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第六章
ドラゴンの言う事には
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ドラゴンがエルフの里に現れてから数日、赤い鱗を持つアンジェリカ様曰くの『火龍』は呑気に聖樹で寛いでいる。
ドラゴンがやって来てもエルフ達の生活は変わらない。エルフにとってドラゴンというのは聖樹に付随するモノで恐れる対象ではないらしい。
恐れもしないが敬いもしない、彼等の関係はとてもフラットだ。あれほど「ドラゴンは災厄だ」とルーファウスは言っていたのに、エルフの日常にドラゴンは溶け込んでいる。それは何だか不思議な光景のように僕には見えた。
「こちらから手を出さなければドラゴンは何もしてこない」と彼等は僕に教えてくれた。
「それにしても今回のドラゴンは番を連れていないな」
「番?」
聖樹を見上げるようにしてペリトスさんは頷いた。
基本的にドラゴンが聖樹にやって来るのは卵を儲けるためである事がほとんどで、こんな風に何もせずドラゴンが聖樹に居座っているのは珍しいと彼は言った。
「ドラゴンの卵ってどうやって生まれるんですか?」
「さてな、それは俺達にも分からない。番でやって来たドラゴンは気付けば卵を抱いている。卵を受け取ったドラゴンは卵を護るためか気性が荒くなるから俺達はただ見守るだけだ」
気性が荒くなる、か……オロチがそんな事にならなかったのは周りと意思の疎通がはかれていたから、なのかな。
自然界では生まれたての卵なんて一番無防備な状態だ、ドラゴンの卵は触れた者の魔力を奪うという攻撃性も発揮していたけれど、それでも親心としては誰にも触れさせたくないものだろうしな。
「そういえば僕、ひとつ疑問を抱えているんですけど、ドラゴンの番って同じドラゴンじゃなくてもいいんですか?」
「ふむ、タケルは何故それを疑問に思う?」
「僕の従魔のドラゴンが聖女様との間に卵を儲けたので、一体どういう事なのか分からなくて」
僕の答えにペリトスさんは「人族がドラゴンに選ばれる事もあるのか」と、少し驚いたような様子で、それでも「なくはない話だ」と頷いた。
ペリトスさん曰く、ドラゴンの番というのは同じドラゴン族でなくてはいけないという決まりはないらしい。ドラゴンが自分の番であると定めれば、その相手がどの種族であろうとも番にはできる。
ただ番相手に一貫して共通しているのが『高濃度の魔力を多く保持している者』という事だけ。かつてはエルフの女王が選ばれた事もあるとペリトスさんは僕に教えてくれた。
「エルフの里が聖樹と共にあるのも、それが理由のひとつだ。この里を成立させたのが先祖であるその女王とドラゴンだと言われているからな」
まるでお伽噺のような話なのだが、長命なエルフは歴史をより長く記録しているとルーファウスは言っていた、実際にそんな事があったとしても不思議ではない。
里にやって来たドラゴンは相変らず聖樹の上で大きなあくびをして、枝の上で器用に丸くなって昼寝をしている。少し話をしてみたいと思わなくもないのだけど、エルフ達はドラゴンには関わらないというスタンスのようなので、何となく声をかけに行きづらい。
そんな事を考えながら聖樹を見上げていたら、昼寝をしていると思っていたドラゴンとばちりと視線が合った。
ドラゴンは片目だけを窺うように僕の方へと向けてまるで何かを探ってでもいるようだ。
僕は思い切ってドラゴンに手を振ってみた、するとドラゴンは少し驚いたように両目を開き、その後しばらく考え込むような様子を見せてからふわりと聖樹から降りてきた。
「な、タケル! ドラゴンが降りてきたぞ!?」
「そうですね、でもたぶん大丈夫ですよ」
逃げ腰のペリトスさんに構わず僕は目の前に降りてきたドラゴンに「こんにちは」と声をかけた。
ドラゴンからの返事はない。代わりに大きな目が一回瞬きをした。
僕の目の前に降りてきたドラゴンは何も言わずに僕の前に顔を突き出して何やらまた僕の匂いを嗅いでいる。一体これは何なのだろうな?
