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アオアイの町15 ビーチ

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砂浜にサクッと足が食い込む感触が懐かしい……

見上げれば強い日差しに眩しくて目を細めなきゃならないほどで、ああ!夏!!

僕の様子を微笑みながら見ていた近衛達は、天幕付きの使用人と警備の相談をし始めた。
仙たち侍女らは、テーブルセッティングや、僕とカジャルさんの水着の用意、寝そべることのできる籐のソファーにはやわらかなタオルなどを用意していている。

海って入るの初めてだけど、波が押し寄せ引いて行ってと、地球で慣れ親しんだものと同じで、つまり急に深くなったり潮の流れで沖に流されたりなどの事故も発生しやすいってことだよね……と急に不安になる。

特に足が届かない場所で泳ぐっていうのは経験がないので恐怖しかない。

「ここって、深いですか?」

僕の後に立っていた近衛に小声で聞いてみる。

「いえ、ここは遠浅なので3キロぐらい先まで薫様でもずっと腰から肩あたりまででしょう」

ニコニコとして答えてくれた。
なるほど……護衛ともなるとそのあたりの予習もばっちりか……

「柵さんは泳げる?」

僕は当然のように覚えている名前で話しかける。

「もちろんでございますよ!何事かございましたら、必ずお助けいたしますのでご安心を」

うん、気持ちいいお返事いただきました!

「薫様!」

カジャルさんが天幕の入り口で手を振っている。

「中の用意ができましたので、お着替えを」

そばに歩いてきた真野に言われて着替えをしに天幕を入って驚く。

「え、広い!」

そこは外から見るよりも広くて、いくつかに籐の衝立で区切られている。
天幕は薄い麻でできているので、涼しく風が入り、日光も遮られているので居心地も抜群だ。

ああ、素敵……蘭紗様と来たかった……

僕は真野が用意してくれた海水用の水着に着替え、上から涼しい麻の着物を羽織った。
こちらでも男性は水泳の際上半身ハダカのようだけど、僕の場合、他の男性に上半身をあまり見せるなと言われたことがあって、水に入るとき以外は羽織るように言われている。

でも……船の上で見た透ける着物を水着の上に羽織って、気怠げにソファーに寝そべる涼鱗さんは、ものすごくなんていうか、壮絶な色気ダダ漏れで、やらしかったけどね、むしろ上半身裸よりもっと……
透けるっていうのは、スケベだ……

だから真野には水着の上に羽織るものは透けないのをお願いと言っておいたんだ……

「砂浜に用意された籐の長椅子にどうぞ、テーブルにはお茶もございますから、ほしいものはなんなりおっしゃってくださいね」

真野も仙もニコニコだ。
ビーチでもしっかり着込んだ侍女のお仕着せで、暑くないか心配だけど。

「海入る?」

カジャルさんはもう到着していて立ったままアイスティーに氷を入れていた。
氷は護衛の一人が得意だそうで、出してもらっている。

「入りたいなー!遠くまで浅いって聞いて、ちょっと安心したし」
「ああ、それな……海はやっぱりそのへんが怖いよなあ」

カジャルさんは紅茶をぐっと飲んでから、「さあさあ」と海へノシノシ歩き出した。
はじめから上半身裸なので細マッチョな肉体が太陽に輝くようだ。
日焼けしたらかっこよさそう……

さて……と僕もひ弱な体をご開帳です。
真野がすっと僕の上着を取ってくれたので礼を言って歩き出す。

「待ってー」
「ほいほい」

カジャルさんは先に波打ち際で足元を波に濡らして振り向いた。
その瞬間、大きく潮が引いて、ザパーっと結構な波がカジャルさんの腰に直撃してカジャルさんは波にもまれた。
海中に引き込まれ、「うおーー!」と言いながら少し先で頭を出した。

僕は大笑いしてそこまで泳ぎだす。
そうするともう一度いい波が来て、僕も洗濯機の中の洗濯物みたいにぐるぐると海中を回された。
鼻にたくさん水が入ってツーンとするし、天地がどっちなのか水中でわからなくなるし……散々なのにめちゃくちゃ楽しい……!

