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第七章

交換条件

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 僕達の前に空から降り立った炎龍フレイムドラゴンは『私の縄張りで一体何をしている?』と、恐らく寝床なのであろう巣の真ん中にドカッと座り込んだ。

「ここ、炎龍さんの縄張りだったんですね」
『なんだ、知らずに来たのか?』
「山神様って呼ばれている凶悪な魔物がいるっていう話は聞きましたよ」

 僕の返答に炎龍は『ああ、何だかそんな呼ばれ方もしているな』と、まるで興味もなさそうに返して寄こした。

『それは人間どもが勝手に呼んでいるだけだ。何故だか時折ゴミを捨てて行くから、こちらも迷惑しているんだがな』
「ゴミ?」
『煮ても焼いても食えなさそうな「贄」と呼ばれる人間を置いていく。本当に迷惑だ』

 ああ、それはまさにレイの事か。確かにレイの手足は細く、肉付きはあまりよろしくない。食べる部位も少ないだろうが、ゴミとは酷い言いようだ。

『私の目に適うような贄を用意するのならともかく、貧相で魔力もろくに保持していない者を寄越されても迷惑なだけだ。性懲りもなくまた置いていったものだから捨て置いたのだが、拾ってきたのか?』
「今までも貴方とは相容れないと思ってきましたけど、僕は本当に貴方とは気が合いそうにありません」

 このドラゴンは貢がれた食べ物などの供物を要らないからと捨てるのと同じ感覚で、生きた子供を穴倉に捨てたのだ。食べ物を粗末にするのも僕的にはアウトだというのに、命を命とも思わないその感覚が僕には理解できない。

『何を怒っている? 人間どもは要らないからソレを捨てていったのだろう? 不用品を押し付けられては私も迷惑だと言っているだけなのだがな』

 確かに炎龍の言う事にも一理ある。
 元の元凶はレイを贄として差し出したオルデ村の民が悪いのだ。けれど、それにしてもそれならそれで逃がすなりなんなりの対処がこの炎龍には出来たはずだと思ってしまう僕の心は狭量なのだろうか?
 少なくともあんな場所に捨て置いたら、こんな小さな命はあっという間に尽きてしまうのだ、そのくらいは炎龍にだって分かっていると思うのだが。

「ふう、炎龍さんの言い分は分かりました。貴方は贄など求めていない、そういう事でいいですね?」
『私が自ら贄を求めた事など一度もないからな』

 僕の怒りの矛先が自分に向く事が心底解せないという表情の炎龍は、そう言って不貞腐れたようにそっぽを向いた。

「分かりました、その言葉信じましょう」
『お前は相変らず生意気な物言いをする』
「そうさせてるのは貴方です」
『解せぬ!』

 炎龍は心底分からないという態度だけど、炎龍からの歩み寄りが一切見えないから僕も頑なにならざるを得ないんだよな。その辺、炎龍は全く分かっていないのだろうけど。
 炎龍は大きな息を吐き『お前は私を一方的に責めるばかりで、私の質問に応えていない』と、じろりとこちらを睨み付けた。

「質問? ああ、僕がここに居る理由ですか?」
『そうだ、私は何もしていないのに質問にも応えず、一方的に責められるのは道理に合わない』
「僕がここに来た理由は、この山には魔石や宝石がたくさんあるらしいと聞いたからですよ」

 僕の返答に炎龍は面白くもなさそうに瞳を細めて『所詮お前もその辺の人間どもと同じか』と、興味を失くしたように一言告げた。

『そんなにこの光る石が欲しいのなら勝手に持っていけばいい』
「こんなに巣に溜め込んでいるのに、大事にしているんじゃないんですか?」
『人間どもはどうやらコレを欲しいがるらしいというのは気付いていたが、巣材のひとつとして集めただけで、そろそろ飽きてきたしな』