「あの、僕、何か匂いますか?」
『…………』
やはりドラゴンからの返事はない。けれど真っ赤な鱗のドラゴンは執拗に僕の匂いを嗅いでくる。
「毎日風呂には入っているんだけどなぁ……」
『風呂?』
「匂う」以来のドラゴンからの初めての言葉。どうやら彼はとても寡黙なようだ。ちなみに僕がそのドラゴンを『彼』と断定したのは頭に響いた声が重低音のイケオジボイスだったから。
「元々体臭はそこまできつくないと思っているんですけど」
『違う』
ドラゴンが一言告げてまた大きな瞳を一回瞬かせた。
「体臭じゃない? だったら何が匂うのかな?」
『同胞の匂い』
それだけ言ってドラゴンはまた黙りこむ。それにしても同胞の匂い? 同胞という事は僕から別のドラゴンの匂いがするって事か? でも、だとしたら心当たりはひとつしかないのだけど。
「もしかして、コレですか?」
僕はいつも首から下げているオロチの龍笛を引っ張り出した。するとドラゴンはその龍笛にまた瞳を瞬かせ、匂いを嗅ぐように顔を寄せてきた。そしてひとしきり匂いを嗅ぐと、じっと僕を凝視する。
ううん、困ったな、ドラゴンさんが寡黙すぎて僕に何を伝えたいのかさっぱり分からない。
『分かるのか?』
「? 何がですか?」
はっきり言って、あなたが何をどうしたいのかは僕にはさっぱり分かりませんが?
『この龍笛は誰のものだ?』
「これは僕の従魔の……いえ、友人から借りているものですよ」
オロチはプライドが高い、同じドラゴン族の仲間に自分が人族の従魔になっているなんて知られたらプライドに傷が付いてしまうかもしれないと思い、僕は咄嗟に言葉を選んだ。
『借りもの……番相手じゃない? いや、それよりも……』
彼はまた僕の顔をじっと凝視して『お前は私の言葉が分かるのか?』と、疑い半分という表情でじっと僕の瞳を覗き込んだ。
「言葉は分かりますよ。僕の名前はタケルです、どうぞ宜しくお願いしますね、火龍さん」
僕の返答に一瞬ドラゴンの眉間に皺が寄り『私は火龍ではない、炎龍だ』と、大きな口を開き牙を剥いた。
おっと、アンジェリカ様が火龍だと言うものだから、何も考えずに断定してしまっていたが違ったようだ、申し訳ない。
「これは失礼しました、炎龍さん。僕はあまりドラゴンの種別に詳しくなくて……」
『龍笛を持っているのにか?』
「これは一次的に預かっているだけですから」
僕の返答にまたしても彼は眉間に皺を寄せる。
『それはそう簡単に貸し借りするようなものではない、その龍笛を持っていいのはその龍笛の持ち主であるドラゴンの番相手、もしくは仕えるべき主人だけだ』
主人か番相手……そうなんだ。だとしたらこの龍笛、本当なら茉莉ちゃんが持ってなきゃいけないものだったんだな。
オロチにも茉莉にも「返せ」なんて言われなかったからそのまま持ってきてしまったけれど、龍笛は本人の角から出来ている希少なものだと聞いたし、これ、本当は僕が持っていていい物ではないのでは? 返そうと思っても今は返すことも出来ないけれど。
僕がしばし考え込んでいると炎龍は瞳を細め『お前は違うのだな』と呟いた。
「違うって、何がですか?」
『その龍笛の番相手ではない、という事だろう?』
「まぁ、それはそうですね。彼には別に番相手がいますから」
炎龍は『そうか』と頷き『ならば良いか』と、またしても僕にぐっと顔を近づけてきた。
『同胞の匂いがするので既に手付きかと思っていたのだが、それならば僥倖』
「何がですか?」
『お前、私の番になれ』
「…………は?」
僕は何を言われたのか分からなくて、ぽかんと間抜け面を晒してしまう。
『うむ、なに、この辺に強力な魔力を感じて立ち寄ってみたのは良いのだが、どいつが放つ魔力なのかよく分からんくてなぁ、ここはどうやら上質な魔力を纏う者が多く暮らしているようだ。お前は私の言葉を理解するようであるし、魔力量も申し分ない、だから番になれ』