カジャルさんと僕は割と激しめの波に揉まれてワイワイ二人で洗濯物ごっこをして遊んだ。

まあ、いい大人の男だって、海に来たら童心にかえるんです。

海の中は透明度抜群だけど、波が大きく来たときはぶわっと砂が舞い上がって何も見えなくなる。
でもすぐにきれいな色の小魚がたくさん泳いでいるのが見えてくるし、美しい色合いのサンゴ礁も見える。

僕は夢中で海の中でも目を開けて観察した。

ああ、素敵なところだ……
この世界はほんとに美しい……

「あれ?」

カジャルさんの声に僕はそちらを見る。
すると小さな船が近づいてくるのが見えた。
船は真っ白でとてもきれいな装飾がついていて、その中に日傘をさして座る女性と護衛の二人が乗っているのが見えた。

「ん?あら?」
「え……」
「カジャルじゃないの……」
「ぐほ……カレドゥ様……」
「変な声出すんじゃないわよ……王族らしからぬ遊びをしている大人が見えたから近寄ってみれば……まさかあなたとはねっ」

カジャルさんの心の声『ここから消えてしまいたい』が聞こえてくるようだ。

「えと、はじめまして……紗国の薫です」
「え」

驚いて薄い金色の目を見開くカレドゥ様……習ったとおりなら瀬国の第3王女様だ。
小さい顔にやや吊り上がった目、薄い茶色の髪の毛をぷつりと肩で切りそろえてある。
丸い耳もふわふわの茶色だ。
第一印象は……気が強そうなお姫様といった印象だ。

「え、な……申し訳ございません、こんな高いところから……こちらから名乗りもせず……まあどうしましょう……」

オロオロと船を降りて自分も海に入るか悩むカレドゥ様に僕は微笑みかけた。

「いえいえ、お船に乗ったままでいてください、お姫様なんですから」
「お姫様っ!」

カレドゥ様の頬がポッと赤くなったのを見て、気が強そうだと思ったけど意外にかわいいかもとか思ってしまった。

「わ、わたくし、瀬国の第3王女のカレドゥでございます、まさか王妃様だとは思わず……失礼をいたしました。どうぞお許しくださいませね。まだ王妃様の絵姿は瀬国に届いておりませんのよ」
「絵姿……」
「ええ、そしてこちらにおいでとは噂に聞いておりましたが、まさかカジャルとこんな風に遊んでおられるなんて……」
「カジャルさんとはどういう?……あ、そうか瀬国って……カジャルさんのお母様のふるさとでしたね」
「ええ、マルマは私の母のいとこなんですよ」
「じゃあ、カジャルさん……瀬国の王族の親戚でもあるんだ……」
「ええ、そうなりますわね、でもたいていは軍師殿が伯父様だという方が有名でしょうが」

僕は、立派な獅子の戦士を思い出す。

「でも、こちらでお会いしたのも縁ですわ、よろしければお茶でも。ああ、でも婦女子とお茶などつまらないですよね、海ですもの」
「なら、カレドゥ様も泳ぎませんか?」
「へ……」

鳩が豆鉄砲を食ったよう……とは良くいったもので……
完全に固まって顔を真赤にしているカレドゥ様の様子にアワアワした僕は、大爆笑しているカジャルさんをつついた。

「いやいあ……薫様には誰もかなわない……! 庶民ならいざしらず、王族女子は泳いだりしないぞ」
「ええ、そうなの?」
「あの……薫様がいらした世界では女子も泳ぐのです?」
「ええ、女子も男子も関係ないですよ、そういう競技もあって女子の記録も早いですよ!」
「……競技……」

カレドゥ様の目の奥がキランと光ったのは気のせいか……

「では、海で泳ぎ疲れましたら、うちの天幕の方へお茶にいらしてくださいな、私はあちらで絵を描いておりますの、ごゆっくり楽しんでくださいね」

意外にあっさりと引き上げていった小舟を見送って、カジャルさんを引っ張った。

「ねえ、カレドゥ様ってどんな人!」
「んー……獅子族の女はこええぞ……子供には甘いがな……カレドゥは……んー……お転婆だったけど、今はこう……猫かぶってるような……」
「どこからどう見ても淑女だったし」
「だが、本心はきっと、泳ぎたくてウズウズしてるぞ、あれ」

カジャルさんはブハっと吹き出して大笑いしたけど、その時ちょうどきた大きな波に二人で揉まれてまた洗濯物になった。

僕たちは一瞬でカレドゥ様のことを忘れて波でたくさん楽しんだ。



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