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冬支度1

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 あれから雪は降り続いている。
いきなりの雪で始まった紗国の冬は、景色を徐々に白く塗り替えようとしていて、僕の心を静かにさせてくれる。

ハリル様のご葬儀はとても盛大に行われた。
喜紗さんが取り仕切った葬儀では、国中が喪に服し、3日間は城の御本尊へのお参りが絶えなかった。
喜紗さんにとってハリル様は兄のお嫁様なのだ。
義理の弟として「現世では何もして差し上げられなかった」と心残りが大きかったのもあるようだけど、それ以上に誰にも知られる事なく阿羅国に拉致され、悲惨な運命となった一人の人を、国民にも知ってほしかったんじゃないかと思う。

実際国民は驚き、まさか国内で閉じ込められていたなどと……と悲しみにくれた。
先代の王は厳しいながら実直な人柄で国民に愛された王だったので、その王に実はお嫁様が渡っていらしたという事実があまりにも重かった。

川べりに建つ小屋の主が阿羅国からの間者であり、そこにいたものが先代のお嫁様を拉致監禁していたとの事も知らされ、更に国民は動揺したという。
民としての登録をしていない流れ者であろうと、誰も近寄らず話しかけもせず見て見ぬ振りをしていたがゆえに、誰もそのことを見抜けなかった。

その周辺の村の者は特に心を痛め、村中の者全員で列をなしてお参りに来ていたという。

「薫様、ハリル様の侍女たちがお目通り願いたいとのことですが」

仙が柔らかい声で話しかけてくれた。

「ああ、うん、行くよ」

僕は重い腰をあげて、抱いていた白いうさぎのぬいぐるみをベッドに置いた。
翠は最近、学び舎に行く前に心配そうな顔で僕の部屋に挨拶に来るようになったのだ。
そして蘭紗人形やウサギちゃんを僕に押し付けていくのだ。
僕がさみしくないようにと思っているらしい。

自分で作ったものを自分で抱きしめるとか何か変だけど……ぬいぐるみには翠の若草のような匂いが染み付いていて、とても心が休まる。
本当に優しい子。

「……薫様、この度は大変お世話になりました」

一列に並ぶハリル様の侍女達は、きれいに揃った礼をしてそのまま顔をあげずに跪いた。

「私たちの仕事はまだ少しは残っておりますが、それが済み次第もう一度里へ返されます。その前にどうしても薫様にお礼を申し上げたくて」
「僕は……何かできたんでしょうかね」
「薫様がお話してくださってから……目に見えて心を開かれるようになって……ご自分から汀紗様の絵姿を見たいと申されたのですよ」
「そうだった……の」

僕は蘭紗様のお父様の絵姿を思い浮かべた。
厳しい顔つきで、鋭利な刃物のような印象の人だった。
持っている色も顔立ちも、確かに蘭紗様と似ているのだろうけれど、なぜかあまり似ていると思わなかった。
どこかに悲しみと苦しみを背負っているような、そんな印象だった。
だけど、蘭紗様とは違う美しさを持っていて、王者の覇気が強い人のように感じたのを思い出す。

「絵姿を一目ご覧になって、お泣きになったのです。震える手で何度も触れられて、『絵姿を見ただけなのに、心を持っていかれたみたいだ』と呟かれました」
「え……」
「それから、薫様が蘭紗様のことを愛しているとおっしゃった時に、笑ってしまって申し訳なかったと……」

僕は3日に一度はお見舞いに伺っていたけど、最期の時までハリル様の心に気づかなかった。
彼が絵姿を見て汀紗様に恋していたなんて。

「魂の片割れ……そういうんですよね、僕たちのようなお嫁様と、紗国王とは」
「さようでございます」
「僕はね、元いた世界では一度も恋なんてしたことなかったんだ……でも、蘭紗様のことを一目見た瞬間に恋したんだよ……きっとハリル様も同じだったんじゃないかって思うんだ。魂の片割れ同士なんだ、きっと深い結び付きがあるんだね」

