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第六章

衝撃的な事実

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「いやぁ、タケルには俺のとばっちりを受けさせてしまう形になったようで申し訳ないな」

 ずっと黙ったままで僕の前を歩いていたペリトスさんは周りから誰もいなくなったのを確認してから「すまんすまん」と頭を掻いた。

「え! いえ、むしろ僕の方がペリトスさんにご迷惑をおかけしている方の立場だと思うので謝らないでください!」
「? 君の何が俺の迷惑になると?」
「え? だって、僕が何かしたらペリトスさんも連帯責任だと……」

 僕がもごもごとそう告げると、ペリトスさんはワハハと笑みを浮かべ「いつもの事だからそこは気にするな」とそう言った。
 いつもの事? って、どういう事だ?

「女王様は俺が嫌いなのさ。何かというと俺に罰を与えたがる、まぁこの集落で俺は何の取柄もない出来損ないだから目障りなんだろう。せめて母親の美貌を継いでいればまだマシだったんだろうが、俺は人族の父親と瓜二つらしいからな」
「そんな理由で?」
「他人を嫌う理由なんていつだって些細なものさ」

 確かに右を見ても左を見ても眉目秀麗なエルフ達が暮らすこの里でペリトスさんは少し異質に見える、けれど彼だって決して周りを不快にするような容姿はしていないし、そもそも容姿で人を差別する事自体が間違っている。
 確かに初めて出会った当初ずいぶん臭って僕も思わず洗浄魔法をかけてしまったくらいだったけど、いつもそんな姿をしている訳ではないはず……ないはずだよな?
 いや、もしかしてアレが日常だとしたらさすがに少し僕でも引くかもしれない。容姿はともかく、やはり身だしなみは大事だからな。

「さて、そんな話は置いておいて、そこに見えるのが我が家だ。今はちょっと風通しが良くなっているが、まぁ大丈夫、すぐに直すから!」

 ペリトスさんが「そこ」と言って指差した先、そこに立っていたのは質素な掘っ立て小屋だった。この里の建物はどこもかしこも薄ぼんやり発光しているのに、何故だかこの小屋だけくすんで見える。何故だ?
 そして、掘っ立て小屋の壁の一面には現在大きな穴が開いている、確かに風通しは良さそうだ。
 ペリトスさんは小走りに家に戻り、家の中から工具を持ってきて家の裏手に積んである木材を手に取り「さぁ、やるか!」と、さっそく修繕に取りかかろうとしていたのだが、僕はそれに待ったをかけた。

「ペリトスさん、僕がやります」
「え? いいよ、お客様にそんな事はさせられない」
「いえ、大丈夫です。僕の方がお世話になる身なのでやらせてください」

 幸いここには既に材料も全部揃っている。僕は両手を壁に向けて「修復リペア」と術式を詠唱すると、積み上がった材木はみるみる破壊された壁に埋まるようにして壁は修復されていく。
 この魔法は、この世界に来た当初スライムの攻撃で溶けてしまった僕の服をルーファウスが直してくれたのと同じ魔法だ。
 消えてしまった物質は元には戻らないので、あの時僕の服の丈は短くなってしまったけれど、今回は修復のための木材は揃っていたので数分で壁はすっかり元通りである。

「え、えぇ、なんだこれ!? 壁が元に戻ってる!」
「修復魔法ですよ、おかしな所や不具合はありませんか?」
「ない! どころか、これなら隙間風も入ってこない!」

 ペタペタと壁に手で触れて出来栄えを確認し、感動した様子のペリトスさんは僕を見て「君は相当優秀な魔術師なんだな」と、僕を褒めちぎってくれる。
 嬉しいけれど、なんだか照れるな。

「それにしてもタケル、たかが家の修復なんかの為にそんなに魔力を使って大丈夫なのか?」
「? 別に、この程度の修復魔法くらいでは何ともないですよ。魔力だって対して使わないし」
「え?」
「え?」

 あれ? 修復魔法って確かこれも生活魔法の一部で割と誰でも使える魔法のはず。街でも大工さんなんかがこの修復魔法を駆使して家のリフォーム等を請け負っていた記憶があるのだけど?
 僕はビックリ顔のペリトスさんに逆に驚いてしまう。

「これも生活魔法、ですよね?」
「生活魔法ってなんだ?」
「え?」
「え?」

 あれ? おかしいな、やっぱり会話が噛み合わない。

「えっと、生活する上で日常的に使う魔法ってあるじゃないですか、例えば火をおこすとか、灯りを付けるとか、そういうのが生活魔法で、修復魔法も生活魔法のひとつですよね?」
「そう言われれば、その辺は何も言われなくても使っているな、俺でも出来る。だが修復魔法は初めて聞いたな」

