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断罪編

闇の向こうに浮かぶ4回の生

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「グ、リ、ーグ、、、」

 エンルーダの上空に、グリーグの核石が巨大な大樹雲の形を成した。

 ニアは、野壁の暗闇の中、滂沱の涙を流しながらも声を殺し、一歩も動けないでいる。
 
 野壁の覗穴からは、狼煙が如く登ったグリーグの核石雲は見えないが、根元に当たる目の前の部分は、未だに光の粒子がグリーグの痕跡を知らせるかに舞っていた。

(ここから動かなくては、、)

 グリーグの核石を狙う敵が、直ぐ此の壁の向こうに居るのだ。

(でも、1人で行くか無くてはいけないの?ねぇ、、グリーグ、、)

 ニアは、先に広がる暗闇をもう一度見つめた。

 ここから先は、野壁の隙間が無いのか、漏れ入る光が見えないのだ。そしてグリーグと合流する事は叶わない。

「どうしたら、、」

 ニアの胸に不安と恐怖が湧き上がる。

 石板の下の空間を歩き始めた時から今まで歩けたのは、一重にグリーグが後を追い掛けてくれるという思いが、安心感となっていたからだ。

「本当は、、ダメなのに、、」

(たとえ石板を下ろしたとしても、グリーグなら必ず合流してくれるって、信じて疑わなかったから、此の暗さを歩けたのよ、、)

 しかし光の粒子さえ無情にも、ニアの目の前から消えていく。

「あ、そうだ、、」

 息を潜め、外の敵から悟られぬよう、此の場所で動かず襲撃をやり過ごす事が出来ないか?

 1つの逃げ道が浮かんだ時、再び、、



『ポーーーーーーーーーーーーーーーン、、』
   『ポーーーーーーーーーーーーーーーーン』

ーーーーーーン』

  ーーーンンンン、、、』



(!!!!!!)


 外から高く長く響き渡る独特の音達、、


 初めて聞く音だったがニアには其れが、エンルーダが緊急時に最終手段を取る合図だと解った。

(猿人魔獣が、放たれる!!)


 実母メーラと、現エンルーダ領主アースロが夫婦となった時、連れ子のニアはエンルーダ領土のあらゆる知識をイグザムに教え込まれている。


(あれは、きっとそうに違い無い。)

 話には聞いていた最終手段の決行。

「野壁って、結界はどうなってた?、、思い出さないと。」

 実母メーラの婚姻の力で、エンルーダ城を中心に結界が貼りめらされるのは確か。

 しかし、此の野壁はどうなのか?

 直ぐにでも猿人魔獣の餌食になってしまうかもしれないとの考えが、ニアの心に更なる恐れを生む。


(怖い。何一つ、暗い所に良い記憶なんて無い。)

 静かにも、半狂乱になりそうなニアの心が、

 今は、いるはずの無い男を、うっそりと闇に浮かび上げた。


(もし、もしも、此の闇の向こうに、、)

 薄暗い収容所の中で、殆ど顔など解らなかった。

4回目の生で、自分の純潔を凌辱散らした男。


「囚、、人 ク、ロ、、。」


 2つ前の生。
 軍事国家の宰相を務める父の一人娘として、ニアは令嬢アリエス・ナルベワとして生まれていた。

(陥れ、北境の収容場に投獄されて、、
其れまでの生じゃ、、直ぐに処刑されてたから、、まだ良かったんだって、、あの時に悟った、、)

 投獄死。

 きっと簡単に記録かれたのだろうアリエスの最後。しかし、此の記憶は余りに惨めで、ニアの頬を涙がつたう。

 僻地にある思想犯や犯罪者の収容所だった場所に収監された1日目。
 ただでさえ女が投獄される事が少ない上、宰相令嬢のアリエスの容姿に、収容所の囚人たちが、我が物にしよう襲い掛かった。

(どの生でも、王女や貴族令嬢だったから。)

 暗い収容所の中、卑しく舌舐めずりする囚人達に肢体を抑え込まれ、着ていた物を剥ぎ取られ。

(舌を噛んで死のうとして、、)

 汚い指がアリエスの口に入れられ、舌さえ辱めを受け様として諦めた瞬間、

 自分の身体を撫でくり回し、掴んでいた無数の男達が血飛沫を上げて吹き飛ばされた。
 武器など無い場所で、素手で何人もの囚人を半殺しにする男。

 全身タトゥーの男の幻影が野壁の闇に映る。

「政治犯、、クロ、、」

 名前など知らない。
 腹の囚人番号が、黒く焼き潰されていた男だった。
 
 他の囚人たちからも一目置かれていた男は、アリエスを助けたのでは無い。
 
 只、地獄の檻の中で独裁者として、毎日のように囚人達の前でアリエスを犯した獣だった。 

 収容所の中で孕まされ、其れでも犯され続けた。其れ故に。

(アリエスの時、、出血多量で死んだのだと思う。)

 眼の前の幻に、ニアは後退った。

(生まれ変わって、此の男が、現れるはず無い。)


 あの事が、
 あの記憶があったからこそ。

 5回目の生で処女を散らした時、ニアは狼狽えなかったように思う。 

 抱き潰されて亡くなった4回目は女として、最悪の最後だったに違い無い。 
 
 今野壁の中は、あの収容所の穴蔵のような暗さを思わせる。 

 幻影を前に、ニアの足はどうしても前に進めない。 

(グリーグ助けて! )

  そう思った時。 

 己の内側からニアは確かに胎動を感じた。 

「あ、あ。。」 

 アリエスの時も思った感覚。あんなに地獄の日々ので、子が出来たかもしれないと思った時。 

 汚れた身体で、一瞬でも『何か幸せらしき形』を思った瞬間があった。

(当然、其れは実を結ばなかったけれど、)

 名も知らぬ囚人の子だったかもしれないが、あの地獄の中で一瞬でも生きる希望になったのは間違いなかった。 もう、狂っていたのだ。

 でも、

「わたしが守る、」

(此の子を殺すわけには。 )

 ニアは自分の足を自分の手で持ち上げ、無理に動かす。
 とにかくエンルーダ山脈を越えても、いいとニアは思った。

「グリーグもいないなら、此の子とエンルーダを出る。」

 結局エンルーダの地にも、グリーグがいないのならば、自分の居場所は無いのだ。

 山脈を越えて隣国に渡れば、もっと自由な平民として生きられるかもしれない。 

 ニアの目の前に広がる闇と、立ちはだかる男の幻影が、エンルーダ山脈の更に先へ続く光景によって消え去るのが見えた。  

「何としても。 逃げる。」

ニアの2歩目が動いた、後ろから。 

 さっきまでいた野壁の兵士たち敵だろう。
 その敵の達の無数の叫び声が聞こえてきた。

 猿人魔獣が来たのだ。 

「時間が、無いわ。」

ニアは腰抜けた足を踏ん張り、再び闇を這い始めた。
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