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アオアイの町22 宴

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 慰労会……僕が王妃として初めて主催する会になるのだ!

「構える必要はありません、お食事と場と人がいれば十分です」

なんてサヌ羅さんは言ったけど……そんなわけないよね。
おじいさまのパーティーではどんな人にでも美味しく食べられるように工夫がこらされた美しいお料理……例えばお子さんがいらしても食べれるようにとか……アレルギーに配慮したものとか……食べやすく一口にしてもらうとか。
つまり立食なので、フォーク・ナイフのいらない形にしたい。

実は僕は何日も前から献立を料理長と考えていて、アイデアはくまなく伝えた……けど。
料理長は「ほー……」「なんですと……」「それはっ」「ふむ……」などと言うばかりでそれが良いとか悪いとか一切言わないのだ。
あんまりピンと来ていないのかもしれない。

「どうしたのだ?」
「蘭紗様!お戻りだったのですか!」

僕は嬉しくなって蘭紗様に飛びついてぎゅうって抱きしめた。
蘭紗様も優しく抱きしめてくれてとっても嬉しくなった、頭の中がふわふわしてくるような良い匂いも、鍛えているところを見たこと無いのに筋肉がしっかりついているところも、全部が素敵。

「ああ、先程帰って湯を使っていたのだが……何か心配事か?」
「……んー慰労会なんですけど」
「気が向かないのか?ならば無理する必要は……」
「違うんです!ここ数日ずっと料理長さんとお話してたんですけどね、僕の案が今ひとつ納得いかないようで、良いお返事がいただけなかったので、僕って役に立たないなあって思って悲しくなってたんです」

蘭紗様は「ん?」という不思議そうな顔をして僕を腕に抱き上げた。
ちょうど小さな子が親に抱かれるみたいに。

僕の顔の位置が蘭紗様より高い位置になるので、美しい顔を見下ろして光り輝く銀色の髪の形の良い頭を思わず抱きしめた。

「だが……料理長はここ2日ほど興奮状態で試作を繰り返していると、先程報告があったがな……」
「え?試作を?」
「ああ、薫から聞いた話に刺激を受けてそれはもうやる気に満ちていると」
「……」

えぇ……?

「まあとにかく、サヌ羅が言うには、素晴らしい案を色々出し、献立案も手書きで渡し、更にはテーブルの飾り付けの案まで出したそうじゃないか?初めてとは思えませんと言ってたがな」
「ん……えと、あまりにも料理長の反応が薄いので迷惑がられてるのかと」

蘭紗様はハハっと声を出して笑って頬を撫でてくれた。

「そんなわけあるまいが、港町の魚屋にも頼み込んで、それはもう色々と用意しているようだぞ、安心するがいい」
「そう……なんですか?見てきていいですか?」
「ふむ、しかし支度があるだろう?」
「ああ、そうですよね……」

蘭紗様は優しく笑って僕をポスンとベッドに座らせて自分も横に座った。

「慰労会は、アオアイ人も来るんだ、この館を普段管理している者やその家族も来る。他の王族らはその他にも宴を多く催していたが、うちで正式に宴をするのはこれだけだ、皆楽しみにしているよ。そして他の国の王侯貴族は来ないので、つまり身内だけだ……ゆっくりするといいよ」
「はい……楽しみますね」

僕はふむふむと頷きながら答えた。

「あの、蘭紗様……今日……ラハーム王妃様にお呼ばれしてお茶会に出席したのですけど……そこにクーちゃんが現れてしまって」

蘭紗様は心底おかしそうな顔でクククと笑った。

「そうらしいな、報告を聞いたよ」
「王妃様も霧香様もそれはそれは嬉しそうにクーちゃんを撫でておいででしたが……大丈夫でしょうか?あんまり、存在を公にしないほうがいいんじゃないでしょうか?なんだか普通の生き物じゃない気がしますし……」
「うむ……でもまあ、薫がバイオリンを弾くたびにおそらく現れるであろうしな、そしてこれは涼鱗の見解だが……これまでのお嫁様もこういった守護を出現させている方がいたそうだ。クーちゃんは薫の守護だ、となればそれがまた抑止力にもなろうし、安全が増したと思えばこれほど好都合なことはない……せっかく世界中の王族が集まっているのだから、知らしめるためにも堂々と肩に乗せていていいと思うぞ」

