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第六章

加護≠適性

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 エルフの里を護る防御魔法陣作成の為の実験は大成功に終わり、後はこの防御魔法陣が魔石一つでどの程度の期間維持できるかの実験になる。こればかりは結果がすぐに出る訳ではないので、時間を置くしかない。
 今回作った防御魔法陣による防御壁は相当分厚い物になっているのだけれど、実際に作る時には防御壁はここまで厚くする必要はないと僕は思っている。
 今回は魔力の大半を防御壁の強度の方に回してしまったけれど、本番ではその分の魔力を防御壁の大きさの方に全振りすれば、現在フレデリカ様が張っている防御結界と同等のサイズの防御魔法陣が完成するはずだ。
 アンジェリカ様一人の魔力でここまでの物ができたのだ、里の魔術師、そして僕やフレデリカ様の魔力も注ぎ込めば相当立派な防御魔法陣が完成する事だろう。
 まぁ、その分維持にはたくさんの魔石が必要になってくるだろうから、その分の魔石の確保という問題はあるのだけれど、フレデリカ様曰くそれは問題ないだろうとの事だった。

「ここエルフの里の外の森には多くの魔物が暮らしています。それこそ人族からは『魔の森』もしくは『死の森』と恐れられる程度には魔物が多いのですよ。この森に住まう魔物の持つ魔石は純度が高く高品質だという事で、そんな魔石を求めて人族が入り込み度々惨劇が繰り広げられている程度には魔石はその辺に転がっています」

 さらりと言われた言葉が怖すぎる。惨劇ってなに!? しかも『死の森』なんて呼ばれている場所で平気な顔して暮らしているエルフ達って、ちょっと豪胆過ぎやしないかい?
 僕がこの森にやって来た時に魔物に遭遇しなかったのは、本当にただ運が良かっただけなのだと分かって僕はゾッとした。
 防御魔法陣の実験を始めてから数日が経っても、まだ魔石は生きていて実験は継続中。僕はその期間で防御結界への出入りを可能にする紋印を里の者達に刻んでいった。里の住民の中には紋印を刻むのを嫌がる者もいたのだけれど、目の前で女王であるフレデリカ様がその紋印を示せばほとんどの者が納得したように紋印を刻ませてくれた。
 それでも頑なに拒否する者もいない訳ではなかったのだけど、そういった者達はエルフの中でも高齢で、里から出る事などないとの事だったので無理強いはせずにそっとしておいた。高齢者は身の回りの環境の変化を嫌うものだ、それは恐らく種族など関係なく自然の摂理なのだ。
 僕は亡くなった祖父母を想う、施設に入った祖父は無理だと分かっていても「家に帰りたい」と何度も言っていた。その時には聞いてあげられなかった願い、嫌がる事を無理にさせる必要などない。

「タケル、タケル、タケル~!! 今日はどこに行くんだ? 何しに行くんだ? 何か面白い事をするのか!?」
「いえ、今日は普通にペリトスさんの畑の手伝いをする予定ですけど」

 僕の思考を遮るように僕の名前を連呼して、纏わりついてくるのはアンジェリカ様。見た目だけは妙齢の美女なのだけど、言動はまるきり子供な彼女に何故だか僕は懐かれている。
 防御魔法陣の実験の翌日僕が魔石を採取したいので魔物を狩りに里の外に出る事を許可して欲しいとフレデリカ様に頼むと、フレデリカ様は怪訝な表情でその理由を僕に問うた。
 防御魔法陣を維持する為には魔石が必要で、ある程度の数はフレデリカ様が準備してくれていた。実際に当面は事足りる量の魔石がフレデリカ様の所にあるのだけど、僕は別件で魔石が必要だった。そう、ペリトスさんに使ってもらう為の魔石だ。
 現在僕は一人で里の外に出る事は許されていない、フレデリカ様は魔石ならば幾らでも融通すると言ってくれたのだけど、僕はそれに対する対価を何も持っていなかった。それに対してフレデリカ様は「でしたらタケル様のその知識を対価に」とそう言ってくれたのだ。
 僕はその日からエルフの里で僕の知りうる魔術の知識を里の人達に教える事になった。そしてそれに一番に飛びついたのがアンジェリカ様だった。

