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第六章
ペリトスの生い立ち
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僕がこのエルフの里に滞在をし始めて一ヵ月はあっという間だった。
聖樹や精霊の加護を持っていないはずのペリトスさんが幾つかの魔術を習得した事に里では激震が走ったらしい。
一体どういう事だと里の者達に詰め寄られて、僕はこの里における「精霊の加護を持っている=魔法が使える」という認識が間違いである事を説明した。
あくまでも魔法は適正を持っているか否かで使えるか使えないかの判断をするのであって精霊が見えるからと言って魔術適性が高い訳ではないのだ。
「だとしたらその適正というのは一体どうしたら分かるのだ!?」
「どう、と言われましても、僕は教会で鑑定してもらってスキルを持っている事を確認しましたけど、ここにそういうものは……」
「ある訳がないだろう! 何だそれは!」
ですよねぇ~何だそれはと言われても僕にも分かりません。
教会にあった鑑定用の水晶、アレがどういう仕組みで人々のスキルや称号を把握しているのかなんて僕にだって分からないのだ、説明しようがない。
本当は僕が一人一人鑑定してあげれば一発で魔法適性なんて分かるのだけど、僕は自分の能力を他言する事をルーファウスに禁じられているし、何となく言わない方がいい気がして「それでは皆さん一緒にやってみましょうか」と、にこりと作り笑いを浮かべた。
魔術に興味関心のある者は僕の言葉に頷いて、僕が教える通りに一通りの四属性魔法の詠唱をすると、適性のある者達は次々とその能力を開花していった。
元々エルフというのは魔力量が多く魔術への適性が高いと言われている種族なのだ、まぁ、ある意味当然の結果だった。
「タケルは本当に凄い奴だな」
毎日何かしらの新しい知識を披露する僕に呆れたように呟くペリトスさん、だけど僕は別に凄くない。今僕が周りに披露している知識は全てルーファウスに教わったり、本で読んだ知識でしかないのだ、どれもこれも受け売りでこれは自分の能力ではない。
その日も自宅で魔導書片手に魔道具に陣を組み込む方法を二人で試行錯誤していた僕達。道具を作るのはペリトスさん、僕はその道具に見合った魔法陣を魔導書から見付けだし、それを道具に組み込む作業だ。
「凄いのは僕じゃなくてペリトスさんでしょう?」
「は? 何を突然言い出した? タケルは俺の一体何が凄いって言うんだ?」
「ペリトスさん『鑑定スキル』持ってますよね?」
瞬間ペリトスさんはぎくりと身を震わせる。やっぱりだ。
そのうち聞こうと思って聞きそびれていたその問いかけ。ここエルフの里には鑑定水晶がないと里の者達は言った。僕が魔力量を数値で言い表すのは僕が居た時代では教会でその数値を教えて貰う事ができたからだ。けれどこの里には鑑定水晶がない。
魔力量の多い少ないは魔術を発動してみて何となく感覚で掴んでいるだけで、恐らく個人ではその数値を把握していない。その証拠に今までこの里で魔力量を数値で言い表したのはペリトスさん一人だけだ。
彼に魔術を幾つか教えて確信している、彼は魔力の扱いが繊細でとても効率的だ、最初こそ魔力切れで倒れる事が度々あったが今は加減する事もできるようになっている。
それは僕が注意を促すまでもなく彼が自分で会得していた裁量だった。彼はどの魔術を使うとどの程度の魔力を消費するのか完全に把握しているように僕には見えた。
「ふ……それが分かるっていう事は、タケルも持ってるんだろう?」
「まぁ、そうですね」
溜息を吐くようにしてペリトスさんは自身の片目を掌で覆う。