 ふむ、日常的に多少の魔法は使えるという事はペリトスさんにも多少なりとも魔力はあるという事だ、アランと同じだな。

「ペリトスさんは四属性魔法の適性がない感じですか?」
「四属性魔法? 適性?」
「火・水・風・土の魔法適性です」
「ああ、精霊の加護か、ないない! 俺は精霊に嫌われているからな!」

 なるほど、ここエルフの里では魔法適性は精霊の加護って形で認識されているのか。

「ちなみにペリトスさんは魔力量どれくらいなんですか?」
「3000か4000くらいだったかな」

 ふむ、割と一般的な魔力量、いや、人族に比べたら少し多いくらいか、これもアランと一緒だな。

「だったらペリトスさんにも修復魔法、使えると思いますよ」
「え?」

 修復魔法で膨大に魔力が必要になってくるのは無から有を生み出す時だけだ、材料が揃っていてそれを組み立てるだけなら魔力はさほど必要としない。あとは己のできるというイメージと本人の技量のみ。

「ちょっとやってみましょう、そうですね……ペリトスさんのその服のほつれ直してみましょうか」
「え? 直す? 俺が?」
「はい」
「いや、無理だろう!? 俺に魔法は使えない!」
「でも火をおこしたりはできるんですよね? その要領で魔力を掌に集中して……あ、難しく考えなくていいですよ、何となくで」

 僕はひとつひとつ手順を踏んで魔力の流れの説明をしつつ、ペリトスさんの手を取った。

「頭の中でほつれる前の服のイメージを……出来ましたか? そうしたら術式としての詠唱を『修復リペア』と」
「り、リペア!?」

 促されるままにひっくり返ったような声で詠唱したペリトスさん、その詠唱と共に服のほつれはするりと綺麗な状態に大変身、大変よくできました。

「な、な……これは本当に俺が直したのか!? 君が直したのではなく??」
「僕は魔力も流してません、正真正銘ペリトスさんが今直しました」

 自身の服を引っ張るようにしてほつれを確認するペリトスさんはまるで子供のように瞳を輝かせ、何度も何度も直った部分を指で確認している。

「ほ、他の物でも直せるか?」
「やってみたら良いと思いますよ」

 にっこり笑顔で僕がそう告げるとペリトスさんはぱあっと瞳を輝かせて家の中に走りこんで行き、家の中からはペリトスさんの楽し気な「修復リペア」の声が何度も何度も聞こえてくる。
 まるで初めて魔法を使った子供のよう……っていうか、もしかして彼は正真正銘初めて魔法を使ったのかも? そういえば自分は魔法を使えないとか、そんな事を言っていたものな。
 微笑ましくも、そんな風に考えてしばらく待っていたら不意にぱたりと声が止まった、あれ?
 僕はしばらく家の外で待機していたのだけれど、家の中からは全く物音が聞こえなくなって辺りに静けさが広がる。
 あれ? これ、何かあった?

「ペリトスさん、ペリトスさ~ん、入りますよ~」

 玄関扉から室内を覗き込み声をかけるも返答はなし、恐る恐る歩を進めると足にこつんと何かが当たった。
 そこにはぐったりと床に倒れ込むペリトスさん、顔色は真っ青を通り越して真っ白で一瞬で僕の血の気も引いた。

「な! ペリトスさん大丈夫ですか!?」
「いや、なんか急に身体の力が抜けて……」

 あ、この症状滅茶苦茶覚えがある、これ完全に魔力切れだ。

「わぁ、ごめんなさい! 僕がもっと気を付けるべきでした!」

 そういえば彼は元々魔力量が僕よりかなり少ないのだ、こんなに何度も魔法を連発したら、幾ら修復魔法の魔力消費量が少ないとは言っても魔力枯渇を起こしても不思議ではない。
 ルーファウスは僕に魔術を教える時にはいつだって魔力切れを起こさないように気を遣ってくれていたというのに、僕の配慮が足りなさ過ぎた。

「ペリトスさん、死んじゃ駄目ですよ! 今、魔力回復薬を……」

 慌ててマジックバッグの中を漁り、僕は魔力回復薬を手に取ってペリトスさんの口にあてがう。どうにかこうにかそれを飲み下したペリトスさんの頬に色が戻ったのを見て、僕はほっと息を吐いた。
 けれど、一度魔力枯渇を起こすとしばらくは身体が怠くて動けなくなるのは僕も経験済みで、ペリトスさんも床に座り込んだまま動こうとはせず己の両手をじっと見ている。

