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第五章

話し合いのその後

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「疲れた~」
「お疲れ様です」

 色々と我の強い面々と散々に話し合いを続けて、最終的には魔力溜まりへの進行は中止になる事もなく決行が決まったのだけど、ここまでの調整に思いのほか手間どって、僕は与えられた部屋に戻った途端、自分のベッドにばふんと倒れ込んだ。

「魔力回復薬を飲んだとはいえ、倒れ込む程魔力を持っていかれたのです。今日は早目に休んだ方が良いですよ」
「あ~そう言えばそうだった」

 魔力回復薬で回復できる魔力量には上限がある。
 茉莉の持っていた回復薬はたぶん販売している回復薬の中ではかなりの高級品だったのだろうけれど、空っぽ寸前まで持っていかれた僕の魔力は元々の僕の魔力量が多いせいか回復量は三割程度だった。
 たぶん一晩寝て起きたら回復するとは思うけれど、こんなに魔力を削られる事は普段ほとんどないのでかなり疲れている。
 リヴァイアサンの時も戦闘の大半をライムに丸投げの状態で、今まで自分の魔力などさほど使用していなかったものな……と、改めて僕は考える。
 魔術師としてこれってどうなんだろう?
 魔物を操る従魔師も魔物と心を通わせ己の魔力で魔物を従わせるのだが、実はその魔力はさほど多くなくてもできてしまう職業だったりする。
 そもそも魔力量が多ければ魔術師を目指し従魔師になんてならないのがこの世界の普通なのだ。
 従魔師になる者は己の戦闘力の低さを補うという形で魔物を操り従魔師になる。もちろん魔物と心を通わせる事ができる能力という適性はあるのだけれど、僕のように魔術師としても飛び抜けた魔力量の従魔師なんてそもそもほとんどいないのだろう。
 僕はそんな自分の魔力量に胡坐をかいてその辺の準備はかなり疎かにしてしまっていたので、初めての魔力切れが戦闘中じゃなくこんな時で良かったと思うべきなのだろうな。
 これからは魔力回復薬もきちんと自前で良い物を準備しておかなければ。

「それにしても、魔王討伐派兵にエリシア様が同行されるというのには驚いたな。確かにマツリから聖女の力が消えたとなったら代わりの回復役は必要なのだろうが……」

 アランのそんな言葉に僕は起き上がって「そうだね」と頷いた。
 オロチの卵の話し合いの後に続いた議題は魔王討伐派兵時の編成についてだった。
 僕達は国王軍に混じって参加予定だったのだけど、その主力メンバーの茉莉が抜けて、そこに誰を入れるという話になった時、偶然居合わせたエリシア様が「それでは私が」と名乗りを上げたのだ。
 何故エリシア様がその場に居合わせたのかは分からないのだが、王都の守護を任されているはずのエリシア様が名乗りを上げた事にその場にいた誰もが驚いた。
 けれど、エリシア様は「マツリ様の代わりを務められる聖女が他に居まして?」と、にこりと笑みを見せたのだ。

「御本人たっての希望ですから断れませんよ。なにせエリシア様はマツリが現れるまではこの国の筆頭聖女であったのです、そんな方の申し出を蹴る事自体おこがましい」
「それにしてはその話を聞いた時の王子の様子がおかしかったような気がするのは俺だけか? 自分の婚約者だと豪語するマツリのする事には常に笑顔で全肯定の王子がやけに神妙な表情を浮かべていたような……」
「やんわりとですが、最後までエリシア様の参戦に反対していたのもレオンハルト王子でしたしね」

 う~ん、確かに改めてそう言われると変な感じだよな。もしそんな表情をするのならそれを見せるべき相手はエリシア様(元婚約者)ではなく茉莉(現婚約者)の方にだろう。
 けれど王子は茉莉に対しては放任で、そんな素振りを欠片でも見せた事はない。
 今更元婚約者の事が気にかかるとでも言うのだろうか? エリシア様が己の考えを持ち自立した事が急に惜しくなったとか?
 茉莉を理想の女性のように語る王子の事だ、もしかしたら今までの三歩下がって付いてくるようなエリシア様より今の積極的に前に出てこようとするエリシア様の方が好みな可能性を否定はできない。
 まぁ、それはそれで今更感半端ないけど。
 王子は自分からエリシア様に婚約破棄を宣言しているのだ、今更掌を返すのは都合が良すぎる。一度は裏切られたエリシア様だって良い気持ちにはならないだろう。

