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侍女たちと僕
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そうこうして勉学の師が到着したとかで、いそいそと学び舎向かう留紗を見送り、良ければお代わりをという侍女の言葉に甘えて、お茶をもらうことにした。
僕はもうこのお茶をアイスティーと呼ぶことにする!
ふと浮かんだ疑問を侍女に聞いてみる。
「あの、質問なんですが」
「なんなりと」
侍女長が近づいてきて返事をしてくれた。
「らんじゃ様とるしゃ様の名前は、どう書きますか?」
侍女は、あ!という感じで一瞬止まったが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まず初めにお見せするべきでございました。今お持ちしますので、少々お待ちを」
そう言い、ソファーセットの横にあるヨーロッパ風の瀟酒な棚を開け、大きな本を持ってきた。
「これでございます。これはこの国の重鎮方が載っておりますので、これでごらんくださいませ」
侍女は慎重な手付きでページをめくり出した。
一枚目には驚くほど詳細に美しく描かれた絵姿と共に、「蘭紗」とこれまた素晴らしく美しい字で書かれていた。
「見事な絵と筆ですね。これは専門の方が?」
「ええ、その通りでございます。王家お抱えの絵師と書家がおられますよ、そのうち折を見てお嫁様にも絵師様がお訪ねになられるでしょう。お嫁様はこの一枚目に陛下と共に並んで描かれることになるでしょう」
思わずアイスティーを吹き出しそうになってしまった。
それって恥ずかしすぎない?
侍女は僕の戸惑いに気づかずささっと二枚目をめくる。
「これが宰相の喜紗様、そしてこの横におられるのが、喜紗様の奥方の采花様、そしてこの中央におられるのが先ほどいらした留紗様でございます。因みにこの「紗」という字を入れることができるのは王家の生まれの方のみでございます。紗国の王族の証でございます」
ふむ……なるほど。
本当に貴族というか王家のみしか使えない字がこの世界にはあるのか。
さっきの質問も納得できるなあ。
さらに侍女はページをめくった。
「そしてこれが、喜紗様のその他の奥方さまでございます。6人おられます。喜紗様にはお子がなかなか恵まれず、このように多くの奥方を娶られることになりましたが、最後の第六夫人の采花様があの利発な留紗様をお産みになられたのです」
侍女はにこやかに話すが、わりとこれってドロドロだよね。
大奥とかそういうの?思い出すよね。
で、それらの奥さん方を1ページに集約しちゃうのね。
「これら全部一度にお見せしてもご負担でしょうから、お嫁様に関係してくる方々のご紹介のみいたしますね。他はおいおいということで」
侍女はゆっくりとページをめくりながら、丁寧に説明していってくれた。
なんとなくの説明が終わった後、一息付いて、気になっていたことを尋ねてみた。
「それから、あなたたちのことですけど、これからこの部屋でずっとお世話になるのでしたら、ぜひ名前を覚えたいのですが」
本を片付けていた侍女は瞠目した。
控えていた侍女や、お茶を入れる係もハッとしたようにこちらを見ている。
「あ……ごめんなさい、名を尋ねてはいけなかったのでしょうか?」
「いえ、そうではないのです! あまりに光栄な出来事でしたので。我々はいま感動しているのです」
「感動?名前を尋ねられて?」
「はい、さようでございます。名を尋ねられることなどほかの王族の方々からはなかったもので……しかし、お嫁様がお望みになってくださるのでしたら、喜んで紹介させていただきます」
なんとも言えない悲しい気持ちになったが、微笑んで侍女に促した。
「私はお嫁様付きの侍女長の仙でございます。こちらにいるのは里亜、その隣は真野、それからまだ見習いでございますが、こちらがサヨでございます。差し出がましいようですが、名前はこのような字でございます」
仙は美しい所作で先ほどの本の一番後ろのページを出した。
