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結婚の儀

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 紗国の夏祭りは世界的にも有名でたくさんの観光客がくる。
今年はさらに国王の婚儀が最終日に行われることにより、各国から王族の使者がやって来ているのもあり、ものすごい盛り上がりを見せていた。

大掛かりな警備網が敷かれその物々しさはあるのだが、紗国の人々は安心していた。
あの阿羅国の伝説の人『阿羅彦』を倒した王が守る国なのだ。

外国人客が普段の何倍も訪れる中、商人たちは生き生きと商売をし、人気店には長い行列ができ、宿はどこも満杯になった。
紗国はいつも以上に活気あふれている。

「薫……」

我は目の前にいる薫に先ほどから目を奪われ、周りのものが何も見えなくなった。

衣装担当と薫が一緒に考えたという、青い花のような清廉な美しい衣装は、その意匠が良いだけではなく、薫が着てこそ完璧になるというものであろう。
薫はこちらで生まれ育った人間ではないから、感覚が少し違うのだ。
花嫁衣裳はだいたいが朱色と決まっている中、薫は紫に近い青を選んだ。

紗の着物を何重にもして着ている。
一番下が白で、重ねるうちに濃い青になるように。
そして重ねた紗には内側に金糸と銀糸で亀甲柄が刺繍されており、控えめながらも優雅に輝いている。

そして同じ青い色の袴を履いている。
その袴はほとんどヒダが無く、花びらの花弁が下向きに咲いているかのような流れるような曲線を描く

そのうえから、紅白と金色の組紐とタッセルで飾られた紗の長羽織を羽織っている。
その羽織りは薫の身長よりも長いため、裾は床に軽やかに垂れ風を孕んで静かにたゆたっていた。

髪は高く結われ、後には青と黒の混ざった長い髪が垂れている。
今日の為に衣装担当が用意した鬘のようだが……その長い髪が腰あたりまで伸び、さらりと揺れた。
うなじを出す結い方をするのは初めて見るが……細い首とかわいらしい顎の線が協調されているようで、とても好ましい。

そしていま、金色の冠が頭に据えられようとしていたのだ。

「ああ、蘭紗様! なんてステキなんですか! それが伝統の花婿の衣装なんですね!」

薫はあたふたと立ち上がりこちらへ来ようとするのだが、侍女達に窘められてまた椅子に座らされた。

「薫様、動かないでくださいまし。冠が置けません」
「ああ、ごめんなさいっ」

薫は焦って座りなおすと、神妙な顔つきで侍女たちのされるがままに戻った。
だが、横目でちらっと我を見ては、頬を染める。
その仕草のかわいらしさに今すぐ抱きしめたい気持ちを抑えるのが大変だ。

「まあ、我の衣装は王族ならばだいたい決まっているので、特に珍しくもないぞ……冠だけは王だけのものだが」
「はい!その……いつもより更になんていうか……輝いています!こう、きらきら!っと、そして、すごくすごくかっこいい!」

「そうだよねえ?」としきりに侍女達に同意を求めるが、侍女達は己の主の支度に全力投球なので、生返事になっているようだ。

「わかりましたから、薫様。……紅が引けません。少しお話をお控えくださいませ」

なおも話そうとする薫は押さえつけるようにされて化粧の仕上げと髪の仕上げをされ、冠も無事に付けた。
そして、鏡の中の自分にしばし呆然として見入っていた。

「……どうしよう蘭紗様」
「なに?どうかしたのか?」
「僕……お姫様みたい……どうして! 男らしくしたくて青にしたのに……」
「何をおっしゃいますか……お美しい薫様は何をお召しになってもお美しいのです、男女のことなど超越なさっておいでです」

侍女長の言葉に皆が頷く。

「そうだ、その通りだ薫……そなたは美しくかわいらしいのだ。男女がどうのというくだらない区別にそうこだわるな」
「さようでございます、さ、準備がお済になりましたら、あちらへ」
「うん……」

鏡の自分にまだ納得がいかない様子の薫の傍へ行き、手を引いた。
ハッとして我を見上げた薫は目尻に朱色の線を入り、唇も同じ朱で彩られている。
いつもは見ないその化粧で更に可愛らしく思えて、見惚れてしまう。

