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10話 ~治療と戦場~
しおりを挟む「ぐ、グリュー……あれ見て!」
「え、おい……ウソだろ……!?」
他の兵士の治療に当たっていた二人も、こっちの異常に気付いたらしい。
慌ててこちらに駆け寄ってくるのを横目に、集中がトぢれないように深く深く呼吸しつつ、腕が完全に治っていくのをイメージする。
痛みもない、血も流れない、苦しみもないように、慎重に――。
「う、腕が……治って……!?」
今や、ハッキリと意識を取り戻した兵士が、夢でも見ているかのようにパチパチとまばたきする。
治療のために近づけていた腕を話すと、そこには、もう完璧に元通りになった彼の腕があった。
兵士は、失われていた腕を伸ばし、曲げ、かざし――そして、ハッとした表情で私を見た。
「あ、ありがとうございます! め、女神さ……え、は、はだか……エプロン……?」
感極まって泣きそうだった顔が、私の衣装を目にしたとたんに正気に戻る瞬間を見た。
心がささくれだった。
「服装のことはお気になさらず。……それより、腕はふつうに動かせますか」
「え、ええ、大丈夫です。元通りに」
「よかった。……それでは、私はこれで」
呆然と私を見返す兵士の元を離れ、少年兵の二人に近づく。
ぽかんとした顔で見上げてくる二人に、私はぴしゃりと言い放った。
「ケガした人のところへ、どんどん案内して!! 全員、きっちり治すから!!」
と。
「次!! ……つぎ、次!!」
どんどこテントに運び込まれてくる兵士たち。
あちこちに傷をこしらえた彼らを、どんどん治療していく。
正直、治療を流れ作業的にやるのは抵抗があるけど……私ひとりに対して、ケガ人が多すぎる!
指導者もいない、完全に自己流の治療術だ。
雑にせず、かといって時間をかけすぎず、傷跡を残さないようキレイに治す。
全身に流れるパワーを余さず、手のひらに集めて、ケガした場所へ流し込む。
やり慣れないその作業を、何度も何度もくり返していく。
それでも、初めは時間がかっていた治療も、回数をこなすにつれて要領もよくなり、より早く、より正確にできるようになっていった。
(傷口のグロテスクさには、正直まだあんまり慣れていないけど……)
「すごい……本当に、天から舞い降りてきた神様の御業のようだ……」
「神官様でもないのに……いったい、どうやって……」
ケガを治された兵士たちが、呆然と私のことを見つめている。
しかし、尊敬半分恐れ半分の視線に有頂天になる、なんてヒマもなく。
「うう……ちっとも途切れない……!!」
次から次へ運ばれてくる重傷者たち。
数は数えていないものの、すでに二十人くらいは治している。
仮にも『なんとか王国』の兵士なんだから、それなりに戦闘訓練だって積んでいるだろうに!
(さっきグリューくんが言っていた通り、よっぽどオオカミの魔物が強力なのかな……)
こうしてみんなを回復させる力も、きっと無限じゃない。
RPGでいう、MP切れになってしまうはずだ。
じり貧の戦い。
このままじゃ、確実に負けてしまう。
「ちょっと、外の様子を見てきます!」
運び込まれてきた兵士たちの、命に係わるような傷は治療し終えた。
もしかしたら、テントの中へすら入れない状態の人が、外で倒れているかもしれない。
「あ、危ないですよ……!」
「大丈夫! 危なかったら、すぐ逃げ帰ってくるから……!」
治療のサポートをしてくれていたブラウとグリューへ包帯と薬液を手渡して、そっとテントの外へ足を踏み出した。
「……う……っ!」
外は、悲惨な状態だった。
むらさき色の魔物の体液と、人間の赤い血液が大地にしみ込み散らばって、思わず足が止まるほど。
サッと動かした視線の先には、テントまで這いずることのできない重傷者が、あちこちに転がっていた。
「く……覚悟は、してたけど……!」
戦場だ。
血と、肉と、土と獣臭の混ざった、怖ろしい臭い。
テントの中からも感じたそれを、外に出てみれば、より濃くリアルに感じられる。
さっきまでの、自分の能力が開花したという高揚感は一瞬で吹き飛んで、ガクガクと足が震えだした。
死、が。命のやり取りが、こんなに間近で。
臭いが、空気が、あまりにも重い。
「クッ……もう、しつこいわね、っ!!」
キィン!! ガンッ
人の声と甲高い金属音が、固まる私の耳を揺さぶった。
「あ……た、隊長さん……!!」
ハッと視線を動かすと、遠く集落の奥で、隊長が魔物相手に剣撃をたたきつけていた。
ひとつにくくられた金髪がキラリとなびき、銀色の大剣が縦横無尽に魔物へと襲い掛かる。
人間よりもよほど巨大なオオカミの魔物が、次々襲い来る攻撃に、ひるんでジワジワと後ずさっていく。
(あんな、村の端っこで……!?