「お断りします」
『何故だ!?』
このドラゴン、寡黙だと思っていたのに言葉が通じると分かった途端によく喋る。しかも僕の意見はまるっと無視の命令口調のプロポーズなんて受ける訳がないだろう、常識的に考えて。
「いや、そもそもなんでそんな無条件に受け入れられると思うんですか? ご自分の番相手でしょう? ノリで決めるんじゃなく、もう少し真剣に探した方がよくないですか?」
オロチも茉莉を番にする時、ノリと勢いで承諾していたのだけれどドラゴンの番ってのはこんなに簡単に決定されるものなのか? 魔力が多ければ誰でもいいのか? そこに愛を求める事は野生動物の感覚としてはおかしいのかもしれないけれど、僕はちょっとその感覚には付いていけないから求婚に関してはお断りしたい。
『別にお前に不都合など何もないだろう? ドラゴンの番なんて滅多になれるものではないぞ?』
「僕、恋人いるんで、お断りします」
僕の返答に炎龍は顔を上げ、傍らで僕と炎龍のやり取りを見守っていたペリトスさんを睨みつけると『こいつか?』と唸る。
「違います」
『だったらどいつだ? 元々そのつもりであったし、戦う準備はできている』
「は?」
僕はまたしても意味が分からなくてドラゴンの大きな顔を見やる。
『お前から同胞の匂いがしていたのでな、元々戦って奪うつもりで待ち構えていたのだ。だが、いつまで待ってもやって来ぬものだからおかしいとは思っていた』
まさかの! この炎龍が呑気に何日も聖樹で寛いでいたのは、オロチが現れるのを待ち構えていたという事か!
「そもそも何で僕なんですか!? ここには他にも魔力量豊富で綺麗なエルフがたくさん居るじゃないですか!」
『まぁ、そうなのだが、あいつ等は私の言葉を理解しないからな。面倒くさい。それにどのみち……』
ドラゴンの声が小さく呟く。それは僕に話しかけた言葉ではなく、思わず零れた彼の呟きだったのだろう。
『同胞以外から選ぶ番相手など贄と同じだ』って、それは番相手は自分にとって生涯を共にするパートナーではないと言っているのと同じだ。それどころか対等の関係だとすら思っていない。失礼にも程がある。
けれどドラゴンの卵の攻撃性を考えるに、それは無くはない話だ。
茉莉は生まれたドラゴンの卵に触れて聖魔法と魔力をごっそり奪われたと言っていた、そして僕も火魔法と魔力をごっそりと奪われたのだ。
ドラゴンの卵というのは元来そういうもので、そうやって幼ドラゴンは卵の中で成長していくのだ。
オロチは授かった卵が親の命を奪うほど魔力を奪い取る事はないと言っていたけれど、あんな感じでは卵の抱卵によって番相手が死ぬ事だって無くはない話なのだろう。でもだからと言って番相手の生き死にをまるで些事にすぎない事だと考えるのは間違っている。
ドラゴンの番相手の選出には愛もなければ情もない。それを僕はしみじみと思い知ってしまった。
そして言うに事欠いて『面倒くさい』って……それで手近に居た意思疎通できる相手に対してプロポーズとか、このドラゴン、婚活を舐めくさっている。
「僕はあなたの番相手にはなりません。まるっと全部お断りです」
「ほお、私の求婚を断ると? それがどういう事か分かって言っているのだろうな?」
巨体のドラゴンがまるで己の大きさを誇示するが如く胸を張る。それは断れば自分は何をするか分からないぞ、という脅しのつもりなのだろう。
だけど、僕はそんなドラゴンの脅しに屈するつもりは毛頭ない。
「脅せば誰もかれもが言う事を聞くとは思わないでください。確かにあなたが暴れればこのエルフの里は一瞬で消えてなくなってしまうかもしれない、けれどこの地でそんな事をすれば聖樹だって無傷では済みませんよ。ドラゴン族にとって聖樹というのは繁殖に欠かせないモノなのでしょう? そんな事をすればあなたが同族の皆さんの怒りをかうんじゃないですか?」