「俺のこれは情報量は多くないんだ。スキルレベルを上げれば見える情報量も増えるらしいんだがレベルの上げ方が俺には分からない。この里では俺は完全に忌み子扱いだったってのに、里の外でこれは『鑑定眼』なんて呼ばれて重宝に使われている事を知った時には驚いたもんだ。この目はな、この里では『魔眼』って呼ばれるんだぞ、気味の悪い呪われた目、ってな」
ハーフエルフはこの里では歓迎されない、それに加えての『魔眼』か、ペリトスさんのこの里での立ち位置が微妙な理由が更に分かったような気がする。
だからこそ彼はこの里を出たいと考えるのだろう、確かにこの里では彼は生きづらそうだと僕も思う。
フレデリカ様はそんな事は気にせずにこの里で穏やかに暮らしてくれればと考えているようだったけれど、本人の気持ちは本人にしか分からないよな。
「なんで気味が悪いなんて言うんでしょうね? 鑑定スキルって使い方によっては滅茶苦茶便利なのに。例えば薬草の採取とか」
「お前、この目をそんな使い方してんのか?」
「しないんですか? お目当ての薬草がすぐに見つかってとっても便利ですよ」
「俺がそんな使い方したら魔力切れですぐにぶっ倒れるわ」
あ~そうなんだ。一応鑑定スキルの発動も多少なりと魔力消費してるのか。僕自身鑑定スキルをそこまで多用していない上に、たぶんスキルレベル的には最初からMAXだったから気付かなかったよ。
ペリトスさんは少し呆れ顔で苦笑する。
「もっと早くにお前に出会っていれば、俺のこれまでの人生はもっと楽しかっただろうになぁ」
なんだか何もかもを諦めたようなその発言、そしてその感情には少しだけ覚えがある。
「ペリトスさんの人生はまだまだ長いんでしょう? これからですよ」
「エルフと言ってもハーフエルフだ、俺の寿命なんていつ尽きても不思議じゃない。女王様は俺より幾つか年上だが、俺の方が年上に見えるだろう? エルフは歳を取らないなんてよく言われるが、それは人間基準でそう見えるだけで確実に歳は取るし老いていく。最近は俺自身自分の老いを自覚している」
確かにペリトスさんの見た目は老けている。最初に出会った時は顔中髭だらけで年齢不詳だなと思ったけれど、身なりを整えてみても彼は転生前の僕と同年代の見た目のおじさんだった。弟であるアルバートと並ぶとまるで親子のように見えてしまうくらいペリトスさんの加齢は顕著だ。
エルフの年齢は見た目では全く分からない、ただのエルフとハイエルフの間でも寿命の差はあると聞いている、ましてやハーフエルフでは更に寿命は短くなるのだろう。まぁそれでも人間よりは全然長いのだけど。
「人族の僕の寿命とペリトスさんの寿命、一体どちらの寿命の方が長いのでしょうね? 恐らくですけど僕の方が残っている寿命は短いんじゃないですか? だとしたらそういう事を僕に言うのは僕に対して失礼です」
「え?」
「僕の人生はまだまだこれからなのに『もう終わり』みたいに言うの止めてください。ペリトスさんの持ち時間は僕より長い、だったらペリトスさんの人生もまだまだこれからです!」
この世界に来る前、人生の後半戦に差し掛かっていた僕は色々な事を諦めて生きていた。今目の前にいるペリトスさんはその頃の僕によく似ている。
僕はこの世界に来て若返り、人生をやり直しさせてもらっている最中だ。それはとても幸運な出来事だった。
ペリトスさんは若返りこそしていないけれど、人生が好転しそうな好機が目の前に転がっているのならそれを掴まないのは損だと思う。なにせ彼の人生はきっと僕より長いのだから。
僕は新しい人生でたくさんの経験を積み人生を謳歌している、だったら彼だってこれからの人生を幾らでも謳歌できるはずだ。
「子供に説教されちまった……」
「ペリトスさんが後ろ向きな事ばっかり言うからです! それに僕は……」
『子供じゃない』と言いかけて、どちらにしてもペリトスさんよりは遥かに年下だったなと思い直す。ついでにルーファウスに『40なんてまだまだ子供』と言われた事も思い出した。
そんなルーファウスだって精神年齢子供なくせに!