 なるほど? 要するに炎龍にとってこの宝石は家のインテリアのようなものだという事か。

「この山にはこんな宝石が他にもたくさんあるんですか?」
『ちょっと掘れば出てくるな』
「ちょっと掘ってみてもいいですか?」

 僕の問いに『まさか人間どもをこの山に連れて来て掘り返すつもりか?』と炎龍は少し嫌そうな表情を浮かべる。

『私は人間共と慣れ合うつもりはない。私の領域を犯すというのであれば、例えお前でも許さんぞ』
「別に誰かを連れてくるつもりはありませんでしたけど、駄目ですか。そうですか……仕方ない、アルバートさん撤収です。ここは炎龍さんの縄張りで宝石採掘は駄目だと言ってます」

 僕はくるりと炎龍に背を向け、時間の無駄だったなと踵を返した。

「え? 撤収?」

 僕と炎龍とのやり取りを見守っていたアルバートさんが、戸惑ったような表情で僕と炎龍を見やる。

「炎龍さんが駄目だと言ってますし、人様の領地を勝手に荒らしてはいけませんしね」
「なるほど?」

 炎龍の言葉が分からないアルバートさんは僕達の会話を僕の言葉だけで理解しようとしていたようだが、やはり全ては把握しきれなかったようで、僕のその言葉にどうにか事の成り行きを理解した様子だ。
 ちょっとしたお金稼ぎになりそうだと思ったのだけど、駄目なのなら仕方がない。時間は有限だ、これ以上話し合いを続けても時間の無駄だし、僕はさっさと山を降りようとしたのだけど、そんな僕の背に炎龍は『何処へ行く?』と声をかけてきた。

「帰るんですよ。旅の続きもしないとですしね。せっかく旅費の足しになるかと思ったのですけど、とんだ無駄足でした」
『旅? お前は一体何処へ帰る? 最近はあの聖樹の里にもおらんのだろう?』
「夜には帰ってますよ。ああ、そういえば家から出る事もほとんどないので最近は炎龍さんにご挨拶もしていませんでしたね」

 炎龍は日がな一日聖樹の幹で丸まって寝ている事がほとんどだ。里で暮らしている時には目が合えば挨拶程度はしていたが、ここしばらくは帰宅後家から出る事がほとんどなかったので、思えば炎龍と顔を合わせたのは久しぶりだった。

『何故私に一言の相談もなく……』
「愚問ですね。何故僕が貴方に相談する必要があるのですか? 貴方は僕の何者でもないのに」
『私はお前に何度も求婚しているだろう』
「僕も毎回お断りしています。言ってしまえば僕と貴方の関係はそれだけで、友人どころか知り合い程度のお付き合いしかないのに、自分の動向をわざわざ相談も報告もしませんよ」

 僕の返答に炎龍は『むう』と唸って黙りこんだ。だって僕の言っている事に嘘偽りはひとつもないのだ。
 領界壁を作っていた時には何度かその背に乗せてもらった事もあるけれど、それは僕達が何をしているのか興味を持った彼が自発的に乗せてくれただけで僕からお願いした事は一度もない。
 それに、ドラゴンの背に乗って行動した事によって僕が魔王だなんて噂まで立ってしまったので、個人的にはいい迷惑だ。結果的にはエルフの里に人間達を近付かせない役割に一役買ったので不問とするけど、彼と仲良くするメリットが僕にはひとつもないからな。
 今現在、ここに従魔師ギルドの管理する「魔物の楽園」が存在するのならば、そこへ彼を誘導したいところだけど、僕がここまで旅をしてきた間には従魔師ギルドは存在しなかった。
 冒険者ギルドはあるのに従魔師ギルドはないのだ。僕の時代には他にも職業別に幾つかのギルドが存在したのに、この時代にはそれがまだ存在しない。きっとこれから増えていくのだろう。
 「魔物の楽園」には聞いたところによると聖樹があるらしい。エルフの里の聖樹とその聖樹が同一であるのか全く別の聖樹であるのか分からない僕には、まだまだ知らない事が多過ぎる。
 僕と炎龍は黙って相対する。炎龍は何か言いたげだけど、モノ申したい事があるのならさっさと言って欲しい。
 そんな事を思っていたら、つんと僕のマントの端が引っ張られる感覚にそちらに目を向けたらレイが僕を見上げて「お兄ちゃんは山神様のお嫁さんなの?」と、僕に問うてきた。
 僕は彼女に視線を合わせるようにしてしゃがんで「違うよ」と首を横に振る。