「は! 私がそんな間抜けな事をするものか、私はこの場でお前を一口で食ってしまう事もできるのだぞ」
まぁ、確かにこの巨体の前では僕なんて小さな羽虫みたいなものだろうし丸呑みだってできるだろう。
僕はドラゴンににこりと笑みを向けた。
「ドラゴンの鱗ってとっても硬いのだそうですね、それこそ武具に誂えると良い値が付くと聞いています。血や体液にも色々な薬効があって高値で取引されるとか」
「ああ!? お前、何が言いたい!」
「だけど、僕知ってるんですよ、ドラゴンの鱗は硬くても身体の中はとても柔らかい、攻撃するなら腹の中からが効果的」
この知識はオロチを従魔にする事であちらこちらから入ってきた情報だ。僕の暮らしていた時代ではドラゴンはずいぶん数を減らしている。それこそ古老のドラゴンが案じるほどに同族は少なくなっているのだ。
ドラゴンはとても強い、けれど狩れない訳じゃない。そうやって狩られたからこそ数を減らしているのだ。
ドラゴンは災厄で脅威だけれど、絶対的な支配者ではない。
「何なら僕のこと食べてみますか? これでいて僕、結構強いですよ」
ローブの内ポケットから杖を取り出し、構え、僕が挑発的に笑みを浮かべると炎龍は無言でこちらを睨み付けてきた。
まぁ、そうは言ってもこれははったり以外の何物でもないのだけど。ドラゴンを従魔にしている僕だけど、あいにく僕はドラゴンと事を構えた事は一度もない。
けれどオロチを従魔にする事で得たドラゴンの知識は他の人より多いのだ、この知識は得難いものだ。
『お前、龍殺しなのか? まさかその龍笛も……』
龍を殺す者か、なんか格好いいな、その二つ名。だけど僕はそんな物騒な二つ名いりません。
「違いますよ」
僕は静かに首を横に振る。
「だけど、あなたが是が非にでも僕を脅して言う事をきかせようというのなら、そうなる事もやぶさかではありません」
『…………』
「僕はドラゴン族の方と会話ができます。これはドラゴン族の皆さんと対等に対話ができる特別な力で、僕はその力をドラゴン族の皆さんと他種族の皆さんとの橋渡しに使えたらとずっと考えてきました。けれどあなたが対話を拒み一方的な要求だけを突き付けてくるのなら、僕は……」
『……は』
炎龍の大きな口が開いて吐息が僕の頬を撫でる、続いて響く血の底から響くような大きな声はまるで巨大なスピーカーを前にして音が空気を震わせるような振動を伴って耳に響く。
これは龍の咆哮かと僕は身構えたのだけれど、声は鼓膜に響くだけで衝撃はいつまで待ってもやって来ない。
『わーはっはっは! お前、面白い奴だな! 気に入った、気に入ったぞ!』
「ちょ、うるさい!」
上機嫌なドラゴンの声量は辺りの空気すら振動させている。僕は鼓膜が破けないように耳を抑えるのだが、それくらいではこの声はどうにもならない。
『改めて乞う、お前、私の番になれ!』
「だ・か・ら! それはお断りだって言ったでしょう!? ってか、本当にうるさい!」
炎龍は僕の言葉なんてまるっと無視でまだバカ笑いを続けている。最初は威厳のある寡黙で落ち着いた雰囲気のドラゴンだと思ってたのに騙された! この好戦的で聞き分けの悪いドラゴンどうしてくれよう。
ついでに炎龍のバカ笑いにエルフの皆さんが脅えているのが見てとれる。
「捕縛!」
僕の詠唱と共に現れた光の輪が炎龍の鼻っ面を覆い、光の輪が収縮していく。それと同時に光の輪は炎龍の口を閉じ、抑え込んだ。
『む、むぐぐっ』
「僕達にはまずは対話が必要なようですね、炎龍さん?」
にっこり。
