上 下
265 / 317

花束の願い2 留紗視点

しおりを挟む
 真っ黒な長い髪を後ろに垂らして、白地に緑の文様の織られた豪華な着物を着ている。
一目で王族とわかるのだが、誰なのかわからない。
おかしい……僕は王族を皆知っているはずなのに。

「あの……えと……」

僕は恐ろしくなって一歩二歩と後ずさった。

「驚かせてすまぬ」

高くて綺麗な声が聞こえてきた。
全く日にやけていない白い肌が美しいその人は、どこかで見たような気もするが……やっぱりわからない。

「その……わらわは人と接するのが苦手なのじゃ、このまま見なかったことにして、もうよそへいっておくれ」
「あの!あなたは?」

銀色の瞳はそっと伏せられた。

「……妾の名は久利紗くりしゃ、蘭紗の姉だ……名は知っておろう?……そなたは……」
「え?久利紗様!」

僕は驚いて思わず大きな声を出してしまって、久利紗様はビクッと体を震わせた。

「じゃあ!!僕の従姉の」
「従姉?……そなたは、もしや留紗か」
「はい!久利紗様、名前を覚えていてくださったんですね!」
「……それは……名ぐらい覚えるであろう……」

久利紗様は恥ずかしそうに下を向いて、それから手に持つ花束を見つめてそっと撫でた。

「父王がこしらえてくださった妾の館はこの先にあるのじゃ、この池の畔は妾の唯一心休まる場所でな」
「そうでありますか……その……でも今、ここは、アオアイ学園の課題の場になっていまして、他にも生徒が来るかもしれません」
「ああ……そうであったか、それで人の気配がしていたのじゃな……じゃが……妾がここにいると気づいたのは、そなただけ、優秀なのじゃな」

優しく微笑んでくださって僕は顔が赤くなるのを感じた。

どこかで見たような……そう感じたのは、森の神殿長の佐良紗様に良く似た面差しだからそう思ったんだ……
だけど、まるで違う印象。
そして僕は気づいた。

魔力……久利紗様からはほとんど魔力を感じなかったのだ。

「気づいたか?……妾には少ししか魔力がないのじゃ。幼い頃に一度使い果たしたのでな」

そしてフフと笑った。

「……使い果たす?」
「そうじゃな……このことは秘匿されておろうから、そなたも知らぬじゃろう……妾は生まれつき体が弱くてな……ほぼ同時期に生まれた姉の佐良紗のように盲目ではないものの、ほとんど動けずに寝てばかりだったのじゃ……魔力が強すぎたのであろう」
「それは……なんとなく伺っております」
「妾はばかな子でな……思うように動けぬことに不満を持っておってな、ある日弟にその心をぶつけてしまったのじゃ……嫉妬だったのか、なんなのか、わからぬが……弟には何の罪もないのに」

そう言って、久利紗様は着物の袖をまくり、手首を見せてくれた。
そこには、引き攣れた傷跡が残っていた。

「それは!」
「まだ3つだった妾が、生まれたばかりの弟に全魔力を放出した時の魔力火傷じゃ。自分の炎で己の身を焼いたのじゃよ、その時に蘭紗をかばって、あれの母は亡くなった。そしてそのことを知った妾の母は自害した、妾を残して……一緒に連れて行ってくださればよかったのにな」

悲しい微笑みを浮かべて僕を静かに見つめる久利紗様は、なぜかとても美しかった。

「あの……でも……なぜ?」
「自分でもわからないのじゃよ、弟がにくかった……のかもしれんな。何もかも持って生まれた子……」
「だからですか?ずっと表に出ていらっしゃらないのは」
「ふふ……妾を見たいと思う者などおらんじゃろう。……蘭紗だって。まああの時には生まれたばかりの赤子だったから覚えてはおらぬだろうが……だが……王を継ぐ者を害したのじゃ、妾は罪人であろう……人目に触れてはならんのじゃ」
「それは……先代の王がそうおっしゃったのですか?!」
「いや……父王は何もおっしゃってはおらぬよ。妾が自分で決めて、ここに引きこもったのじゃ」
「だって!……3才の時のことなら!それは本人のせいではないでしょう?まだほんの幼い、むしろ赤子のようなもので……」
「……蘭紗もそのように言ってくれるのじゃよ、時折、文をくれる」
「兄様が……」
「妾に会いたいとな……じゃが……あの子の顔を見るのが怖いのじゃ」