絵姿はなく、名前のみ記載されていた。
視線を戻すと、侍女たちは綺麗におじきをして、微笑んだ。
そして最後に紹介されたサヨという娘を見て気がついた。
「あ、もしかして、サヨさんは僕に最初にお茶を入れてくれた……」
130センチくらいの身長しかなさそうな、どう見ても小学生の女の子だ。
そして、妹の面影をどうしても重ねてしまう。
「はい、そうでございます」
そう答えて、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「皆さん、お世話になります、よろしくお願いします。そして仲良くしてくれたら嬉しいです」
侍女たちは嬉しそうに微笑み合っていた。
「私たちは子供の頃から、お嫁様がお渡りになった時のために集められ、特別な教育を受けているのです。そして、この部屋でずっとお待ちしておりました。私たちの母親たちも先代のお嫁様の部屋付きでして、代々引き継いでいる名誉な職なのであります」
「え?お嫁様っていうのは、何百年かに一度あるかないかと聞いたけど。そのあるかないかのためだけにずっとこの部屋の管理を?」
「はい、お嫁様がどの世界からいらっしゃっても対応できるように、これまでのお嫁様の記録を学び、好みを学び、なるべく安らいでいただけるようにするのが私たちの役目です」
「君たちのお母さんも?ずっとここで主のいない部屋を管理していたの?」
「そうですね、もう何世代も実際にお嫁様をお迎えできませんでしたから、母も祖母も自分の主人にはとうとう会えず仕舞いです」
僕は言葉に詰まり、つい下を向いてしまった。
僕を待っていてくれた人がいたなんて。
蘭紗様以外にも。
「仙さん、里亜さん、真野さん、サヨさん、よろしくね、それから僕を待っていてくれてありがとう」
侍女たちはうれしそうに微笑んでそれから一言付け加えた。
「お嫁様、私たちのことをどうぞ呼び捨てになさってくださいまし、名をよんでいただけるだけで光栄なのに、さん付けなどと、おそれおおいことでございます」
「ああ、そういうものなのかな……」
「ええ、そういうものですよ」
「では、こちらも、そのお嫁様という呼び方をなんとかしてほしいんだけど……だめなのかな?」
「では、薫様でよろしいですか?」
「うん! まあ様付けなくてもいんだけど、あなたたちにも立場があるだろうしね。それでお願いするね」
「了解いたしました」
侍女たちはそれぞれ忙しそうに仕事をし始めたので、僕はベッドに戻って一眠りすることにした。
蘭紗様がいうように、異世界に飛ばされてきたんだから、体が疲れているのかもしれない。
急にすごく眠気が襲ってきて、今度は枕に顔を埋めてウンウン唸ったりする暇もなく、するりと寝てしまっていたらしい。
珍しく夢も見ずに僕はぐっすりと寝たのだ。
僕はもうこのお茶をアイスティーと呼ぶことにする!
ふと浮かんだ疑問を侍女に聞いてみる。
「あの、質問なんですが」
「なんなりと」
侍女長が近づいてきて返事をしてくれた。
「らんじゃ様とるしゃ様の名前は、どう書きますか?」
侍女は、あ!という感じで一瞬止まったが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まず初めにお見せするべきでございました。今お持ちしますので、少々お待ちを」
そう言い、ソファーセットの横にあるヨーロッパ風の瀟酒な棚を開け、大きな本を持ってきた。
「これでございます。これはこの国の重鎮方が載っておりますので、これでごらんくださいませ」
侍女は慎重な手付きでページをめくり出した。
一枚目には驚くほど詳細に美しく描かれた絵姿と共に、「蘭紗」とこれまた素晴らしく美しい字で書かれていた。
「見事な絵と筆ですね。これは専門の方が?」
「ええ、その通りでございます。王家お抱えの絵師と書家がおられますよ、そのうち折を見てお嫁様にも絵師様がお訪ねになられるでしょう。お嫁様はこの一枚目に陛下と共に並んで描かれることになるでしょう」
思わずアイスティーを吹き出しそうになってしまった。
それって恥ずかしすぎない?
