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留紗の伴侶

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 眠る留紗の顔が良く見えるよう近くに寄ってみたが、やはり起きない。
熱がかなり高いようで赤い顔をし息が荒い。
聞いていたように、魔力がかなり溢れていて部屋を充満させる勢いだ。
これは確かに異常だなと眉間にしわが寄る。

寝所には留紗の手を握り心配そうにする若き母の姿があった。
喜紗の側室で表にはほとんど出てこない静かな女だ。

「陛下……」
「ああ、良いぞ、礼など良い。それから集まっておる子らは?」
「次の間に待たせております、総勢20名といったところでございます」

20か、その中に合うものがいればいいのだが……
実際、魔力の色が似ていて分かち合える相性というのは難しいのだ。
我にカジャルがいたのは本当に幸運だったといえよう。

「では、一度に全員いれよ」
「一度にですか?」
「ああ、時間をかけるのがもったいない。早く留紗を落ち着かせてやりたい」

おろおろするばかりの留紗の母を下がらせ、喜紗と我のみ部屋に残った。
やがて、ぞろぞろと20名の幼子と付き添いが入ってきた。
その中で目を引いたのが、子を抱く少女だった。

「そなたは……」
「陛下、この娘は候補の姉でございまして、母がおらぬ身であるので付き添いで姉が来ております」

娘は青白い顔をして震えており、話すどころでは無さげだ。
我がそんなに怖いのであろうか?

「では……皆よく聞くが良い。ここにいるのは我の甥、留紗である。魔力が多いゆえ、伴侶となり一生を添い遂げる者を探さねばならぬ。それは理解しておろうか?」

子らは、首を傾げる者もいれば、うんうん頷く者、そしてきょろきょろと周りを見渡すだけの者もいれば、横にちょっかいをかける者もいる。

なんにせよ、幼すぎて話をしても無駄なようだ。

「……まあ、良い……では、その方から順番に留紗の手を取るのだ」

従者に付き添われた高官の息子がまず留紗の手に触れた。
「うっ」と言ったとたん、その場にばたりと倒れ騒然とするが、護衛がすぐさま医者の待機する部屋へ抱きかかえて行く。
恐れをなした次の子は、いやいやをして母親の陰に隠れようとしたが、私の無言の圧力で母親が「ひ」と短く叫び、すぐさまものすごい形相で子の手を無理やり留紗に触れさせ、そして即座に気絶した。

……なんともこれは……

「……まあ、緊張せずとも良い、それから気絶したとしても体に障りはないので安心せよ」

付き添い達は泣きだす候補をそれぞれ腕に抱え、決死の覚悟で留紗に触れさせていく。
そしてとうとう18人が終わり、残り2名となった。

少女に抱かれた赤子の順番になって、顔色の悪い少女がおずおずと歩いてきた。
年のころは10歳ぐらいだろうか?
着ているものは上等な物だが、どこか借り物めいていて少女には少し寸法が大きく思える。
良い家の子であろうが、事細かに彼女に心を砕く母がいないことが悲しく思えた。

少女は留紗に赤子の手を届かせようとするのだが、赤子がいやいやをしてなかなかうまくいかない。
少女は焦るばかりで赤子は泣き叫ぶだけだ。

見かねた喜紗が赤子を代わりに抱こうとした時、赤子の姉が足をもつれさせふらつき、あろうことか留紗のほうに倒れこんでしまった。

刹那、「キン」と金属音が鳴り、辺りが光った。

「え?」
「なに?」
「……!」

少女の手が留紗の腕にちょうど触れていて、見た目にも魔力の流れが変わったのを感じた。
ふるふると震える手は留紗の腕に縫い付けられたかのように動かない。
ただ目を閉じて耐えているかのような少女の額からは汗が噴き出している。
そして再びパアっと発光しパタリと少女はベッドに上半身を預け気を失った。

