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光り射す場所 波羽彦視点
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「なんだって……」
書簡を握りしめて、思わず独り言ちて溜息をつく。
私が与えられた部屋は、次の間付きの広い部屋で設えも豪華だ。
部屋付きのメイドたちの働きも申し分がない。
短めの角のついた鹿族の若い女子達が一歩控えて世話をしてくれる。
祖国では私は一応『王』ではあったが、それは名ばかりで国を統治するようなことはしたこともないし、任せられるわけもなかった。
対外的なことはしていたが、指示をされてしていたのだ……単なる傀儡だった。
5000年以上生きた伝説の人『阿羅彦』の影で怯えるように生きてきた取るに足らない男の一人だった。
「こちらにフルーツをご用意いたしました」
小さな鹿族のメイドが、優雅な動きで部屋のテーブルに美しく盛り付けられた大皿を置いてくれる。
こんな風に傅かれた覚えは一度もない。
これからは、母国に帰ってもこんな風に王として扱われて行くのだろうと思うと、不思議に思う。
だが、そろそろこういう扱いにも慣れていくのがいいだろう。
私は国王として即位するのだ、今度こそ、本当の意味で。
我が国が他国から軽んじられることのないように、王たる私が立派にふるまわなければと、そう決意する。
我が国の成り立ちが、建国記にあるように本当に父が一人で子種を振りまき我が子を量産したのだとしても……今現在はだいぶそれらの血の濃さは薄まり、市井で暮らす人々に遺伝病などの傾向は薄く、あまり心配せずとも良いと僑先生は教えてくれた。
そして、『あなたが阿羅彦の最後の子供なので今後も研究に協力してほしい』とも。
それはいいのだが……
一体どうやって?と思っていたところに、届いたのがこの要望だった。
一通の書簡が届き、目を通すとそこには……『定期的に血液を採取させてほしい、そばに紗国の医師を常駐させてほしい』と主に2つの要望が書いてあった。
まあ、それは特にこちらは困らない、むしろまだまだこれから変わっていかねばならぬ我が国に、紗国の医師が来てくれるというのなら願ったり叶ったりだ。
しかし、その常駐する医師の名前に驚いたのだ。
「波成……」
それは私が父亡き後、阿羅国で手術を受けて直後に献身的に看病してくれた、あの子供のような男の名だ。
ふむ……あれは一人前の医師?なのだろうか?
どう見ても子供にしか見えない外見のせいなのか、どうにも頼りない。
しかし僑先生が彼をと指名するのならば、腕は確かなのであろうし、そもそもあの混乱時に支援部隊の軍医として阿羅国に来た時点でそれは明らかといえるのかもしれないが……
だが、私の胸はざわついた。
一番弱っている時に、常にそばにあって励まし世話をしてくれた唯一の人だ。
小さな体でくるくるとよく働き、そして丁寧に僕に接してくれた。
一度正式にお礼を言いたいものだと思ってはいた、しかしその機会をうかがう暇もなく、まもなく帰国の途につく。
明日、アオアイ王の好意で出していただける船に乗り帰国することが決まっているのだ。
もう二度と会えぬかもしれないと思っていた……あの小さき男が今後阿羅国にいてくれるのなら心強くもある……
しかし、この胸のざわつきは安心ではない……期待……か。
フッと軽く笑って書簡をしまう。
何をバカなと自嘲する。
扉がコンコンとなりメイドが顔を出す、客だというので客間に向かうと、なんとその……張本人がちょこんとソファーに座っていた。
私の顔を見て慌てて立ち上がり礼をする。
「いや……波成先生、礼などいりませんよ、あなたは私の臣下ではないのですから」
「そんな!私は氏すらない単なる平民です、他国の王のあなたに礼がいらないはずがございません……それに先生だなんて、どうか波成とお呼びください」
「平民とかそういうのは関係ないだろう……あなたは立派に医師なのでしょう?僑先生から書簡が届きましたよ、あなたが我が国に来てくれるという」
「……はい」
波成は俯いて恥ずかしそうに頬を赤らめて小さな声で返事をした。
その様子がかわいらしくて思わず頬が緩む。
「さあ、座って……お茶をだしてもらいましょうね、甘いものは好きですか?」
「はい!」
波成は途端に笑顔になってソファーにポスンときちんと座り直した。
私も対角に座り、彼の顔を見た。
初めてこの少年めいた男を見た時は、子供にしか見えなかったが……
今となっては小柄だが、そういう種の18歳に見えてくる。
やはり立ち居振る舞いが子供ではないのと、責任感あふれる表情があるからだろう。
「では……聞くが……波成、あなたは嫌ではないのか?」
「嫌とは?なんのことでしょう?」
「……つまり、あんな匂いもひどいと他所の国の者が言う国にだ……わざわざ派遣されるなど、本意ではないだろう?」
「そんな!僕は……実は自分から申し出たのです。本当は研究職でずっとやっておられる方が行かれるはずだったのですが、私はどうしても自分が行きたいとそう思ってしまって」
「……そう、思ってくれたのはなぜ?そなたの祖国・紗国は素晴らしい国だ、国は安定し、なんでもある。そこから離れることはつらいだろうに」
「いえ、私は紗国が祖国かどうかはわかりません、まあ、育んでくれた国なので祖国と言ってもいいかもしれませんが……」
そういえば……と彼の耳や尾を見たが、狐とは違う気がした。
耳は小さくほぼ髪に埋まっているし、尾は短いのか見えていない。
「波成、そなたは何族なのだ?」
「……私は『まざり』です、僑先生の分析によるとおそらく狐と猫とその他雑多な混血では?と言うことですが……」