「僕は、なんだ?」
「なんでもないです」
僕は何も言わずに首を横に振る。
何故だかこういう時思い出すのはルーファウスを筆頭にこの世界にやって来てから知り合った人達ばかりだ。
思えば転生前の世界では僕の人間関係はとても希薄だったのだと思う。家族に向き合い生きてきた人生を否定する訳ではないけれど、親友と呼べるような友達が一人もいない人生は少し寂しかったと思うのだ。
皆に会いたいな……もう会えないのかなぁ……
レベルをMAXにすれば時を渡る事もできるようになるかもしれないと言われている時空魔法、転移魔法も習得したい僕は時空魔法のスキルレベルを上げようと頑張って練習しているのだけど、この一ヵ月で上がったスキルレベルはたったの1だ。
茉莉は3年間でスキルレベルを6にまで上げているので一ヵ月で1上がったのは妥当、もしくは優秀なくらいではあるのだけれど、先が長くて途方に暮れる。何故僕はもっと早くから時空魔法のスキルを伸ばしておかなかったのか、それが悔やまれてならない。
きっと僕はルーファウスに甘えていたのだろうな、ルーファウスは僕より上手に転移魔法を使えるのだから別に僕が焦って覚える必要もないか、と習得を後回しにした結果が今だ。後悔しても遅すぎる。
「おおい、タケル! いるかぁ!」
少し感傷的な気持ちになったところで家の外から声がかかり僕は顔を上げる。この声は、もう言わずもがななアンジェリカ様だ。相変わらず元気な人だな。
「はいはい、いますよ、何ですか?」
僕が窓から外へ顔を出すとそこに居たのはもちろん予想通りの人影、そして御付きが二人。御付きの一人はアルバートさん、そしてもう一人は僕がこの里に来た初日にアルバートさんが「牢へ連れて行け」と僕を引き渡した少し体格のがっちりしているエルフの青年、名前はセルジュ。
どこかで聞き覚えのある名前だなと思ったら、あの人ですよ、ルーファウスの実家でアルバートの執事だと紹介された人! ルーファウスが実はこの人が自分の本当の父親なんじゃないかと疑うくらいルーファウスの面倒を見て育ててくれた執事さん!
アンジェリカ様とアルバートさん、そしてこのセルジュさんは年が近く一緒につるむ事が多いらしい。言ってしまえばペリトスさんとフレデリカ様と同じく幼馴染の関係なのだとか。まぁ、エルフの年が近いは2・3年差とかの可愛いものではなく2・30年差なのはお約束ような感じだけれど。
ちなみに一番の年長がアンジェリカ様、次がアルバートさんで一番下がセルジュさん。「二人のオムツは私が変えた!」と豪語するアンジェリカ様は三人の中では完全なる姉御で、二人はアンジェリカ様に頭が上がらないらしい。
現在アルバートさんとセルジュさんの二人は同年代の友人のように見えている、けれどルーファウスの家で見たセルジュさんは明らかにアルバートさんより年を重ねているように僕には見えた。これがエルフとハイエルフの差なのかと、改めて認識した瞬間だった。
「一緒に里の外に狩りに行かないか? 覚えた魔術を試したいんだ」
口火を切るのはいつでもアンジェリカ様、御付きの二人はアンジェリカ様の後ろで『来るよな?』と無言の圧力を僕にかけてくる。
別に一緒に行くのは構わないけれど、一応僕は里の外へ出る事をフレデリカ様に禁じられているのだけどな。
「許可は下りているんですか?」
「ああ、勿論」
「分かりました」
フレデリカ様の許可が下りているという事はこの誘いはアンジェリカ様の命に従えというのと同義だ。何せ彼女は時期女王様候補とも言われている人で、この里での地位が高い。ついでにアルバートも時期王配となる事が決定しているこちらも里内では位が高い人物、逆らったからと言って何があるという訳でもないけれど、立場が上な人との人間関係は円滑な方が良いに決まっている。
エルフの里の人口は決して多くない、上だ下だと言っても結局は皆気安い仲ではあるのだけれど、こういう場所だからこそ村八分は骨身に染みるのだ。
ペリトスさんが良い例である。
僕がこの里にやって来て、彼の家に転がり込んで最初のうちはやはり周りからは好奇の目で見られる事が多かった、けれど最近ではこうやって若者を中心に僕の下へ里の者達が集まってくるので、ペリトスさんへの里の者のあたりも柔らかくなってきている、とペリトスさんは言っていた。