あっ……もしかして、味方に被害を与えないため……!?)
よくよく攻撃の流れを見てみると、テントや兵士たちが倒れ伏すのと反対方向に攻撃を散らしつつ、ひと気のない方へ誘導しているのがわかった。
彼がひとりで相手しているのは、三体。
他にいた魔物は討伐されたらしく、地面にバラバラにされた状態の胴体や体の一部が、いくつも散らばっていた。
「……あ! ぼーっとしている場合じゃない!! 早く、ケガした人を治さないと……!!」
ボケッとしていた自分の頬をパーン! とたたき、地面に伏している兵士たちのもとへ駆け寄った。
命さえ。
命さえ失われていなければ、きっと助けられる!!
獣によって深い傷を負わされてはいるものの、隊長のがんばりのおかげか、幸いみんな息があった。
小さな擦り傷などは置いておき、命に係わる重症部位を集中して治療していく。
まっ赤な血だまりや切断面がいくつも目にとびこんできて、ウッと胃液が逆流しそうになったものの、なんとかこらえ、とにかく無心で次から次へ。
尽きるのでは、と心配していた魔力は、枯渇する様子はなく、私はあふれてくる不思議な力をただひたすらけが人へと注ぎ込んでいった。
「え……あれ、おれ……?」
「い、痛みが、引いてる……?」
意識すらあいまいだった兵士たちの目が開く。
蒼白だった顔色に、だんだんと赤みが戻ってくる。
ぽかんと状況のつかめていない兵士たちに、私は次の人を治療しながら声を張り上げた。
「みなさん! 体は治しましたが、一度テントへ戻って状況の掌握を! 包帯と薬液もテントにありますから!」
私の声に、彼らはハッとパチパチまばたきしてから、
「あ、ありが……えっ……エプロン……」
「助かりました、ほんとうに……っ、て、え、はだか……??」
と、ケガが治ったことに顔を輝かせたものの、私の服装を三度見くらいして硬直した。
また心がささくれた。
「ほらっ早く!! ぼーっとしているとまた魔物に襲われますよ!! あと、服装のことは忘れてください!!」
「え、あ……ありがとうございます…??」
この微妙なリアクションにも、悲しいかな、だんだんと慣れてきてしまってはいる。
呆然としている兵士たちに、ぞんざいにテントへ向かうように指示だけ出して、まだ倒れているケガ人たちを回復させていく。
かなり傷が深い人もいたものの、処置が早くできたおかげで、命を失った人はいなかった。
(よかった、本当に……これで、もし、誰か亡くなっていたら)
最後に倒れていた人の回復をしつつ、自分の想像にゾッとする。
死体は、最初の戦場でチラッと見かけた。
ただ、それよりも逃げる方が必死で、そこまでまじまじ見たわけじゃない。
平和な世界で、医療や介護ともかかわりのない仕事をしていた私にとって、死というのはかなり遠い存在だった。
けれど、魔物との戦いをくり広げるこの世界の人たちにとって、生死はきっと、怖ろしいほど身近なんだろう。
「よし……これで、最後」
地面に転がっていた最後の兵士を治療し終えて、額の汗をゴシゴシとこすった。
意識を取り戻した彼は、私の指示通りテントへ一度避難したので、あとはグリューたちが対応してくれるだろう。
そういえば、隊長さんはどうしただろう?
私が一息ついて視線を動かした、その時だった。
「ぐ、がっ……!!」
バキュッ
固いものが折れた重い音がして、真横になにかが飛んできた。
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