完全に口を塞がれた炎龍はもがいて暴れているけれど、ちゃんと話を聞いてくれるまで、それは外してあげないよ。
ドラゴンがやって来てもエルフ達の生活は変わらない。エルフにとってドラゴンというのは聖樹に付随するモノで恐れる対象ではないらしい。
恐れもしないが敬いもしない、彼等の関係はとてもフラットだ。あれほど「ドラゴンは災厄だ」とルーファウスは言っていたのに、エルフの日常にドラゴンは溶け込んでいる。それは何だか不思議な光景のように僕には見えた。
「こちらから手を出さなければドラゴンは何もしてこない」と彼等は僕に教えてくれた。
「それにしても今回のドラゴンは番を連れていないな」
「番?」
聖樹を見上げるようにしてペリトスさんは頷いた。
基本的にドラゴンが聖樹にやって来るのは卵を儲けるためである事がほとんどで、こんな風に何もせずドラゴンが聖樹に居座っているのは珍しいと彼は言った。
「ドラゴンの卵ってどうやって生まれるんですか?」
「さてな、それは俺達にも分からない。番でやって来たドラゴンは気付けば卵を抱いている。卵を受け取ったドラゴンは卵を護るためか気性が荒くなるから俺達はただ見守るだけだ」
気性が荒くなる、か……オロチがそんな事にならなかったのは周りと意思の疎通がはかれていたから、なのかな。
自然界では生まれたての卵なんて一番無防備な状態だ、ドラゴンの卵は触れた者の魔力を奪うという攻撃性も発揮していたけれど、それでも親心としては誰にも触れさせたくないものだろうしな。
「そういえば僕、ひとつ疑問を抱えているんですけど、ドラゴンの番って同じドラゴンじゃなくてもいいんですか?」
「ふむ、タケルは何故それを疑問に思う?」
「僕の従魔のドラゴンが聖女様との間に卵を儲けたので、一体どういう事なのか分からなくて」
僕の答えにペリトスさんは「人族がドラゴンに選ばれる事もあるのか」と、少し驚いたような様子で、それでも「なくはない話だ」と頷いた。
ペリトスさん曰く、ドラゴンの番というのは同じドラゴン族でなくてはいけないという決まりはないらしい。ドラゴンが自分の番であると定めれば、その相手がどの種族であろうとも番にはできる。
ただ番相手に一貫して共通しているのが『高濃度の魔力を多く保持している者』という事だけ。かつてはエルフの女王が選ばれた事もあるとペリトスさんは僕に教えてくれた。
「エルフの里が聖樹と共にあるのも、それが理由のひとつだ。この里を成立させたのが先祖であるその女王とドラゴンだと言われているからな」
まるでお伽噺のような話なのだが、長命なエルフは歴史をより長く記録しているとルーファウスは言っていた、実際にそんな事があったとしても不思議ではない。
里にやって来たドラゴンは相変らず聖樹の上で大きなあくびをして、枝の上で器用に丸くなって昼寝をしている。少し話をしてみたいと思わなくもないのだけど、エルフ達はドラゴンには関わらないというスタンスのようなので、何となく声をかけに行きづらい。
そんな事を考えながら聖樹を見上げていたら、昼寝をしていると思っていたドラゴンとばちりと視線が合った。
ドラゴンは片目だけを窺うように僕の方へと向けてまるで何かを探ってでもいるようだ。
僕は思い切ってドラゴンに手を振ってみた、するとドラゴンは少し驚いたように両目を開き、その後しばらく考え込むような様子を見せてからふわりと聖樹から降りてきた。
「な、タケル! ドラゴンが降りてきたぞ!?」
「そうですね、でもたぶん大丈夫ですよ」
逃げ腰のペリトスさんに構わず僕は目の前に降りてきたドラゴンに「こんにちは」と声をかけた。
ドラゴンからの返事はない。代わりに大きな目が一回瞬きをした。
僕の目の前に降りてきたドラゴンは何も言わずに僕の前に顔を突き出して何やらまた僕の匂いを嗅いでいる。一体これは何なのだろうな?