「変じゃないですか?蘭紗様……僕」
「変であるわけないだろう?とても美しいよ。さあ行こう」
「……はい」

どこか元気のない様子だったが、廊下に出てそこに警備にあたる近衛たちの姿を見てニコリと笑顔になって「今日はお願いね」と一人一人に挨拶している。
近衛の名前も全員覚え、会えば必ず名前を呼んで「いつもありがとう」と礼を言う薫に、皆誇らしげに嬉しげに顔を喜色に染める。

我の嫁は人の心をほぐすのが上手く、そして皆の心を開いてしまう。
その才能に、我もあやかりたいものだ。

「ねえ、蘭紗様、僑先生は来れるんです?」
「ああ、先ほどギリギリに戻ったと報せが来たぞ。助手たちもみな今日のことを楽しみしていたので、警備を連れて一度皆が帰国している」
「そうなのですか、……阿羅国の国民の治療は?」

阿羅国の今だ残る問題の一つは、阿羅彦の毒素のある魔力の影響だが、それが土や人、そして街を流れる川に色濃く残っていることだ。
それを浄化するために、解毒剤の配布、人々の診察などを一気に引き受けた僑は、我々が帰国した後も、阿羅国で孤軍奮闘しているのだ。

「ああ、順調だそうだ。波羽彦が僑から指導を受け解毒剤などの調合もできるようになっているそうだよ」
「ええ!波羽彦さんが?」
「そうだ……それに、僑が街の真ん中に噴水があったので、それを改造してそこに解毒剤を混ぜたそうだ。民たちにそこの水を一日一杯飲むようにと指示したとのことだ」
「噴水!」
「まあ、その水は川にも流れるので、一石二鳥なのだろう」

我は変わり者の僑らしい案にククっと笑った。
薫も明るい笑顔でフフっと笑う。
そうだ、薫そなたはいつもそうやって笑っていてくれ。

「波羽彦さんの審問は?」
「再来週だな、その時にアオアイに行くのだが、薫も一緒に行かぬか?アオアイはとても安全だし、その結婚後の……初の旅行ということで、どうだろうか?……」
「わあ!新婚旅行!!」

薫が目を瞠ってはしゃいだので、我も嬉しくなる。
その「新婚旅行」なる風習が地球にあることを、涼鱗とカジャルから伝え聞き、それならアオアイに連れて行くのはどうだ?と涼鱗が提案してくれたのだ。

「うれしい!!外国に行けるのですね!」
「そうだ。喜んでくれてうれしいよ」

薫は全身で喜びを表し、はしゃいでしまって長い裾を踏んで転倒しそうになってしまった。
我が腰に手を回しその細く軽い体を引き寄せると、真っ赤になった顔で「ごめんなさい!」と謝ってくる。

表情がくるくると変わって腕の中で赤くなったり青くなったりする薫の顔を見ていると、時が過ぎるのを忘れてしまいそうだ。

「蘭紗様、佐良紗様の準備が整いました、ご入場でございます」

我はにわかに緊張した面持ちとなって固まってしまった薫の頬に手をあて、そっと口付けをしてから「大丈夫だ」と一言伝え、手に扇を持たされた薫とともに神殿に足を踏み入れた。

瞬間、ピリっとした独特の姉の結界を感じる。
静寂に包まれた清涼なる空気の中、造られた花道を通り、姉が立つ最奥まで歩く。
横の薫を気にすると、先ほどまでのはしゃぎようが嘘のように蒼白な顔で真剣に歩くことに集中している。
思わず細い腰に手をやり少し微笑むと、嬉しそうに見上げてくれた。

招待客の方へ少し目をやると、各国の王子・姫が参列してくれている。
特別に王が参加しているのはラハーム王国だ、祭りが終わったのちに、涼鱗とカジャルの式を執り行うのでそのために涼鱗の父王と母君が紗国に訪れているのだ。
軽く目礼しラハーム国王と目でやり取りする。
蛇族の王は涼鱗のように細身で背が高い。

そしてやがて見知った顔が見えてきた。
我が紗国の重鎮らの中に、涼鱗とカジャルの姿を見つけ薫が微笑んだ。
涼鱗はふふっと笑顔になって、薫の通信器具をこちらに向け写真を何枚か撮った。
薫は笑顔を綻ばせ、周りの者が「ホゥ」と溜息をこぼす。