そして代わりに留紗が目覚め、身を起こした。

「あれ?皆さまどうしてお集まりに?」

喜紗も我も一瞬呆けたようにただ留紗を見つめていたが。ハッとなり、少女と留紗両方の手を取った。
そして2人の魔力を確認した。

「叔父上」
「蘭紗様これは……」

喜紗は泣き叫ぶ赤子を抱いたまま呆然としている。

「……この少女が留紗の伴侶候補となるようだ。あれだけ渦巻いていた留紗の魔力の流れが正常になっておる。その余剰分をその娘が全部引き受けたようだな」
「なんと!」

留紗付きの医者がそっと近寄り、2人の首筋に手を当てなにやら検査していたが、やがて我の顔を見て頷いた。

「この少女が将来留紗の伴侶となる。そのように準備せよ」
「あ、兄上? この女の子が僕の?」
「ああ、そのようだ。これから常に一緒なのだよ、大切にし、仲良くな」
「はい!」

留紗はうれしそうに頬を染め、少女の手を取り、ゆっくりと撫でていた。
やがて侍女達が来て、少女が連れ去られていくのをさみしそうに見送っている。

振り向くと、まだぐずる赤子を抱いたままの喜紗がいた。

「叔父上、その……赤子だが」
「ああ、蘭紗様、よかった! 私は本当に怖かったのです! 私のような魔力が少ない者には何も分からず、見ているのが本当につらかった……見つかってよかった」

我は喜紗の父親っぷりを肌で感じフッと笑い、肩をぽんと叩くと赤子を預かった。
喜紗はすぐさま留紗に駆け寄り体を撫でている。

……この赤子……

その時、侍女の一人が赤子を引き取りに来た。
意識を取り戻した伴侶候補の少女が赤子を心配しているというのだが。

「ちょっと待て、この赤子だが、出身は?」

後に控えていた侍従が赤子の資料を読み上げた。

「勘定方の佐佐ささ家の末子でございます。先々代の伴侶であった牟月むつき様のお血筋でございます」
「なに?!」
「佐佐……」

喜紗もハッとして、我の隣に来る。

「牟月様だって?」
「牟月様の妹様の孫に当たるようでございます」

我は思わず喜紗と見つめ合い、ごくりと唾を飲み込む。

「佐佐を呼ぶのだ。すぐにだ」

我は急ぎ執務室へと戻り、ちらりと時間を見た。
もうとうに昼は越えている、このままでは夕食に薫と共に時間を過ごすのは難しくなる。
不安げに見上げる薫の顔を思い出し、そばに行ってやりたい気持ちが逸った。

我はため息をついて、執務室に積まれた書類を手に仕事を再開した。


「佐佐殿が参られました」

侍従が連れてきた男は臣下の礼をして、頭を上げずに黙っている。

「礼は良い、聞きたいことと決定事項を述べるためにそなたを呼んだのだが、忙しい中すまなかったな」

佐佐はゆったりと顔を上げ無表情に頷いた。

「滅相もございません。私に謝るなどおやめくださいませ」
「座るが良い」

佐佐をじっとみた。
何代にもわたって勘定を担当する名家で、優秀な家系であるうえ、一度王の伴侶を出してもいる。
情報だけで見れば、粉うことなき王家に従順な、立派な臣下であるのだろうが……

先ほどの報告によるとこの男は祖父の伴侶の甥となるようだ。
祖父の伴侶「牟月」は公にはされていないが、お嫁様と偽る狼藉者の手により重症を負い、そのまま亡くなった。
その牟月亡きあと約一年後に祖父もまた亡くなった。

この事実は佐佐の実家には伝えられず、急な病により亡くなったと報せたはずだ。
だが、先ほどからのこの男の雰囲気は首筋がチリチリするような何か嫌なものを感じさせる。
まるで牟月様の死が我ら王族にあると疑っている……そんな視線だ。

