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親友2

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 4人で城の地下に移動すると、研究所ではいつもならすぐに帰宅するだろう他の研究員たちも総出で出迎えてくれた。

これからすることは、これから先は行われることのない秘技となるのだ。

たまたま僑先生が跳光家の次男だったことから、これを跳光にだけ伝承させるという話もあったそうだが。
蘭紗様はそれをやめさせた。
つまり、これ限りでこの方法を葬ることになる。
わけもなく乱用していいことではないと、僕も思う。
運命というか、寿命は受け入れることに意味があるのだと、そう思うのだ。

「両陛下、涼鱗様、カジャル様、お待ちしておりました」

白衣を着た研究員達を従えて、僑先生がいつになくきちんと挨拶をしてくれた。
緊張しているようには見えないけど、いつもと違う雰囲気は感じた。

「僑先生、よろしく頼みます」

涼鱗さんが美しい礼をしてカジャルさんのことを頼んだ。
僑先生は何も言わずに自分も礼をして、助手に言いつけカジャルさんを別室に連れて行かせた。
処置の前に色々数値を取るのだという。

「ご説明をいたしますね」

僑先生は、ベッドのある病室の中へ僕たちを案内して、助手をするという4人の医師と共に話をしてくれた。
その他の医師らも大きく開いた扉の向こうに並んで見守っている。

「まず、阿羅国の罪人『清』から取った血液を私達は何段階も分離し、長寿の作用をもたらす因子だけを抽出することに成功しました。このことにより、私の体をご覧になればわかるように、全く副作用はありません……そして、ヴァヴェル王国の前王弟殿下のご協力により、さらにこれを使った後にスレイスルウ液を利用することでさらに予後が良くなることもわかりました。その際、スレイスルウ液は原液を使います」

フゥと溜息をついた蘭紗様を見上げた。
心配だよね。
幼い頃からずっと一緒に育ったんだもの。

「僑……あれの原液を使うとなると……逆に体に負担では?前にも聞いたが、どうなのだ?」
「そうですね、実験でも何度もその可能性について、つまり逆効果にならないかという点については念入りに調べました、動物での実験もですが、自分にも使ってみましたところ、何の問題もなかったのです。不思議なのですが」
「自分にも?」

蘭紗様は今度は大きな溜息をつく。
涼鱗さんも苦笑しているし、僑先生の後に控えている医師らもなんとも言えない顔だ。

「ええ、この抽出した物を投与した者にはスレイスルウ液がとても良く合います。それに飲むわけではないのです、使い方はその時に説明いたしますね」
「ああ、わかった。では後はもう何も言わないよ、君たちもよろしく頼む」

後に控える助手役の医師らもビシッと頭を下げる。

その時ちょうどカジャルさんが手術衣に着替えて助手と共に入室してきた。
薄い水色の簡易な着物で、日本の病院などで使うものに似ていた。

僕たちは用意してくれた椅子に座り、カジャルさんがベッドに横たわるのをじっと見守った。

「そんな怖い顔して見るなよ、涼鱗」
「ん……じゃあ、どんな顔がいいの?」
「どんなって……」

プッと吹き出したカジャルさんを軽く睨んで涼鱗さんは天井を見上げてしまった。

「では腕にこれを」

助手の医師らはキビキビと動き、上腕に腕輪をはめた。
いつか聞いたのだが、あれはどうやら脈や血圧がわかる魔術らしい。
そして、それに念入りに魔力をこめていく医師の傍らで、もうひとりの医師が胸が見えるよう着物を合わせ目をほどき、ちょうど心臓のあたりだろうと思われるところにゼリー状のものを塗り始めた。
そこで僑先生が「では、はじめますね」とカジャルさんに話しかけ、右手を首筋にあてると、一瞬でカジャルさんは意識を失った。

「これから、これをお体に入れていきます」

小瓶を取り上げて僕たちに見せると、蓋を取り、それを先程ジェルが塗られた場所に垂らした。
カジャルさんの胸に触れたとたん、一瞬青く発光して辺りを照らした。
そして垂らされた部分を中心にカジャルさんの体が発光していき、やがて全身が青白く発光した。

「うん、いい感じですよ、この発光している間に、前王弟殿下によると魂の形が変わっているのだそうです」
「……」

僕たちは何も言えず食い入るように見つめた。
心配もあるのだが、なにかの儀式のような神聖さに引き込まれてしまうのだ。

「さて、もういいでしょう」

光が静まって、元のカジャルさんに戻ったように見えた。
そのカジャルさんの胸辺りへ、僑先生は念入りに指で魔力を放出していく。
説明を聞くと、体の中を見るスキャンみたいなものなんだろうと思った。
形はすべて魔力で補われているため、形状は全く違うのだが、医療に必要な事は地球でもここでも一緒なのだなと妙に納得した。