波成は私を見て静かに微笑んだ。
書簡を握りしめて、思わず独り言ちて溜息をつく。
私が与えられた部屋は、次の間付きの広い部屋で設えも豪華だ。
部屋付きのメイドたちの働きも申し分がない。
短めの角のついた鹿族の若い女子達が一歩控えて世話をしてくれる。
祖国では私は一応『王』ではあったが、それは名ばかりで国を統治するようなことはしたこともないし、任せられるわけもなかった。
対外的なことはしていたが、指示をされてしていたのだ……単なる傀儡だった。
5000年以上生きた伝説の人『阿羅彦』の影で怯えるように生きてきた取るに足らない男の一人だった。
「こちらにフルーツをご用意いたしました」
小さな鹿族のメイドが、優雅な動きで部屋のテーブルに美しく盛り付けられた大皿を置いてくれる。
こんな風に傅かれた覚えは一度もない。
これからは、母国に帰ってもこんな風に王として扱われて行くのだろうと思うと、不思議に思う。
だが、そろそろこういう扱いにも慣れていくのがいいだろう。
私は国王として即位するのだ、今度こそ、本当の意味で。
我が国が他国から軽んじられることのないように、王たる私が立派にふるまわなければと、そう決意する。
我が国の成り立ちが、建国記にあるように本当に父が一人で子種を振りまき我が子を量産したのだとしても……今現在はだいぶそれらの血の濃さは薄まり、市井で暮らす人々に遺伝病などの傾向は薄く、あまり心配せずとも良いと僑先生は教えてくれた。
そして、『あなたが阿羅彦の最後の子供なので今後も研究に協力してほしい』とも。
それはいいのだが……
一体どうやって?と思っていたところに、届いたのがこの要望だった。
一通の書簡が届き、目を通すとそこには……『定期的に血液を採取させてほしい、そばに紗国の医師を常駐させてほしい』と主に2つの要望が書いてあった。
まあ、それは特にこちらは困らない、むしろまだまだこれから変わっていかねばならぬ我が国に、紗国の医師が来てくれるというのなら願ったり叶ったりだ。
しかし、その常駐する医師の名前に驚いたのだ。
「波成……」
それは私が父亡き後、阿羅国で手術を受けて直後に献身的に看病してくれた、あの子供のような男の名だ。
ふむ……あれは一人前の医師?なのだろうか?
どう見ても子供にしか見えない外見のせいなのか、どうにも頼りない。
しかし僑先生が彼をと指名するのならば、腕は確かなのであろうし、そもそもあの混乱時に支援部隊の軍医として阿羅国に来た時点でそれは明らかといえるのかもしれないが……
だが、私の胸はざわついた。
一番弱っている時に、常にそばにあって励まし世話をしてくれた唯一の人だ。
小さな体でくるくるとよく働き、そして丁寧に僕に接してくれた。
一度正式にお礼を言いたいものだと思ってはいた、しかしその機会をうかがう暇もなく、まもなく帰国の途につく。
明日、アオアイ王の好意で出していただける船に乗り帰国することが決まっているのだ。
もう二度と会えぬかもしれないと思っていた……あの小さき男が今後阿羅国にいてくれるのなら心強くもある……
しかし、この胸のざわつきは安心ではない……期待……か。
フッと軽く笑って書簡をしまう。
何をバカなと自嘲する。
扉がコンコンとなりメイドが顔を出す、客だというので客間に向かうと、なんとその……張本人がちょこんとソファーに座っていた。
私の顔を見て慌てて立ち上がり礼をする。
「いや……波成先生、礼などいりませんよ、あなたは私の臣下ではないのですから」
「そんな!私は氏すらない単なる平民です、他国の王のあなたに礼がいらないはずがございません……それに先生だなんて、どうか波成とお呼びください」
「平民とかそういうのは関係ないだろう……あなたは立派に医師なのでしょう?僑先生から書簡が届きましたよ、あなたが我が国に来てくれるという」
「……はい」
波成は俯いて恥ずかしそうに頬を赤らめて小さな声で返事をした。
その様子がかわいらしくて思わず頬が緩む。
「さあ、座って……お茶をだしてもらいましょうね、甘いものは好きですか?」
「はい!」
波成は途端に笑顔になってソファーにポスンときちんと座り直した。
私も対角に座り、彼の顔を見た。
初めてこの少年めいた男を見た時は、子供にしか見えなかったが……
今となっては小柄だが、そういう種の18歳に見えてくる。
やはり立ち居振る舞いが子供ではないのと、責任感あふれる表情があるからだろう。
「では……聞くが……波成、あなたは嫌ではないのか?」
「嫌とは?なんのことでしょう?」
「……つまり、あんな匂いもひどいと他所の国の者が言う国にだ……わざわざ派遣されるなど、本意ではないだろう?」
「そんな!僕は……実は自分から申し出たのです。本当は研究職でずっとやっておられる方が行かれるはずだったのですが、私はどうしても自分が行きたいとそう思ってしまって」
「……そう、思ってくれたのはなぜ?そなたの祖国・紗国は素晴らしい国だ、国は安定し、なんでもある。そこから離れることはつらいだろうに」
「いえ、私は紗国が祖国かどうかはわかりません、まあ、育んでくれた国なので祖国と言ってもいいかもしれませんが……」
そういえば……と彼の耳や尾を見たが、狐とは違う気がした。
耳は小さくほぼ髪に埋まっているし、尾は短いのか見えていない。
「波成、そなたは何族なのだ?」
「……私は『まざり』です、僑先生の分析によるとおそらく狐と猫とその他雑多な混血では?と言うことですが……」
波成は私を見て静かに微笑んだ。
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