「山神様の花嫁は、めいよ、で、こうえいって、みんな言ってた」
「山神様に望み望まれて嫁げるならその言葉もなくはない話だけど、今は必要ないって山神様が言ってるしなぁ」
『私はお前を望んでいるぞ』
「貴方は黙っててください。それに僕は望んでない」

 望み望まれって僕は言ってるんだよ。お互いが同じ気持ちで望まれるのならばそれはとても幸せな事だけど、片方だけの気持ちを押し付けるのはやはり違うと思うのだ。

「山神様はお兄ちゃんが好きなの? レイじゃダメ?」
『お主からは魔力をほぼ感じないからな、私の番にはなれはしない』
「まりょく……そっかぁ……」

 僕はそこまでの会話を聞いて首を傾げる。あれ? もしかしてレイと炎龍の間に会話が成立してる?

「れ、レイ? もしかして炎龍さんが何を話してるのか分かるの?」
「? 炎龍さん?」
「ああ、山神様! レイには山神様の言葉が分かるの?」
「分かるよ? 不味そうだし要らないって、食べなかった。山神様、優しい」

 いや、それは別に優しくないけどな!

『ほう、お主は私の言葉を解するか』

 途端に炎龍の興味がレイに移った。要らないと一度は捨てたくせに厚かましいにも程がある。
 僕は炎龍から隠すようにレイを抱き上げた。

「レイはあげませんよ!」
『魔力が少なすぎる、どのみち番にはできぬ、が、暇つぶしにはちょうどいい、置いていけ。それは私への「贄」なのだろう?』
「だからあげませんってば! レイはもううちの子で炎龍さんの贄じゃない!」

 抱き上げたレイの身体がピクリと揺れた。ほらみろ怖がってるじゃないか! こんな小さい子に勝手な事ばかり言って、可哀想だと思わないのか!

『ああ言えばこう言う、お前は本当に……分かった、交換条件だ』
「交換条件?」
『お前かその子供が私の話し相手になるのなら、宝石の採掘を許可してやろう』
「話し相手、ですか?」
『他にも条件が必要か?』
「いえ、それだけだと等価交換には少し足りないかと」

 炎龍がふっと鼻で笑った。

『人というのは本当に業突張りだな、これ以上私に何を望む?』
「え? んん? ち、違いますよ? こっちが貰い過ぎって意味で足りないって言ってるんです!」
『そうなのか?』
「そうですよ! 別に話し相手くらいなら対価がなくたっていいくらいなのに」

 炎龍は大きな瞳を細めて『お前は私と話すのはいつだって煩わしそうであったと思うが?』と、痛い所を付いてくる。
 確かにそれはそうだけど、それは炎龍が僕には心情的に飲み込めない事ばかり言うからであって、話すのが嫌だとかそういう話では決してない。話し合って分かり合える事があるのなら、それに越した事はないとも思っているんだよ、一応は。

『だが、タケルがそう言うのであれば、ひとつ頼みがある』
「頼み?」
『不要な貢物を私の山に持ち込む事を人間どもにやめさせて欲しい。要らぬと言うのに、それを告げると貢物が更に増える。言葉が通じないというのは本当に厄介なのだよ。欲しい物があればお前達を介して伝える事にすると、そう奴等に言っておいてくれ』

 ああ、確かに最初から炎龍はずっと贄を要らないと言っていたものな。炎龍にとって貢物は不用品なのだ。そんなモノを大量に贈られても困ってしまうよな。

「分かりました、村の人達には僕から伝言を伝えておきます」
『うむ、頼んだぞ』

 こうして僕と炎龍の間で話は纏まり、炎龍、いや、山神様からの宝石の採掘許可は下りたのだけど、僕達の会話が全く分かっていないアルバートさんだけが一人「私だけのけ者にするのはやめてくれ」と憮然としていた。

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