「まぁ、何はともあれ無事に事が運べば良いのだけど」

 僕はもう一度ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。

「そういえばタケル、あなたあの時、火属性魔法が消えたとか何とか言っていましたが……それは、その、大丈夫なのですか?」
「あ……そういえば」

 オロチの卵に触ったら魔力と一緒にスキルまで持っていかれたのだ。こんなのは本当に想定外。

「もう火属性魔法使えないのかな?」

 僕はもう一度身を起こして試しに火球ファイアーボールの球をいつものように掌の上でイメージしてみる。ちなみに投げないよ、危ないからね。
 瞬間小さく掌の上に炎が灯る、けれどそれは火の球になる前に形を崩して消えてしまった。

「火は灯るけど駄目かぁ……」
「他の属性魔法は大丈夫なのですか?」
「ん~」

 僕は今度は掌の上に水球ウォーターボールをイメージしてみる。今度は普通に水の球は掌の上でくるくるしているので問題はなさそう。
 同じ要領で風と土も試してみたがやはり駄目なのは火属性魔法だけ。だけど僕の攻撃力はダダ下がりだ。

「火属性魔法が使えないって、結構不便かも……」
「そんな魔法属性がない俺からしたら、四属性全てを使いこなすタケルの方が規格外だけどな」

 魔法には適性というものがある。魔術師というのはもちろん魔術に適性があるから魔術師な訳で、一属性でも属性魔法が使えれば魔術師にはなれる。
 そんな中で魔術に適性のない者も存在していて、アランは魔術がほとんど使えない。だからアランは魔術を一切使用しない『格闘家』なのだ。
 一方で適性があるからと言って魔術を完璧に使いこなせるかはまた別問題で、ロイドは幾つかの属性魔法の適性があるのだが魔力量が少なく高度な魔術は使う事ができない。
 けれど剣術のスキルが高い事と、使える魔法が幾つかある事で剣と魔法を組み合わせて戦う『魔剣士』となったのだ。
 ちなみに魔剣士は剣士の上位職でもある。両方使えるって実は結構凄い事なんだ。
 ついでに言うならルーファウスは魔力量も多く四属性魔法に適性があり、特殊スキルである時空魔法の適性もある。けれど身体を使った体術・剣術などは得意ではない上に実は体力もあまりない。
 唯一弓術に関して少しだけスキルを上げているそうで、魔法を使えない場合は弓を使う。
 それを聞いた時『やっぱりエルフと言ったら弓なんだな』と妙に納得してしまったのを覚えている。弓以外を操るエルフも勿論いるのだけど、何故かエルフ=弓のイメージがあるのは何故なのだろうな?
 それにしてもオロチに子供かぁ。
 現実世界でも付き合いだしたと思ったら出来ちゃって、3か月ほどでスピード結婚なんて友人も居たけれど、そういう人達は割と破局も早かったりしたんだよな……
 勿論それで夫婦円満仲良くやっている人達もいるし、逆に長く付き合って『長すぎる春』で別れるカップルだっているのだから、結婚のタイミングなんて人それぞれなのは分かっているけれど、どうにも展開が早過ぎておじさんついていけないよ。
 まあ、自分はそんな感じに消極的だから40を超えても童貞を捨てられなかった訳だけど……って、そんな話は今は関係ないな!

「あの、タケルさん……火属性魔法使えなくなっちゃって、それでもタケルさんは魔王討伐派兵に参加するんですか?」
「え……うん、まぁ、大丈夫だと思う。僕には他にも使える魔法はたくさんあるから」