なるほど……僕はこっちの世界に来てから歩くトラブルメーカーみたいになってる自覚はあるし……
クーちゃんが僕を守ってくれると皆が知ることは、確かに良いことかもしれない……あの姿を見て皆は一種の畏怖を感じているようなので、抑止力になるかも……

「では、これからはおでかけの時などに、肩に乗せますね!」
「ああ、美しい色合いなのだ、薫の肩にぴったりだな」

僕たちは見つめ合って微笑んだ。




 ちょうど夕陽が沈もうとして海がオレンジに染まる頃に、会場は集まってきた人々でいっぱいとなっていた。
僕と蘭紗様はお揃いで、白地に金の刺繍の着物に紺色の袴を合わせ、肩に金細工の組み込まれた組紐とタッセルの飾りを掛けて、冠を付けた。
蘭紗様のは王の冠なのでかなり大きめだ、その冠の横にきれいな形の三角耳があるのがまた良いいんだよねえ。
本当に威厳に満ち溢れていて素敵……

僕は嫌がる暇もなくさっさと真野に軽くお化粧をされて、山車に乗る稚児のようになっている。
結婚式以来だ……

「薫、似合うよ」

蘭紗様はふふと笑って僕の手を取った。
蘭紗様の尾がふりふりと僕をくすぐる。
このアオアイに来てから、蘭紗様は尾の数を隠さなくなったのだ。
お披露目に最適と言わんばかりに、「それが何か?」という勢いで尾を3つ出している。
もふもふな尾はキレイな毛並みで美しく光沢がある。
手をかざせば触れられるのに、「魔力が溢れて形を成したもの」で実体が無いらしい。
不思議だね……

「では行こうか……」

僕は頷いで2人で歩き出す、なんでもないこんな瞬間がとても好きだ。
一緒に生きていると実感できるから。

会場は僕たちがいつもお食事を取っているところだけど、そこは衝立をうまく片付けるととても大きなホールになるんだって。

「「「「「わー!」」」」」」

ものすごい歓声が上がって僕は一瞬ビクッと体を震わせてしまった。
すかさず蘭紗様がそっと僕にだけ聞こえるように「大丈夫だよ」と囁いてくれて気持ちを持ち直した。

今日集まった人数は250人。
アオアイの人たちは家族も連れて来ていいとされていて、子供も赤ちゃんも見える。
みんなキラキラした目で僕と蘭紗様を期待を込めた顔で見つめてくる、緊張するね!

そして皆に挨拶しながらぐるりと会場を歩いて見えてきたのは、僕が何気なく言った、氷の彫刻……
え、ほんとに作ったんだね!
『氷魔法の得意な近衛の人に大きな氷を出してもらって、削るのはどうでしょう?』などと適当に言っちゃったけど、実現させてるし、そしてすごく美しいこのモチーフは……鳳凰……

「涼しげで良いねえ」

涼鱗さんが嬉しそうに大きな氷の彫刻を見上げる。
そうだったこの人は熱いの苦手冷たいの大好きだった……

「これ、注文したらいつでも作れそうなの?」

などと給仕に質問までしている。
カジャルさんも苦笑いだ。

料理は立食だから全部手で持てるもの。
皆思い思いに嬉しそうに料理に手を伸ばし、お皿にたくさん乗せている。
そして、嬉しそうに食べている。
厨房はきっと戦いだったんだろうなあと思う、後でお礼を伝えないとね!

