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俺の愛する人 ・ カジャル視点

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 実家に戻ってから、どれくらい経っただろう。
一度、下働きの男が昼の食事が整ったと伝えに来たのはいつだったか。

懐かしい自分の部屋からは、街が見渡せた。
窓を開ければ、夕焼けの中に浮かぶ城下町が幻想的に広がっている。

幼いころは見えなかった角度で見る街並みだった。

「蘭紗様……」

俺は蘭紗様を愛していた。
一つ違いの美しい人。




六つの時に、父に連れられて初めて御前に上がった時のことが忘れられない。

我家、根白川家は代々文官の血筋で紗国では重用されている家系だ。
父も国の外務を担う大臣で、根っからの文官だ。

しかし、俺は母が瀬国せこくの武官の家系であったため、体が大きく力も強く、そして剣も強い。

幼き頃からその体の強さに対しての期待が大きく、初めはまだ幼き王子の将来の護衛にと声が掛かった。
護衛になるころまでは、友人として共にあるようにと。
つまり何日かに一度城に上がり、一緒に遊ぶ友となるわけだ。


……しかし、挨拶の為初めて御前に上がった時に王子は俺の顔を見るなり言ったのだ。


「父上、我の魔力にとても近い色が見えます」

はじめて見る王も王子も別格の輝きを見せる美しい人たちで、光を集めたような銀色の髪は、さらさらと流れる星屑のようだった。

その王子の言葉に幼い俺はポカンとしたが、父はハッと息を飲み咄嗟に俺を見た。
当時の王も真剣な眼差しを俺に向けた。

立派な髭の若き王は厳しい目を俺に向けて、試すように指を一振りし風を起こし俺にぶつけてきた。
幼い俺は慌てて手で防ごうとしたが、スッとその風が体に入った。
瞬間、体がフッと浮き、熱が体内で燃え盛るような気配がして、驚いて目を見開いた。


そして王は「ほう」と一言面白そうに呟いた。


「サヌ羅、お主の息子は本日の今より蘭紗の伴侶となるべくこちらで育てる。良いな?」

「……勿体無いお言葉でございます。我が息子がお国の為、蘭紗様の為にお勤めできるのでしたら、これほど光栄な事はございません。異論などもちろんありませぬ……」

父は平伏し、硬い声でそう言った。


帰宅してから、慌ただしく準備が進められた。

父が齢50にしてようやくできた跡取り息子であり、姉妹ばかりの中で唯一の男児であった俺は、宝物のようにして育てられていた。
『これは名誉な事なのだ』とまるで自分に言い聞かせるようにして、『城へなどやりたくない側にいたい』と泣く母を無理やり部屋に閉じ込め、姉達がすすり泣く中、迎えの使者に俺を託した。

父はただ頭を下げ、使者たちに連れられる俺を見送った。
使者たちに『息子をよろしく頼みます』と深く頭を下げる父に、国の重鎮の父が頭を下げることに戸惑う使者たち。
俺は何が起こったか正確に理解できないまま、それをぼんやり眺めていた。


……父は顔を上げることなく、とうとう顔は見えなかった。







その夜から、幼い蘭紗様と一緒に過ごした。
初めは離れた親が恋しくてシクシク泣く事もあった。

「カジャル、そなたは悲しいのか? 我と共にあることが辛いのか?」

少しだけ漏れる障子越しの月明かりの中、王子の声が背中越しにひっそりと聞こえてきた。
それはそれは静かな声で、昼間は幼児とは思えぬ堂々たる話し方をしていたのに、今は……小さな消え入りそうな声だった。

俺はハッとなって振り向いた。

「そなたは泣いておるのだろう?我がそなたの魔力のことなど言い出さなかったら、そなたは単なる遊び友達で、我と共に寝たりせずとも夜は家に帰れたのであろう?」

俺は涙を拭くのも忘れて慌てて上半身を起こした。

ほのかな月明かりの中、銀色に輝く王子の髪と瞳が周りを照らしているかのように光り輝いていた。
その様の、なんと美しいことだったか……

「許してくれカジャル。我は体が安定せぬ。そなたのように魔力の色が似ている者に側にいてもらわねば」
「申し訳ありません、メソメソしてしまって。蘭紗様のお気持ちを考えもせずに」

王子は小さく顔を横に振って、それからベッドの端に移動してポンポンと敷き布団を軽く叩いた。

「カジャル、我の横にこぬか? そして、我が寝るまでそなたの母のことを聞かせてくれぬか?」

俺はそう問われて、上掛けをキツく握りしめた。

そうだった。王子の母親は出産の折に身罷られているんだった。
王子は知らないのだ、母というものを。

「はい、もちろんでございます。いくらでも話しましょう」

俺は一度布団に足を取られてふらついたが、薄暗い中をそろそろと歩いて王子のベッドに恐る恐る上がった。

「カジャル」

嬉しそうに笑って俺の手を握った王子の手は小さくて柔らかくて、氷のように冷たかった。
多すぎる魔力をうまく制御できず体に障りをきたしているのだ。
あまりの冷たさに一瞬ビクッとしたが、すぐに両手で握り返し、ゆっくりと温めるようにさすりながら、母の話を始めた。

