ひっつきあって眠るなんて、真冬でもない限りごめんです。
私がゴロリと寝返りをうちつつ拒否を示すと、
「ねー……お願いってば。ここ……なんか、怖くて、さ」
甘えたような声が、ヒソヒソと呟きました。
「えー……?」
怖い? と寝ぼけた頭でぼんやり考え、
そういえば、と気付きました。
この大広間に入って、怖い怖いとみんなが騒いでいたあの壁のシミ。
今、リカが寝ている位置は、そこに一番近かったのです。
「あー……」
彼女は、もともとかなり怖がりな性格です。
目が覚めてしまったというのも、それが頭の片隅にあったからでしょうか。
「うーん……」
(じゃあ、しょうがないかなぁ)
幼なじみのよしみで、そう返答しようとした、そんな時。
――コン、コン。
大広間の入口。そこだけ洋式になっている扉が、ノックされました。
(えっ……)
こんな真夜中に、お客さん?
私が突然のことに布団の中で硬直していると、
――コン、コン。
繰り返された、二度目のノック。
そして。
ガチャッ……
カギのかかっていた筈のドアが、開かれました。
(…………!?)
布団をぎゅうと手のひらが白くなるほど握りしめ、
強く目をつぶりました。
ひた、ひた。
何者かの足音が、耳の内側をなぞるように響いてきます。
(だ……誰?)
乾いた口内を潤すように、ゴクリ、と唾を飲み込んだ時。
「……よし。全員、ちゃんと寝てるね」
女性の声。そしてそれは、よく聞きなじんだもので。
(えっ……?)
薄目を開けた視界に映ったのは、薄暗い中、
懐中電灯を手にした、二人の先生の姿でした。
「やっぱり女の子たちは偉いねぇ。すっかり眠ってる」
「男子はドンチャン騒ぎで、全然収まんなかったって話でしょ?」
ヒソヒソと小声で話す様子を見るに、
どうやら見回りに来たようでした。
「さ、私たちも、帰ろうか」
「明日もハードだからね……ゆっくり寝よう」
私が起きていることには気づかれなかったようで、
そのまま先生たちは一通り布団を眺めた後、
再び部屋にカギを締めて、出ていってしましました。
(……あ、危なかったァ)
もし移動しているところを見られていたら、
明日の練習でいったいいくつ課題を追加されていたかわかりません。
「……リカ?」
私はしばらく息を潜めてから、彼女の寝ている方を見やりましたが、
「……ん~……」
ごろりと寝返りをうつ様子を見るに、
そのまますっかり寝入ってしまったようでした。
(ま……いっか)
ぐっすり眠れそうならそれで、と、自分もかけ布をかぶり直し、
再び、うつらうつらと夢の中へ落ちていきました。
そして、翌日。
「……足痛い。腕痛い」
早朝から夕方にかけてのハードな練習スケジュール。
時間が経つのを亀の歩みのように感じながら、
ようやく時間は夜の九時になりました。
二泊三日の短い合宿期間ゆえに、今日さえ終われば、
明日の夕方には家族の待つ自宅へ帰れます。
「今日一日の消費カロリー半端ないわ……」
「ダイエットどころか、筋肉ついて太りそー」
「足パンッパンだよ、もー……明日が怖い」
女子の皆が、風呂上がりで痛み始めた四肢をさすりながら文句を垂れています。
「あはは……あと、一日だから……」
「まーね。ようやくって感じ」
ダラダラと重い足を引きづりつつ大広間へ戻って、
皆、一斉に敷かれた布団に飛び込みました。
「はー……つっかれたぁ」
「いやぁ~……やばいですね。明日もスケジュールみっちりだったし……」
張りだされている予定表を眺めた後輩の子も、
恨めしい呻き声を漏らしています。
「もー……ダメ。起きてらんない。今日は早く寝るよっ」
リカも全身を弛緩させて毛布と戯れつつ、
枕をポスッと叩きました。
>>
ブゥウン、と低く振動する、扇風機の稼働音。
風が止んだのか、昼間に感じた隙間風の吹き込む音はありません。
(静か……だな)
真っ暗になった広い室内は、ふだんの自分の部屋とは
まったく違う、空間独自の静寂を感じました。
時折もぞもぞと皆が寝返りをうつ音や、
寝言まがいの判別不明な声なども聞こえてきます。
私はしのび笑いを漏らしつつ、一向に訪れない眠気を
誘発しようと、深呼吸を繰り返していました。
そのまま、三十分ほど過ぎたでしょうか。
「ねぇ……ねぇねぇ」
誰かの、声。
「ねぇ……起きてる、でしょ?」
薄ぼんやりとまどろんでいた意識が、
その声によってゆり起こされました。
(あー……もうちょっとで眠れそう、だったのに……)