侍女達の背が一瞬震えたように感じた。

「たとえそれが絵姿であっても、僕もそうだったと思うよ。蘭紗様以外に心を動かされる人なんていないから……」
「……そうでございましょう……」
「最期のときに王墓に行きたかったと、そうおっしゃっていましたけど」
「ええ、絵姿を起きている間はいつもじっとご覧になっていらしたのですが、いつしかそのようにご希望を出されるようになって……しかし僑先生からは止められておりました」
「そう……だよね」

僕は仙が勧めてくれた椅子に座って、もう一度彼女達を見た。

「ねえ、顔をあげてくれるかな?」
「はい……」

侍女たちは皆無表情にも思える顔をあげ、僕をじっと見た。
だけどそれは良く見ればわかることだ。
無表情などではない、悲しみに耐えている顔なのだ。

「良かった……ハリル様のことをこんなにも大事に思ってくれる人がいて」
「……薫様」
「僕はね、ハリル様の最期の笑顔に救われた気がしたんだよ。きっと死ぬよりも辛い長い時を地面の下でお過ごしになっていただろうに、最期は恋をして好きな人が迎えに来てくれることを願ってあちらへ向かわれたんだ。あの笑顔が今も僕の心に残っているよ」

耐えきれずに侍女達が涙を流した。

「君たちも見たでしょう。あの顔は幸せそうだった」
「……はい……私たちもそのように思えます」
「僕はなんとなくなんだけどね、きっと今ハリル様はようやく会えた汀紗様と仲良く手を繋いでいらっしゃると思うんだ。だからね……僕たちも悲しんでいないで、前を向こう。ね?」
「ありがとうございます……私たちは本当に薫様に感謝しています。ハリル様は薫様がいらっしゃるのを心待ちにしておいでで、薫様と蘭紗様のお二人がどんなご様子で過ごしているのか?など、好んでお聞きになられて」
「汀紗様のことは聞かれなかったの?」
「ええ、それは毎日のように。夢見るようなお顔で、私達の話す汀紗様のことをお聞きになられておられました」
「そう……それでね、ハリル様は汀紗様の王墓に一緒に収められることになったそうだよ。何もかも遅くなってしまったけど……ハリル様のお気持ちは通じたんじゃないかな」

侍女達は聞かされていなかったのだろう、慌てたようにお互いの顔を見つめ合い笑顔になった。

「それは……とてもうれしく思います、薫様のお力添えでしょうか?」
「僕は一言、最期のお言葉を伝えただけだよ。考えてくださったのは喜紗さんだよ」

侍女達は頷きながら僕の話を聞いた。
そして彼女達が落ち着くのを待って、退室していくのを見送った。

「仙……前から思っていたんだけど……お母さんのこと苦手なの?」
「……薫様……」

仙は困ったように眉を下げてこちらを見てくる。

「いつも緊張しているでしょ?」
「はい……さすが薫様ですね……ごまかせませんか……」

仙は珍しく動揺を隠しきれない様子で恥ずかしそうにした。

「私達の一族は、お嫁様の侍女となる長女を産むのが大事な仕事の一つなんですが、子を産むには、一度里帰りをして結婚をする必要があります。親が用意した夫と共に一週間籠もり、子を宿してからまた城に戻るのです。そして臨月になり里帰りして長女を無事産んだら、その子を夫に預け、また城に戻ります。つまり母としての役目は放棄するのです。生むだけなのですよ」
「ええ?」
「ですので、私達にとって母とはほとんど知らない人なのです……どちらかというとうるさい職場の上司というか……そういう立場な人なもので、どうしても苦手なんですよね」
「まさか……そんな風に血統を繋いで来ただなんて……それって、他の侍女もそうなの?」
「いえ、他の侍女というか、お嫁様付きの侍女だけが特別なのですよ」

僕は唸った。
そんなのおかしい……僕たちお嫁様が子供から母親を奪ってるみたい……

「じゃあ、仙もそのうち子供を産みに里に帰るの?」
「……私はもう長女を産んでおります」
「は?」

え、うそ!初めて聞いた……


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