ちなみにペリトスさんの父親は人間なのでとうの昔に亡くなっているのだけれど母親は未だ存命だ。そんな母親のペリトスさんへの対応は実は里の者達とあまり変わらない。
実の息子が可愛くないのか? と思わなくもないのだけれどペリトスさん曰く「あの人にとって俺を生んだ事は黒歴史だから」という事らしい。
それでも父親が存命中は親子三人でそこそこ仲良く暮らしていたらしいのだけど、彼の父親が亡くなると同時に彼女は「ようやくお役目が終わった」とペリトスさんの元を去って行ったのだと彼は言った。
その時にはペリトスさんの年齢は40歳を超えていたそうなので生活に問題はなかったらしいのだが、その出来事は衝撃的だったと彼は語る。
母親は当時の里の女王に侵入者であった人間の『監視役』兼『接待役』として付けられていた女王の側近であったのだとその時初めて聞かされたペリトスさんは相当なショックを受けたと聞いた。それはそうだろう。
それでも二人の間に子を成した程度に仲睦まじい二人だと思われていたのだが、母親は「人族との間に子を成したら、どんな子供が生まれるのか興味があった」と当の本人であるペリトスさんに言ってのけたと聞いて僕はエルフの倫理観を疑った。
「興味本位で作ったとはいえ、ここまでの出来損ないができるとは思わなかったんだろうな、その後は下賜された王配の妻の座に収まって今はその人とアルの三人で暮らしている」
何というか言葉が出なかった。彼の母親はあまりにも子に対する情が無さ過ぎる。「まぁ、それでも飢えずに生きていけているのだから問題はない」と彼は言うけれど、それにしてもあんまりだ。
一方でそんな環境で育ったにも関わらずペリトスとアルバートの兄弟仲が決して悪くないのも不思議な話だ。「アルは優しい子だから」と、ペリトスさんは目を細めた。まぁ、アルバートさんが完全にツンデレなのは僕も認める所だよ。
現に今だってアルバートさんは「家に余っていたから」とペリトスさんに差し入れを手渡している。
どうもアルバートさんは兄がきちんと生活をしているのかが気になって仕方がないらしく、毎日一度はペリトスさんの元へ顔を出す。そんな弟がペリトスさんも可愛くて仕方がないようできつい言葉を投げかけられても笑顔で対応している。
兄弟とは言え年の差は1000歳程あるらしいのでペリトスさんにとってアルバートさんは子か孫を見るような気持ちなのかもしれないな。
「タケル、今日は禁域の方へ行くぞ」
「え?」
仲の良い兄弟をほんわかした気持ちで眺めていたら、アンジェリカ様にそんな事を言われて僕は固まる。
いや、ちょっと待って! 禁域って行っちゃダメだから『禁域』なんじゃないのか!? ただでさえ僕はまだ人族からのスパイ疑惑も晴れてないのにそんな場所に連れてっちゃダメだろう!? 行き先はもうちょっとよく考えて!
聖樹や精霊の加護を持っていないはずのペリトスさんが幾つかの魔術を習得した事に里では激震が走ったらしい。
一体どういう事だと里の者達に詰め寄られて、僕はこの里における「精霊の加護を持っている=魔法が使える」という認識が間違いである事を説明した。
あくまでも魔法は適正を持っているか否かで使えるか使えないかの判断をするのであって精霊が見えるからと言って魔術適性が高い訳ではないのだ。
「だとしたらその適正というのは一体どうしたら分かるのだ!?」
「どう、と言われましても、僕は教会で鑑定してもらってスキルを持っている事を確認しましたけど、ここにそういうものは……」
「ある訳がないだろう! 何だそれは!」
ですよねぇ~何だそれはと言われても僕にも分かりません。
教会にあった鑑定用の水晶、アレがどういう仕組みで人々のスキルや称号を把握しているのかなんて僕にだって分からないのだ、説明しようがない。
本当は僕が一人一人鑑定してあげれば一発で魔法適性なんて分かるのだけど、僕は自分の能力を他言する事をルーファウスに禁じられているし、何となく言わない方がいい気がして「それでは皆さん一緒にやってみましょうか」と、にこりと作り笑いを浮かべた。
