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第六章

アルバートと冒険の旅へ

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 アルバートが悪い顔で笑みを零してから数か月で僕は彼の言わんとする意味を理解した。
 何故なら里長に就任したアンジェリカ様が早々に懐妊したのだ。それはフレデリカ様の出産目前の出来事で、里はまたしてもお祭り騒ぎだった。

「知っているかタケル、最近私がこの里で何と呼ばれているか」
「いえ、知りませんけど」
「ふはは、里始まって以来一番優秀な『種馬』だ!」

 言い方!
 アルバートさんは我関せずという感じで笑っているけど、それってちょっと馬鹿にされてない? 大丈夫?

「里長となった優秀なハイエルフを二人も孕ませるような奴は今まで一人もいなかったと男連中の間で私は一目置かれるようになったぞ! ハハハハハ!! どっちも私の種ではないというのに滑稽な話だ」
「えっと、それって自虐?」

 僕が戸惑い顔でそう問うと。アルバートさんは真顔になって「いや、計算通りだが?」とすんっとした表情を浮かべた。
 計算通り、か。それって本当なのかな?

「それじゃあ、アンジェリカ様の方の子もアルバートさんは無関係?」
「そもそもアンジェリカとは同衾すらしていないからな」

 なるほど。
 ってか、そっちの父親誰だよ!! いや、つっこまない、僕はつっこまないぞ! 藪をつついて蛇を出したくないからな!
 これ以上の修羅場も面倒ごともごめんだよ!

「アルバートさんはそれでいいんですか?」
「まあ別に。それにこれはお前が言った事だろう」
「は? 僕が?」
「私が恋に落ちる相手は里の外に居るんだろう?」

 え? 僕、そんな事言ったっけ?
 僕がキョトンとしていると、アルバートさんは苦笑いを浮かべて「言ったんだよ、だから私は相手に誠実であれと思ってな。行きがかり上、二人の子持ちにはなってしまったが」と、瞳を逸らした。
 相手に誠実に、か。それは確かに。
 それにしてもアルバートさんは二人の子持ちになってしまうのか、実子じゃないのに大変だ、って……あれ? ルーファウスの兄二人が、もしかしてもう産まれる……?
 実を言えばまだ全然時間がかかると思っていた。アルバートさんはエルフの里でエルフ女性との間に二人の子を儲け、恐らくその後里の外でルーファウスの母親となる人族の女性と出会うのだ。
 アルバートさんは里の外に出て冒険者になりたいと言っていたし、これはもう確実にルーファウスの誕生が近付いて来てる!
 まあ、その前にルーファウスのお姉さんが生まれる訳だけど、小さい事は気にしない。
 だけどひとつ不安があるとすれば、僕とルーファウスが出会う時代までの間にこの地では必ず何かが起こるという事だ。
 エルフの里が魔王領になっているという僕の時代の認識の一端は僕達の築いた領界壁だった可能性が出てきているけど、それはそれ、これはこれ。
 僕は魔王領に向かう時にこの領界壁は見ていないのだ。何かしらの時代の変化で破壊される事になるとして、その時このエルフの里では何が起こるのか、僕にはそれが分からない。
 あと結局、現代で問題になっていたスタンピードがこの時代では起こる気配がなくて、これも分からない。
 この時代にはまだ僕の知らない何かがある。平和で呑気なこの里に暮らしていると色々なことを忘れてしまいそうだけれど油断は禁物だ。

「そういえば最近タケルは仲間の話をしなくなったな。外に探しに出るのは諦めたのか?」
「別に諦めていませんけど、どのみち今はどうしようもないですから」
「どうしようもない? それはやはり諦めたという事なのでは?」

 別にそう言う訳ではないけれど、説明が難しい。彼に現状を説明する事でタイムパラドックスが生まれたらと思うと、僕はフレデリカ様に説明したようには話せない。
 なにせルーファウスの誕生には確実にアルバートの存在が必要なのに、そのアルバートが僕の言動ひとつで過去と違う選択をしてしまったらルーファウスが生まれなくなってしまう。

「諦めてないから何も言えないんです」
「それは未来が変わるかもしれないとかそういう意味でか?」

 瞬間何を言われたのか分からなかった。何故彼はそれを知っている?
 僕はこの話をフレデリカ様にしかしていないのに。

「図星か」
「な、なんでそれを?」
「兄さんから聞いた」

 え? ちょっと待って、なんでペリトスさんが知ってるんだ? 僕は彼にも何も喋ったりはしていない、はずだ。たぶん。
 これはフレデリカ様からペリトスさんへ、そしてアルバートさんへと話が回ってしまったという事か?