「佐佐の末子を伴侶候補を選ぶ席に出してくれたこと、ありがたく思う」
「は……」
「その末子だが、あの赤子を差し出したのはなぜだ?」
「なぜか?と申されますと?」
「うむ……あの赤子はまだ魔力が出現しておらなかった。あの赤子では留紗の体を安定させることはできないぞ……色も何も無ければ見えないのだから選ぶことも不可能だ」
「はて」

佐佐は大袈裟に首をひねって見せた。

「私にはわかりませぬ。城より参られた使者殿が選定なされるのですから……そもそも私ごときが魔力の色や量など測ることは無理でございます」

さもありなん……
だが、なんだろうこの違和感は……

「で、決まったぞ、伴侶候補としてそなたの子をこちらで育てる」
「は?」

怪訝な顔で聞き返してきた。

「どういうことでありましょう?先ほど陛下は末子にはまだ魔力が出現しておらずと……」
「ああ、言い間違えたな。預かるのはそなたの娘の方だ、名を何といったか……」
「まさか! まさか、杷流が?」

わなわなと震える声で叫んだ為、何事かと護衛が何人か扉を開けた。
我はそれを手で制し下がらせる。

「ああ、ハリュウ、そうだその子だ」
「お待ちください……伴侶とは男子がなるものなのでは?」
「いや、男子と決まっているわけではない、王族の魔力に見合う者となれば大抵は男子となるので、手っ取り早く男子を集めているだけだ」
「つまり杷流が留紗様の魔力と?」
「ああ、あれほど苦しむ留紗を即座に鎮めた、たいしたものだ」

佐佐はへなりと背中を丸め、膝に置いた手を握りしめた。

その様子を見てやはりと思った。
佐佐はわざとまだ赤子の末子を出し、王家への忠誠を誓っているように見せかけ、その裏で舌を出していたのだろう。
選ばれる気でいたのなら、あんな赤子を出すはずがない。
しかし図らずも付き添いでつけた娘のほうが選ばれ焦っているということか。

だが、この男の意趣返しがこの程度のもので、良かったといえる。
他のものは誰も気づいていないので我の胸の内に収めることもできるからだ。

「……そなたの伯父は、牟月様なのだな」

ハッとして顔を上げた佐佐の顔は毒気が抜けてこの男の素が出ているようだった。

「伯父のことは……あまり覚えておりませぬ。しかし、まさか我が家から2人も伴侶様が選ばれるなど……」
「心配せずとも、そなたの娘は大事に育てる。そして留紗が15になれば正式に伴侶となる、きちんと祝言もあげようぞ」
「……伯父は……伯父の牟月は何かよくないことに巻き込まれたのでありましょう?」

佐佐はまっすぐな目で見つめてきた。

「……なぜ、そう思う?病と聞かなかったか?」

佐佐は言いずらそうに口を一度閉ざした。

「……母から聞いたのです……帰ってきたご遺体にあってはならない刀傷があったと……母はただ、着替えさせようとしただけで検分しようとしたわけではありません、そこはお見逃し下さい……傷は癒えておらず爛れており、おそらくその傷が原因でお亡くなりになったのだろうと……母は泣いておりました」

佐佐は悔し気に顔をゆがませ、下を向いた。

「王様の為にと城に上がった兄のことをいつも誇りにし、私たちにも常に話して聞かせくれましたのに。それ以来牟月様のことは一切話さなくなりまして、その半年後に母は衰弱死してしまいました。私としては、記憶にない伯父がどういう死に方をしたとか、そういうことははっきり言ってもうどうでもいいのですが……どう考えても母親の死は理不尽で、そして母の気持ちを思うと王家に対する疑念が拭えず……」