魔術に興味関心のある者は僕の言葉に頷いて、僕が教える通りに一通りの四属性魔法の詠唱をすると、適性のある者達は次々とその能力を開花していった。
元々エルフというのは魔力量が多く魔術への適性が高いと言われている種族なのだ、まぁ、ある意味当然の結果だった。
「タケルは本当に凄い奴だな」
毎日何かしらの新しい知識を披露する僕に呆れたように呟くペリトスさん、だけど僕は別に凄くない。今僕が周りに披露している知識は全てルーファウスに教わったり、本で読んだ知識でしかないのだ、どれもこれも受け売りでこれは自分の能力ではない。
その日も自宅で魔導書片手に魔道具に陣を組み込む方法を二人で試行錯誤していた僕達。道具を作るのはペリトスさん、僕はその道具に見合った魔法陣を魔導書から見付けだし、それを道具に組み込む作業だ。
「凄いのは僕じゃなくてペリトスさんでしょう?」
「は? 何を突然言い出した? タケルは俺の一体何が凄いって言うんだ?」
「ペリトスさん『鑑定スキル』持ってますよね?」
瞬間ペリトスさんはぎくりと身を震わせる。やっぱりだ。
そのうち聞こうと思って聞きそびれていたその問いかけ。ここエルフの里には鑑定水晶がないと里の者達は言った。僕が魔力量を数値で言い表すのは僕が居た時代では教会でその数値を教えて貰う事ができたからだ。けれどこの里には鑑定水晶がない。
魔力量の多い少ないは魔術を発動してみて何となく感覚で掴んでいるだけで、恐らく個人ではその数値を把握していない。その証拠に今までこの里で魔力量を数値で言い表したのはペリトスさん一人だけだ。
彼に魔術を幾つか教えて確信している、彼は魔力の扱いが繊細でとても効率的だ、最初こそ魔力切れで倒れる事が度々あったが今は加減する事もできるようになっている。
それは僕が注意を促すまでもなく彼が自分で会得していた裁量だった。彼はどの魔術を使うとどの程度の魔力を消費するのか完全に把握しているように僕には見えた。
「ふ……それが分かるっていう事は、タケルも持ってるんだろう?」
「まぁ、そうですね」
溜息を吐くようにしてペリトスさんは自身の片目を掌で覆う。
「俺のこれは情報量は多くないんだ。スキルレベルを上げれば見える情報量も増えるらしいんだがレベルの上げ方が俺には分からない。この里では俺は完全に忌み子扱いだったってのに、里の外でこれは『鑑定眼』なんて呼ばれて重宝に使われている事を知った時には驚いたもんだ。この目はな、この里では『魔眼』って呼ばれるんだぞ、気味の悪い呪われた目、ってな」
ハーフエルフはこの里では歓迎されない、それに加えての『魔眼』か、ペリトスさんのこの里での立ち位置が微妙な理由が更に分かったような気がする。
だからこそ彼はこの里を出たいと考えるのだろう、確かにこの里では彼は生きづらそうだと僕も思う。
フレデリカ様はそんな事は気にせずにこの里で穏やかに暮らしてくれればと考えているようだったけれど、本人の気持ちは本人にしか分からないよな。
「なんで気味が悪いなんて言うんでしょうね? 鑑定スキルって使い方によっては滅茶苦茶便利なのに。例えば薬草の採取とか」
「お前、この目をそんな使い方してんのか?」
「しないんですか? お目当ての薬草がすぐに見つかってとっても便利ですよ」
「俺がそんな使い方したら魔力切れですぐにぶっ倒れるわ」
あ~そうなんだ。一応鑑定スキルの発動も多少なりと魔力消費してるのか。僕自身鑑定スキルをそこまで多用していない上に、たぶんスキルレベル的には最初からMAXだったから気付かなかったよ。
ペリトスさんは少し呆れ顔で苦笑する。
「もっと早くにお前に出会っていれば、俺のこれまでの人生はもっと楽しかっただろうになぁ」
なんだか何もかもを諦めたようなその発言、そしてその感情には少しだけ覚えがある。
「ペリトスさんの人生はまだまだ長いんでしょう? これからですよ」
「エルフと言ってもハーフエルフだ、俺の寿命なんていつ尽きても不思議じゃない。女王様は俺より幾つか年上だが、俺の方が年上に見えるだろう? エルフは歳を取らないなんてよく言われるが、それは人間基準でそう見えるだけで確実に歳は取るし老いていく。最近は俺自身自分の老いを自覚している」