 おずおずと尋ねてきたのは小太郎で、相変らずロイドの隣から離れない。
 火属性魔法を使えなくなると火が弱点の魔物に対しては戦い辛くなるだろうけど、なにせ僕には無属性魔法スキルというものもある。
 あまり使っていないけど、無属性魔法はどんな属性の魔物にも対抗可能な上に僕の創造次第でどんな魔法だって放つ事ができるのだからこの世界ではほぼ無敵と言ってもいい。
 僕の魔術の師はルーファウスなのだが、ルーファウスは無属性魔法を使えないので事これに関しては僕の独学になる。お陰でまだスキルとしては未熟だけれど火が使えなくなった分こちらを活用していけばある程度問題ないと僕は思っている。
 心配そうな表情の小太郎。
 戦闘には消極的な小太郎がそんな顔になってしまうのも分かるけど僕は彼を危険な目に遭わせるつもりはないので安心して欲しいのだけどな。
 そんな小太郎の不安な表情を見てとったロイドが「心配すんな」と小太郎の頭をわしゃわしゃと混ぜた。

「いざとなったら二人とも『勇者』の俺が護ってやるからさ」
「あ……うん、ありがとう」

 ロイドの言葉にはにかむような笑顔を見せる小太郎。最初はあまり小太郎と気が合わなさそうだったロイドなのだが、ここに来て最近二人の仲が良いんだよな。
 元々同年代の二人だし、ロイドも小太郎が隣に居る事に慣れてきたのか小太郎を邪険に扱う事がなくなってきている。
 ロイドは元々面倒見がいいので、その保護欲を十二分に発揮しているのだろう。
 僕は外身はロイドより年下でも中身はずいぶん年上で、年齢を告げるまで彼に面倒を見てもらう事には罪悪感を覚えていたけれど、小太郎は正真正銘年下の守ってあげなきゃいけない存在なのだから、何というか収まるべきところに収まった感はある。
 ロイドは僕を好きだと言うけど、僕の気持ちは現在ルーファウスにあってロイドの気持ちには応えられない。だから、もしこのままロイド君と小太郎君が上手くいったらな……なんて考えるのは僕にとって都合が良すぎるだろうか。
 そもそも二人とも男の子だし、そう思い通りにいく訳ないか……
 ただロイドは僕を好きだと言った時点でそっちに抵抗がないのは分かっている。だったらもしかして……なんて思ってしまうのだけど小太郎にとってはいい迷惑かもしれないので僕は何も言えない。
 僕はロイドの気持ちに応えられない、でも大切な仲間だし、当然幸せになって欲しいと思うのだ。だからと言って『僕は無理だけど彼ならどう?』なんて無神経なことは口が裂けても言えやしない。
 自分の思うように他人の気持ちを変える事はできない。そして想い人が自分を好いてくれて両想いになる事は簡単な事ではない。
 付き合って別れて、すぐ次から次へと恋人を代えていくような人もいるけれど、そんな器用な真似は僕には出来ない。
 僕が現在唯一できるのは自分自身の気持ちに素直になる事だけだ。

「ロイド君、前に危険な時に誰を優先して助けるかって話をした事あったと思うんだけど、もしそんな時はこれからは僕より小太郎君を優先してあげて」
「え……?」
「僕はこっちの世界に来てもう三年、冒険者としてもそこそこやれてるし小太郎君より危機回避能力は高い。だからこれからは何かあったら僕より小太郎君を優先してあげてほしい」

 僕の言葉に驚いたような表情のロイド、そして同時にそんな彼の傍らで小太郎が僅かに顔を顰めた。ただそれは一瞬の事で、何故彼がそんな表情を見せたのか気にする暇もなく「そうですよ、タケルには私が付いていますからね」とルーファウスが高らかに宣言する。
 ルーファウス、お前、本当にそういう所だぞ。
 なんて、いつもなら思う所だけど、今回はそれも見越した上で僕は「そうだね」と頷いた。
 いつもなら『そういうこと言わない! 僕は自分の身くらい自分で護れる!』なんて反論を返すのが常なので、僕のその反応に驚いたのかルーファウスが反応に困ったようにこちらを見やる。
 可笑しいな、なんで僕が素直だとそんな顔になっちゃうわけ? この僕の返答はルーファウス自身も望んでいたはずなのにな。

「僕にはルーファウスがついてる、だからロイド君は小太郎君を守ってあげて」
「それって……」

 僕はにっこり笑ってそれ以上を言葉にする事はない。
 けれどそれだけで事を察したらしいアランは「お前等いつの間に……」とぼそりと零した。

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