「さて、無事に体に定着したようです、そこでスレイスルウなのですが、実は前王弟殿下をお呼びしていまして、良いですよね?」
「……良いも何も……協力してくださるのか?」
「ふぉっふぉ、すまぬな……つい、好奇心での」

スタスタと足取りも軽く前王弟殿下がいらして、僕らに微笑んだ。
そして、ベッドに眠るカジャルさんを見て頷いた。
助手から渡されたスレイスルウ液の小瓶を手にし、すべて手のひらに出し切ると、それをハンドクリームを塗るように両手のひらに練り込んで、両手にフウと息を吹き付けた。
そこだけがボワーっと紫色に烟って驚く僕に、蘭紗様はそっと耳打ちしてくれた。

「龍の気は紫なのだよ」

気……気ってなんですか?
ますます混乱する僕だが、表は平静を装ってじっと前王弟殿下を見る。

「では、よろしいかの?」
「はい」

前王弟殿下は、カジャルさんの胸の真ん中に両手から紫色に光る雫を垂らしていく。
鍾乳洞ができようとする瞬間を見ているようだ……幻想的な紫に光る雫はポタポタとカジャルさんの胸に落ちていく。
落ちた雫はスッと体に吸い込まれていく。

助手をしている医師らも見学をしている医師らも、そこから目が離せないようで、誰もが時間が止まったようにじっとそれだけを見ていた。

「こんなものかの、もうすぐ安定するじゃろう」

前王弟殿下と僑先生は微笑んで頷きあった。

「カジャル殿は、大丈夫じゃよ涼鱗殿、さぞかし心配だったであろうがな……この僑殿は立派な研究者じゃ、このようなことを編みだすとはな……まあ、なにもかもが阿羅彦が元だというのが皮肉なことじゃが」
「はい、前王弟殿下、わざわざありがとうございます、龍族の気をいただいたのです、カジャルはもう大丈夫に違いありません」
「ふぉっふぉっふぉ役に立てて光栄じゃ……さて、我が甥は今日は市井に繰り出しておるのでな、そろそろ迎えに行くとするか」
「は?」

僕たちは驚いて聞き返してしまった。

「お嫁様の携帯電話とやらを研究している工場に最近は出入りしておるのだ、分解する前に一度構造を頭に入れておきたいと熱心に通っておるのじゃよ」
「なるほど……」
「ああそうじゃ、阿羅国から建国記とやらが届いたら、一度見せてくれんかな?」
「もちろんです、ご意見も伺いたいですし」
「ふむ、ではまたその時に」

スタスタと去っていく後ろ姿を皆がじっと見ていたが、やがて僑先生が扉を締めた。

「カジャルさんは安定しています。龍の気とスレイスルウ液の混合を入れ込むことでさらに体は強くなるでしょう、そろそろ夜になる時刻です、このまま一晩かけてぐっすりお休みいただいて、朝に自然に目覚められることと思います」
「わざわざこの時間にしたのは意味があるのですか?」
「そうですね、人の体はだいたい夜のほうがゆっくりと時が流れるので、クスリに対しての作用が穏やかなのです。より安全に処置を済ませるためにこの時間にしたのですよ」
「そうなんですか」

僕は時刻に意味があったことに素直に驚く。

「今夜は一晩かけて私達が交代で脈などを見てまいります。涼鱗様はここに残られますよね?蘭紗様と薫様は……」
「そうだな、我らは部屋に戻ろう、翠紗が待っておるだろうからな。涼鱗、何もかも順調に進んだようだ、安心して見守っているがいい」
「ああ、二人共ありがとう、明日元気に起きたらまた知らせるねえ」
「待ってる」

僕たちは静かに寝ているカジャルさんの顔を覗き込んでから、部屋を出た。
廊下を歩いて気づいたのは、すでにとっぷりと日が暮れていることだ。
一瞬の出来事だったのに。

「おとうさま、おかあさま、おかえりなさい!」

部屋の前で両手をあげて僕たちの帰りを喜ぶ翠が見えた。
小さな体でぴょんぴょん跳ねて嬉しそうだ。

「おそくなってごめんね、お腹すいた?」
「はい!」
「じゃあ、3人で食べよう」
「わあ!おとうさまも?」

いつもは僕と2人で食事をしているので、蘭紗様がいることがうれしいようで、更に笑顔になって蘭紗様に飛びついていく。
僕は蘭紗様に抱っこされた翠の髪の毛を撫でた。

カジャルさんの寝ている顔を思い出した。
とっても顔色が良かった、あの様子なら大丈夫、そう確信できる。
涼鱗さんの心配は明日の朝まで続くだろうけど、絶対大丈夫。
僕の親友夫婦が末長く一緒にいられるようにと、心の中で祈った。

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