あけ放たれたバルコニーを見つめた。

先程まで海はオレンジ色だったのに、一気に墨色が広がってすでに外は暗くなっていた。
素敵なランタンやそして庭には松明なども焚かれ、いっそう夜の闇が深く見える。

「ああ……素敵なところですね、本当に」
「良かった、薫がそう言ってくれて」
「連れてきてくださってありがとうございます」

蘭紗様は僕の頭にキスを落として優しく髪を梳いてくれる。

黄色い声がしたので、ふと見ると、柱の陰から女子達がこっちを真っ赤な顔で見ていてキャーキャー叫んでいる。
うん、わかるよ、蘭紗様きれいだもんね!

「蘭紗様……人気ですね!さすがです!」
「……薫……何を言ってるんだ……」

蘭紗様はなぜか呆れ顔で僕を見るけど……どんな表情でも世界一かっこいいんですよ……フフ

しばらくいろんな人と歓談して皆をねぎらったり再会を誓ったりして、2時間程度で宴はお開きとなった。

「なかなかに盛況でしたな」

サヌ羅さんも喜紗さんもうれしそうに赤い顔をして酔っ払っている。
そして口々に会を取り仕切ったと言って僕を褒めてくれるんだけど……
僕って結局「こんなご飯が食べたいです!」って言っただけのような気がするんですよね……

お化粧を落とし、お風呂で固まった髪の毛を洗っていると、蘭紗様に後から抱きしめられた。

「いつまで洗ってる?」
「んーなんだかすごく頑丈に固められてて……」
「似合っていたぞ……本当に髪の毛が伸びたな、長いほうが美しさが引き立つように感じる……伸ばすのか?」
「はい、そのつもりです」

ふむふむと頷いて蘭紗様は僕の髪の毛をほぐしてくれる。
そしてワシャワシャと泡立てて洗ってくれるので体を楽にしてそのまま委ねた。
はぁ、心地いい……

……までは覚えているんだけど……

なんだか僕寝ちゃったみたいで……
そして僕が寝てしまったので蘭紗様がベッドに運んでくださって、そのまま二人で就寝になるはずが……

信じられないことにサスラス王子が謝罪に訪れたらしいのだ。

僕は寝かされていて朝になって聞いたのだけど。
従者をきちんと連れて、先触れも出して謝罪をと言うことだったらしいのだ。

蘭紗様は僕との面会を許さずに、蘭紗様自身が謝罪をお受けになった。
そして、サスラス王子はそのまま夜のうちに国に戻る船に乗ったとのことで……。

主たる国の王族らは、明日からあさってにかけてゆるりと帰国するのだが、それに先んじてひっそりとアオアイを発ったサスラス王子は、僕に謝罪ができず悲しそうだったが、「アオアイ地下牢にいたにしては元気だったぞ」とカジャルさんが言っていた。

地下牢って……ねえ……。

会議では波羽彦さんが正式に阿羅国の国王として即位し直すことが決まったが、混乱期にある祖国を思って即位式などは行わず、復興と共に皆の体に巣食う阿羅彦の毒の解毒を急ぐそうだ。
そして、世界中に散っている阿羅彦の裏組織を回収せんがために全力を尽くすと宣言したとのこと。

波羽彦さんは少数だがずっと支えてくれていた信頼できるお付きの人と共に、アオアイ王の手配した船で帰国するのだという。

なお、捕まっている阿羅国の主犯ともいえる人達は、アオアイの地下牢で生涯を過ごすことになりそうだと聞いた。
この世界にも死刑はあるのだが、まだまだわかっていないことの多い阿羅彦のことを知るためにも、彼らの存在が必要だという研究者(主に紗国の……えっとつまりは僑先生の)強い要望によって、生かされ実験に協力にすることを約束させられたそうだ。

僕がすやすや眠っている間にいろんなことが済んでしまって、そういえば波羽彦さんたちの今後など、聞きたいことは山程あったのに何も知らないままだった。

まあ、帰国する時の船の上で、ゆっくりと聞くんだからね!

そうやって僕のアオアイでの最後の夜はスヤスヤと気持ち良い睡眠で終わったのだ。

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