「あの、大丈夫ですか? 気持ち悪かったり眩暈がしたりとか……あ、とりあえず横になりましょう、そうしましょう!」
「いや、いい、大丈夫だ」

 そう言いながら立ち上がりかけたペリトスさんだったのだが、やはり少しふらつくのかまたしてもがくりと片膝を落とした所で「兄さん!」と、彼に呼びかける声が聞こえた。
 振り返るまでもなく声の主は次代様で、僕を押し退けるように彼はペリトスさんの傍らに滑り込んでくる。

「何があった? 体調が悪いのか!? もしやその小僧が何か……」

 ぎりっと鋭い視線がこちらに向きかけた所で「違う違う」とペリトスさんは呑気にその言葉を否定して「よっこらせ」と、幾分顔色の良くなった顔を上げて弟へ笑みを向けた。

「俺は初めて魔力切れを起こしたぞ、アル。いやぁ、魔力が枯渇するってのは結構きついもんなんだな、初めて知ったぞ」

 そう言ってペリトスさんは呑気に笑うのだが、一方で次代様はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔で「魔力、切れ……?」と、笑う兄を困惑したような表情で眺めている。

「そうだアル、聞いて驚け! 俺にも使える魔法があった!」
「え?」
「見てろよ、修復リペア!」

 その詠唱と共にペリトスさんの手直にあった欠けた茶碗の欠けが見事に元に戻ったのだが、それと同時にペリトスさんがまたしてもがくりと膝を折った。

「わぁぁ、駄目ですよ! 簡単な修復に魔力は然程使いませんけど、全く材料がない所から生み出すのには魔力が相当量必要なんです! ってか、説明してなかったの僕ですね! ごめんなさい!!」

 そもそも無から有を生み出すのには魔力も必要なのだが、技量も必要となる。事実ルーファウスはこの修復魔法はあまり得意ではなく溶けてしまった僕の服を元通りにする事はできなかった。
 その事を鑑みるにペリトスさんはこの修復魔法に関しては才能があると考えていいと思う。ただそれを行使するには少しばかり魔力量が足りていないのだけれど。

「な……兄さん、今のは、なんだ?」
「修復魔法と言うのだそうだぞ、タケルに教わった」

 次代様の鋭い視線が僕に向き、僕はびくりと身を竦ませてしまう。けれど彼はしばらく僕を睨み付けただけで何も言わず、また視線を兄に戻した。

「こんなになってまで兄さんが魔法を使う必要がどこにある。こんな魔法は無意味だ、命を縮めるぞ」
「それでも俺にもできる事があった、俺はそれが嬉しくて仕方がないんだよ」

 なんか瀕死の状態の兄と、それを労わる弟みたいな状況になってるけど、これ、本当にそこまで真剣に話し合わなければならない程の魔法じゃないからね? 一般的な生活魔法だからね? 材料さえきっちり揃えておけば倒れる事もそうそうないはずだからね?
 そう突っ込みたい所なんだけど空気がとてもそんな軽い空気に戻せる雰囲気じゃないんだよ。どうしよう、とりあえず僕が空気になっておけばいいかな?

「兄さんは何でそうなんだ、そうやって何もかも一人で背負いこんで……フレデリカ様のアレだって、こいつに兄さんを付けたのは私をこの地に留め置く為だろう、本当にムカつく、あのババア」

 うわぁ、女王様をババア呼ばわりか。次代様は怖いもの知らずだな。
 そういえば次代様って女王様の婚約者じゃなかったっけ? それとも時期女王様の婚約者なのか? 人間関係がまだ全然分からないな。

「アル、そんな不敬な言葉を吐いたら駄目だ。俺達はフレデリカ様によって生かされている、この里で平和に暮らせているのもフレデリカ様のお陰なのだから」
「でも……」
「アルバート、俺は大丈夫だから」

 アルバート? あれ、次代様の名前って「アル」じゃなくて「アルバート」なのか……ん? アルバート? え、アルバート??

「ちょっ、次代様のお名前アルバートって言うんですか!?」
「は? なんだ突然? それがどうした?」

 いや、なんかもう、そのお名前に心当たりが有り過ぎる。いやいや、でもでも、まさかそんな事ある?
 だけど僕は彼に出会ってから何度も思っていたのだ、彼はどことなくルーファウスに似ている気がする、と。
 まさかとは思う、この世界に同じ名前のエルフが他に居たって不思議ではない。だけどこの現象を僕は今までも度々耳にしているのだ、絶対にないとは断言ができない。
 僕が知っているエルフのアルバートさんはルーファウスの父親であるアルバート・ホーリーウッド、グランバルト王国の総務大臣である。

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