せっかく意識が遠のきかけていたというのに。
こんな最悪なタイミングで声をかけてくる人物など、
一人しか考えられません。
「もー……リカ。眠いんだから、話しかけないでよー……」
間延びした声で、目は閉じたまま返事を返しました。
「ゴメンゴメン。なんか、目が覚めちゃってさぁ……
ねぇ。そっちの布団、入っても良い?」
「……えー?」
用意されていた布団は、いわゆるシングルサイズの小さなもの。
いくら高校生の女子同士とはいっても、
二人入ったら狭苦しいに決まっています。
「ダーメ。狭いし、暑いし……」
ただでさえ、空調のない部屋。
ひっつきあって眠るなんて、真冬でもない限りごめんです。
私がゴロリと寝返りをうちつつ拒否を示すと、
「ねー……お願いってば。ここ……なんか、怖くて、さ」
甘えたような声が、ヒソヒソと呟きました。
「えー……?」
怖い? と寝ぼけた頭でぼんやり考え、
そういえば、と気付きました。
この大広間に入って、怖い怖いとみんなが騒いでいたあの壁のシミ。
今、リカが寝ている位置は、そこに一番近かったのです。
「あー……」
彼女は、もともとかなり怖がりな性格です。
目が覚めてしまったというのも、それが頭の片隅にあったからでしょうか。
「うーん……」
(じゃあ、しょうがないかなぁ)
幼なじみのよしみで、そう返答しようとした、そんな時。
――コン、コン。
大広間の入口。そこだけ洋式になっている扉が、ノックされました。
(えっ……)
こんな真夜中に、お客さん?
私が突然のことに布団の中で硬直していると、
――コン、コン。
繰り返された、二度目のノック。
そして。
ガチャッ……
カギのかかっていた筈のドアが、開かれました。
(…………!?)
布団をぎゅうと手のひらが白くなるほど握りしめ、
強く目をつぶりました。
ひた、ひた。
何者かの足音が、耳の内側をなぞるように響いてきます。
(だ……誰?)
乾いた口内を潤すように、ゴクリ、と唾を飲み込んだ時。
「……よし。全員、ちゃんと寝てるね」
女性の声。そしてそれは、よく聞きなじんだもので。
(えっ……?)
薄目を開けた視界に映ったのは、薄暗い中、
懐中電灯を手にした、二人の先生の姿でした。
「やっぱり女の子たちは偉いねぇ。すっかり眠ってる」
「男子はドンチャン騒ぎで、全然収まんなかったって話でしょ?」
ヒソヒソと小声で話す様子を見るに、
どうやら見回りに来たようでした。
「さ、私たちも、帰ろうか」
「明日もハードだからね……ゆっくり寝よう」
私が起きていることには気づかれなかったようで、
そのまま先生たちは一通り布団を眺めた後、
再び部屋にカギを締めて、出ていってしましました。
(……あ、危なかったァ)
もし移動しているところを見られていたら、
明日の練習でいったいいくつ課題を追加されていたかわかりません。
「……リカ?」
私はしばらく息を潜めてから、彼女の寝ている方を見やりましたが、
「……ん~……」
ごろりと寝返りをうつ様子を見るに、
そのまますっかり寝入ってしまったようでした。
(ま……いっか)
ぐっすり眠れそうならそれで、と、自分もかけ布をかぶり直し、
再び、うつらうつらと夢の中へ落ちていきました。
そして、翌日。
「……足痛い。腕痛い」
早朝から夕方にかけてのハードな練習スケジュール。
時間が経つのを亀の歩みのように感じながら、
ようやく時間は夜の九時になりました。
二泊三日の短い合宿期間ゆえに、今日さえ終われば、
明日の夕方には家族の待つ自宅へ帰れます。
「今日一日の消費カロリー半端ないわ……」
「ダイエットどころか、筋肉ついて太りそー」
「足パンッパンだよ、もー……明日が怖い」
女子の皆が、風呂上がりで痛み始めた四肢をさすりながら文句を垂れています。
「あはは……あと、一日だから……」
「まーね。ようやくって感じ」
ダラダラと重い足を引きづりつつ大広間へ戻って、
皆、一斉に敷かれた布団に飛び込みました。
「はー……つっかれたぁ」
「いやぁ~……やばいですね。明日もスケジュールみっちりだったし……」
張りだされている予定表を眺めた後輩の子も、
恨めしい呻き声を漏らしています。
「もー……ダメ。起きてらんない。今日は早く寝るよっ」
リカも全身を弛緩させて毛布と戯れつつ、
枕をポスッと叩きました。
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