「凄いな、タケル! タケルの言った通りに詠唱を唱えると魔法の威力が三割増しだ!」

 感動したように歓喜の声をあげるアンジェリカ様、だけど僕はそんな彼女の姿に苦笑してしまう。だって、本来なら僕が教えた詠唱で発動される魔術はもっと威力が強いはずだった、けれど三割増しだと言うわりにアンジェリカ様の放つ魔術はどうにもこうにも威力が弱い。
 いや、正しく言えば威力はある。彼女には魔術の才能があると誰もが思ってしまうほどに詠唱をした彼女の魔術の威力は見た目にはあがってしまう。だけど違うのだ、彼女は燃費が悪すぎる。
 彼女がそれで良いのならば問題ない事ではあるのだけど、彼女は誰よりも体内に保持する魔力量が多く、詠唱と共に技に魔力を乗せてしまう、それは技に対して魔力を乗せすぎる程に乗せてしまうので結果的に魔術の威力が上がっているにすぎないのだ。
 例えば僕だったら1の魔力で放てる魔術を彼女は10の魔力で完成させる。
 魔術の威力は僕のものも彼女のものもさして変わらないように見えるから彼女は凄い凄いと手放しで喜んでいるのだけど、違うのだ、僕の魔術と彼女の魔術は全然違う。彼女の放つ魔法はやはりどうにも無属性魔法に近い気がする。
 アンジェリカ様自身、フレデリカ様程の繊細な防御魔法陣の維持は難しいと言っていたのはその通りで、性格をそのまま反映したような彼女の魔力の扱い方は雑で大雑把。魔力量が他人より多いので何とかなってしまっているだけで、結論から言ってしまえば彼女には致命的に魔術の才能がない。
 魔術は学問であるとルーファウスが言っていた通りに詠唱にだって意味はある、けれどそれを丸暗記で唱えても中身が伴わなければ魔術の威力は半減する。
 僕は自分が教えられるままに何でも出来てしまったものだから、その意味をあまり理解していなかったのだけど、こういう事だったかと改めてルーファウスの言っていた意味が理解できてしまった。

「畑仕事などペリトス一人でもできるだろう? タケルは私にもっと色々な魔法を教えてくれ!」

 アンジェリカ様は僕の手を取り振り回す。それはまるで遊んで遊んでと母親に纏わりつく幼子のようで僕は苦笑する。

「ではアンジェリカ様も一緒に畑仕事をしませんか? 僕が魔法で畑を耕すので、アンジェリカ様は魔法で水撒きをしてください」
「な! おい、タケル!」

 ペリトスさんが慌てたように僕の名を呼ぶけれど気にしない、だって働かざる者食うべからずだ。アンジェリカ様はこの里ではフレデリカ様に次ぐ女王様候補という事でかなり自由な生活をしているようだけど、僕は居候の身なので彼女と同じ生活など出来やしない。というかする気がない、なにせ僕は自他共に認める仕事中毒者ワーカホリックだしね。
 ペリトスさんの畑はあまり大きくない、それこそ季節の野菜が一人分収穫できればそれでいいくらいの規模なので、僕がそれを食べてしまったらそれだけでペリトスさんの食料が減ってしまう。これは由々しき問題だ。
 アンジェリカ様は別段不満を述べる事もなく楽し気に僕達に付いてくる、ペリトスさんはそれが落ち着かない様子で少しだけ申し訳ない気持ちになるけど仕方がない、アンジェリカ様は勝手に僕に纏わりついて来てしまうのだから。

「では、いきますね~」

 僕が地面に両手をついて土魔法の詠唱を唱えると畑の土はポコポコと盛り上がりどんどん耕されていく。そこにペリトスさんが種を蒔き、アンジェリカ様が水魔法で水を撒けばあっという間に畑仕事は完了だ。
 ペリトスさんは「魔術にこんな使い方があるとはな……」と感心したような顔をしている。

「教えましょうか?」
「いや、だから俺に魔法は使えないと何度も……」
「ペリトスさんは修復魔法が使えるじゃないですか」
「それだけだろう? それに俺には精霊の加護がない」
「やってみなければ分かりませんし、そもそも僕だって精霊の加護なんて持ってません」

 エルフの里の者達は「精霊」や「精霊の加護」という言葉をよく使うけれど、僕は今まで魔術を習ってきてそんな言葉を聞いたことがない。
 僕が知っているのは加護ではなく地・水・水・風のエレメンタルの活用で、それはどこにでも存在しているはずの物なのだ。必要なのはその適性だけで、精霊の加護ではない。
 「適性=加護」なのだとしたら僕はその四種の精霊の加護を持っているという事になるのだけど、そもそも加護を持っているか否かというのを里の者達が何でどう判断しているのか僕には分からないのだ。
 実際のところ僕は彼には魔術の才能があるのではないかと思っている。彼はエルフにしては魔力量が少なく、まだ学問としての魔術が普及していないこの時代では魔法が使えない者だと簡単に判断されてしまっているけれど、生活魔法に関して言えば素質があったのだから、一概に何も出来ないと決めつけるのは早計だと思う。

「タケルに精霊の加護がないなんて事はあり得ないだろう、現に今だってタケルの周りには精霊が飛び交っている」
「はい?」

 アンジェリカ様の言葉に僕は首を傾げる。精霊が飛び交ってるって一体どういう意味だ? 彼女の目には何か僕には見えないモノが見えているのか?