「アルバートさんはその話を信じたんですか?」
「出会った当初からお前は変な奴だと思っていたが、その話を聞いて腑に落ちた部分もあってな」

 もしかしてそれで里の外でアルバートが恋に落ちるという僕の与太話のような話を彼は信じた、という事か。

「で、質問なんだが、お前が探しているタロウって奴は本当に実在して居るのか?」
「え? なんでそんな事聞くんですか?」

 僕の問いかけにアルバートさんは少しだけ困ったような表情で「ちょっと変な話になっていてな」と続ける。

「変な話?」
「私は外に出ている仲間伝えでそのタロウを探していたんだが、どうもそのタロウはエルフの里で凄い魔術をエルフ達に教えているらしいと、噂になっているらしいんだ」
「! それは何処のエルフの里ですか!?」
「いや、それなんだが……」

 「ここなんだよなぁ」と、アルバートは困惑顔を見せる。

「実際タケルがこの里で色々な魔術を私達に教えてくれたお陰で我が里の者達の魔術の技能は飛躍的に伸びている。それは疑いようもない事実なものだから否定ができない。で、そんな所に外に出ているエルフ達がタロウという名の凄い魔術師を探しているらしいという話が引っ付いて、エルフの里にタロウという名の凄い魔術師がいる、という話になってしまっているらしくてな……」

 まさかの! という事はその噂のタロウさんはもしかして僕の事か!?
 この世界、まだ通信技術があまり発達していない。僕のいた時代では冒険者ギルドの情報共有システムなんかも出来上がっていたけれど、この時代にそれが確立しているかも分からない。
 情報伝達は基本人から人への口伝で、その情報が間違っていたとしても広まってしまった情報は回収するのすら難しいのだろう。
 実際に僕達の築いた領界壁を見て、それを築いたのは魔王であるって話もまことしやかに流布されてしまっていると聞いている。噂話って怖い。

「で、でも、前に何処かの街でタロウって名前の人がいたって言ってましたよね?」
「いや、アレは別人だっただろう? 名前が似てたとかそれだけだ。その後の情報収集もしたけど、そいつはほとんど魔術は使えなかったらしいぞ。一応冒険者をしていたらしいが、仲間に凄腕の剣士がいて、そいつに護られるばかりのお荷物だった、とかそんな話だったな」
「仲間の剣士……その人の名前って分かりますか?」
「んん? そこまで詳しく聞かなかったな、探していたのはあくまでも『魔術師のタロウ』だったから」

 僕は考える。
 ルーファウスが生まれた時にはタロウさんは凄い魔術師だった、だけど誰にだって駆け出しの新人時代はあるものだ。実際僕だってこの世界に来た当初はほとんど魔法なんて使えなくて、ルーファウスから色々な技術や知識を学んで今がある。
 タロウさんの傍には恐らくグランバルト王国の初代国王陛下であるフロイド・グランバルトさんがいるはずで、彼は確かに剣士だったと聞いた気がする。
 一緒にいるらしいその剣士がもしフロイドさんなのだとしたら、その人はタロウさんで確定だ。

「その人達に会えないですか? 僕、その人達に会ってみたいです!」
「お前、自分がこのエルフの里に囚われている身分だって事理解しているのか?」
「それはそうなんですけど……」
「でもま、アンジェリカに聞いてみたら意外といけるかもな」
「え」

 アルバートさんは「私も最低限のお役目は果たした、そろそろ外に出たいと思っていた所だ」とにやりと笑った。
 そのお役目、アンジェリカ様との間の子作りだよね? 結局その子供の父親でもないのに役目を果たしたってちょっと図々しい気がしなくもない。だけど、そういう謀略を張り巡らせる感じ、ルーファウスの父親のアルバートの食えない笑みを彷彿とさせられて、むしろ何だか懐かしいよ。


 ◆  ◆  ◆


 アルバートさんと今後の事を話しあってから数日、ビックリな事に里長であるアンジェリカ様から本当に僕の外出許可が下りた。

「アンジェリカはあまり物事を深く考えない、言いくるめるのは簡単だった」

 なんてアルバートさんは笑っていて、この人、悪い人だなと僕は思うけれど余計な事は言わない。僕の外出許可が取り消されては困るからな。
 僕がエルフの里の外に出るには幾つかの条件が提示されている。第一にエルフの里で見聞きした事、特に聖樹と聖なる泉に関しては口外禁止。
 他には勝手な単独行動の禁止、外部の人間との接触の際には必ず監視の者を同伴する事、等々色々な制約を付けられたのだけど晴れて僕はエルフの里を出る事を許可された。
 ちなみに僕の監視役はアルバートさん。最初から付いて来る気満々だったので当然と言えば当然のお役目である。
 僕達がどこで何をしているかは毎日定期的にエルフの里に報告される事になったのだが、それにはペリトスさんの作った通信機器が採用された。
 里と僕達の情報は常に共有される事になっており、ある意味これが採用されたからこそ僕の外出が叶ったと言っても過言ではない。
 僕がエルフの里に様々な外の知識と情報を提供した事で、里の者達との間に信頼関係が築けていた事もこの許可への後押しになった。
 エルフの里で色々と頑張ったかいもあるというものだ。