「あの、僕、何か匂いますか?」
『…………』
やはりドラゴンからの返事はない。けれど真っ赤な鱗のドラゴンは執拗に僕の匂いを嗅いでくる。
「毎日風呂には入っているんだけどなぁ……」
『風呂?』
「匂う」以来のドラゴンからの初めての言葉。どうやら彼はとても寡黙なようだ。ちなみに僕がそのドラゴンを『彼』と断定したのは頭に響いた声が重低音のイケオジボイスだったから。
「元々体臭はそこまできつくないと思っているんですけど」
『違う』
ドラゴンが一言告げてまた大きな瞳を一回瞬かせた。
「体臭じゃない? だったら何が匂うのかな?」
『同胞の匂い』
それだけ言ってドラゴンはまた黙りこむ。それにしても同胞の匂い? 同胞という事は僕から別のドラゴンの匂いがするって事か? でも、だとしたら心当たりはひとつしかないのだけど。
「もしかして、コレですか?」
僕はいつも首から下げているオロチの龍笛を引っ張り出した。するとドラゴンはその龍笛にまた瞳を瞬かせ、匂いを嗅ぐように顔を寄せてきた。そしてひとしきり匂いを嗅ぐと、じっと僕を凝視する。
ううん、困ったな、ドラゴンさんが寡黙すぎて僕に何を伝えたいのかさっぱり分からない。
『分かるのか?』
「? 何がですか?」
はっきり言って、あなたが何をどうしたいのかは僕にはさっぱり分かりませんが?
『この龍笛は誰のものだ?』
「これは僕の従魔の……いえ、友人から借りているものですよ」
オロチはプライドが高い、同じドラゴン族の仲間に自分が人族の従魔になっているなんて知られたらプライドに傷が付いてしまうかもしれないと思い、僕は咄嗟に言葉を選んだ。
『借りもの……番相手じゃない? いや、それよりも……』
彼はまた僕の顔をじっと凝視して『お前は私の言葉が分かるのか?』と、疑い半分という表情でじっと僕の瞳を覗き込んだ。
「言葉は分かりますよ。僕の名前はタケルです、どうぞ宜しくお願いしますね、火龍さん」
僕の返答に一瞬ドラゴンの眉間に皺が寄り『私は火龍ではない、炎龍だ』と、大きな口を開き牙を剥いた。
おっと、アンジェリカ様が火龍だと言うものだから、何も考えずに断定してしまっていたが違ったようだ、申し訳ない。
「これは失礼しました、炎龍さん。僕はあまりドラゴンの種別に詳しくなくて……」
『龍笛を持っているのにか?』
「これは一次的に預かっているだけですから」
僕の返答にまたしても彼は眉間に皺を寄せる。
『それはそう簡単に貸し借りするようなものではない、その龍笛を持っていいのはその龍笛の持ち主であるドラゴンの番相手、もしくは仕えるべき主人だけだ』
主人か番相手……そうなんだ。だとしたらこの龍笛、本当なら茉莉ちゃんが持ってなきゃいけないものだったんだな。
オロチにも茉莉にも「返せ」なんて言われなかったからそのまま持ってきてしまったけれど、龍笛は本人の角から出来ている希少なものだと聞いたし、これ、本当は僕が持っていていい物ではないのでは? 返そうと思っても今は返すことも出来ないけれど。
僕がしばし考え込んでいると炎龍は瞳を細め『お前は違うのだな』と呟いた。
「違うって、何がですか?」
『その龍笛の番相手ではない、という事だろう?』
「まぁ、それはそうですね。彼には別に番相手がいますから」
炎龍は『そうか』と頷き『ならば良いか』と、またしても僕にぐっと顔を近づけてきた。
『同胞の匂いがするので既に手付きかと思っていたのだが、それならば僥倖』
「何がですか?」
『お前、私の番になれ』
「…………は?」
僕は何を言われたのか分からなくて、ぽかんと間抜け面を晒してしまう。
『うむ、なに、この辺に強力な魔力を感じて立ち寄ってみたのは良いのだが、どいつが放つ魔力なのかよく分からんくてなぁ、ここはどうやら上質な魔力を纏う者が多く暮らしているようだ。お前は私の言葉を理解するようであるし、魔力量も申し分ない、だから番になれ』
「お断りします」
『何故だ!?』
このドラゴン、寡黙だと思っていたのに言葉が通じると分かった途端によく喋る。しかも僕の意見はまるっと無視の命令口調のプロポーズなんて受ける訳がないだろう、常識的に考えて。