久利紗様は花を僕に差し出した。

「蘭紗の顔は二度と見ぬ。それは妾の罪の償い方。じゃが、何も知らぬお嫁様は折々に妾においしい菓子や素晴らしい贈り物をしてくださる。あの方には一度お会いしてみたいとは願っておるのじゃが……わがままかの」

僕は花を受け取り、顔をぶんぶんと振った。

「そんな!わがままだなんて!」
「ならばその花を届けてくれるか?」
「はい!あ……でも、まだ僕、課題の最中でした。萎れてしまったらどうしましょう!」

僕は焦って花を握りしめた。
久利紗様は笑いながら両手を差し出し、緩やかな魔力を少しだけ出した。
花の周りを囲い、ほんわりと輝く。

「簡単な保護をつけておいた。一週間ぐらいこのまま美しさが続くように」
「わあ!保存魔法をお使いになれるのですか!」
「いや、保存魔法のような上等なものではないが……まあ、そのたぐいじゃな」
「すごい……」

僕はほわほわと輝く保護の膜を見ながら、腰に下げていた手ぬぐいで花をくるみ、背負っていた鞄にそっと入れた。

「必ずお届けいたします……それから……あの、僕も時折、久利紗様を尋ねてもよろしいでしょうか……また、会いたいなって……」

久利紗様は嬉しそうに微笑んで静かに頷いた。

「さあ……もう行くがいい。課題の最中なのであろう」
「あ!そうですね!いかなきゃ!」
「頑張るのじゃよ」

頬を優しく撫でてくださった。
その手の温かさで、僕の心はポワンとした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

教室ごと転移したのに陽キャ様がやる気ないのですが。

かーにゅ
BL
公開日増やしてからちょっと減らしました(・∀・)ノ ネタがなくて不定期更新中です…… 陽キャと陰キャ。そのくくりはうちの学校では少し違う。 陰キャと呼ばれるのはいわゆるオタク。陽キャはそれ以外。 うちのオタクたちは一つに特化していながら他の世界にも精通する何気に万能なオタクであった。 もちろん、異世界転生、異世界転移なんてものは常識。そこにBL、百合要素の入ったものも常識の範疇。 グロものは…まあ人によるけど読めなくもない。アニメ系もたまにクソアニメと言うことはあっても全般的に見る。唯一視聴者の少ないアニメが女児アニメだ。あれはハマるとやばい。戻れなくなる。現在、このクラスで戻れなくなったものは2人。1人は女子で妹がいるためにあやしまれないがもう1人のほうは…察してくれ。 そんな中僕の特化する分野はBL!!だが、ショタ攻め専門だ!!なぜかって?そんなの僕が小さいからに決まっているじゃないか…おかげで誘ってもネコ役しかさせてくれないし…本番したことない。犯罪臭がするって…僕…15歳の健全な男子高校生なのですが。 毎週月曜・水曜・金曜・更新です。これだけパソコンで打ってるのでいつもと表現違うかもです。ショタなことには変わりありません。しばらくしたらスマホから打つようになると思います。文才なし。主人公(ショタ)は受けです。ショタ攻め好き?私は受けのが好きなので受け固定で。時々主人公が女に向かいますがご心配なさらず。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜

かむら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞にて、ジョブ・スキル賞受賞しました!】  身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。  そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。  これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。

処理中です...