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前夜祭1

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 夕闇が迫る海をじっと眺めながら、膝の上で疲れて寝てしまった翠の頭を撫でた。
なんだか今日はとても甘えん坊で部屋に入るなり、僕の膝に登ってきた。

宴会の打ち合わせの為に集まった料理長とカジャルさんは、その様子を見て目を細めて見守ってくれたけど、僕はちょっと焦った。
いつもなら仕事中の僕にこんな風に甘えてくることなんて無いのだ。

仕方なく膝の上で眠り始めた翠を抱っこしたまま料理長らと最終の打ち合わせをし、なんとか仕事を終えた。
カジャルさんは眠る翠の頭をそっと撫でてから、別室での準備のために退室していった。


どうしたんだろう?
何か、不安な気持ちになるようなことあったかな?

強いて言えば、お出かけには大抵一緒だった留紗がいないくらいだ。
アオアイ学園の課題を懸命にこなす留紗は、今回お留守番なのだ。

「薫様」

控えめな声で呼びかけられて振り向いて頷く。
そろそろ着替えなくてはいけない。
膝の上の翠を抱きかかえてもらって、僕は立ち上がった。
侍女の腕の中ですやすやと眠る翠は赤ちゃんのように小さくて頼りなくて、もう一度抱きしめたくなったけれど、仙と真野がさっさと衣装の準備をしていることからも、時間的にギリギリなことを察する。

翠は、迎賓館付きの子守専用の侍女らに抱えられて扉の向こうに行ってしまった。

「翠紗様、移動でお疲れになったのでしょうか」
「うん、なんだか赤ちゃんみたいだったよね」
「本当に」

二人はふわっと微笑んで、僕の着替えに取り掛かった。

春真っ只中という季節で薄手の着物とはいえ何枚も重ねていると、時間によっては熱く感じるほど温かい。
だけど、今から着るのは正装だ。
普段着よりもさらに枚数を重ねる。

まあ、室内だから温度管理は万全だし、汗が出ることはないと思いたい。

一番下に白の長着を着て、その上から5枚重ねる、今回は黄色から緑、そして青と重ねた。
そして、紫の袴を付けて、黄金色の羽織をはおる。
どれも地模様が美しい上に、刺繍が豪華で、結婚式以来の重装備だ。
そして頭の上には王妃の冠としては一番大きなものを付けられた。
多少首に負担がかかるが、致し方ない……

そして、少々のお化粧が済んだら、後は蘭紗様を待つ。

「薫、待たせたね」
「蘭紗様」

現れた蘭紗様は僕とほぼ同じ色合いの正装に着替えていて、とっても素敵だ。
本当に芸術品のように美しくてつい見惚れてしまう。

「薫、今日もきれいだね」
「そんな……蘭紗様こそ」

少し頬に熱が集まったけれど、気にせず微笑んで、欄紗様の手を取り廊下を歩き出した。

「さっき、翠がとっても甘えん坊だったんですよ」
「……というか、ずっと甘えん坊のような気がするが……だいたい我は母との時間がなかったのでよくわからないのだ……留紗を見ていても母とあんなに濃密に過ごす時間など普通の王子にはないのだからな」
「そうでしょうか?幼い子が親と一緒にいるのはごく自然なことでしょう?親の姿を見て安心するんですから」
「安心……なるほどな……そういう意味でなら、我は安心できたことは無かったのかもしれない。薫がこの世界に来るまでは」
「……蘭紗様……」

蘭紗様を見上げた。
僕との時間は心休まると感じてくださっていることに、胸が熱くなる。

「では……蘭紗様は翠と過ごす時間をどう思ってるのですか?」
「翠のことを心から愛らしく思っているし、あの小さな身体がかわいらしい、いつまでも見ていたくなるほどだ……」
「じゃあ、蘭紗様もちゃんと親になってるじゃないですか、それが愛情っていうんです。血を分けた我が子でも、そばに置いてなければそれほど愛情もわかないかもしれませんよ」
「なるほど、それもそうかもしれない……親……か」

蘭紗様は見えてきた会場の入り口をじっと見てから僕を見つめた。

「今日は、阿羅国から楽団が来ているのだったな?」
「はい、演奏をお願いしているので、楽しみですね」
「しかし薫、くれぐれも無理はしないでくれ、我はそなたの体調が心配でならない」
「今日は大丈夫ですよ、馬車でしたし、快適でした」
「なら、良いのだが」

僕たちは見つめ合って頷いて、扉の前で控える侍従に合図を送った。

観音開きに開かれた大きな扉は、スレイスルウの透ける花が描かれた美しい扉で、ぐるりと彫刻で縁取られている。
とても豪華で、僕はじっと見つめてしまった。
大昔、エルフの里から運ばれてきたスレイスルウの花は、今や紗国の代名詞になろうとしている。

不思議な縁で繋がっているエルフにもいつか会えるのだろうか?
ファンタジーの代名詞だからね、気になっちゃうな。

会場に入ると大きな拍手で迎えられた。
花がそこかしこに飾られていて、とても美しい。
会場は天井が高く、その天井からは花と葉が飾られて垂れている。
届きそうで届かない微妙な位置に揺れている葉やツルもとてもきれいで幻想的だ。
これは僕のアイデアで、何ヶ月も前から打ち合わせで決めてきたものだ。

灯りは花を形を模したランプにしてあるため、多少薄暗いがそれもしっとりとして大人の時間を素敵に演出していた。

あぁよかった、僕の案を完璧に再現してくれた役員たちの力あってこそだけど、この演出は紗国らしさが出せている気がする。

僕は安堵して笑顔になって周りを見渡した。
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