侍女は僕の戸惑いに気づかずささっと二枚目をめくる。
「これが宰相の喜紗様、そしてこの横におられるのが、喜紗様の奥方の采花様、そしてこの中央におられるのが先ほどいらした留紗様でございます。因みにこの「紗」という字を入れることができるのは王家の生まれの方のみでございます。紗国の王族の証でございます」
ふむ……なるほど。
本当に貴族というか王家のみしか使えない字がこの世界にはあるのか。
さっきの質問も納得できるなあ。
さらに侍女はページをめくった。
「そしてこれが、喜紗様のその他の奥方さまでございます。6人おられます。喜紗様にはお子がなかなか恵まれず、このように多くの奥方を娶られることになりましたが、最後の第六夫人の采花様があの利発な留紗様をお産みになられたのです」
侍女はにこやかに話すが、わりとこれってドロドロだよね。
大奥とかそういうの?思い出すよね。
で、それらの奥さん方を1ページに集約しちゃうのね。
「これら全部一度にお見せしてもご負担でしょうから、お嫁様に関係してくる方々のご紹介のみいたしますね。他はおいおいということで」
侍女はゆっくりとページをめくりながら、丁寧に説明していってくれた。
なんとなくの説明が終わった後、一息付いて、気になっていたことを尋ねてみた。
「それから、あなたたちのことですけど、これからこの部屋でずっとお世話になるのでしたら、ぜひ名前を覚えたいのですが」
本を片付けていた侍女は瞠目した。
控えていた侍女や、お茶を入れる係もハッとしたようにこちらを見ている。
「あ……ごめんなさい、名を尋ねてはいけなかったのでしょうか?」
「いえ、そうではないのです! あまりに光栄な出来事でしたので。我々はいま感動しているのです」
「感動?名前を尋ねられて?」
「はい、さようでございます。名を尋ねられることなどほかの王族の方々からはなかったもので……しかし、お嫁様がお望みになってくださるのでしたら、喜んで紹介させていただきます」
なんとも言えない悲しい気持ちになったが、微笑んで侍女に促した。
「私はお嫁様付きの侍女長の仙でございます。こちらにいるのは里亜、その隣は真野、それからまだ見習いでございますが、こちらがサヨでございます。差し出がましいようですが、名前はこのような字でございます」
仙は美しい所作で先ほどの本の一番後ろのページを出した。
絵姿はなく、名前のみ記載されていた。
視線を戻すと、侍女たちは綺麗におじきをして、微笑んだ。
そして最後に紹介されたサヨという娘を見て気がついた。
「あ、もしかして、サヨさんは僕に最初にお茶を入れてくれた……」
130センチくらいの身長しかなさそうな、どう見ても小学生の女の子だ。
そして、妹の面影をどうしても重ねてしまう。
「はい、そうでございます」
そう答えて、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「皆さん、お世話になります、よろしくお願いします。そして仲良くしてくれたら嬉しいです」
侍女たちは嬉しそうに微笑み合っていた。
「私たちは子供の頃から、お嫁様がお渡りになった時のために集められ、特別な教育を受けているのです。そして、この部屋でずっとお待ちしておりました。私たちの母親たちも先代のお嫁様の部屋付きでして、代々引き継いでいる名誉な職なのであります」
「え?お嫁様っていうのは、何百年かに一度あるかないかと聞いたけど。そのあるかないかのためだけにずっとこの部屋の管理を?」
「はい、お嫁様がどの世界からいらっしゃっても対応できるように、これまでのお嫁様の記録を学び、好みを学び、なるべく安らいでいただけるようにするのが私たちの役目です」
「君たちのお母さんも?ずっとここで主のいない部屋を管理していたの?」
「そうですね、もう何世代も実際にお嫁様をお迎えできませんでしたから、母も祖母も自分の主人にはとうとう会えず仕舞いです」
僕は言葉に詰まり、つい下を向いてしまった。
僕を待っていてくれた人がいたなんて。
蘭紗様以外にも。
「仙さん、里亜さん、真野さん、サヨさん、よろしくね、それから僕を待っていてくれてありがとう」
侍女たちはうれしそうに微笑んでそれから一言付け加えた。
「お嫁様、私たちのことをどうぞ呼び捨てになさってくださいまし、名をよんでいただけるだけで光栄なのに、さん付けなどと、おそれおおいことでございます」
「ああ、そういうものなのかな……」
「ええ、そういうものですよ」
「では、こちらも、そのお嫁様という呼び方をなんとかしてほしいんだけど……だめなのかな?」
「では、薫様でよろしいですか?」
「うん! まあ様付けなくてもいんだけど、あなたたちにも立場があるだろうしね。それでお願いするね」
「了解いたしました」
侍女たちはそれぞれ忙しそうに仕事をし始めたので、僕はベッドに戻って一眠りすることにした。
蘭紗様がいうように、異世界に飛ばされてきたんだから、体が疲れているのかもしれない。
急にすごく眠気が襲ってきて、今度は枕に顔を埋めてウンウン唸ったりする暇もなく、するりと寝てしまっていたらしい。
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