「いや、そもそもなんでそんな無条件に受け入れられると思うんですか? ご自分の番相手でしょう? ノリで決めるんじゃなく、もう少し真剣に探した方がよくないですか?」
オロチも茉莉を番にする時、ノリと勢いで承諾していたのだけれどドラゴンの番ってのはこんなに簡単に決定されるものなのか? 魔力が多ければ誰でもいいのか? そこに愛を求める事は野生動物の感覚としてはおかしいのかもしれないけれど、僕はちょっとその感覚には付いていけないから求婚に関してはお断りしたい。
『別にお前に不都合など何もないだろう? ドラゴンの番なんて滅多になれるものではないぞ?』
「僕、恋人いるんで、お断りします」
僕の返答に炎龍は顔を上げ、傍らで僕と炎龍のやり取りを見守っていたペリトスさんを睨みつけると『こいつか?』と唸る。
「違います」
『だったらどいつだ? 元々そのつもりであったし、戦う準備はできている』
「は?」
僕はまたしても意味が分からなくてドラゴンの大きな顔を見やる。
『お前から同胞の匂いがしていたのでな、元々戦って奪うつもりで待ち構えていたのだ。だが、いつまで待ってもやって来ぬものだからおかしいとは思っていた』
まさかの! この炎龍が呑気に何日も聖樹で寛いでいたのは、オロチが現れるのを待ち構えていたという事か!
「そもそも何で僕なんですか!? ここには他にも魔力量豊富で綺麗なエルフがたくさん居るじゃないですか!」
『まぁ、そうなのだが、あいつ等は私の言葉を理解しないからな。面倒くさい。それにどのみち……』
ドラゴンの声が小さく呟く。それは僕に話しかけた言葉ではなく、思わず零れた彼の呟きだったのだろう。
『同胞以外から選ぶ番相手など贄と同じだ』って、それは番相手は自分にとって生涯を共にするパートナーではないと言っているのと同じだ。それどころか対等の関係だとすら思っていない。失礼にも程がある。
けれどドラゴンの卵の攻撃性を考えるに、それは無くはない話だ。
茉莉は生まれたドラゴンの卵に触れて聖魔法と魔力をごっそり奪われたと言っていた、そして僕も火魔法と魔力をごっそりと奪われたのだ。
ドラゴンの卵というのは元来そういうもので、そうやって幼ドラゴンは卵の中で成長していくのだ。
オロチは授かった卵が親の命を奪うほど魔力を奪い取る事はないと言っていたけれど、あんな感じでは卵の抱卵によって番相手が死ぬ事だって無くはない話なのだろう。でもだからと言って番相手の生き死にをまるで些事にすぎない事だと考えるのは間違っている。
ドラゴンの番相手の選出には愛もなければ情もない。それを僕はしみじみと思い知ってしまった。
そして言うに事欠いて『面倒くさい』って……それで手近に居た意思疎通できる相手に対してプロポーズとか、このドラゴン、婚活を舐めくさっている。
「僕はあなたの番相手にはなりません。まるっと全部お断りです」
「ほお、私の求婚を断ると? それがどういう事か分かって言っているのだろうな?」
巨体のドラゴンがまるで己の大きさを誇示するが如く胸を張る。それは断れば自分は何をするか分からないぞ、という脅しのつもりなのだろう。
だけど、僕はそんなドラゴンの脅しに屈するつもりは毛頭ない。
「脅せば誰もかれもが言う事を聞くとは思わないでください。確かにあなたが暴れればこのエルフの里は一瞬で消えてなくなってしまうかもしれない、けれどこの地でそんな事をすれば聖樹だって無傷では済みませんよ。ドラゴン族にとって聖樹というのは繁殖に欠かせないモノなのでしょう? そんな事をすればあなたが同族の皆さんの怒りをかうんじゃないですか?」
「は! 私がそんな間抜けな事をするものか、私はこの場でお前を一口で食ってしまう事もできるのだぞ」
まぁ、確かにこの巨体の前では僕なんて小さな羽虫みたいなものだろうし丸呑みだってできるだろう。
僕はドラゴンににこりと笑みを向けた。
「ドラゴンの鱗ってとっても硬いのだそうですね、それこそ武具に誂えると良い値が付くと聞いています。血や体液にも色々な薬効があって高値で取引されるとか」
「ああ!? お前、何が言いたい!」