嬉しそうに、だけど少しだけ悲しそうに俺の話を聞いていた王子は、やがてスヤスヤと眠りについた。
俺は月明かりに照らされて眠る美しい顔をじっと見ていた。
握った小さな手は冷たいままで一向にぬくもらない。
今夜はこの手を握って離さずにいよう、少しでも王子の手を温めてあげよう。

それになんの意味があるのかわからないけど。
幼い自分にできる精一杯だった。



やがて寝てしまった俺は、朝方早く乳母と侍女に起こされた。

「初めてです。こんなに静かにおやすみになる蘭紗様は」

乳母はふくよかな手を王子の額にそっと当て、目を細くして静かに話した。

「カジャル様がおいでになったから、このように熱もお出しにならないで、ぐっすりと寝ていらっしゃるのですよ。カジャル様だけが蘭紗様をお助けできるのです。どうかそれをお忘れないように」

俺は起きたばかりでポヤンとしながらも頷いた。

王子は寝たままだったが、俺は一足先に侍女により身の回りの世話をされ、一日の予定を覚えるよう言われた。

王子の勉強量は凄まじく、とても五歳の幼児とは思えなかったが、その日から俺も一緒に勉学に励まねばならなかった。
王子の伴侶ともなれば知っておかねばならない事が山ほどあるのだと侍女に言い含められた。

王子も頑張るのだからと、俺も頑張った。
学舎と王子の自室をお供を連れて二人で行き来していると、ごくたまに父親の姿を見ることもあった。
父は紗国の外務を任される要職なのでいつも城にいるのだ。
と言っても話のできる距離ではなかったので、甘えることもできなかったが。

あの夜から、二人はずっと一緒にベッドに入っていた。
そして決まって手を繋いで母の話をねだられるのだ。

俺は同じ話でも構わず、王子に請われるがまま話した。



そんな幼い日々を一緒に過ごし、王子が10歳、俺が11歳になったころ。

中立国のアオアイ王国の王立学園に留学が決まった。
そこは中立国と謳うだけあって国際色豊かに各国の子供たちが学園に集まる。
人々は皆穏やかで争い事が少ないので、各国の王族が競ってその学園に子息を送るのだ。
アオアイもそれを受け入れ、よりすぐりの教授陣を用意し、警備も万全の上王侯貴族の子息らを受け入れるのだ。
普段のクラスでは身分の違いなく一緒に学ぶのだが、生活面では各国の王族や貴族専用の寮を完備し、生活には安全を留意してくれている。

アオアイの王侯貴族用の寮には贅沢にも一部屋ずつ露天風呂があるのだが、寮に入って初日に王子が湯にのぼせてしまい真っ赤な顔で気を失いそうになってしまった。

城では侍女が必ず側にいたからこんな事はなかったのだが、俺にその世話の全てを任され、初めて二人で入ったその日だった。

俺はひどく慌てて王子を抱きしめ、竹でできた腰掛けに王子を横たえた。
大声で部屋付きの侍女を呼ぼうとしたのだが、王子は細い手を俺の口に当てて、「呼ばないで」と小さな声で呟いた、

「我は平気だ、お前がいるんだから」
「しかし、蘭紗様」
「大丈夫だ少し休めば」
「そんな…… 全然大丈夫なんかじゃありませんよ! あ、そうだお水を」

俺は愚かなことに忘れていたのだ。
入浴中は時折王子にお水を飲ませよと侍女から教えられていたことを。
早速、湯殿の近くに用意してあった水差しからグラスに水を注ぎ、王子の口元へ差し出した。

「飲ませてくれ」

王子は気怠げに少しだけ開けた目蓋から輝く銀色の瞳を俺に向けた。

「座って飲むのは怠くてできそうもない。口に含んで我の口にいれてほしい」
「……!」

俺は顔にボッと熱が集まるのを感じた。

「で、でも蘭紗様!」
「嫌なのか?乳母は我がこうなるといつもそうしてくれたではないか……」

俺はゴクッと唾を飲み込んだ。

「そ、そう言われましても」
「っう……」

先ほどまでのぼせてピンク色だった王子の顔色が急に青白くなり始めた。
俺はハッとして覚悟を決め、グイッと水を口に含み王子に口付けた。

王子の唇は柔らかくて
だけどやっぱり冷たかった。

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