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吹雪2

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「……ん……あ、薫様……」

僕たちがうるさかったのか、留紗が目を覚まし上半身を起こした。
寝起きなのもあるが、ぼんやりした感じでいつもの留紗らしくなくて心配になる。

「どう?頭痛い?」
「……んと、さっきお薬飲んだので、大丈夫です」
「そう?無理しないでね、寝てていいんだよ」
「はい」

そう言ってはにかむ留紗に微笑みかけて、出された椅子に座った。

「そう言えば昨日は随分はしゃいだみたいだね、2人揃って熱を出すなんて」
「翠紗様はいかがでしょう?」
「翠はもう熱下がったよ」
「え?もう?ですか?」
「うん、僕も驚いたけど、体強いみたいなんだよね」
「そうなんですか……」

母と同じ顔で驚く留紗はふと僕を見つめて言った。

「なんだか……こうやって翠紗様のいないところでお話するのは、随分久しぶりな気がします」
「そうだね……思えば留紗は、僕が紗国に来た時に出迎えてくれたんだから、一番古い知り合いなんだよね」
「え!そんな……嬉しいです」

はにかんで下を向いた留紗の頭を撫でて、なるほど少し熱いなと感じた。

「さあもう横になって、僕は行くから。こうやってお母様がいらっしゃるんだから、すぐ良くなるよ」
「はい」

もぞもぞと布団に潜り込んだ留紗は、母に「ロールケーキは僕の分を残しておいて」と頼んだ……目ざとい……
案外普通の子供みたいなところもあるんだなと思って微笑ましい。

「僕、薫様にお子様が出来て最初少し、寂しかったんです……」
「え?」
「でも今、翠紗様と同じ王子の立場として、年も近くて一緒に過ごせて、すごく楽しいです」
「そう……」

僕は布団から出された留紗の熱い手をさすった。

「ありがとう。そう言ってくれて。留紗のことを頼りにしてるよ、早く元気になってまた遊んでやってね」
「はい」

母と子が同じ笑顔で僕を見送ってくれた。

あまり一緒にいる時間は無いと聞いたことがあるけど、顔も似てるしやっぱり一緒にいると親子の繋がりも感じる。
血の繋がりってすごいなと感じた。

そして脳裏に母を思い浮かべる。
僕の母は僕と妹を産んだけど、兄妹二人揃って体が弱かった。
僕の場合は紗国に呼ばれる前提だったからという理由があったけれど、日本でそんなことがわかるわけがない。

母はきっと、思い悩んだのだろうと今ならわかる。
跡取り息子として失格な僕と、心臓の手術が必要な妹。
母は生きた心地がしなかったんじゃないのかな。

でも、もう少し……息子として甘える日々がほしかったなと今更ながら思うのだけど。

「薫様、そろそろ雪のお祭りでございますね、衣装の件で係がアトリエに来ております」

部屋に戻ると侍女にそう告げられて驚く。

「え?あれ?僕それ聞いた?知らなかったかも」
「さようでございますか?」

仙と里亜が首をかしげる。

「伝統的な行事なの?」
「はい、このように雪が降り積もってきますと、毎年行うのです。それは雪解けまで保存魔法をかけて展示するので外国のお客様などもいらっしゃいますよ」
「それって……北海道の……」
「何か?」
「いや、日本にもそういう雪まつりがあったから、思い出したんだ」
「そうなんですね」

2人は微笑んで部屋着への着替えの手伝いをしてくれた。

「蘭紗様は今夜お夕食ご一緒できそうかな?」
「昼過ぎに連絡がございまして、山間部で雪崩事故が起こったようで、そちらに向かわれたそうです」
「え?」

僕の動きが止まったので仙が落ち着かせてくれようと手を取って椅子に座らせてくれた。

「大丈夫でございますよ。毎年どうしても起こることで、皆様慣れていらっしゃいます」
「でも……山の上まで行ってるの?」
「城や城下町は平地ですから今は降っておりませんが、山間部では今日も吹雪だそうです。ですので周辺の町や村の様子をご覧になるだけかと思います」
「そうなの?」

その時パサっと音がして、ふわっと肩に重さのない鳳凰姿のクーちゃんが現れて、僕の頬をツンと軽くつついた。
「大丈夫、元気出して」そう言ってくれてるのかな。
僕はクーちゃんの羽毛を撫でて、心を鎮めようとしたけれど、なぜか怖くてたまらない。

「薫様?」

仙がさすがに様子がおかしいと思ったのか、少し緊張した声で僕の名を呼んだ。

「翠は?」
「翠紗様は寝ておられますよ、サヨに様子を見てこさせましょう」
「ううん、自分で行くよ」

僕は胸騒ぎが収まらないのが怖くて、翠を抱きしめたくて仕方なかった。

「……はい、では参りましょう」

仙と一緒に廊下を足早に歩き、翠の部屋に行くと、翠は起きていて二人の侍女が焦っていた。

「翠!」
「ああ、薫様!翠様が突然自ら光を……」

ベッドに座る翠は緑色に輝いて黄緑色の瞳からも光が漏れていた。
普段から暗い場所に行けば少し分かる程度に発光していたけど、これほどではない。

「いつから?」
「ほんの数刻前からでございます」
「なぜすぐに僕を呼ばないの!」
「申し訳ありません!」

僕は走り寄り光り、輝く翠の手を取った。
熱は引いたはずなのに、とても熱くて一瞬離してしまいそうになった。

「翠……落ち着いて翠」
「おとうさま……」
「え?翠、何?」
「おとうさまをぼく、たすけなくちゃ」
「ちょっと翠……待って」

その瞬間カーっと部屋が真っ白になり僕は思わず目を閉じた。
そして手の中から翠の小さな手の存在が消えたのがわかった。
僕はハッとして手探りで辺りを触ったけど触れるのは上掛けだけだった。

そしてさーっと潮が引くように白い光が収まり周りが見えるようになって……そして僕は確認したのだ。
ベッドから翠が消えていることを。

「翠!!」

悲しい僕の叫び声だけが部屋に響いた。

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