佐佐は静かに床に座り、額付き許しを請うた。

「陛下、申し訳ございませんでした、このような幼稚な企みをし、お心を煩わせたことを謝罪させてくださいませ」

我は佐佐の手を取り立ち上がらせた。

「良いか佐佐、よく聞け、そなたに真実を告げる、一度しか言わぬし質問も無しだ。そして聞いた後はこのことを忘れてくれ、つまり他言無用だ」

佐佐は訳が分からないといった顔をしていたが、ゆっくり頷いた。

「我自身、生まれてはいるがまだ幼子であった為、これは伝え聞いたこととなる。よいな?……牟月様に狼藉を働いたのは、おそらく当時敵国であった阿羅国だ、『お嫁様』のふりをしてまんまと城に入った間者がいて、その『偽のお嫁様』に挨拶に向かった牟月様が毒牙にかかったのだ。」

我はため息をつき紅茶を一口飲んだ。
佐佐は驚き声も出ないようだ。

「その後その間者は自害し、何もかも闇の中でこれ以上のことは我も聞いておらぬ。……伴侶が狙われるのは実はよくあることだ。なぜなら、その存在なくしては王は生きていけぬからだ。つまり伴侶を殺すことは王の息の根を止めることと同じ意味を持つ……その証拠に牟月様亡きあと、祖父は1年持たなかった、国が揺れたのだ。我が父もまた、伴侶を無くしてすぐであったしな……だからなのだ、牟月様が間者の手により殺害された事を公にすれば、それを知らぬ他国にも弱みを見せることになる、内密にするしかなかったのだ」

ハッとして顔をあげた佐佐は泣きそうな顔をしていた。

「しかし杷流にはその危険は少ない。なぜなら留紗は王ではないからだ、王太子になることもおそらくない。……先ほども申したように、敵国が狙うのは常に王の伴侶であったのだよ……杷流のことは心配するな。警備は厳重にするのでな。……それから牟月様のご遺体がご実家に戻されたのは、それが牟月様ご自身のたっての願いだったからだと聞いておる、本来なら王墓で王と共に眠るはずだったのだ」
「え?」
「伴侶になって危険と背中合わせ、しかもその身は王の命を預かる大事なものだ。生きているうちは王のそばを離れることはできず実家へ出向くこともなかったであろう。だが、死んだ後にならもう解放されても良いはずと、死の間際に王に願われたそうだ。死したあとは一人の息子として父と母と姉妹の元に戻りたいと」
「そんな……では私が王家を恨んだり、そんなことは無駄なことで……」
「恨む気持ちもわかる。刀傷を隠して病で亡くなったなどと誤魔化さねばならなかったのだ。何も知らぬ者からすれば、王家に裏切られたとそう思っても無理はない。……そなたの母には悲しい思いをさせた、許してくれ。……それなのにその思いを胸に収め、そなたは立派に勘定方を勤めてくれておる、感謝しておるぞ」

佐佐は静かに一筋の涙を流したがすぐに立ち上がり美しい臣下の礼をした。

「ありがとうございます陛下。私のような者に事情をすべてお話しくださり……そのお心を無駄にせぬよう、この先私は陛下の為に命を投げ出すことさえ厭いませぬ」

私は苦笑した。

「そなたは文官であろうが……命を投げ出すような真似はせずとも良い。それより杷流のことはこちらに任せてくれ、留紗は杷流をかわいがり、大事にしようぞ」

佐佐は大きく頷き、晴れやかな顔で退出していった。
帰りには末子を連れて帰るだろう。

我は薫のことを考えた。
伴侶よりもさらに大事な存在、圧倒的な力の「お嫁様」なのだ。
どこから狙われるかわからない。

薫の為の護衛の選出を早急にせねばと思った。

時計を見るとちょうど夕食には良いころだ。

「薫との夕食とするので、用意の確認を、それから我の支度を」

侍従長がサッと現れ、着替えの準備を始めた。

「ようございましたね。佐佐殿には何やら憑き物が落ちたように晴れ晴れとした顔をなさっておいででした」
「ああ、そうだな、お前知ってたのか?」
「何をでございます?」
「……いや、まあ、いい……それより薫に報せは?」
「すでに薫様はご用意がお済でお待ちになっていらっしゃいますよ」
「そうか」

我は薫のふわりとした笑顔を思い出して胸が温かくなるのを感じた。

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