「なんだ、タケルには見えないのか?」
「見えるって、精霊がですか? 精霊って見えるものなんですか?」
「見えるだろう、普通に。さっきから風の精霊がタケルの髪を引っ張って気を引こうとしているのに、見えていないのか?」

 確かに先程から自分の髪が風に吹かれて靡いているのは感じていたけど、風の精霊がそこに居るとは全くもって感知してすらいなかったよ! 精霊ってそんな風に『居る』ものなのか!
 僕には本気で精霊が見えていないと分かったのか、アンジェリカ様は「精霊の加護なしで魔法を使う奴なんて初めて見た」と、ケラケラ笑いだした。いやいや、だって今まで誰もそんな事教えてくれなかったし!
 そもそも僕に魔術を教えてくれたルーファウスですら精霊の存在なんて一言も僕に教えてくれなかった。この里に来た初日、森の中で動いた樹を「あれは精霊だ」とアルバートが言ったのが精霊との初めての邂逅で、神話としての精霊の存在は何かの本で読んだ気もするけど、魔法と精霊に関わりがあるなんて聞いてない。

「もしかして精霊の加護を持っているかいないのかってのは、精霊が見えるか見えないかってだけの事なんですか?」
「まぁ、そうだな。タケルは精霊に好かれているように見えるから、この精霊たちが見えないのは不思議だけれども」

 アンジェリカ様が腕を広げてくるりと回ると彼女の長い髪が靡いて光を放つ、それは何か光の粒を纏ったように周りの空気を明るくさせる。
 これが「精霊の加護」というものなのか、里の中は魔力が満ちて樹々も輝いて見えるけれど、精霊ももしかしたら輝きを放っているのかもしれないな。
 ペリトスさんの家だけがどうにも薄暗いのはそんな輝かしい存在に嫌われているからなのか?

「ペリトスさんはちなみに……」
「だから俺には加護がないと何度も言っているだろう?」

 なるほど、加護のあるなしが見えるか見えないかだけなのだとしたら、現在僕には精霊の加護は無いという事になる。だけど僕には属性魔法の適性はあるのだから加護がないからと言って適性が無いという事ではないという事だ。

「もしかして里の人達は精霊が見えなければ魔法の適性なしとみなして魔法の練習もしない感じですか?」
「当たり前だろう? 精霊は自分達が見えないような者に力を貸す事はない」

 ふむ、なるほど、なるほど。

「ペリトスさん、ちょっと修復魔法の時と同じ感じで地面に手を付いて土壁アースウォールって言ってみてもらえます?」
「アースウォール、って、確か土魔法だろ? 俺にできる訳……」
「これは実験なので! ほら、両手を地面に付いて、魔力を掌に、イメージは土が盛り上がる感じです」

 僕の言葉に渋々といった感じのペリトスさん、言われた通りに地面に掌を付けて半ばやけくそ気味に「アースウォール!」と短く詠唱する。
 すると僕が技を発動する時ほど目立って土が盛り上がったりはしなかったのだけど、土の下から何かが突き上げてきたかのように少しだけ土が盛り上がった。

「お!?」
「やっぱり! ペリトスさんには土魔法の適性がありますよ!」
「嘘だろ……」

 僕にはこの里が光って見える。それは魔力が発光しているからで、恐らく精霊も似たように光っているのだろう。この里の中で精霊の加護を持っていないというペリトスさんの家は薄暗く見えるのだけど、この彼の畑は生き生きと輝いているように僕には見えたのだ。
 畑と土魔法は相性が良い、何せ畑は常に土に触れている作業だから。そんな元気な畑を育てているペリトスさんに土の精霊が力を貸さないなんて事はないと僕は思ったのだ。

「俺にも魔法が、使えるのか……?」
「魔力量が少ないので頻繁には無理だと思いますけど」

 呆然と土の付いた掌を見つめるペリトスさん、アンジェリカ様も「これは驚いたな」と少し考え込むような表情を浮かべる。
 この出来事は瞬く間に里中に広がって、この後ちょっとした騒ぎになった。

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