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アイデン王2

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その時、バタバタと船室から喜紗さんとサヌ羅さんが走ってくるのが見えた。
 
「いやいやいやいや!これは!何事かと思いましたら、アイデン王陛下では!」
「なにゆえこの船へ」
「ああ、我が許可した、でかい図体で空にいられても邪魔だ」
「なんということをおっしゃる!……ああ、アイデン王、こちらへさささ」
 
アイデン王は2人に連れられて船室へ入って行った。
 
「なあ、あいつは入国審査の書類どうすんの?」
 
カジャルさんが呆然と聞く。
 
「お付きの者が用意するだろうさ」
「で、そのお付きとやらは?」
「まだ見えぬな……」
 
僕たちは遠い空を見やるが、その他の龍が飛んでいる気配はない。
 
「一人ぶっちぎって飛んできたんだろうねえ……相変わらずむちゃくちゃだねえ、ほんと龍族って苦手なんだよ私は」
 
涼鱗さんは両手で自分を抱きしめプルっと体を震わせた。
カジャルさんが心配そうに見つめる。
僕は一人だけ事態が理解できていなくて不安になったけど、例え自分が知ってようとも何もできない場合は、大袈裟に騒ぐ事はもっともやってはいけない行いだ。
 
「ああ、薫……心配せずとも……龍族は千年とも万年ともいわれる寿命ゆえに我らとは相容れぬのだが、一応あちらもこちらを立てて邪魔はしてこない……だから危害を加えられたりもしない」
「喜紗さんに教えてもらったところによると、ヴァヴェルは平和を誓っていないともありましたが、心配はいらないのですね」
「うむ、まああちらはそういうのは興味ないだろう。あやつらは一度眠ると300年ぐらいは起きないのだ、前の王がちょうど眠りに入ったころに平和の誓いがアオアイで行われたのでな……誓わなかったのではなく、眠っていて来れなかったのだよ……」
 
蘭紗様は何とも言えない顔をして僕の頭に手をおいてポンポンした。
子供扱い!
 
「では……好戦的ということはないのですよね?……なんだか背筋が寒くなるような気配がしましたけど……」
「そうだよねえ……わかるよ薫……私も本当に苦手だよ」
 
涼鱗さんは寒そうに体を震わせるばかりで、声もいつもより小さい……なぜこんなに恐れるの?
 
「まあ、夕食にしよう……用意はできているのか?」
 
蘭紗様に頷く侍女たちによって僕たちは船の一番大きなメインダイニングに案内される。
設えは洋風で美しい白亜の柱が並び、そこに上品なマホガニー色のテーブルセットがある。
南側に開かれた窓からは美しいアオアイの島々が見え、今や茜色に染まり切った絵のような景色が計算したかのようにダイニングを彩っていた。
 
「本日は、アオアイの漁船から新鮮なお魚を多く仕入れられましたので、前菜は生魚仕立てのサラダ、スープは魚介たっぷりのクリームスープです。メインはお魚とバファ肉のグリルでございます、お出ししてよろしいですか?」
 
船のシェフは金髪碧眼のでっぷり肥えたイケオヤジなんだけど……
痩せたら絶対ハリウッド俳優みたいになる……よね。
いや、今でもマフィアのボス役できそうなんだよね……
色々想像しちゃう。
 
「ああ、両方もらおう、皆にも同じものを」
 
僕たちは頷いて食前酒をいただいた。
ああ、おいしい!苺の香りがしますよ!
 
「お酒……大丈夫になったの?」
ちょっと心配気に涼鱗さんが伺ってくる。
 
「うーん……食前酒ぐらいなら大丈夫かと……徐々に慣れなきゃだし……」
「まあ、我がここにいるのだ、離れないから大丈夫だよ、好きなだけ飲むと良い」
 
蘭紗様もにっこりだ。
 
「龍さんたちの国は阿羅国に近いんですよね?帰る時に通ったような……」
「ああ、はっきりと国境はないのだ、あの辺りの森すべてがそうだな。龍にはハグレも多いから、どこにいるのか把握しきれんが、龍の気配は恐ろしく大きいのだ。鈍感な者でも気づくくらいにな。だからあの森辺り全てがヴァヴェルということになっている」
「だいたいさあ、ヴァヴェルってのもこっちが勝手につけた愛称だからね、人と初めて話した龍がヴァヴェルって名前だったから、そのまま国の名前になったってだけで、あいつらは国なんてものを意識して作ってはいないんだよねえ」
「どうして涼鱗さんは龍さんを恐れるんです?」
 
僕は前菜の美しいサラダをつつきながら聞いた。
 
「……ふん……いや、なんていうか……蛇と龍は実は同じ出自だって言われてるんだよねえ、どこで別れたかわからないけど……あっちが原種でこちらは亜種みたいなものと思うんだけど……私たち蛇族が普通より力が強いのも寿命が長いのも、あいつらの血が混ざっているからと言われてて……だからなんというか、押さえつけられるような居心地の悪さを感じるんだよね、完全なる上位互換に出会ったみたいな……」
 
涼鱗さんは悔しそうに顔をゆがめた。
 
「なるほど……わかるようなわからないような……」
「しかしあっちは何も考えておらぬだろう?単なる同級生として接していると思うが」
「まあそうなんだけど……」
「え?同級生?」
 
3人の顔が一斉にこちらを向いた。
 
「ああ、そうなのだよ、アイデンはたぶん今100才ちょっと?なんだけどね、龍の子は生まれてから人の形が取れるようになるまでほとんど寝て過ごすんだよねえ、そしてきちんと覚醒して動けるようになった時期と、私たちがアオアイに留学した年が偶然一緒でねえ」
 
涼鱗さんは溜息をついた。
 
「まあ、同級生ってことになったんだよ、だから一緒に学んだんだよ」
 
カジャルさんは楽しそうに笑っていた。
 
「別に悪い奴じゃないぜ?癖はあるけどさ……細かいことは気にしないし身分の上下も関係なく接するし、俺は結構仲良くしてたよ」
「龍族もアオアイ学園で学んでいたなんて」
「そうなんだよ、歴史上初めてらしいよ……ていうかまあ……龍族に赤子が生まれることが数千年に一度らしいからね……」
 
僕は遠い目になった。
なるほどこれは……他の種と一緒に時間を過ごすのはむつかしいだろう……
 
「まあ、学友なので気安く声もかけてきたんだろうが……普通は他国の王族の船に軽々しく上がったりしないのだよ?」
「まあ、この船の中は紗国の領域なのだからな。今回は我が許可したからあいつも上がったわけだ」
「……はあ」
 
アイデン王の内面は普通の子供?みたいな感じを受けたので、あの……人を圧するような気配さえ気にしなければ、仲良くなれそうな気がしないでもない。
 
「取りあえず、もうすぐ上陸できると喜紗も言っていたしな、食事をしたら少し休もう」
「そうだねぇ……あ、給仕、私にもう少し強めの酒を」
 
涼鱗さんは無表情でお酒をお代わりしている。
 
僕は墨色が広がってきたアオアイの海を眺めた。
美しいこの国はどんなところなのか……今からワクワクが止まらない。
カジャルさんには街を案内してもらうつもりでいるので、お買い物もしてみたいしね。
 
運ばれてきた牛肉に似たバファ肉を口にいれながら、僕は蘭紗様に微笑んだ。

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