「だけど、僕知ってるんですよ、ドラゴンの鱗は硬くても身体の中はとても柔らかい、攻撃するなら腹の中からが効果的」
この知識はオロチを従魔にする事であちらこちらから入ってきた情報だ。僕の暮らしていた時代ではドラゴンはずいぶん数を減らしている。それこそ古老のドラゴンが案じるほどに同族は少なくなっているのだ。
ドラゴンはとても強い、けれど狩れない訳じゃない。そうやって狩られたからこそ数を減らしているのだ。
ドラゴンは災厄で脅威だけれど、絶対的な支配者ではない。
「何なら僕のこと食べてみますか? これでいて僕、結構強いですよ」
ローブの内ポケットから杖を取り出し、構え、僕が挑発的に笑みを浮かべると炎龍は無言でこちらを睨み付けてきた。
まぁ、そうは言ってもこれははったり以外の何物でもないのだけど。ドラゴンを従魔にしている僕だけど、あいにく僕はドラゴンと事を構えた事は一度もない。
けれどオロチを従魔にする事で得たドラゴンの知識は他の人より多いのだ、この知識は得難いものだ。
『お前、龍殺しなのか? まさかその龍笛も……』
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「違いますよ」
僕は静かに首を横に振る。
「だけど、あなたが是が非にでも僕を脅して言う事をきかせようというのなら、そうなる事もやぶさかではありません」
『…………』
「僕はドラゴン族の方と会話ができます。これはドラゴン族の皆さんと対等に対話ができる特別な力で、僕はその力をドラゴン族の皆さんと他種族の皆さんとの橋渡しに使えたらとずっと考えてきました。けれどあなたが対話を拒み一方的な要求だけを突き付けてくるのなら、僕は……」
『……は』
炎龍の大きな口が開いて吐息が僕の頬を撫でる、続いて響く血の底から響くような大きな声はまるで巨大なスピーカーを前にして音が空気を震わせるような振動を伴って耳に響く。
これは龍の咆哮かと僕は身構えたのだけれど、声は鼓膜に響くだけで衝撃はいつまで待ってもやって来ない。
『わーはっはっは! お前、面白い奴だな! 気に入った、気に入ったぞ!』
「ちょ、うるさい!」
上機嫌なドラゴンの声量は辺りの空気すら振動させている。僕は鼓膜が破けないように耳を抑えるのだが、それくらいではこの声はどうにもならない。
『改めて乞う、お前、私の番になれ!』
「だ・か・ら! それはお断りだって言ったでしょう!? ってか、本当にうるさい!」
炎龍は僕の言葉なんてまるっと無視でまだバカ笑いを続けている。最初は威厳のある寡黙で落ち着いた雰囲気のドラゴンだと思ってたのに騙された! この好戦的で聞き分けの悪いドラゴンどうしてくれよう。
ついでに炎龍のバカ笑いにエルフの皆さんが脅えているのが見てとれる。
「捕縛!」
僕の詠唱と共に現れた光の輪が炎龍の鼻っ面を覆い、光の輪が収縮していく。それと同時に光の輪は炎龍の口を閉じ、抑え込んだ。
『む、むぐぐっ』
「僕達にはまずは対話が必要なようですね、炎龍さん?」
にっこり。
完全に口を塞がれた炎龍はもがいて暴れているけれど、ちゃんと話を聞いてくれるまで、それは外してあげないよ。
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自己評価が低すぎる無自覚チート美少年、爆誕!!!
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というようなものを書こうと思っています。
初めて書くので誤字脱字はもちろんのこと、文章構成ミスや設定崩壊など、至らぬ点がありすぎると思いますがその都度指摘していただけると幸いです。
暇なときにちょっと書く程度の不定期更新となりますので、更新速度は物凄く遅いと思います。予めご了承ください。
なんの予告もなしに突然連載休止になってしまうかもしれません。
この物語はBL作品となっておりますので、そういうことが苦手な方は本作はおすすめいたしません。
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