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43話 

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 今から帰宅して引っ越しの準備をするにはかなり時間がかかるだろう。小走りで家まで向かう途中で、ふと路地裏が目に入った。

 ・・あそこは確か繁華街に繋がっていたはず。通り抜れば家までの最短距離になるかもしれない。そこまで考えて、この街に引っ越してすぐの頃に母親に言われた言葉を思い出した。

『繁華街には危ない人達がいるから近づいちゃダメよ。』

 その言葉を聞いた時は怖いもの見たさで繁華街の場所を調べたりしたのを思い出す。実際に行った事は無いけれど。だってこわいし。子供の頃は生活圏が狭すぎて、そんな所があるなんて知らなかった。

 ・・桜都にはどこにも寄り道するなって言われたけど。

 いつもなら、冒険してまで危ない場所には近づこうとは思わないのに。どうしてか好奇心が上回る。足はどんどん路地裏の方に進んで行く。

 最近は桜都と訓練しており、以前よりは身体が強くなったように思う。今までの自分とは違うように思う。そんな自惚れた軽い気持ちで、入ってはいけない領域に足を踏み入れた。

 昼の繁華街は、以前いた街の商店街とよく似た活気がある。所々怪しいお店もあるけれど、想像していたよりも怖くない。学生やお年寄り、さまざた年齢層が立ち寄っている。

 (・・なんだ、繁華街ってぜんぜん余裕だな。)

 「そこのお兄さん、1人でどうしたの?友達は?」

 物珍しそうにキョロキョロしていたからか、1人の細身の男性が近づいて来て声をかけられた。黒のフードを深くかぶっていて顔はよく見えないが背丈は高く上下黒の飾り気の無い服装なのにモデルのような出立ちだ。一般人では無い雰囲気が漂う。

 「あ・・えっと。俺、まだ引っ越して来たばかりで初めてで。」

 「へえ、そうなんだ。ようこそこの街へ!ここ、賑やかで良い所でしょ?」

 急に話しかけられたから、しどろもどろな返事しか出来なかったけど、ちゃんと伝わったみたいで良かった。

 「うん、想像してたより明るい。」

 「はは!昼間はね!・・だけど、夜8時以降は絶対に近づいちゃダメだよ。こわーい人達の時間だからさ。雰囲気がガラッと変わるから君は早く帰りな。」

 男は近づくと、健太の耳元で囁くように言った。どう言うことかと詳しく聞こうと思ったら、フッと息を吹きかけられた。あまりにも急で、ビクッとした健太は男と距離を取るとバッと両耳を隠した。

 「ちょっと!急に何ですか!やめて下さいよ!」

 雰囲気的に年上の様だから、一応敬語を使う。

 「あはは。警戒されちゃった。タメ口で良いのに。けど、これは忠告だよ。覚えておいてね。夜8時以降は無法地帯、決っして安全では無いからね。」

 フードを深く被ったまま肩を揺らして笑う姿は怪し気だが、どこかドキッとさせられる雰囲気がある。先ほど耳元で囁かれた時は顔が赤くなったに違いない。

 ・・男相手に何顔赤らめてるんだよ俺は!

 健太は恥ずかしくなり、頭を振るとすぐに逃げ出した。そんな健太を追うわけでもなくジッと見つめるフードの男。

 「あれが噂の親衛隊隊長かあ。可愛いなあ。ナギちゃんに渡す前に食べちゃいたい。」

 男がそう呟くと風でふわっとフードが外れた。現れたのは漆黒の髪。カラスのように黒くて艶がある。男にしてはきめ細かい肌で中性的な容姿、綺麗な鼻筋と長い睫毛が色気を誘う。その美貌に魅了された女性達が黄色い声をあげるも、男の視線は先ほどの学生が逃げた先に留まったまま。周囲には目もくれない。

 「欲しいなあ」

 男の口元は弧を描く。

 ・・あの子に付けられた護衛が居なかったらすぐにでも捕らえたのに、残念だなあ。

 余程大切な人物なのか。それならそれで狙う価値はある。
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