そして最奥の祭壇の前に到着し、薫とともに跪き頭を垂れる。

姉の透き通る声が響き、同時に鐘がなる。
そして選び抜かれた子供の聖歌隊と雅楽隊が、美しい旋律を奏でる中、姉の小さな手が我と薫の頭に触れる。

まるで見えているかのようなその動作に、姉が盲目であることを忘れてしまいそうになる。
子供のころにこっそり聞いたのは『私ね、蘭紗だけは顔もうっすら見えるのよ』という言葉。
あれは本当のことなのだろう。
そして、魔力が強い者を見分けられるのならば、薫のことも見えているに違いない。

そして姉の触れたところから、一瞬痺れるような気が送られその痺れが心地よく身を任せた。
しばらくして、隣の薫からいつも漂っている良い香りが濃くなって我を包むように充満しはじめ、思わず横を見る。

……薫は神々しく黄金色に光っていた。
光が強くて目を開けているのが難しいほどだ。

「……っ」

参列者の声なき声がさざ波のように押し寄せる。

そしてふと自分の手を見ると、我も白銀に輝いていて戸惑う。

やがてその二つの輝きが混ざりあい神殿中を照らしはじめ、キンっと空気を震わせた。

その音と共に天井から粉雪のように白いまばゆい光の粒が降り注ぐ。
そして我は、生まれて初めて始祖様の気配を感じ瞠目した。

そうなることを聞かされていたように聖歌隊の子供たちは歌を止めず、そのまま歌い続け、雅楽隊も素晴らしい演奏を響かせた。

また姉も……姉には絶対に見えているはずだが……それが当然のように神殿の屋根に向けて微笑すると、両手を上にあげ、たからかに祝詞を上げ、そして我らに向き直った。

「我らが王、蘭紗と薫の婚儀は天の始祖様により認められた……そなたらは今日より永きに渡りこの国を照らす正しき王となり人々を導くようにと……始祖様からのご祝辞をいただいたぞ。このように始祖様から祝辞をいただくことは稀じゃ……白銀に輝く王と黄金色に輝くお嫁様の光が眩く、始祖様に届いたのじゃな……蘭紗幸せに。おめでとう」

そして鐘が打ち鳴らされ、婚儀は終了した。

薫は頬を染めて我を見つめる。
その上気したかわいらしい顔を見て、やっと息ができた。
確かに先ほど、始祖様の気配が我にも感じられた。
普通なら巫女の素質あるものにしかわからないことのはずなのだが。

「始祖様からのお言葉など。本当に稀なのだよ、蘭紗」

姉は祭壇から降り、我の目の前に立った。
我はゆっくりと頷いた。

「始祖もあなた方2人を特に愛しているようだ、精進しそのお心にお応えできるよう努力するのじゃぞ」

姉は子供のような笑みをこぼし、にこっと笑うと薫の手を取りぶんぶん振った。

「さあ、宴じゃ」

姉の声で皆がハッとなり、ぱらぱらと立ち上がる。
留紗の可愛らしい声がして振り向くと頬を染めて興奮状態で手を振っている。
薫が呼ぶと駆けてきて、抱き着いた。

「留紗、どこにいたの?入場の時見えなかったよ」
「父上の陰で見えなかったのでしょうか?でも僕は見ましたよ、兄様と薫様が発光して凄い光に包まれたのを、素晴らしかったです!」
「そう?確かに光っていたけど、あれは皆がなるものでは?」
「いや、それは違うぞ、あんなことはわらわも初めてみたぞ」

姉の言葉に薫は驚いたようだ。

「そなたら2人の力をあれを見てわからぬものはいない、始祖様がそれを引き出してくださったのだろう、良き事じゃ」
「はい……?」

あまり状況がわからない薫は疑問があるようだが、これが稀なことであることは少しは理解できたようだ。

「さあ、移動しましょう」

留紗の可愛らしい声で、立ち上がった我らは日の光が射す神殿の扉に向かって歩き出した。

涼鱗とカジャルがはしゃぎながら、なおも写真を撮る。
それに向かって薫が大笑いしながら指を二本立ててまじないのような仕草をした。
そして、カジャルと涼鱗がそばに寄ってきて、四人一緒に写真に収まった。
涼鱗もカジャルも先ほどの薫の真似事で指を二本立てている。
写真を撮るときの習わしなのだろう。

「おめでとう2人とも、薫も今日は一段とかわいいよ」
「本当におめでとうございます、なかなか似合ってるぞ」

正装をした2人は薫を褒めたたえいつもの調子で喋り出した。

……このように穏やかに式を挙げることが出来た感謝をあらためて噛み締めた。
本当に心から。

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