確かにペリトスさんの見た目は老けている。最初に出会った時は顔中髭だらけで年齢不詳だなと思ったけれど、身なりを整えてみても彼は転生前の僕と同年代の見た目のおじさんだった。弟であるアルバートと並ぶとまるで親子のように見えてしまうくらいペリトスさんの加齢は顕著だ。
エルフの年齢は見た目では全く分からない、ただのエルフとハイエルフの間でも寿命の差はあると聞いている、ましてやハーフエルフでは更に寿命は短くなるのだろう。まぁそれでも人間よりは全然長いのだけど。
「人族の僕の寿命とペリトスさんの寿命、一体どちらの寿命の方が長いのでしょうね? 恐らくですけど僕の方が残っている寿命は短いんじゃないですか? だとしたらそういう事を僕に言うのは僕に対して失礼です」
「え?」
「僕の人生はまだまだこれからなのに『もう終わり』みたいに言うの止めてください。ペリトスさんの持ち時間は僕より長い、だったらペリトスさんの人生もまだまだこれからです!」
この世界に来る前、人生の後半戦に差し掛かっていた僕は色々な事を諦めて生きていた。今目の前にいるペリトスさんはその頃の僕によく似ている。
僕はこの世界に来て若返り、人生をやり直しさせてもらっている最中だ。それはとても幸運な出来事だった。
ペリトスさんは若返りこそしていないけれど、人生が好転しそうな好機が目の前に転がっているのならそれを掴まないのは損だと思う。なにせ彼の人生はきっと僕より長いのだから。
僕は新しい人生でたくさんの経験を積み人生を謳歌している、だったら彼だってこれからの人生を幾らでも謳歌できるはずだ。
「子供に説教されちまった……」
「ペリトスさんが後ろ向きな事ばっかり言うからです! それに僕は……」
『子供じゃない』と言いかけて、どちらにしてもペリトスさんよりは遥かに年下だったなと思い直す。ついでにルーファウスに『40なんてまだまだ子供』と言われた事も思い出した。
そんなルーファウスだって精神年齢子供なくせに!
「僕は、なんだ?」
「なんでもないです」
僕は何も言わずに首を横に振る。
何故だかこういう時思い出すのはルーファウスを筆頭にこの世界にやって来てから知り合った人達ばかりだ。
思えば転生前の世界では僕の人間関係はとても希薄だったのだと思う。家族に向き合い生きてきた人生を否定する訳ではないけれど、親友と呼べるような友達が一人もいない人生は少し寂しかったと思うのだ。
皆に会いたいな……もう会えないのかなぁ……
レベルをMAXにすれば時を渡る事もできるようになるかもしれないと言われている時空魔法、転移魔法も習得したい僕は時空魔法のスキルレベルを上げようと頑張って練習しているのだけど、この一ヵ月で上がったスキルレベルはたったの1だ。
茉莉は3年間でスキルレベルを6にまで上げているので一ヵ月で1上がったのは妥当、もしくは優秀なくらいではあるのだけれど、先が長くて途方に暮れる。何故僕はもっと早くから時空魔法のスキルを伸ばしておかなかったのか、それが悔やまれてならない。
きっと僕はルーファウスに甘えていたのだろうな、ルーファウスは僕より上手に転移魔法を使えるのだから別に僕が焦って覚える必要もないか、と習得を後回しにした結果が今だ。後悔しても遅すぎる。
「おおい、タケル! いるかぁ!」
少し感傷的な気持ちになったところで家の外から声がかかり僕は顔を上げる。この声は、もう言わずもがななアンジェリカ様だ。相変わらず元気な人だな。
「はいはい、いますよ、何ですか?」
僕が窓から外へ顔を出すとそこに居たのはもちろん予想通りの人影、そして御付きが二人。御付きの一人はアルバートさん、そしてもう一人は僕がこの里に来た初日にアルバートさんが「牢へ連れて行け」と僕を引き渡した少し体格のがっちりしているエルフの青年、名前はセルジュ。
どこかで聞き覚えのある名前だなと思ったら、あの人ですよ、ルーファウスの実家でアルバートの執事だと紹介された人! ルーファウスが実はこの人が自分の本当の父親なんじゃないかと疑うくらいルーファウスの面倒を見て育ててくれた執事さん!