「さてそれじゃあ、手始めに何処へ行く?」
「え? それはアルバートさんが決めてくれるんじゃないんですか?」
「お前は何を言っている。自慢じゃないが私は里の外の事はほとんど知らないんだ、お前に付いて行くに決まっているだろう」

 あれ? そういうものなのか? てっきり僕はアルバートさんがタロウさん達の所に僕を連れて行ってくれるものとばかり思っていたので、予定としては完全にノープランだ。どうしよう。
 ここから一番近い場所で僕が知っている場所だとグランバルト王国の首都になるのだけど、まだグランバルト王国が成立していない現在、その土地がどういう状況になっているのかは分からない。
 まだ街にすらなっていない可能性もあるのかも、と地図を片手にアルバートさんに尋ねればそこは一応現在でもそこそこの規模の街だと彼は教えてくれた。

「未来ではそこの街はどうなってんだ?」
「えっと、国の首都ですよ」
「へえ、こんな田舎町がか?」

 アルバートさんが意外そうな声をあげ「こっちの方が現在は都会なんだがな」と、僕が最初に暮らしていたシュルクの街付近を指差した。

「シュルクって都会なんですか?」
「ここに森があるだろう? 確か迷いの森とか呼ばれている、ここに昔そこそこ大きなダンジョンがあってな、それに挑戦する冒険者が集まって大きな街になったんだ。今はそのダンジョンも完全に掘りつくされて封印されたと聞いているが、その地にそのまま住みついた冒険者の街として賑わっているんだ」

 !? そんな話、僕は聞いてない。シュルクの街にそんな由来があるなんて! だけど確かにあの街は冒険者として生活している者は多かったような気がする。

「私としてもダンジョンには少し興味があるのだが、ここへ行くか?」

 冒険者に憧れのあるアルバートさんがそわっとしている。僕のいた時代、ダンジョンと言えばダンジョン都市メイズだったけど、今の時代はダンジョンと言えばシュルクの街なのかと、僕は驚きが隠せない。
 そういえばメイズのダンジョンはまだ発見されてすらいないのだな、どのタイミングでそのダンジョンが発見されるのかも気になる所だ。

「で、どうする?」

 返事をしない僕に焦れたようにアルバートさんが決定を促してくる。シュルクに向かうにことに関して僕に否やはないのだけれど、ひとつ問題がない訳ではない。

「でも、シュルクの街は遠いですよ」

 現実問題シュルクの街はこのエルフの里からはかなり遠い。僕達は数年をかけてのんびりここまでやって来たけれど、直接その街に行こうと思うと恐らく片道で一ヵ月以上かかってしまうと思うのだ。
 けれどアルバートさんは僕の返答に不思議そうな表情で「何か問題が?」と首を傾げた。

「問題というか、アルバートさんはそんなに長くエルフの里を離れても大丈夫なんですか? 里で色々とお役目とか……」
「お役目? 私の今の役目はアンジェリカとの間に子を儲ける事だ、アンジェリカが妊娠した今、どのみちこの先子育てが落ち着くまでの数年間は私に用はないのだよ。問題ない」

 そうか、そういうものなのか……ってか、子育ては母親に丸投げかい! それはそれでどうかと思うぞ。
 そうは言っても彼の役割は種馬であると最初から言われているようなものなので僕は口を閉じる事にする。エルフの里の慣習なんて僕には分からないからな。

「それに私達にはアレがあるだろう?」
「アレ?」
「お前が私に教えたのだろう、転移魔術だよ」

 ああ、確かに! 転移魔術はルーファウスの専売特許だけれど、その転移魔術を使ってルーファウスは各地を巡っていたのだ。
 どんなに遠くまで出向こうとも帰ろうと思えば一瞬だ、確かになんの問題もない。何か用があればペリトスさんの作った通信機器で連絡が来るはずだし、その際には転移で里に戻って、用が済んだらまた旅に出ればいいのだ。
 冒険が楽過ぎる……
 ルーファウスは僕達に合わせるように徒歩で旅を進めてくれていたけど、転移魔術ってやはりかなりなチート能力なのだなと、僕は思わずにはいられなかった。
 まあ、何はともあれ行き先は決まり、久しぶりの冒険ですよ!


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