アンジェリカ様とアルバートさん、そしてこのセルジュさんは年が近く一緒につるむ事が多いらしい。言ってしまえばペリトスさんとフレデリカ様と同じく幼馴染の関係なのだとか。まぁ、エルフの年が近いは2・3年差とかの可愛いものではなく2・30年差なのはお約束ような感じだけれど。
ちなみに一番の年長がアンジェリカ様、次がアルバートさんで一番下がセルジュさん。「二人のオムツは私が変えた!」と豪語するアンジェリカ様は三人の中では完全なる姉御で、二人はアンジェリカ様に頭が上がらないらしい。
現在アルバートさんとセルジュさんの二人は同年代の友人のように見えている、けれどルーファウスの家で見たセルジュさんは明らかにアルバートさんより年を重ねているように僕には見えた。これがエルフとハイエルフの差なのかと、改めて認識した瞬間だった。
「一緒に里の外に狩りに行かないか? 覚えた魔術を試したいんだ」
口火を切るのはいつでもアンジェリカ様、御付きの二人はアンジェリカ様の後ろで『来るよな?』と無言の圧力を僕にかけてくる。
別に一緒に行くのは構わないけれど、一応僕は里の外へ出る事をフレデリカ様に禁じられているのだけどな。
「許可は下りているんですか?」
「ああ、勿論」
「分かりました」
フレデリカ様の許可が下りているという事はこの誘いはアンジェリカ様の命に従えというのと同義だ。何せ彼女は時期女王様候補とも言われている人で、この里での地位が高い。ついでにアルバートも時期王配となる事が決定しているこちらも里内では位が高い人物、逆らったからと言って何があるという訳でもないけれど、立場が上な人との人間関係は円滑な方が良いに決まっている。
エルフの里の人口は決して多くない、上だ下だと言っても結局は皆気安い仲ではあるのだけれど、こういう場所だからこそ村八分は骨身に染みるのだ。
ペリトスさんが良い例である。
僕がこの里にやって来て、彼の家に転がり込んで最初のうちはやはり周りからは好奇の目で見られる事が多かった、けれど最近ではこうやって若者を中心に僕の下へ里の者達が集まってくるので、ペリトスさんへの里の者のあたりも柔らかくなってきている、とペリトスさんは言っていた。
ちなみにペリトスさんの父親は人間なのでとうの昔に亡くなっているのだけれど母親は未だ存命だ。そんな母親のペリトスさんへの対応は実は里の者達とあまり変わらない。
実の息子が可愛くないのか? と思わなくもないのだけれどペリトスさん曰く「あの人にとって俺を生んだ事は黒歴史だから」という事らしい。
それでも父親が存命中は親子三人でそこそこ仲良く暮らしていたらしいのだけど、彼の父親が亡くなると同時に彼女は「ようやくお役目が終わった」とペリトスさんの元を去って行ったのだと彼は言った。
その時にはペリトスさんの年齢は40歳を超えていたそうなので生活に問題はなかったらしいのだが、その出来事は衝撃的だったと彼は語る。
母親は当時の里の女王に侵入者であった人間の『監視役』兼『接待役』として付けられていた女王の側近であったのだとその時初めて聞かされたペリトスさんは相当なショックを受けたと聞いた。それはそうだろう。
それでも二人の間に子を成した程度に仲睦まじい二人だと思われていたのだが、母親は「人族との間に子を成したら、どんな子供が生まれるのか興味があった」と当の本人であるペリトスさんに言ってのけたと聞いて僕はエルフの倫理観を疑った。
「興味本位で作ったとはいえ、ここまでの出来損ないができるとは思わなかったんだろうな、その後は下賜された王配の妻の座に収まって今はその人とアルの三人で暮らしている」
何というか言葉が出なかった。彼の母親はあまりにも子に対する情が無さ過ぎる。「まぁ、それでも飢えずに生きていけているのだから問題はない」と彼は言うけれど、それにしてもあんまりだ。
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現に今だってアルバートさんは「家に余っていたから」とペリトスさんに差し入れを手渡している。
どうもアルバートさんは兄がきちんと生活をしているのかが気になって仕方がないらしく、毎日一度はペリトスさんの元へ顔を出す。そんな弟がペリトスさんも可愛くて仕方がないようできつい言葉を投げかけられても笑顔で対応している。
兄弟とは言え年の差は1000歳程あるらしいのでペリトスさんにとってアルバートさんは子か孫を見るような気持ちなのかもしれないな。
「タケル、今日は禁域の方へ行くぞ」
「え?」
仲の良い兄弟をほんわかした気持ちで眺めていたら、アンジェリカ様にそんな事を言われて僕は固まる。
いや、ちょっと待って! 禁域って行っちゃダメだから『禁域』なんじゃないのか!? ただでさえ僕はまだ人族からのスパイ疑惑も晴れてないのにそんな場所に連れてっちゃダメだろう!? 行き先はもうちょっとよく考えて!
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性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
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